« パンジーの雪をはらう | トップページ | 庭の梅の開花と森林公園 »

2008年2月12日 (火)

星尾峠―大島亮吉

 3連休は、DVDで「東京タワー」「キトキト」を見たり、古い本を読んで過ごしました。そのなかで大島亮吉著「山―随想―」を読み返して、書かれている「星尾峠」が心に響いたので、書き写してみたくなりました。
大正末期の日本の山岳界をリードし、29歳で早春の前穂北尾根に散った若き登山家の、心に残る文章です。同じく「涸沢の岩小屋のある夜のこと」は、後日、掲載します。
「山―随想―」は、著作権は切れていますが、青空文庫では、「作業中」で、まだ公開されておりません。

星尾峠 大島亮吉

 それは荒船の頂上高原の南端近くのところを越えて、上州の山里から信濃の山合いの小村へと通っているひとつの小さな峠だった。
そして私のひとり腰を下していたというそこは、その峠の頂き近くの小径のうえだった。九月にはいっての間もないその日、それは初秋らしい情感がほのかに漂っているような日だった。

私はちょうど自らがのぼって来た上州の側に向って腰を下していたのだった。
高くもない峠ながら、私の眼のまえには、私のここ一週間以上も前から歩き越え、歩き越えしてきた山々の幾重もの尾根なりも、その間の幾つもの峠となっているだるみも、あるいは奥秩父のまっ黒い高嶺続きの山影さえも、そしてまた次第に低夷してゆく山波の間からは広い、広い関東の平野のその鮮緑色の表面さえもが望まれた。

 私はただ峠をこえ、峠をこえして歩いてきた甲斐、秩父、上州の各々の山よりの、山合いの、山なかの村々において、われ知らずのうちにそれらの主として農民階級の労働生産者の生活の点景を見るような多くの機会を持つことができた。
私は小作農の地主に対する真の不平をきいた。
炭焼きからはその生活の苦しさをきかされた。
乞い泊めて貰ったある山村の農家の主人には繭の相場の安いこと、農作物の廉価なことを説いて、その生活の惨苦を示された。
あるところでは、そんな山のなかにはめずらしい人生の廃頽を見た。そしてまたあるところでは平和さを通りこしての人生の沈滞を見た。

あの狭い甲斐の盆地にもすでに地主と小作人との問題があり、貧に泣く農民があり、はては豊作だという葡萄の棚で首をくくったという果樹園づくりの子百姓があったのだ。
そして私は塩山のほとり、小作人の騒ぎ立つという村を通り過ぎた。終日早くから木を伐り、割裂いて、それを炭に焼き、夕には二里の山道をその一日の汗に疲れた身体で、毎日二俵ずつ重い俵を背負って帰るような、激しい労働をたえずしてさえなお貧に追われるという炭焼きの生活が、甲州の山村にあつたのだ。山林もあり、桑畑や田地も持ったそのうえ、なお副業としての養蚕に繁忙暇のない家業をいとなんでさえ生活に窮迫している中流農家が、上州の山より村にあつたのだ。

 郭公がほんとうに森の隠者のように奥深く啼いている山道の静かさを辿っていても、芝草山にうねうねとしたなだらかな峠道をのぼっていても、沢蟹に私の足音にがさがさと石のなかを這いにげるような、小さな、細い沢づたいの荒れ路を徒渡りしつつ歩いていても、また足あたりの硬い街道を草履のあとから舞いあがるその埃と一緒に歩いていても、私にはこれらの私のぐるりをとりまく人生の諸相と社会の諸相とをうちみて以来、それらの社会のすがたについて、それらの人生のすがたに対して、そして更にふかく自らの人生についての想いが、きれぎれはするが絶えず私の心頭に浮かび消えした。
ああ、私にはもうあのただ単純な自然観照のみをこととして、年若く、他にはなにも想うことなく旅のたのしさ、つらさをたのしんで歩いた古る年まえのそのような旅心は消え去ったのだろうか?「
さらば旅人よ、歩み去りし過ぎし日のわが美わしの旅人よ」と、私は今更感傷がましい詩人めいた言葉を弄して、私の過ぎた日のあの自らの旅姿をなつかしむべきだろうか? 
馬鹿な!おまえはただそのような安価な自然耽美、微温な自然礼讃の感動の幼稚で希薄な、無内容な「寂寥の享楽」に堕した旅心をもって真実の旅人の心とするのか?

勿論それも純性には富んでいるが、それはチョコレート菓子のように甘い。
あまりに自己逸楽的である。
まことの旅の心とはもっと複雑なものの総和なのだ。
旅の心にはもっと思想的背景があっていい。
もっと社会性があっていい。
ひとりの旅であればあるほど、寂しければ寂しいほど、旅人は他の多くの旅人のことを思い、通りゆく路傍の人生に眼を見張り、耳をかたむけ、想いをはせるのだ。所詮は大きなすべての人々を入れての人生を対象している。
かのヘークのあのさまよい歩きの旅の心には、その道づれへの思いと、より大なる人生への永遠の途をもって終始していたではないか。
芭蕉があの俳行脚の生涯はただ自然の寂びそのものであったというが、その超脱的な境地に達するまでいかに彼自身の人生とそれをとりまく人生について思ったことか。
単なる自然観照よりして彼は天然の寂びに親しむべく進んだのではなくして、人生への凝視から人生を寂滅相と観ずることからしてそれは出でたのだった。
それ故にこそ彼は最も広い民家の道づれであったのだ。
生への背負いきれぬ想いを背負って旅立つ時こそ、旅は旅としての本来の旅姿をとりかえすのだ。私はこう自らに言ってみた。
私はここへ来て初めてひとりの旅人となったような気がした。

径のきわに生い茂った若いすすきの穂波が、初秋のさわやかな風にざわめいて、くる秋の歌をうたっているようだった。
午後(ひるさがり)の光はさっと雲間から望める山々の起伏、平野のうえに流れた。
山襞は濃淡を見せた。
そして平野は輝いた。夕立の通りすぎたあとの、はるかに見えるそのうち濡れた平野の海のような田野の輝き。ああ、その群馬と埼玉の平野、そこは私の見て来たよりもまだもっとはげしい、地主が小作人を強搾し、小作人はまた組合をつくってそれに相争うという、ひとつの時代の病弊が巣喰っている平野なのだ。
私はそのいずれが是であり、いずれが非であるかを知らぬ。けれどもそれらはそのようなる単なる階級闘争のごときもので解決はできないと思う。
その病弊の根源はもっとより深く人心の奥に内在するものであろう。

 私の心はいろいろの想いに胸をよぎらしめられた。
しかし、私はその平野のすべての人々に、すべての村々に、そしてこの地上のすべての人々のうえに、大いなる共有のもとの正しい、本然な地上の生活の春が訪れきたるであろう未来の日を、いま情熱をこめて一日も早からんことをのぞんでいる。そのために苦しまねばならないのは、小作人のみではない。地主のみではない。労働者のみではない。資本家のみではない。すべての人々がともに苦しまねばならないのだ。
自分もまさにそのために苦しみ、努むべきだ。

 木を伐るほがらかなもの音が、どこからかすぐ近くよりきこえて、遠い方にほろほろと山彦(こだま)して融け消えて行った。
私は立ち上って峠を信州側へと下りるべく歩きだした。
落葉松の林のなかの、あの踏む草鞋にぶくぶくという弾力を感じさせるような歩きよい山道-それは信州へ来てから初めてあるものだ-や、湯宿のひとが、てずから薪を割って沸かすという、あの渓合いの小さ鉱泉宿のことなど、私はこの峠道に続く曽遊の道すじをたのしそうに思い浮かべてはみるが、しかし私の心はそこより近くの、私がたびたび訪れているあの上州の国境(くにざかい)になっている、なだらかな山腹の広い傾斜地にある牧場へととびたがっていた。
そこの、いまはかぐわしい香いのするであろう、あの牧草の丘の頂きに弧座して、牝牛ののどかな鳴き声をききながら、私はもっと現実をはなれて私の胸に平静をうたうよにしてみたい。
あのいつもそのなかに仔牛らがおとなしく乳を飲みつつ遊んでいる牧柵によりかかって、すべてを忘れてまるで余念なく自分の生活理想のことを思ってみたい。
また、あのシャレエづくりに似通った牧場小屋の、その向こうには深いヴァレエや丘や水流がまるで素画風にのぞめる窓縁(まどべり)に腰をかけつつ、携えてきたエミール・ジャヴェルも読んでみたい。
あるいはまた、牧場の背面にある落葉松の疎林の間や玉蜀黍畑のほとりを、ひとりでたのしく口笛を吹いてあの夕暮れの散策がしてみたい。
けれど、私の心のなかには、それらの平和な願望をかきみだすかのようにして叫びでる、強い時代人の意識があった。
そんな安逸的な自己陶酔におちいっていることができないぞ、と叱りつけるようなあの焦燥な想いがあった。
もっとつとめて、ひらくことを努力せねばならぬ大きな自分自身のものがあると思われた。
自ずと私にはかのウイリアム・トムソンのあの当時の社会における一部階級の苦難を目撃し、社会の不正に想到するごとに、体質蒲柳情操多感の彼が傷心制する能わず、ついにその病弱な全生涯を駆って社会の正義と人類の福祉の「最大多量」を確保すべき理想社会の案出に没頭せるその生活のことなどが髣髴として思い出された。
読みさして旅に出てきたが、はやく帰ってまたトムソンのあの
Distribution of Wealthを読もうか。

 そのように私は心をいろいろの想いにうつし、路上にひらける風景にうつしては峠を下って内山峠の街道へと出で、更に街道を信濃へと少し戻って、初谷鉱泉の渓すじへとはいった。

|

« パンジーの雪をはらう | トップページ | 庭の梅の開花と森林公園 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/170544/40101210

この記事へのトラックバック一覧です: 星尾峠―大島亮吉:

« パンジーの雪をはらう | トップページ | 庭の梅の開花と森林公園 »