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2007年11月28日 (水)

明治の木造校舎を見るー旧尾県学校校舎

Dscn2047_320  低山歩きは、時間的に余裕もある事から里に降りてきて地元の文化財などを見学出来る楽しみがあります。
僕は建築設計に携わっていますので、古い木造建築などが残っていると、出来るかぎり見学する事にしています。
 こんどの高川山登山でも、下山口の田野倉駅近くに旧尾県学校校舎が保存されていたので立ち寄り、係りの方にストーブの側で、お茶とお菓子でもてなしていただきながら、いろいろの話しを聞かせていただきました。
現在は、尾県(おがた)郷土資料館として使われていますが、この建物は明治10年に建設された小学校でした。
建物については、写真の説明板を読んでいただくとして、驚くべきは明治維新からまだ10年経たばかりなのに早くもこのような洋風の学校建築が建築された事です。以前にブログにも書きましたが、仙台市に残る旧日本陸軍第二師団歩兵第四連隊兵舎(明治7年、あるいは9年築造)などもそうですが、当時全国に作られた擬似洋風建築の建物は、建設に携わった日本の伝統的木造建築の棟梁や大工が高い技術を持っていたから こそ、成し得た仕事だと思います。どんな思いで、どんな会話を交わしながらこんなハイカラなバルコニーを作ったのか、興味深いものがあります。建築中は、珍しい洋風建築を建てているという評判から、毎日見物客が来たそうですから、大工達は誇りをもって仕事をした事でしょう。
Dscn2048_640 (写真上、旧尾県学校校舎、正面の円形のバルコニーに特徴がある。)
(写真下、説明板、クリックすると拡大します。)

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