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2007年11月30日 (金)

1日1便とは!

Dscn2052_320  6月に登った静岡県の大無間山の登山口までのバスは、静岡駅から畑薙ダムまでの運行で1日1便でした。
 朝、静岡駅を出発し、終点の畑薙ダムまで行き、同じバスが午後に戻ってくるダイヤです。この場合は片道の所用時間が4時間弱かかるので、まあ登山バスと割切れば仕方がないとも思えました。
 今週登った高川山の下山口である富士急行田野倉駅近くの国道139号に、このバス停がありました。小形山入口バス停です。
この時刻表を見て驚きました。ここも1日1便だ!。どういうバス路線かわかりませんでしたが、これって運行している意味があるのかなと思いました。
最近、過疎化、利用客数の減少で山村のバス路線が次々と廃止や減便に追い込まれています。
 いまや自家用車で林道を奥深くまで入り、最短コースで往復してくる登山者がほとんどを占めるようになりました。
この場合は、車の置いてある場所まで戻らなくてはならないわけで、ほとんど登った登山道を引き返すわけです。
その点、バスを利用すると、反対側に下山したり、別コースに抜けたり出来る楽しみがあります。
 それが、民間も地方自治体も赤字バス路線を廃止するものだから、下山してもバスが無いという登山者泣かせの事態になっています。
道路や橋だけは、こんな山の中までと思える立派な舗装路が出来ているのですが、そこを通るバスはもう無いのです。
夏に行った最上川の船下りで、船長さんが話してくれました。
山奥の村に通じる道路を補修中に、過疎化は進み、工事がが終了し立派なコンクリート橋まで完成したその時、最後に残っていた2軒の住宅の老人が離村して行く時だったそうです。
道路特定財源問題がなにやらきな臭いことになってきました。見直すはずの道路建設計画が、全て作る方向になりそうです。自民党の道路族議員の鼻息が荒くなってきました。
地方にとって道路も大事でしょうが、廃止されるばかりのバス路線や鉄道への補助金とか、ミニバス路線など他の新しい交通機関を考えるなど、道路と交通を総合的に考えた施策にこそ、予算を使うべきでしょう。無駄な道路建設はいりません。

Dscn2053_640 (時刻表、クリックすると拡大します)

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2007年11月29日 (木)

中央公園にいらっしゃい

Dscn2056_320 先週、志木ニュータウン中央公園の紅葉について書きましたが、この一週間で紅葉が進み、今が一番見頃です。
3枚の写真は、曇空の昨日の夕方ですが、日が当たっている時には、もっときれいです。
近くにお住まいの方は、是非見にいらしてください。ニュータウン内のイチョウの葉も、黄金色に輝いています。
いろいろの花が咲く、春も良いのですが、やはり秋のニュータウンの景色が一番美しいと感じます。

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2007年11月28日 (水)

明治の木造校舎を見るー旧尾県学校校舎

Dscn2047_320  低山歩きは、時間的に余裕もある事から里に降りてきて地元の文化財などを見学出来る楽しみがあります。
僕は建築設計に携わっていますので、古い木造建築などが残っていると、出来るかぎり見学する事にしています。
 こんどの高川山登山でも、下山口の田野倉駅近くに旧尾県学校校舎が保存されていたので立ち寄り、係りの方にストーブの側で、お茶とお菓子でもてなしていただきながら、いろいろの話しを聞かせていただきました。
現在は、尾県(おがた)郷土資料館として使われていますが、この建物は明治10年に建設された小学校でした。
建物については、写真の説明板を読んでいただくとして、驚くべきは明治維新からまだ10年経たばかりなのに早くもこのような洋風の学校建築が建築された事です。以前にブログにも書きましたが、仙台市に残る旧日本陸軍第二師団歩兵第四連隊兵舎(明治7年、あるいは9年築造)などもそうですが、当時全国に作られた擬似洋風建築の建物は、建設に携わった日本の伝統的木造建築の棟梁や大工が高い技術を持っていたから こそ、成し得た仕事だと思います。どんな思いで、どんな会話を交わしながらこんなハイカラなバルコニーを作ったのか、興味深いものがあります。建築中は、珍しい洋風建築を建てているという評判から、毎日見物客が来たそうですから、大工達は誇りをもって仕事をした事でしょう。
Dscn2048_640 (写真上、旧尾県学校校舎、正面の円形のバルコニーに特徴がある。)
(写真下、説明板、クリックすると拡大します。)

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2007年11月27日 (火)

誰が書いたのだろう?

Dscn2030_320  初狩駅から高川山登山道入口に至る狭い道筋に、この説明板が立っていました。寒場沢を越えたあたりだと思います。
作家、山本周五郎が山梨県出身であることは知っていましたが、この初狩が生誕地だったことは、この説明文を読んで始めて知りました。
いったい誰が建ててのだろう。
普通こういった説明板には、どこどこ教育委員会などの名称が書かれているものですが、この説明文にはそんな事は書かれていません。
素朴な書き味ながら、山本周五郎や、この土地への愛情が感じられる好ましい文章です。
だいぶ古くなっており、もし朽ち果てたらまた再建されるとも思えませんので、ここに書き写して残しておこうと思います。
そしてまだ読んだ事がなかった小説「山彦乙女」も読もうと思いました。

   神馬沢と文豪山本周五郎
 高川山の一郭でありますこの沢神馬沢の「寒場」は明治四十年八月に大水害が発生して多くの犠牲者を出した事と先生の作品の一作「山彦乙女」が発表された時に先生の生誕の地について話題を一時表わしました。
神馬沢の地名についての由来は古文書によりますと岩壁に無数の馬の蹄の跡と解される場所があった事からと記されていましたがいつしか寒場沢と地名が変わったようです。
先生は明治三十六年にこの地初狩にて出生され大水害に遭われて家族及び地域住民の惨状が思い出になりその後の作品に大きく影響されてのではないでしょうか。特に「山彦乙女」は先生の先祖の地韮崎、甲府、江戸そして初狩とこの沢の風土を含み入り乱れた作品です。一読いかがでしょうか。
登りながら下りながら作品の一辺に思いを巡らし又山頂に座して夕月の天を仰ぎ太古の音に修験道者が二十三夜に五穀豊穣と国家安寧を願い祈った時の山は自然林で一面鬱蒼としていただろう。
源頼朝公が初狩の里にて巻狩をし、信玄公が、又多くの旅人もこの里を行き来した姿は如何様であったろう。時が進み眼下をリニアが500kmで走り遠く天体へは人々が生活の場を求めて時代を進めている。これからどんな風景が展開するか勝手に瞑想するも山登りの一方ではないででしょうか。又おいでください。

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2007年11月26日 (月)

高川山へ

Dscn2040_320 昨日は、かみさんと2人で中央線沿線の高川山(たかがわやま)に登ってきました。
山頂では予想したとおり、晴れた秋空のもと、360度の眺望を楽しんできました。
正面に雪面が白く輝く富士山。そして中央本線から登れるお馴染みの山々が連なります。
遠くに南アルプスの間ノ岳が真っ白な姿を見せています。残念ながら北岳は山に隠れて見えないのですが、少し視線を右に移動させると、鳳凰三山を経て特徴あるピラミッド型の甲斐駒ケ岳も見つけました。
家を7時に出て、中央本線八王子駅から8.04の始発に乗れば、初狩駅には9.14には到着します。丹沢山塊に行くより近いのです。
駅から歩き始めて、高川山山頂までは2時間弱の行程です。標高は976mですが、初狩駅が標高約400mですから約600mの登りです。急登部分もありますが、道もしっかりしていてわりと楽に登ってきました。
山梨百名山にも選ばれ、中央線沿線では人気の高い山と聞いていましたが、初狩駅からの登りコースや、下山コースに選んだ田野倉駅まで、登山者の姿は少なく紅葉し始めた樹林帯の静かな山歩きが楽しめました。さすがに狭い頂上は、お弁当を食べる人が多く、この山の人気の程を知りました。
下山路も約2時間の行程でした。頂上からしばらくは、こちらもかなりの急坂が続きます。途中で猿の集団が登山路脇の樹林の中を移動している光景を見ました。コースの終点、富士急行の田野倉駅近くの尾県(おがた)郷土資料館に立ち寄り、山梨県の有形文化財に指定されている洋風の古い校舎を見ることが出来ました。
田野倉駅からは、15.36発の富士急行ホリデー快速河口湖4号に乗りました。
この電車、中央線の特急車両を使い、なんと立川駅から武蔵野線に入り、東武東上線の乗換駅北朝霞まで1時間40分で到着します。JR東日本様、よくぞこのダイヤを組んでくれました。
そんなわけで、17.30には我家に到着です。高川山のある山梨県都留市には、都留市二十一秀峰が選ばれているようですから、また登りに行ってもよいなと思いました。ちなみに都留市二十一秀峰とは次ぎの山々です。

「コースタイム」
初狩駅9.30-男坂、女坂、沢コース分岐9.55-男坂、女坂分岐10.20(女坂コース)-沢コース合流10.35-西尾根分岐10.40-男坂合流10.47-頂上11.00-頂上発12.10-田野倉下降点13.10-馬頭観音13.15-林道登山口13.38-稲村神社、尾県郷土資料館見学(約50分)ー14.50田野倉駅  登り(1時間30分) 下り(1時間50分)

「都留市二十一秀峰」
 1.高川山(山梨百名山)
 2.九鬼山(山梨百名山)
 3.高畑山
 4.朝日山(赤鞍ヶ岳)
 5.菜畑山(山梨百名山)
 6.今倉山(山梨百名山)
 7.赤岩
 8.二十六夜山(日本花の百名山)
 9.文台山
10.御正体山(山梨百名山)
11.石割山(山梨百名山)
12.鹿留山
13.杓子山(山梨百名山)
14.倉見山
15.木無山
16.三つ峠山(山梨百名山)
17.御巣鷹山
18.清八山
19.本社ヶ丸(山梨百名山)
20.鶴ヶ鳥屋山
21.城山Dscn2034_320

(写真上、静かな樹林帯の登り)

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(写真下、下山路の田野倉駅近くで見た見事な紅葉)

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2007年11月23日 (金)

これは優れものーパソコン切替器

Dscn2028_256  友人にインターネットオークションでの購入を頼んでいたパソコンが、安い価格で落札できて我家に届きました。
友人はパソコンや周辺機器のオークション購入の名人で、高値掴みになりがちな僕と違い、良品を実に的確な価格で手に入れてくれます。

中古品とはいえ、購入したこのIBM製パソコンは、僕が現在使っているものよりはるかに高性能機です。
仕事で使うCADソフトの関係で、自宅でもOSをWindowsXPに換えられずに(いまだに98SE)使っていたデスクトップPCでしたが、さすがに最近はインターネットの利用や新しいソフトの対応が出来難くなり、手持ちのXPインストールのノートPCだけでは、不便になってきていたのです。
XPなどといっていますが、今はもうWindows Vistaの時代ですからね。
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さて、2台のPCを使い別けるようになると、液晶ディスプレイは、2台のPC接続が可能であり、入力によって自動的に切り替わってくれるからよいのですが、問題はマウスとキーボドです。
2台から4台くらいのPCを、切り換えて使用できるパソコン切替器がある事は知っていましたが、実際に使用経験はありません。

 実は、使用している液晶ディスプレイのメーカーであるEIZO(ナナオ)から、1組のキーボード、マウス、モニターで、2台のパソコン操作を可能にするかなり高級なPC切替器が発売されています。(何故か、今年の10月で発売中止になりました。)ただ、販売価格が3万円以上と用途から考えると高すぎる代物です。
そこで、近所の電気量販店に出かけました。
 我家から徒歩15分程の所に従来からあったケーズデンキと、その横に最近割り込んできた(悪くいえば殴りこみ状態)ヤマダ電機が熾烈な競争をしています。少し離れていますが、コジマが2店舗を統合してより大型にした店舗もありますので、三つ巴の販売合戦というところでしょうか。
先ず、ヤマダ電機に行きましたが、ここは大型店舗のわりにはいつもパソコン関連の商品が少なく、パソコン切替器も2種ほどしかなかったのでパスしました。
次ぎのケーズデンキは、良く買い慣れている面も有るのですが、パソコン周辺機器の種類も在庫も豊富です。
パソコン切替器も数社、10種類ほどが並んでいました。価格は3000円前後から7000円くらいまでです。
大別すると、マウスとキーボードの端子がPS/2か、USBかにわかれます
それと、マウス、キーボード、ディスプレイの他に、スピカー端子の有無があります。ほとんどの機種が切替をキーボードから行うタイプですが、これに手動スィツチが附加された製品もあります。
さすがに、マウスとキーボードのみの切替器はありませんでした。
結局選んだのは、ELECOM社製の「ビジネス向け最速切替器」と書かれたケーブル一体型パソコン自動切替器「KVM-KV2FN」です。PS/2タイプの製品です。これにはスピーカー端子は付いていません。購入価格は3、700円です。
早速、設置してみました。前面の端子にキーボードとマウスをつなぎ、背面の2回路のケーブルをそれぞれのパソコンのキーボードとマウス端子に接続。ディスプレイは2台のPC接続が可能で、入力信号で自動的に切り替わるので、この切替器は使用しません。
 使用感は、とても使いやすいと思います。ひとつのパソコンだけを使用しているときは、自動的にスイッチが切り替わりますし、2台動作中は、切替器中央のスイッチで簡単に切り替わりパソコンを選択できます。
勿論キーボードからの入力でも切り替わります。
どのパソコンに切り替わっているかは、スイッチ横のLEDが青く点灯してわかるようになっています。
切替器と称するものには、プリンターやUSBなどもありますが、このパソコン切替器はそのなかでは、もっとも高評価を与えられる優れものとみました。
   (写真上、新しいパソコン横に置いた切替器。80mm角で高さも20mm程度の小形商品です。切替は1台作動時は自動感知ですが、2台を使用中は真中のスイッチで切替ます。切替はLEDの点灯でわかります。)
   (写真下、購入時の切替器の包装箱)

 

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2007年11月21日 (水)

志木ニュウータウン中央公園の紅葉

Dscn2020_320 志木ニュータウンの中央公園の紅葉が進み、近所の方も見に来られているようです。これから2週間ほどは毎日の木々の色の変化が楽しめます。
それと並行するように、ニュータウン内の毎日の落ち葉掃きが大変な作業となって、清掃員の方を悩ませます。

(中央公園の紅葉はこれからが見頃です。)

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(イチョウの葉は、日当たりの良いところほど黄金色に輝いています。)

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(中央公園の周りでは、ピラカンサの木に、遠目には花かと思えるほどに、赤と黄色の実がついています。)

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改正建築基準法の円滑な施行に向けて?

6月に改正された建築基準法により、建築確認申請手続きが従来に比べて各段に難しくなり、申請側、受理側ともに業務に支障をきたしている状況が報道されることが多くなりました。
 住宅、マンションの着工件数の減少まできたして、国内総生産数値に影響を与えるところまできてしまったようです。
一昨日の11月19日に国土交通省のHPに、「実務者向けのリーフレット(第2版)の配布」として、次ぎのようなお知らせが載っています。

「国土交通省においては、改正建築基準法の円滑な施行に向けて、各般の関連情報の周知徹底等に努めておりますが、新しい建築確認手続きの要点に絞って、設計者、施工者、デベロッパーなど主に事業者側の実務者を念頭に、わかりやすく説明したリーフレット(既に30万部配布)について、建築基準法施行規則の一部改正(平成19年11月14日)の内容を反映した改訂版(第2版)を新たに作成し、配布することとしましたので、お知らせします。」

 現在の建築確認申請業務は、とても円滑などとは程遠い状況であることは周知の事実でありますが、この11月14日の建築基準法施行規則の見直しの公布・施行も 内容は次の2点で、これが施行されたからといって現状の打開にはほとんど関係なしといえるものです。
1 ) 確認申請の際に必要になっていた構造方法や材料等に係る大臣認定書の写しの添付が基本的に不要になりました。(つまらんコピーが膨大に必要なでしたが、少し楽になるでしょう。)
2 )構造安全性、防火・避難性能に関わらない間仕切りや開口部の変更は「軽微な変更」として扱い、計画の変更に係る確認申請が不要になりました。

ともかく、この建築確認申請問題は、難問すぎて打開策など書けないのですが、まだ、読んでいない方は「実務者向けのリーフレット(第2版)の配布」(PDF版)を覗いて見て下さい。
 http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha07/07/071119_.html 国土交通省HP内

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2007年11月19日 (月)

梅酒の後は、キンカン酒の仕込みです

Dscn2016_320 今朝、7時の気温は昨日と同じ4.5℃でした。TVニュースで12月の気温と報じていましたが本当に寒くなりました。
灯油の値段が高騰している北海道の方は大変でしょう。
群馬県の水上町では雪が降り、積もり始めているそうです。我家から関越自動車道を使えば1時間半の距離で、積雪です。
 この寒さで庭のキンカンが一気に黄色くなりました。今年は実の付きが良い年にあたり、キンカン酒が仕込めそうです。
キンカンは梅以上に実の付きが隔年周期ですので、キンカン酒も1年おきに作っていますが、梅酒より香があり、食前酒にむいています。今年も梅酒の後は、キンカン酒の仕込です。
Dscn2015_320
(写真上、沢山の実がついた庭のキンカン、小鳥がよく実をついばみに来ている。)
(写真下、昨日朝の庭の温度計。4.5℃を指しています。今朝も同じ気温でした。金沢在住の山スキーの達人は、そのHPに今シーズンの記録を載せ始めました。)

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2007年11月18日 (日)

柳瀬川・ヌーヴォー

Dscn2012_320 以前ブログにも書きましたが、6月17日に我家の庭で採れた南高梅を梅酒に仕込みました。
それから6ヶ月間静かに寝かし、昨日ビンから取り出しました。
梅を入れたまま、もっと長期間寝かせてもよいようなのですが、我家では梅は取りだしてしまい、出来た梅酒を別のビンに入れて保管します。
梅の実は豊作と不作が1年ごとに繰り返されるのですが、今年は不出来の年にあたりました。
大抵は梅の出来の悪い年は、梅酒の味も落ちるので、最初の試飲で嬉しさもかわります。
さて、今年の出来は?。 上々でした(^o^)。
かなり前から梅酒作りをやっていますが、昨年(2006年)の味が今までの最上の出来でしたが、それと遜色ない出来栄えです。
毎日少しずつ飲んでいますが、ビンに移しても熟成が進み、味もよくなりますので、これからが楽しみです。
Dscn2013_320 (写真上、味も上々の2007年梅酒、720mlビンに小分けして6本作れた。)

(写真下、取り出した梅は普通だと、左の梅くらいの状態だが、今年は右のようにシワシワになってしまった。
 糖分(我家の場合は氷砂糖)が多いと糖の浸透圧によってシワが出来るそうですが、いつも同じ量の氷砂糖を使用しているので、我家の場合は、多分今年は梅の熟度の問題があったのでしょう。
ワインも年により出来が大きく違うようですが、いつも同じ庭の梅を使って作る梅酒作りでも、そのことをとても感じます。)

「参考:梅を砂糖に浸すと、外部の糖度濃度に比べ、梅内部の糖度濃度が低くなるため、
梅は内部の水分を出して外部の砂糖を溶かし、糖度濃度を一定にしようとします。これが「浸透圧」です。
ですから、梅に対して砂糖の量が多いと、シワシワ度が増します。」

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久間防衛庁長官(当時)の宴席とゴルフ場〈資料編ー1)

断片的に報道されていることですが、防衛利権に絡む大事な事でもあり、今後の展開の為に少しまとめて書き残しておきます。
 久間防衛庁長官(当時)が、出席を曖昧にしている宴席は、平成18年12月5日に、宮崎元専務、米津佳彦山田洋行社長 山田真嗣代表取締役、山田正志(山田真嗣代表取締役の実父)、防衛省守屋武昌事務次官(当時)、秋山直紀(社団法人「日米平和・文化交流協会」専務理事並びに「安全保障議員協議会」事務局長)他の出席で、東京、赤坂すっぽん料理「さくま」で行なわれ、久間防衛庁長官(当時)も出席しました。(さくまは、小さな料亭ですが、すっぽん料理を食べると、1人50、000円弱程度は覚悟した方がよい庶民には縁遠い店です)
久間氏は、山田洋行を支援し、守屋氏は日本ミライズを設立した宮崎元専務を支援していたと云われているので、この宴席はかなり複雑な様相です。Goruhu

次ぎに守屋氏が300回以上も通ったゴルフ場は、千葉県の山田ゴルフ倶楽部、万木城カントリークラブ埼玉県の平成倶楽部鉢形城コースのようです。
守屋氏(ゴルフ場での偽名:佐浦丈政)の夫人(偽名:松本明子)は、山田ゴルフ倶楽部がお気に入りだったとか。
全て、山田地建グループのゴルフ場です。

(写真は、万木城カントリークラブ)

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2007年11月15日 (木)

ジャガイモの生育は順調ですー本家農園

Dscn2009_320 今日の本家農園のジャガイモです。9月23日に種芋を植え付けましたが、その後順調な生育を続け背丈、葉振り、色艶、すべて廻りの農園に植えつけてあるジャガイモを圧倒しています。

作男「良かったですね。きっとリヤカーで運ぶくらい収穫できるだよ。」
女農園主「そんな、ーー。いくら葉が繁ってもジャガイモは根につくのですよ。自転車で運ぶくらいでも収穫できたら充分ですよ。」
作男「大きな種芋をまるごと植え付けしただよ、大玉が、根ににごろごろだべ。」
女農園主「掘ってみたら小粒なのが、ぱらぱら」
作男「ほんとは、そう思っていないくせに」
女農園主「ほほほ。冬ジャガイモは始めてですから、心配しているのですよ。」
    女農園主様も嬉しそうです。
作男「よし、今朝は肥料をやるべ」
女農園主「あげ過ぎはいけませんよ。いつも多すぎますよ」「土寄せをしっかりね。」
作男「へい、へい。だども農園主様はなにするだ」
女農園主「秋空がきれいだこと」
Dscn2008_320

(写真左、ジャガイモの株間に化成肥料をまき、根に充分土寄せをした)

本当は、女農園主様もホウレンソウの収穫の終った場所を耕して、石灰を撒いて汗をながしていなすっただよ。-作男

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2007年11月14日 (水)

防衛省装備品購入費の1割(1000億円)削減を

Jikanp_160 10月24日のブログで、前防衛省守屋武昌事務次官について書きましたが、その続きです。
「月刊現代11月号」に守屋氏が「我が官僚人生に悔いなし」を書き、その最後にこう書いています。
「最後に私自身の今後について触れておきますと、一部で「防衛省の顧問に」といった話しも出ていました。けれども、私はそれを受ける気はまったくありません。
後任に思い切って仕事をしてもらうためには、そういったことはすべきでないと思うからです。」

これが、まったくの嘘で、顧問として残り、自身が君臨した防衛省の利権に深い係わりを持とうと画策していたことは、前回のブログにも書きましたが、周知の事実でした。
今朝の新聞に、「守屋前次官 収賄で立件へ」と大きく報道されています。
逮捕も近いのかもしれません。
毎日、これでもかとばかりに、次々と次官在任当時の不祥事が報道されます。

守屋氏はかって省内では天皇とも云われましたが、一部ではタヌキゴジラとも呼ばれて、関係者の間で影の部分の噂が絶えず、それは外部にまで洩れ聞こえてきたのでした。
 次官の後任人事にからむ報道や、防衛専門商社「山田洋行」とのスキャンダルが発覚するずっと以前から、装備品発注をめぐっては、伸誠商事、山田洋行以外にも噂さがありました。
 氏個人にも、報道されているような多くの接待疑惑や、住宅購入資金、土地売却、部下の河村延樹防衛政策課長などとの怪しげな裏金操作、裏口座、夫人の接待疑惑、その他もろもろ、あげたらきりがありません。
防衛省のトップがこの有様です。
組織全体に、群がる兵器産業メーカーや商社、天下りOB達との癒着構造が蔓延していると見られても仕方がないでしょう。
 それ以上に、守屋氏もからむ弾道ミサイル防衛計画、沖縄基地移転がらみの利権は今後の捜査によっては、政治家も含む防衛省をめぐるもっと大きな贈収賄、汚職疑惑となる可能性があると思います。
 
防衛予算に関しては、従来から聖域とされ公表も、追及もされませんでしたが、ここまで腐敗した組織での発注業務が行なわれているとすれば、政治の場でこの際徹底的に追求し、防衛産業との癒着をあぶりだす必要があるでしょう。
 
 
年間防衛予算5兆円のうち、装備品購入費として1兆円が使われています。
この際、陸、海、空合わせて合理的な予算の使い方と、無駄を極力省き、利権の温床になる事の無い組織になるよう、国民が見守って行かねばならないと思います。
 先ずは制裁処置として、徹底的にうみを出して、この位節約しろとの意味を込めて1兆円の10%、
1000億円の予算カットを一市民として進言します。
世界各国の軍事費と比べると、GDP比1%は、ランク40位近辺だとか、ミサイル防衛網の拡充の為に、防衛費を増額すべきなどの声ばかりが大きいこの頃ですが、総額5兆円の重さも真剣に議論すべきでしょう。
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(写真上、前防衛省守屋武昌事務次官、きれものといわれたそうだが、この顔は?〇ぬ〇顔?)
(写真下、今年8月に進水したヘリコプター空母、「ひゅうが」、2009年には竣工して任務につく予定。建造費は1000億円以上。どんな利権が飛交い、誰が甘い汁をすすったのか。2番艦も製造が予定されている。)

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2007年11月12日 (月)

1日でこんなに

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昨日の続きです。
今日の朝のイチョウの写真です。
明かに葉が昨日より黄色くなっているのがわかります。毎日目に見える早さで色が変化します。そして本当にきれいだなと感じられるのは数日しかありません。
紅葉の時期に、山に登っても本当に美しいと思う紅葉に出会うことは少ないのです。写真が少し古いので変色していますが、僕が今まで見た紅葉の風景でベスト5になるだろうという写真があります。
場所は、尾瀬の燧ケ岳の裏登山口である御池田代周辺です。今でも目を閉じるとこの時の紅葉の美しさが浮かんできます。多分、好運な事にこのあたりでのシーズン最高の日に行き合わせたのでしょう。僕は赤色だけよりも、このように赤や黄色が混ざり合うのが好きです。
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(写真-1)

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(写真ー2)

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(写真ー3)

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2007年11月11日 (日)

秋深まる頃

Dscn1999_320  短い期間とはいえ、毎日、ただ暑い日だけが続くタイにいた時と比べると、戻ってきた日本の朝晩の温度差や、日毎に深まる秋の気配などが新鮮なものに思えます。
志木は昨日も、今日も冷たい雨が降り続きました。
 立冬(11月8日)も過ぎて冬が近づきつつある事を感じます。
我家の前のイチョウの葉も、だいぶ黄色に変わり始めました。
同じイチョウの木でも、葉の色が変わる時期に個性があります。
今、黄色くなり始めた写真のイチョウは、毎年、他の木が黄金色に染まる頃には、早くも落葉してしまいます。
人間と同じように、植物にも個性があるのだと感じさせてくれるイチョウです。
二十四節季の立冬の次ぎは、小雪(11月23日)です。
 そして立冬と小雪の間は、七十二候で三つに分かれています。
 11/8~11/12  山茶始開    ( 山茶(つばき・さざんかのこと)の花が咲き始める時季。)
 11/13~11/17 地始凍   (陽気もなくなり、大地も凍りはじめる時季。)  
 11/18~11/22 金盞香   (冬の気配さらに強くなり、金盞(きんせん・水仙)の花も咲き出す時季。 )
 季節の移り変わりをとらえる日本人の感性の細やかさを感じます。なんだかやさしい気Dscn1998_320持ちになりますね。

(写真上、我家のベランダから見える黄葉したイチョウ)

(写真左、志木ニュータウン横のマロニエ通りも紅葉が始まりました)

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2007年11月 9日 (金)

20バーツの汽車の旅ーアユタヤーへ

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Kiltupu_320Dscn1857_320 バンコクの北約80km、川の中州にある町アユタヤーは、1350年から417年間、5つの王朝、35人の王が君臨したタイの古都。1767年、ビルマ軍に侵略されて建造物の多くは徹底的に破壊され、廃墟と化してしまった。現在では、遺跡の町として、多くの観光者を集めている。(地球の歩き方より)

 宿泊しているホテルの近くにあるBTSのプロンポン駅(Phrom Phong)から乗車してひとつ先のアソーク駅(Asok)で降りて、徒歩で、地下鉄のスクムウィット駅(Sukhumvit)に行き、地下鉄に乗ってDscn1865_320終点のフアランポーン駅(Hua Lamphong)で降りると、タイ国鉄のフアランポーン駅です。

タイの国鉄の総延長は約4000kmと日本の七分の一程度の規模ですが、新幹線などとは無縁の、非常にローカルな汽車の旅ができます。
バンコクには3つの駅がありますが、フアランポーン駅は日本でいえば東京駅、バンコクの中央駅です。
中央駅などといっても、大きなホールがひとつあるだけの規模の駅です。

遺跡の町、アユタヤー(Ayutthaya)には、どうしても汽車で行きたいと思い、念願かない往Dscn1903_320復とも3等車の旅を楽しんできました。
片道100km近くあり、時間も1時間半ほどの乗車時間なのに、汽車賃は、20バーツ(日本円で70円)と、嘘のような安さです。ただ、時刻表通りに運行する事はないと思ったほうが良いようです)

(写真上から、一枚目、アユタヤー駅の駅名板)

(2枚目、アユタヤー行き乗車券、この場合は3等車で、汽車が指定されている。運賃は20バーツである。指定された汽車に乗らなかった場合、この切符は無効になるのか、他の汽車にも乗車できるのかわからなかった。)
(3枚目、
フアランポーン駅構内です。)

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(4枚目、アユタヤーまで乗った列車。デイーゼル車で、冷房の効いた2等車も併結されていたが、乗らなかった。というより、予約もしていなかったし、当日、駅のどこで、どんなふうに買えば良いのかわからなかった。

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3等車は暑くて、汚いし、混雑すると聞いていた

が、走行中は気持ち良く風も入るし、昭和30年代の国鉄の3等車を知っていれば何ともない。
同じ車内にアユタヤー観光に向う日本人の大学生2人と、1人で旅している若い女性が乗っていた。自由に旅している若者達は、明るく闊達で好感が持てた。3人とも自転車を借りてアユタヤー観光をするとの事、若さが羨ましい。)

(5枚目、これでもホーム?。アユタヤーと言えば日本の京都みたいなもの、それでも帰りのバンコク行きのホームはこの程度。改札口から線路を横断して、板のホームに上る。僕はこういうのは大好きだ。)

(6枚目、ご存知、アユタヤーのイメージの象徴のような、木の根に取りこまれた仏像の頭。ワット・プラ・マハタートにある。写真では知っていたが、はるばる日本から来て、本物を見ることができて感激した。)

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(7、8枚目、ワット・チャイワッタナーラームにて。好きになった場所のひとつ。ここも他のアユタヤーの寺と同じように、侵攻してきたビルマ軍によって、破壊されてしまった。観光客もほとんどいなかったので、広い公園のような敷地内をゆっくり見て廻った。)

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2007年11月 7日 (水)

トイレの変な絵

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Dscn1913_320 バンコクからカンチャナブリ方面に向う途中の、ガソリンスタンド兼コンビニのトイレで見つけた変な2枚の絵です。
小便器の前の壁に貼ってありました。
何を意味するのかわからなかったのですが、側にいたタイ人の人が、「これは体操の絵だよ。車に乗っていると運動不足になるから、トイレに寄った時、少し体操をして身体をほぐすんだ。」といった意味のことを話してくれましたが、本当かどうかわかりません。

上の絵は、体操といえばそうとも思えますが、下の絵は小便器で顔を洗っているようにも見えます。
タイ語が書いてあるのですが、残念ながらタイ語はまったく読めません。
日本で旅行の準備をしていた時に、タイ語を貼りつけようとコピーした単語を切りぬいたら、上下がわからなくなりました。逆さまにしても、それらしく見える文字です。
そのうち、意味が読み解けましたら報告します。

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2007年11月 6日 (火)

黄色が消えた!

Dscn1976_320 朝、昨日と同じように、インペリアル クイーンズパーク ホテルの公園側出口を出る男。
真新しい黄色いポロシャツを着ている。胸に王宮のマーク。
守衛「「サワッディー カップ」
「サワッディー カップ」「おはよう」
昨日以上に、公園内をランニングしている大勢のランナー達。
横の数面のコートで、セパタクローに興じる若者達の歓声。
「セパタクローか。タイでは皆が楽しむスポーツなんだな」
男、嬉しげにそれらを見やりながら、BTSのプロンポン駅(Phrom Phong)に向って歩いて行く。
途中に、この公園がシリキット現王妃の記念公園である事を象徴する金色に輝く円盤が建っていて、王妃の姿彫り込まれている。大きな金貨のようだ。
像の前で立ち止まり礼をする男。
スクムウィット通りのBTSへの階段付近で、なにかおかしいぞといった表情を見せる男。
「なぜだ、黄色のシャツがいない」
先を急ぐ通勤客達の姿。昨日のような黄色のシャツを誰も着ていない。
駅のホームで、黄色いシャツ姿の人を探す男。
「たまに着ているのがいるが、あれは夜勤明けか、朝帰りかな?」「僕はどうなる?」
BTS車内。白系統の服が多い。完全に事態を把握して、居心地悪そうな感じになっている男。
「参ったなー。浮いてるな!」
 男は僕です。そうなんです。
タイのことは、事前に調べたつもりだったのですが、この黄色のポロシャツは、完全に抜けていました。

 BTSの車内で、どうも昨日はなにか特別の日か、または月曜日にだけ着る色ではないかとうすうす気付いたのですが、真相はアユタヤに向う列車の3等車のなかで、同じボックスに乗り合わせた日本人学生から知らされました。
彼らは、空港からホテルに向う車の中で、黄色のシャツについて、HISの現地係員から教えられたようです。
タイでは、曜日ごとの色があり、現国王の生まれた月曜日の色は黄色なので、国民は黄色の服や腕輪を身につけて祝意を表していたのです。
昨年の国王の在位60周年記念から、政府の呼びかけでいっそう広まり、それがブームとなって、今年に及んでいるようです。
特に、胸の部分に王室の紋章をあしらったポロシャツが大人気との事。そう僕が買ったシャツです。
昨年は、小売店での販売価格は一時、当初の200~300バーツ(約600~900円)から倍以上に跳ね上がってしまい、政府が400バーツ以上の値段で売る事を禁じたとか。
でも、昨日はデパートで、600バーツくらいで売られていましたが。

 バンコクを訪れて、強く感じたのは、タイの国民が王室を大変深く尊敬していることです。
決して強制などでなく「王室を敬う」事がタイ国民の一般常識になって根づいている事を知ることができました。
また、生活の中で、仏教とどう向き合っていけば良いのか、真言宗徒である僕も、多いに教えられ、得るものがありました。
ちなみにタイの曜日の色は、次ぎのように決められています。

  「曜日の色」
日 赤
月 黄
火 桃
水 緑
木 オレンジ
金 青
土 紫
 (写真は公園で、太極拳に似た踊りを楽しむ人達)

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2007年11月 5日 (月)

バンコクで黄色のポロシャツを買う

Porosy1_320  朝のベンチャシリ公園(Queen Sirikit Park)。
中央の大きな池の水面がキラキラと輝いている。
気持ちの良い公園の朝の風景。
公園横に建つ高層ビルの巨大なガラス面に、青い空と雲が写っている。
今日も暑くなりそうな気配。

隣接するインペリアル クイーンズパーク ホテルの公園側の出口から男が出てくる。
姿勢正しく立っている守衛が笑顔で挨拶する
守衛「サワッディー カップ」
「サワッディー クラップ」「おはよう」
「教科書はクラップだが、どうもこれからはカップと発音したほうが良さそうだな」
男は公園内を抜けて、BTSのプロンポン駅(Phrom Phong)に向って歩いて行く。
ランニングをしたり、公園のベンチを使ってトレーニングしたり、大きな音でスピーカーから音楽を流し、太極拳をする大勢の人達の姿が見える。
「昨日の夜の公園といい、今朝もまた同じ。バンコクの人はこの暑いのに、なぜこんなにトレーニングに熱中するんだろう。まったく信じられないよ。どこで着替えているんだろう。」
「あの人、散水用のゴムホースから水を飲んでいるぞ。大丈夫かな」「うがいの水までペットボトルの飲料水を使うほうがおかしいのかも?」

駅に登る階段付近で、なにか不思議そうにあたりを見回す男。
行き交う男女が、皆黄色のシャツを着ている。
BTSの切符の自動販売機でコインで切符を購入する男。その後ろを黄色いシャツを着た大勢の人が通りすぎる。まさに黄色、黄色、黄色。
「ええと、モーチット方面で良かったんだな。TO Mo Chitか、ここだな」
エスカレーターで降りて行く男。
BTSのホームも、黄色のシャツを着た男女が並んで待っている。皆、左胸に王宮の建物のマークが付いている。
呆れたように見ている男の顔。
「なんて事だ。昨日はスワンナプーム空港から、車でホテルに直行したので黄色のシャツに気がつかなかったけれど、バンコクの人は皆黄色いシャツしか着ないんだ!」
「カラーコーディネイトという単語は無いんだな。」

ホームに入ってきたBTSの車内に乗り込む男。つり革に掴まる。日本のつり革と違い掴まる部分に輪が無い。
男、車内を見渡しながら「黄色だ!」
 
さて、このは僕です。
よし、郷にいれば郷に従え。そういう事なら僕も黄色のポロシャツを着ようと、この日の昼間、通称インド人街と呼ばれる生地屋と洋服屋の並ぶパフラット市場の凄い雑踏の中で、店先に沢山吊るされた黄色のポロシャツの一枚を買いました。
199B(バーツ)の正札をなんとか170Bに値切りました。200Bを支払い、もらったお釣が50B札でした。なんだかよくわからない国です。いろんな面でこのわからなさ、帰国の日まで続きました。結局150Bで買えたポロシャツは日本円で525円程度です。勿論、王宮マーク付です。
さて、次ぎの日、勇躍、黄色のポロシャツを着て、アユタヤ観光に出かけるべく、バンコク中央駅、国鉄フアランポーン駅に向った僕が見たものとは?。
     
続くーーーー

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2007年11月 4日 (日)

バンコクへ

Dscn1816_320 エネルギッシュで喧騒に包まれた都市、バンコクを始めて訪ねてきました。
5日間ほどの短い滞在でしたが、興味深かった事などを書いていきたい思います。今日はそのスタート編です。

(写真上から、宿泊したインペリアル・クイーンズパーク ホテル。BTSプロンポン駅(Phrom Phong)から徒歩5分ほどの場所にあり、交通の便が良い。
バンコクのホテルは、東京から比べれば割安感は有るとはいえ、交通費や食事代その他の物価と比べるとかなり高い水準にある。このホテルのツインの値段は、朝食付きで13,000円位である)

(2枚目、8年ほど前に開通した高架式の鉄道で通称BTSと呼ばれる。市内の恐るべき渋滞と、排気ガスに驚いて、移動にはタクシーやトゥクトゥクと呼ばれる変な三輪車には乗らずに、もっぱらこのBTSとDscn1819_320地下鉄を利用した。値段も初乗り運賃15B、日本円にして52円と安くて運転本数も多く便利である。車体横全体に広告シートが張られている。このシート、扉や窓のガラスまで張られているので、最初にホームに入ってきた車体を遠目に見て、貨車が入ってきたかと思ってしまった。しかし車内から見ると、窓は普通の視界がえられる。)

(3枚目、4枚目、バンコク市内で目につくのが、建設途中で工事が中止され、放置されているビルが多い事である。1997年の経済危機で投資がストップされて中断したビルとの事で、インターネットで調べてみたら中断したビルの量はマンションが約14、000戸、オフィスビルは約700,000㎡(東京ドームのグラウンド部分の54個分)もあるらしい。大体がコンクリートを打設した段階で、はい、ここまでとDscn1820_320いった感じで廃墟のようになっている。日本でも、バブル崩壊後に似たような現象はあったが、バンコクは桁違いに多いので驚かされた)

 

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