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2007年11月 9日 (金)

20バーツの汽車の旅ーアユタヤーへ

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Kiltupu_320Dscn1857_320 バンコクの北約80km、川の中州にある町アユタヤーは、1350年から417年間、5つの王朝、35人の王が君臨したタイの古都。1767年、ビルマ軍に侵略されて建造物の多くは徹底的に破壊され、廃墟と化してしまった。現在では、遺跡の町として、多くの観光者を集めている。(地球の歩き方より)

 宿泊しているホテルの近くにあるBTSのプロンポン駅(Phrom Phong)から乗車してひとつ先のアソーク駅(Asok)で降りて、徒歩で、地下鉄のスクムウィット駅(Sukhumvit)に行き、地下鉄に乗ってDscn1865_320終点のフアランポーン駅(Hua Lamphong)で降りると、タイ国鉄のフアランポーン駅です。

タイの国鉄の総延長は約4000kmと日本の七分の一程度の規模ですが、新幹線などとは無縁の、非常にローカルな汽車の旅ができます。
バンコクには3つの駅がありますが、フアランポーン駅は日本でいえば東京駅、バンコクの中央駅です。
中央駅などといっても、大きなホールがひとつあるだけの規模の駅です。

遺跡の町、アユタヤー(Ayutthaya)には、どうしても汽車で行きたいと思い、念願かない往Dscn1903_320復とも3等車の旅を楽しんできました。
片道100km近くあり、時間も1時間半ほどの乗車時間なのに、汽車賃は、20バーツ(日本円で70円)と、嘘のような安さです。ただ、時刻表通りに運行する事はないと思ったほうが良いようです)

(写真上から、一枚目、アユタヤー駅の駅名板)

(2枚目、アユタヤー行き乗車券、この場合は3等車で、汽車が指定されている。運賃は20バーツである。指定された汽車に乗らなかった場合、この切符は無効になるのか、他の汽車にも乗車できるのかわからなかった。)
(3枚目、
フアランポーン駅構内です。)

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(4枚目、アユタヤーまで乗った列車。デイーゼル車で、冷房の効いた2等車も併結されていたが、乗らなかった。というより、予約もしていなかったし、当日、駅のどこで、どんなふうに買えば良いのかわからなかった。

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3等車は暑くて、汚いし、混雑すると聞いていた

が、走行中は気持ち良く風も入るし、昭和30年代の国鉄の3等車を知っていれば何ともない。
同じ車内にアユタヤー観光に向う日本人の大学生2人と、1人で旅している若い女性が乗っていた。自由に旅している若者達は、明るく闊達で好感が持てた。3人とも自転車を借りてアユタヤー観光をするとの事、若さが羨ましい。)

(5枚目、これでもホーム?。アユタヤーと言えば日本の京都みたいなもの、それでも帰りのバンコク行きのホームはこの程度。改札口から線路を横断して、板のホームに上る。僕はこういうのは大好きだ。)

(6枚目、ご存知、アユタヤーのイメージの象徴のような、木の根に取りこまれた仏像の頭。ワット・プラ・マハタートにある。写真では知っていたが、はるばる日本から来て、本物を見ることができて感激した。)

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(7、8枚目、ワット・チャイワッタナーラームにて。好きになった場所のひとつ。ここも他のアユタヤーの寺と同じように、侵攻してきたビルマ軍によって、破壊されてしまった。観光客もほとんどいなかったので、広い公園のような敷地内をゆっくり見て廻った。)

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