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2007年9月 1日 (土)

チビスケと月山に登る

Gatusan_512 8月26日
 今日は三世代、3人で月山に登ります。僕とチビスケ(小3)、お父さんは、朝の7時に宿で朝食をとり、車で登山口の姥沢駐車場まで行きました。
どんな山かと少し緊張しているチビスケ。幸い天気は雲はあるものの、陽射しもあります。雨なら勿論登らない、途中で降ってきたら即、下山しようと決めています。
駐車場から右手に姥沢小屋を見ながら急な坂道を少し登ると、月山ペアリフト乗り場です。日曜日とはいえ、8月も終りに近づくと、月山の夏山もオフシーズン、リフトも人の乗っていない椅子だけがカラカラと廻っています。「リフトに20分乗るよ」「全部リフトで登るほうがいいな」とチビスケ。
がんばれよ、2時間半の登りが待っているのだから。
登って行くペアリフトの下には、紫色のリンドウが沢山咲いていました。「リンドウだよ、山はもう秋だね」
「明日から学校が始まるしね」
「仙台は早いんだね」「2期制だよ」「ふーん、小学校でもか」

チビスケはリフトの柱の数を数えています。リフトは心地よい震動をしながらどんどん登ります。後のリフトからお父さんが可愛いい息子をビデオで撮影しています。
ブナの森を一気に越えて、リフト終点はもう標高1500mの森林限界です。
頂上は雲に隠れていますが、前方に大きく広がる山はだが見渡せます。
「全部緑色だね」「きれいだろ、これを見せたかったんだ。」「白いのは、なに」「あれが雪だよ」「すごいね」
素直に感動するチビスケをみていると、自然の美しさをこれからももっと見せてあげたくなります。
8.20リフト上駅着。2人のストック長さを調節してあげて8.25出発。
山頂まで2時間強のコースタイムを、余裕をもって2時間40分ほどに設定してみました。
簡単に登れる山といっても、2000mの高山です。甘くみてはいけないので、雨具、防寒具、食料は各自が持つことにしています。最初に登った時に、日本海側から吹きつける風雨の厳しさは体験済みです。僕のザックには、ヘッドランプ、救急薬品、非常食、ツェルトを入れてあります。

リフトから少し歩いて、道が二手に分かれるので、右のコースをとります。左は姥ヶ岳を越えるルートで、下山時にはここから下りてこようと思っている道です。
木道の敷かれた、わりと歩きやすい道をチビスケは元気に登ります。新調したトレッキングシューズも問題なさそうなので安心しました。もし靴が合わなかった場合を考えて今まで履いていた靴も僕のザックに入れてきています。
姥ヶ岳の稜線にガスが巻いてきましたが、順調に登って8.55姥沢小屋への分岐に着きました。リフトにを使わずに登ってきた2人の登山者がちょうど着いたところだったので挨拶をかわします。このコース、熊に注意の看板が出ていましたが、恐がるといけないので、チビスケには黙っていました。

さあ、牛首までがんばろう。先程より少し急坂になりましたが、先頭を歩くチビスケはペースが落ちません。「靴はどうだい、滑らないだろ」「うん、いいよ」
 
9.25牛首着。姥ヶ岳からの道と合流するところです。コースタイムどおりに登れています。これなら大丈夫だ。少し休憩して頂上目指して出発しました。
ここから、鍛冶月光と呼ばれる急坂になリます。岩がごろごろしてとても歩き難い登山道。歩幅の小さいチビスケは苦労しながらも、元気に登ります。後から登るお父さんと、最近登った仙台の泉ヶ岳の登山道と比べた話しをしています。やはり岩がごろごろした場所があったようです。
下りてくる登山者が多くなりました。羽黒山側の八合目から登ってきたようです。信仰登山の一団も混ざっています。
日本海側からの風が強くなり、ガスも出てきて頂上は隠れて見えません。右手の山はだは見渡せますが、稜線の左側はほとんど視界がなくなりました。
僕がガスと云ったので、お父さんが家で使うガスではなく、霧のことだよと説明しています。
チビスケもさすがに疲れたのか無口になりました。下りてくる登山者から、「坊やえらいね、何年生?」と何度も聞かれるので、面倒くさくなったのかもしれません。
「こんど登る時は、3年生と書いたゼッケンを作ろうね」「それはいやだよ」
「ゆっくり、1歩1歩登れば、いつかは着くんだよ、止まったら絶対着かないよ。勉強と同じだね」僕が余計な事を言います。
稜線の道を廻りこむように登ると、小さな平坦地になります。以前鍛冶小屋が有った場所です。眺めのよい場所なのですが、残念ながら景色は見えません。
花の山ですが、8月末ともなると、ニッコウキスゲとコバイケイソウが目につく以外は、あまり咲いている花がありません。7月なら、この付近はハクサンイチゲの大群落が見られるのですが。

 鍛冶小屋跡からは、僅かの登りで遂に頂上小屋につきました。やりました。頂上着10.45。
2時間20分で1984mの月山を登ったチビスケを抱きしめてうんと誉めてやりました。少し疲れたたようですが、嬉しそうな笑顔を見せてくれました。あまり山に登っていないお父さんも、息切れひとつせずとても健脚です。チビスケは1年生の時、僕と小海線の清里から登った飯盛山が1653m、お父さんと登った仙台の泉ヶ岳が1172m、こんどは2000mにあと16mという高い山に登って、高さ記録更新です。
それから皆でお参りしていこうと、月山神社に行き御払いをお願いしました。信仰の山ですから山頂が神社なのです。
 受付で1人500円を払うと5,6人づつまとめて、御払いをしてくれます。チビスケも神妙に頭を下げていました。頂上小屋に戻り、宿で作ってもらったおにぎり弁当を食べたら、後は下るだけです。

 11.25山頂発。ガスの中を登ってきた道を下ります。山頂の眺望がきかなくて残念だったねと話します。2人に鳥海山も見せたかったのに。
岩のごろごろした道を下るのに苦労するチビスケですが、絶対に弱音を吐きません。30分ほど下ると、急にガスが晴れて、姥ヶ岳の山頂方面がはっきりと見えるようになりました。振り返って頂上方面を見ると相変わらず雲に覆われています。どうやら雲の下に出たようです。牛首着12.40。姥ヶ岳の分岐です。登りと同じ道ではなく、晴れたし姥ヶ岳に登ろうということになり道を右手にとりました。姥ヶ岳の山頂に続く稜線の登山道がはっきり見えます。「遠いね」とチビスケ。「見たほどではないよ、簡単さ」と僕。下から見た大きな雪田の
横で写真を撮ったり、歩きやすくなった登山道を楽しく歩きます。

 その少し前、チビスケ2号(4歳)が、この道を逆に下りていったことなど、知るよしもありませんでした。
朝起きたら、お兄ちゃんも、お父さんも、おじいちゃんも皆、自分を残して山登りにいったと知ったチビスケ2号は、お母さんとおばあちゃんをせかして、リフトに乗って自分も頂上に行くと言い出したのです。
リフトを降りてからは、すぐに元気良く姥ヶ岳の頂上に登り、満足して牛首経由で下山した後だったのです。付き添ったお母さん、おばあちゃんはさぞ大変だった事でしょう。
一方、姥ヶ岳を目指す僕達は湯殿山分岐の金姥着13.05。姥ヶ岳山頂が目の前に、湯殿山もはっきり見えます。
少し休んでからいよいよ最後の登りです。牛首からリフト上駅目指して下る登山者の列が良く見えます。25分ほどの緩やかな登りで姥ヶ岳山頂につきました。
木道が敷かれたた山頂は360度の展望台、リフト乗り場や、湯殿山に向う途中の施薬避難小屋が小さく見えます。ウメバチソウに似た白い花が咲く横で、ゆっっくり休憩をとってから、リフト上駅めがけて下ります。結構急な道です。チビスケも最後の下りとあって元気です。13.50リフト乗り場着。
 そこにはかみさんが待っていました。チビスケ2号は、お兄ちゃんが下りてくると知って、僕が先に行くとお母さんをせかして、リフトで降りていったあとでした。
 置いて行かれたことに対して、反抗しているのかもしれません。可愛いいやつです。チビスケ2号くん、ごめんね。来年は一緒に登ろうね。

僕達も後はリフトで下るだけです。なにかほっとしてリラックスしているチビスケに、あそこの山に登ってきたんだよと月山山頂を指差しましたが、雲に隠れて見えませんでした。
 こうして、チビスケの月山登山は終りました。ちょっと苦しかったかも知れませんが、夏休み最後の良い思い出になってくれたかなと思いました。
 そしてお父さんも、おじいちゃんガイドも、少し疲れた1日でした。
さあ、仙台に帰る娘家族と別れて、僕達は山形駅でレンタカーを返して、東北の旅を終え志木に帰ろう。

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