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2007年9月30日 (日)

沖縄の皆様ー本土でも大きく報道されています(教科書検定抗議)

Dscn1173_320  29日の抗議集会へ大結集した沖縄県民の怒りは、本土に確実に伝わっています。
 名護市辺野古に作られようとしている米軍基地への付近住民の粘り強い反対闘争などには今迄、意図的とも思える報道の自粛をとおしてきたマスコミも、11万人もの住民が決起したこの抗議大会は無視できませんでした。

沖縄の皆様
、太平洋戦争末期の沖縄戦で起きた住民の集団自決を巡る文部科学省の教科書検定意見の撤回を求める沖縄県民大会が、本土でも新聞、Dscn1166_320テレビで大きく報道されていることを改めてお伝えします。
NHKTVでも、宜野湾海浜公園を埋め尽くした県民とその集会の映像が流され、特に高校生代表2人の発言は、全国民の胸をうったに違いありません。
「おじい、おばあは重い口を開き、苦しい過去を教えてくれました。悲惨な集団自決があったことを」

「このまま検定意見が通れば、私が歴史を教える立場になった時、教科書の記述通り、事実でない事を教えなければいけません」

「うそを真実と言わないでください。私たちは真実を学びたい。そして次ぎの世代の子供たちに真実を伝えたいのです」

住民集団自決の軍の関与の問題については、長くなるので今は書きませんが、今度の抗議集会は教科書検定問題が主題とはいえ、この抗議の奥に、米軍の強権、日本政府の弱腰、住民無視の対米協力などに対する根深い沖縄住民の苦悩と怒りがあると思います。
特に辺野古海上基地建設では、建設に反対する住民に那覇防衛施設局は、海上自衛隊を差し向けました。
沖縄戦での日本軍隊へのやり場のない怒りを封じ込められてきた住民に、いままた立ちふさがった自衛隊の動員には心の傷をえぐり出される思いだったでしょう。

本土では、抗議行動の大群衆の集結などはほとんど見られなくなりました。小人数のデモなどあってもマスコミに無視されなかで、テレビに映し出された沖縄県民11万人のエネルギーに、目頭が熱くなるほど感動しました。

そしてこの沖縄県民の抗議の力は、教科書検定問題に確実に影響を与え始めています。
教科書審議会では、沖縄戦の専門家もいないので、学術的検討は出来なかったとか、文部省の教科書調査官の説明を聞いただけで通してしまったとか、早くも逃げ腰の発言が語られはじめました。明かに従来の政府答弁の矛盾も表面化してきました。

政府も従来の関与せずでは、押しとおせないと感じ始めたようで、渡海文部科学大臣も県民感情を考慮したいなどと、微妙な発言をするようになりました。
また、教科書執筆者と教科書会社の編集者による懇談会で、日本軍の強制、強要、誘導などを明確にする訂正を文部科学省に申請する方針が決められました。
検定制度の仕組みを問題視して見直すべきとの意見も出始めています。
 
今、政府が一番恐れている事は、この教科書検定問題から、くすぶり続けている沖縄の米軍基地建設反対運動が力を増す事だと思います。こんどの11万人の大抗議集会にはかなりの衝撃を受けた事と思われます。
辺野古海上基地建設反対闘争に、全国民の目が注がれる事はどうしても避けたいのです。
反対運動阻止に海上自衛隊を動員している事など、なるべく、知られないほうが望ましいのです。
そのためには、集団自決の教科書記述の表現を、もう少し精査してから修正しても良いなどの懐柔策を出してくるような気がします。

ところで、文部科学省の教科書調査官の原案をそのまま、素通りさせてしまった
教科用図書検定調査審議会の委員の個人的責任は免れません。
 問題が大きくなると、責任逃れを試みる先生方が多いので、個々の立場などは置いて、その名簿を公開しておきます。
文部科学省のホームページの教科用図書検定調査審議会委員及び臨時委員名簿と、議事録の名簿から、照合して沖縄集団自決検定意見に関わったと思われる、第ニ部会(社会)の委員名をあげてみました。
 誤まりなどが見つかりましたら訂正をしてゆきます。

揚村 洋一郎   東京都立戸山高等学校長
太田 公      杉並学院高等学校講師
紀平 英作     京都大学大学院教授
小室 正紀     慶應義塾大学教授
杉本 良男    国立民族学博物館教授 
栖原 弥生     愛知県立大学名誉教授
高橋 文博     岡山大学教授
谷 聖美      岡山大学教授
羽入 佐和子   お茶の水女子大学教授
広瀬 順皓     駿河台大学教授
廣部 和也     成蹊大学教授
二木 謙一     國學院大学教授
宮地 忠明     国立音楽大学教授
村木 逸子     嘱託(都立鷺宮高校)
山本 孝宏     弁護士
山田 卓生     日本大学教授
渡辺 真知子   明海大学教授
(臨時委員)
波多野 澄雄   筑波大学副学長 (沖縄県民大会以後、審査会での様子や文部科学省の調査官が主導して、調査官作成の原案を通してしまった様子などを語り、審議やり直しに肯定的な意見を述べた。この方は今後、委員からは外されるだろう)10月19日追記

「文部科学省」

山下 和茂初等中等教育局教科書課長 (7月11日付で 文化庁出向となり長官官房著作権課長となった。検定削除が問題視され始めたので、急遽出向されたと言われている)
村上教科書企画官 (調査中)
照沼康孝教科書主任調査官(伊藤隆東京大学名誉教授グループ)10月19日追記
村瀬信一教科書調査官
(伊藤隆東京大学名誉教授グループ)
その他関係者(調査中)

伊東隆教授とは、過去の日本の戦争を、侵略とは捉えずに美化、肯定する「新しい歴史教科書を作る会」の教科書の監修者である。10月19日追記

(写真上、沖縄県平和祈念資料館。展示室には日本軍による住民虐殺や、集団自決などが、住民の証言や、写真で展示されている。審議会委員には、是非見てもらいたい。)
(写真下、資料館の外にある平和の礎。沖縄戦で死亡した全ての人々の氏名が刻まれている石碑群。)

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2007年9月29日 (土)

作男、慰労される

Dscn1749_320  作男「昨日は、ありがとうごぜえました。たんと楽しませて頂きましたです。」

女農園主「今年の農園作業のお礼にと、慰労会をさせて頂きましたのよ。」

作男「でも、びっくりしましたです。」

女農園主「なにがですか?。」

作男「いやいや、あちこち見たり、食べたり、お土産も沢山、その上ゲームで賞品まででましたよ。賞品の上州牛1kgなんかもらった人、喜んでましたね。はとDscn1748_320バスツアーなんて始めてだから、興奮してしまいましたです。」

女農園主「朝が早かったから、疲れましたでしょう。」

作男「なんの。伊香保グリーン牧場のシープドッグショーを見た後、新鮮な牛乳を頂き、次ぎは四万温泉の老舗旅館で温泉にゆっくり入れてもらい、上州牛のすき焼きと沢山のご馳走、上州牛は旨かったです。牛肉など普段食べられないもんで、あんな昼ご飯生まれてこの方始めてです。女将も農園主様に似ているきれいな方でしたね。」

女農園主「お世辞は良いのですよ。」

作男「はあ、その後、赤城のほうの畑で大きなレタスをふたつも、採らせてもらいましたです。おらは、レタスの収穫は始めてでしたです。」

女農園主「畑でレタスをムシャムシャ食べていましたね。」

作男「柔らかくて甘くて旨かったです。それから沼田の林檎園でりんご食べ放題、リンゴジュースにリンゴすいとん、リンゴパフェ作り、それから、なめこの採集、なめこ汁、腹いっぱいで苦しくなりましたです。」

女農園主「なめこの栽培している部屋は、とても冷えていましたね。」

作男「シャツ一枚では寒かったです。なめこはああやって、ビンで一束づつ栽培するとは知りませんでしたです。農園主様は採るのがうまかったですね。おらは握りつぶしてしまいました。だどもパックに詰めてくれたのでもってこれましたです。」

女農園主「本当に、レタスに、リンゴに、なめこまでお土産に頂いて持ちきれませんでしたね。」

作男「おらは、前におんなじお土産をもらって女優さんが大喜びしているのを、テレビの12チャンネルで見たことがありますです。」

女農園主「そ,そうですか(-_-;)ーー(とぼけているけど、テレビ局とタイアップした超目玉の7980円ツアーだと知っているのかしら)

作男「だども、羊を集めたり、レタスを採り入れたり、リンゴを採ったり、なめこの栽培さ見たり、来年はおらに全部やらせるつもりだべか。」

女農園主「そ、そんなことはありませんよ。偶然ですよ(>_<)。」

写真上、群馬県昭和村のレタス畑で、新鮮なレタスを採らせてくれる。鉄だとレタスの切り口の色が変わるので、、ステンレスの包丁を使うことを始めて知った。)
(写真下、四万温泉で創業300年の伝統を誇る老舗旅館、やまぐち館の露天風呂に入浴した。)

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2007年9月26日 (水)

地震情報と緊急地震速報

Zisin_320  昨日、中秋の名月について書いた際に、地震についてもふれましたのでその続きです。
地震の発生を知るサイトとして、僕がいちばん利用しているのは、気象庁のホームページ内にある地震情報です。
 このサイトでは、地震が発生した直後から、その情報が得られるばかりでなく、過去の地震データーも閲覧できます。
地震だけでなく、気象、火山、台風、洪水、津波などの情報も得られてとても重宝しています。
ここで見る事が出来る気象衛星画像は、1時間毎に全球(衛星から見える地Kisyou_320球のすべての範囲)を、概ね30分毎に北半球(衛星から見える地球の北半分)の観測をカラー画像で見せてくれます。
昔なら、個人ではとても入手できなかった衛星画像が、簡単に見る事が出来るようになったなんて、夢のようです。

 アメリカ、ソビエトなどのスパイ衛星並の、人間まで見分けられる高精度衛星画像が、民間会社で有料で見る事ができるサービスなどが始まったら、世の中大変な事になりますね。そんなことに無頓着の人達と、戦々恐々とする人達とに分化されそうです。
ところで、この気象庁情報サイトは、高い人口衛星経費など、全てが国民の税金で賄われていますから遠慮無く利用しましょう。
   http://www.jma.go.jp/jp/gms/  気象庁地震情報

 財務省ホームページで発表後、なにか後ろめたいことでもあったのか、圧力がかかったかはわかりませんが数日で消えてしまった、国民に是非お知らせしたいという馬鹿な「借金時計」などより、ずっと有効です。
財務省が、自分達の失敗を棚上げして、借金を国民に押しつけようと広報する「借金時計」など、再開する必要は全くありません。余計な経費は使わないで下さい。借金時計は民間サイトで充分です。

話しは変わりますが、10月1日からテレビ・ラジオのすべてのチャンネルで緊急地震速報を伝えることになっています。
緊急地震速報の独自チャイムを流した後、テレビでは「緊急地震速報です。強い揺れに警戒してください。」と2回繰り返しで自動音声(アナウンサーによる事前収録をしたもの)が流れ、ラジオでは発生する都道府県地域を自動音声で伝える(放送の例は 「緊急地震速報です。宮城県沖で地震。緊急地震速報です。~強い揺れに警戒してください。」)。
民放は緊急地震速報の放送に慎重でしたが、テレビでは2007年10月以降、ラジオでは2008年4月以降順次、速報を放送する予定だそうです。

しかし、これについては、ちょっと心配しています。緊急地震速報の意味を理解されていない人達も多いと思うからです。
テレビを見ていて突然そんなテロップが流されたら、地震の到達するまでの数秒の時間を、余裕の時間と見て心構え出来る人はともかく、慌ててストーブなどを蹴飛ばしてしまう人や、廻りの動きに気が動転してしまう人もいるのではないかと思うのです。
今まで、有料の機械を設置しなければ得られなかった緊急情報が、テレビ、ラジオを聴視、聴取している場合だけとはいえ、入手出来る事には大賛成です。
ただもう少し、予行演習テロップなどを繰り返して、この緊急地震速報になれるようにしたほうが良いと思うのですが。
僕の感では、現在地震警戒期間中です。
10月1日に最初の放送がないとは限らないからです。
NHK始め民放各社さん、今からでも遅くはありません。この緊急地震速報が有効に利用されるよう、周知徹底をするべく努力してください。

(写真上、気象庁の地震情報画像)
(写真下、同じく、気象衛星画像)

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2007年9月25日 (火)

中秋の名月

Tsuki_320  今、中秋の名月が輝いています。
「月月に月見る月は多けれど 月見る月はこの月の月」(「月」が8回あり、「この月」が8月であることを示している)
 中秋の名月が満月とは限りませんので、残念ながら今日も満月ではありません。満月は2日後の27日になります。
でも名月を見る事が出来る確率は約30%とのことですから、今年は好運だったのでしょう。
月を見ながら気になったのは、よく地震雲と呼ばれている雲が空いっぱいに広がった時間帯があったことです。
それと今日は全国的に地震の発生が少なく、気象庁データーを見ると今朝、京都府でマグニチュウード2.9の地震が一回発生しただけで、地震発生回数がとても少ない珍しい日にあたります。地震エネルギーは小出しにしてくれた方が良いので、ちょっと気になります。
 福田内閣誕生で日本の政界は大きく動いていますが、日本列島が大きく揺れることが無いように祈っています。

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2007年9月24日 (月)

「エレベーターの強度不足」その後

2007年7月16日に「エレベーターの強度不足」と題して、当時かなり大きく報道されたフジテック社製のエレベーターの強度不足について書きました。
ここでは、問題になった鋼材であるSPHCやSS400についても述べたので、このふたつの鋼材の検索から訪ねてくれる方も多いようです。
 このエレベーターの強度不足鋼材の使用については、メーカーが、鋼材の納入先がどうだったとかではなく、使用者の事を第一に考えて、エレベーター籠の安全性などの検証をして分かりやすく発表すべきではないかと書いたのですが、結果はいつものとおりでした。
今のエレベーター業界は、そんな検証が出来るようなレベルにはなく、国土交通省の住宅建築指導課が発表した
「フジテック(株)製エレベーターの部材の強度不足に関するフジテック(株)及びJFE商事建材販売(株)からの再発防止策等の報告について 」
はお粗末きわまるものでした。
鋼材の購入先、すなわちメーカーのフジテックと、納入先のJFE商事の責任のなすりあいと、形ばかりの今後再発防止に努めますとの報告で終っています。
フジテックは、今後使用する鋼材をJFE商事建材販売(株)から継続購入するのかさえ明らかにしておりません。
報告書はそれぞれの会社の立場を書いていますが、実は両社が相談して作成し、国土交通省へ提出したもの、すなわち製造責任や使用者の事などは考えずに、いかに国土交通省に受理してもらえるかだけに、無い智恵をしぼったと思います。
きっと住宅建築指導課の担当者からは、何度か訂正を求められ、あたり障りのない報告書が作成されたのでしょう。
読むと腹が立つし、ほとんど読む価値もないと思いますが、ちょっと見てやろうと考える方は、下記を覗いて見て下さい。
官庁に出す報告書のサンプルとしては参考になるかもしれませんから。

     http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha07/07/070803_.html

 実は、このフジテック社製の強度不足エレベーター事件だけが大きく報道されたのですが、これと同じ事例は、その後(株)日立製作所、三菱電機(株)でも発見されているのです。しかしTV、新聞などのメディアは、大手2社の不祥事は報道することはありませんでした。
二番煎じではニュース性がないともいえるでしょうが、日立、三菱などの不祥事は、企業の宣伝媒体たるメディアが報道を控える傾向もあるようです。
製造したエレベーターの欠陥が、連日伝えられるシンドラーエレベーターなども、一般向けの宣伝広告が無いが為に、メディアも遠慮無く書けるといった面で損をしているむきがあるでしょう。
Sp24002_640

(写真は、日立製作所、三菱電機社製のエレベーターで、構造用鋼材が使用されなかった部位を示す図面。これ以外にも使用が見つかっている。
SPHC鋼材とは強度の小さい一般用の鋼材で、主として平板、及び曲げ加工程度のものに用いられる。
車両、電気器具、鋼製什器、配電盤などに多く使用されている軟鋼鈑。建築、機械の構造部位には使用できない。)

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2007年9月23日 (日)

ジャガイモの植えつけー作男がんばる

Dscn1740_320  今朝は6時から、女農園主の指示のもと、本家農園での農作業に精をだしました。ジャガイモの植えつけです
先週、農園全体を耕して石灰を散布しておきましたので、今日は畝つくりからです。
60cmの間隔で2本の紐を張り、紐の外側の土を掘り、ひもの内側に入れて畝を高くします。
高いといっても15cm以下の平畝です。
作男も農作業に慣れてきたので、結構上手に鍬を使います。
畝が出来たところで、種イモをまっすぐ植えつけるように、畝の中央にひもをはDscn1741_320ります。
次ぎは植付けです
畝の中央のひもに沿って深さ15cmぐらいの溝を掘ります。この溝の中に30cmの間隔で種イモをおきます。
種イモは、教科書などには1個を半分に切って、切り口を1週間ほど乾かしてから植えつけるように書かれていますが、苗店のアドバイスで、1個をそのまま植えつけることにしました。
支柱に赤いビニールテープを30cmの間隔で巻きつけ、それを目印に種イモを置いてゆきました。
種イモと種イモの間に堆肥と化成肥料を施してから、土を戻して作業終了です。
涼しい朝の風を受けながら、作業は2時間ほどで終りました。
高い値段の種イモを1個丸ごと植えつけしたのだから、大きなジャガイモが沢山収穫できるとよいのですが。
種イモの15倍もの収穫があるという話ですから、そうなると運ぶのにリヤカーが必要かなと言ったら、女農園主は、「種イモより少なかったりして」と笑っていました。
家に戻り、農作業後に朝食を食べるなんて、本当の農家みたいだなと、作男は思うのでした。
(写真上、ジャガイモ畑になった農園全景)
(写真下、全部植えつけしたところを写真に撮り忘れ、1個だけまた掘り返してパチリ。このような種イモを30cm間隔で植えつけました)

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2007年9月21日 (金)

緊急!「いくらなんでも」 -米空母への給油

TVで夜7時のNHKニュースを見ていて、絶句しました。

今朝の毎日新聞にテロ特措法による、海上自衛隊による給油支援活動の給油量の疑惑が次ぎのように報じられていたからです。
「テロ特措法:米への海自給油、政府答弁の4倍…市民団体
 03年のテロ特措法による米空母への海上自衛隊による給油支援を巡り、
市民団体「ピースデポ」は20日、海自からの給油量について、約80万ガロン(310万リットル)と記載された米艦船の航海日誌を入手したと発表した。これまで政府が答弁してきた約4倍の量で、梅林宏道代表は「大きな食い違いがあり、大部分の燃料がテロ特措法に反し、対イラク作戦に転用されたのではないか」と話している。

 政府は03年5月の国会答弁などで、海自がイラク戦争開戦直前の03年2月25日に米補給艦に給油した量を約20万ガロンと説明していた。同団体によると、日誌は空母に給油した米補給艦のもので、米情報公開法に基づく情報公開請求で入手。「ときわ(海自補給艦)から受けたDFM(船舶用ディーゼル燃料)は1万8704バレル(約78.6万ガロン)」との記載があった。

 テロ特措法はインド洋でテロ掃討作戦などに従事する艦艇に給油先を限定している。【本多健】」

夜7時のNHK.TVの報道は次ぎのようなものでした。
(22.40分追記: このニュースは、その後報道されなくなりました。どこかに僕の聞き違いがあったのかも知れません。調査続行中です)
(9月22日、7時30分追記:その後もTV,新聞(朝刊)で報道されず、僕の聞き違い、誤報、事によると報道自粛要請があったかと思い心配しましたが、インターネットで毎日、共同、時事、四国日報などが報道し、誤まりでなかった事が確認されました。
インド洋で海上自衛隊が米空母キティホークに間接給油(米軍の補給艦に補給すること、最近はこれが多い)のした問題で、防衛省は21日、約20万ガロンとしていた米補給艦への給油は80万ガロンだったと正式に発表しました。空母の1日分程度の補給としたいがために少なく答弁しようとしたようです。米空母キティホークはイラク攻撃作戦に従事していました。)

「この問題に対して、防衛省は先ほど、データーの入力ミスがあり、実際の給油量は80万ガロンであったと発表した。」
はっきり言って、開いた口がふさがらないとはこの事です。
急遽、データーの入力ミスにしようなどとは、どの程度のレベルの人達が緊急会議で決定したか知りませんが、国民を愚弄するにもほどがあります。
データーの入力ミスとは20万ガロンが21万ガロンだったなら、まあ、大目に見ましょう。それが4倍、しかも米艦船の航海日誌が情報元とされては隠しようがない。これは早めに手を打たなければ大変な事になる、データー入力ミスで押しとおそう、今日の防衛庁の慌てぶりが目に見えるようです。
入院中の安倍総理には多分報告もされていないし、なぜか、自分達の責任で、毎日3億円もの国会開催費用を無駄使いしている事など忘れ去って、総裁選に妙にはしゃぎまくっている幹事長や党幹部などと、どの程度打合せがなされたかも疑問です。
目先の総裁選ばかりに気を取られていると、大変なことになるのに。
このテロ特措法の延長問題で、政府がいかに出鱈目かは、後日書くとして今日は政府対応のあまりのひどさに、緊急に書きました。
この問題、これから国会でも大きく取り上げられると思います。60万ガロンはイラク攻撃作戦に使用された公算が大ですから。

 なんであれ、明るみに出ると困る事は極力隠そうとする政府に対し、こういった情報を地道に収集し、勇気を持って発表してくれる組織に敬意を表します。
   http://www.peacedepot.org/index.html 市民団体「ピースデポ」H.P.

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2007年9月20日 (木)

豆腐地蔵

Dscn1739_320  秋分の日を中日として前後3日、合わせて7日間が秋の彼岸です。宗派辞典さんのH.P.
「お彼岸は、自分を見つめ直し、先祖への報恩感謝をすることにより、より豊かな心を持つための、人格形成期間のようなもの」と書かれていました。

今日そのお彼岸の入り、教えを守り、僕の母と、かみさんの両親の墓参りに行きました。
僕の母の墓は四谷の東福院にあります。東福院についてはブログに何度か書きましたので、今日は寺に伝わる豆腐地蔵のことです。

「昔、寺の付近に裏で金貸しなどをしている大変評判の悪い豆腐屋がいました。
毎晩豆腐を買いにくる坊さんがいたのですが、もらった金が翌日木の葉になっているので、狐か狸が坊さんに化けていると思い、ある晩差し出した坊さんの手を切ってしまいました。
豆腐屋が血の跡をたどって行くと東福院のお地蔵様のところまで続いていました。
豆腐屋は坊さんの正体がお地蔵様と知り、それからは前非を悔いて、心を入替え真面目で、正直な商売をするようになったとのことです」

奉られているお坊さんの左手が無いのはその為だという伝えが残っています。
    http://kkubota.cool.ne.jp/toufujizou.html 豆腐地蔵の民話

  (写真は、東福院の境内にあるお地蔵様、昔から手首が無かったそうです)

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2007年9月19日 (水)

秋の気配

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 暑い日が続いていますが、それでも秋の気配も感じられるようになりました。
庭のキンカンが今年は豊作の年。
キンカン酒作りが出来そうです。実の付くのが1年おきですから、昨年はキンカン酒は作れなかったので、今年は楽しみです。
といっても作るのはほとんど女農園主の方ですが。
作男は脚立にのって実を採るのが仕事です。
そうそう作男は今週末に、本家農園のジャガイモの植えつけに精を出さねば為りません。始めてなのでちょっと心配でDscn1738_320す。女農園主さま、お手柔らかにお願いしますだ。「作男頑張るジャガイモ編」はまた書きます。
オッと脱線!。 キンカン酒はのどの痛みやせき、風邪の予防に最適と云われていますが、食前酒としても美味しく飲めますよ。
今日、ニュータウン内を歩いていたら、シラカシの木の下に、まだ小さなどんぐりが沢山落ちていました。
それと僕の好きなクスノキの下にも、青い実が落ちていて見上げると枝に沢山の実がついていました。
クスノキは葉を折ると樟脳の香がしますが、実を割っても何の香もしません。

(写真上、庭のキンカンの木に沢山の実がついている。葉と同じ色なので良く見ないとわかりません)
(写真下、左がシラカシのどんぐり、右はクスノキの実です)

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2007年9月18日 (火)

中国の驚くべき公害

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昨日(17日)の毎日新聞朝刊に、中国各地で発生している公害被害が見開き2ページに渡り大きく報道されていました。
急速な経済発展の一方で、深刻な公害により、人々の健康や自然が蝕まれている様が現地入りした毎日新聞の記者により生々しくレポートされています。
 800px1_320この工場廃水により汚染された、赤茶けた川の写真を見て、思い出したのは数十年前に始めて訪れた二つの場所の風景です。
ひとつは栃木県足尾銅山跡近くの松木沢(川)です。
その両岸には一木一草とて生えない赤茶けた山肌が、遥か源流方向の奥まで延々と続いていました。
足尾銅山から産出した銅の精錬所から発生した亜硫酸ガスが、沢沿いに流れて全ての動植物をだけでなく虫さえ抹殺したのです。
数年前に、沢の下流にゲートが設置されて車は入る事が出来なくなりましたが、それ以前は、悪路ながら沢沿いの道をかなり上流まで登ることが出来ました。難路ながら日本100名山のひとつ、皇海山への登山路もあるのです。
数十分も車で走ったでしょうか、右岸のやや平坦な土地が、かっては平和な農村があった場所だったとは想像も出来ない荒廃した土地を見つめて絶句するほどの衝撃を覚えました。

もうひとつの光景、それは、静岡県の田子の浦港です。
岸壁から見た光景は驚くべきものでした。港内に悪臭が漂い、なにか分からない浮遊物と汚い泡、そして大量のヘドロで港内が埋め尽くされているのでした。
製紙工場の垂れ流しのスラッジを含んだ工場廃水が港内に溢れているのです。
松木沢といい、田子の浦港といい、自然をここまで破壊するまで、人間はなにもしないでいられるものか唖然とさせられました。
 このどちらの場合も、企業が環境破壊などを全く問題とせず、ただ利潤追求した結果であり、それに国や地方自治体が加担して、何らの解決策も行わずに放置し続けたのです。
 逆に弾圧されたのは、被害を蒙った貧しい農民や漁民、町民達でした。官は企業からの多額の収入に依存して、民の声など聞く耳を持たなかったのです。

それと全く同じ事が、さらに大規模に悪質に中国各地で起こっているのです。
社会主義国にあるまじき現実、地方政府が大口民間企業を優遇する政策を行っているのです。
また環境保護に携わる機関が、政府や共産党の管轄下におかれてその動きが封じられ、問題が複雑に絡み合って解決策を見出せないようなのです。
今、なにが起きているのか、どんな被害が発生しているのかさえ把握できない現状があるようです。
日本のかっての大きな公害病が全てこの図式によるものでした。
日本で、問題解決に勇気ある少数の人々が大企業や行政に立ち向かったように、中国でも官・業に立ち向かう人達が増えているようです。ただ、日本でもそうだったように、これからの解決までの長い道のりで、多くの貧しい人々が公害病や自然破壊の犠牲になってしまう事でしょう。
 驚くべき経済成長を遂げているなかで、莫大な軍事費、貧富の差の拡大、地方の困窮、官や党の腐敗、人民の不満、砂漠化、深刻な水不足など、中国が抱える影の部分が、オリンピック開催に熱中するこの国の将来が決して明るくない事を示しています。
内政の破綻が、そしてその打開策が、日本のみならず世界にどんな影響をあたえるのか、恐ろしささえ感じることがあります。
(写真下、松木沢入口付近、写真では見えませんが、左側の尾根に見るような山肌が、沢の両側に源流まで続いている。荒涼とした恐ろしい風景)

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2007年9月16日 (日)

北極海の海氷面積の驚くべき減少

 P1ame21_320今年の夏、北極海の海氷面積が観測史上最小記録を更新したとの報道があります。原因については、地球温暖化を始めとして、いろいろの理由があげられているようですが、減少のメカニズムを正確に説明出来るまでには至っていないようです。

ともかく、どんな解説よりもこの2枚の写真を見ると、現状が良くわかります。上が2002年の9月で、下が今日の写真です。

人類によって引き起こされている地球環境の変化を、どうやって食い止めるか、重要な課題の解決が急がれている事を実感します。

日本の海洋研究開発機構のホームページに、毎日の北極海の海氷モニターP1ame22_320がありますので、興味のある方は覗いて見てください。
http://www.ijis.iarc.uaf.edu/cgi-bin/seaice-monitor.cgi?lang=j 北極海海氷モニター

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2007年9月15日 (土)

赤いピーマン

Dscn1734_320  作男「農園主様、変です、本家農園のピーマンが、赤くなっています」

女農園主「赤いピーマンですか、少し熟し過ぎたのでしょう。」

作男「緑のピーマンが赤くなるのですか?」

女農園主「どうして、そうなるか、調べてごらんなさい。」

作男「おらがですか。」

女農園主「昨日も、ブログでナスに赤い実などと書いていたでしょう。」

作男「見ていなすったか、恥ずかしいです。」

女農園主「そんな事はありませんよ、良く書けていましたよ。人様の研究を丸写ししないように気をつけてくださいね。」

作男「へい、それだけは気をつけますです。」

しばらくして

作男「わかりましたです。ピーマンは熟して赤くなるのはカロチノイドの一種であるカプサンチンという成分が増えるからで、高い抗酸化作用があり、生活習慣病の予防にも効果がある、と言われているそうです。そうか、普通は赤くなる前に収穫していたから緑色だったんですね。」

女農園主「そうですね、赤ピーマンとは同じ種類なのですよ。パブリカは違いますけれど。ところで赤ピーマンはどうしましたか?」

作男「げっ。赤いのを食べて農園主様が腹下しでもしたら大変だと思って、捨ててしまったでげす。」

女農園主「---。やさしいお気持ちだこと(-_-;)。」
Dscn1728_320

(写真上、本家農園の赤いピーマン)

(写真中、下 我が超ミニ農園の虎の子ピーマンは本家農園を凌ぐ収穫、ニコニコ(^o^)(^o^)
農園主様、たんと食べてください)

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2007年9月14日 (金)

これは何?-ナスに赤い実が

Dscn1733_320
本家農園のナスです。ナスの下のほうの枝にトマトのような赤い実がついて、農園前の道を通る人も不思議そうに見つめてゆきます。
 トマトのようでもあり、小さなかぼちゃのようにも見えます。赤色が、次第に柿色に変化して実にきれいです。食べられるのかな?
これはいったいなんだろう!

インターネットで検索して調べたら、すぐにわかりました。
このナスの苗は、女農園主が少しでも良いナスを収穫できたらと
「接ぎ木苗」として売られていたものを購入したものです。
接ぎ木とは、土壌伝染性の病害を防ぐため、病気に強い品種(種)を台木にして、品質や収量が優れた品種(穂木)を外科的手術の要領で接いだものだそうです。
値段は接ぎ木していない苗の倍くらいの値段でした。。
この台木に
アカナスが使われていたために、この台木が伸張した枝に花が咲き,この赤い実がなった様です。かなり珍しい現象かと思ったのですが、よく見られることだそうです。ちょっと残念。
しかし、写真のように同じ枝に着果しているのは少ないようです。
アカナスについては、次ぎのような説明がありました。

「植物和名はヒラナスで、栽培ナスの近縁種です。
学名はSolanum integrifoliumで、直径5cm高さ2cm程度の平たい果実がつき完熟果は赤くなるのでアカナスと呼ばれています。
鑑賞用としても栽培され、庭先等で見かけることもあります。
アカナスの実は切り花材料にもなりますが、実には毒性のあるアルカロイド成分を含んでいるため、あまり食べない方が賢明です。
市販のナスの台木には、アカナスのほかにトルバムが使用されることが多くなっています。」

おうー、毒だって!。刻んでチャーハンに入れなくて良かった。

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(写真上、ナスの枝に実った不思議な赤い実。)

(写真下、あまりきれいな朱色なのでやさしい作男は捨てるに忍びず、持ちかえってきました。

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2007年9月12日 (水)

僕の失敗ー高倍率単眼鏡

Dscn1732_320 アウトドアーでの使用や、オペラグラスとして双眼鏡は良く使っています。
 双眼鏡の倍率は、8倍くらいまでのものが使用しやすく、10倍を越えるものは、手ブレや明るさの問題で、使用し難いことも知っていました。夜間、月を見る場合でさえ、そうなのです。
 それが、「驚異の高倍率、15~50倍単眼鏡、手のひらサイズ」の製品広告に、単眼鏡なら案外使い物になるのかなと、錯覚してしまったのです。
海賊がカッコ良く使うシーンに、子供の頃からの憧れが、残っていたのかもしれません。
さて、使ってみたらどうだったか?。使ってみたらどころではありません。全く使い物になりません。
15倍でさえ、手ブレで視野が定まりません。目標を捕らえることさえなかなか困難です。
ましてや、50倍での使用など論外でした。
大型の天体望遠鏡のよう三脚に固定して使うタイプと違い、対物レンズ径の小さい、まして全長105mm、手のひらサイズが売りのこの単眼鏡を三脚で使用する事は意味がありません。
それでも試してみるかと、カメラ用の大型三脚に固定して、月を見てみましたが、ちょっと三脚に触れただけで、視野が大きくぶれてしまい、月をレンズの中に留めることは出来ませんでした。また、50倍にすると、視野が暗くなりこの面でも駄目とわかりました。
ともかく手のひらに納まるこの単眼鏡は、僕の試してみたかぎり、あまりに手ブレが大きくて使い物にならない製品だと云えます。
どういう目的でこの製品を作り、かつ販売したのか疑問符がつきますが、ともかく購入した僕の失敗です。
通販などで販売されている100倍の双眼鏡なども、あまり試そうなどと考えないほうが良いと思います。

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2007年9月10日 (月)

中華航空機炎上事故について

 昨日のブログに書いたように、何故、中華航空機炎上事故について、気になるのか。
それはパイロットが着陸に失敗して事故を起したような場合と異なり、ワッシャー1個の取付けミスから引き起こされた重大事故に対する報道サイトの、技術面の弱さが露呈されているからです。
 推測で記事を書くことは出来ないにしても、公表されたことを解説するからには、もう少し勉強して欲しいと思うのです。
直近記事の一例ですが、昨日(9日)の毎日新聞(朝刊)掲載のニュースです。同じ記事が朝日、読売、共同通信からも流れましたが、ほとんど変わりません。

【台北・庄司哲也】台湾の中華航空は8日、那覇空港で炎上した同社のボーイング737―800型と同型機13機を緊急点検した結果、「主翼のスラット(高揚力装置)の全ナット208個のうち、100カ所に緩みがあった」と公表した。台湾のテレビ「TVBS」などが報じた。中華航空は事故との関係について「まだ分からないが、一般的に言えば関係はない」との見方を示した。
 
ナットが緩むのを防ぐ留め具が反対に取り付けられているケースも見つかった。中華航空はこれら部品が、ボーイング社が05年12月に航空会社に注意喚起した対象外となっていたことから「ボ社の製造ミスの疑いがある」と強調した。
 国土交通省航空・鉄道事故調査委員会の調査で、事故機のスラットに付いているボルトが脱落して燃料タンクを突き破り、漏れた燃料に引火したことが分かっている。米連邦航空局(FAA)は、同型機を所有する世界の航空会社にボルトなどの緊急点検を指示し、中華航空も点検を実施した。 

ナットの緩みがあった事はわかります。
しかし、「ナットが緩むのを防ぐ留め具が反対に取り付けられているケースーーー」
 ナットが緩むのを防ぐ留め具とはなんでしょうか。普通であればワッシャーです。
これだけワッシャーの未設置が騒がれているのに、この文章はお粗末です。
それが反対に付いていたとは、裏表が逆だったのか、追求すべきでしょう。

 次ぎに、「中華航空はこれら部品が、ボーイング社が05年12月に航空会社に注意喚起した対象外となっていたことから「ボ社の製造ミスの疑いがあると強調した。」
これら部品とはなんでしょうか?、ナットと、留め具でしょうか?
半数が緩んでいたナットと、理解に苦しむ留め具の反対取りつけ?を製造ミスと強調するにはちょっと疑問符がつきます。

 また、「ボーイング社が05年12月に航空会社に注意喚起した対象外となっていたーー」この注意喚起項目が、多岐にわたるとは思えませんので、この注意喚起項目の若干の解説を入れてくれれば、よりわかり易く読める記事になると思うのです。

 報道に「何時、誰が、何を、何処で、どうした」の基本が守られていない記事も目に付くこの頃です。
 技術記事であれば、これに適切な解説が必要です。技術記者さん、僕のような推測はいけませんが、記者として知りえた情報を加味した適切な解説は必要です。励んでください。
 曖昧な記事のあとで、その問題に対する立派な社説が掲載されたりすると、僕は途惑うのです。

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2007年9月 9日 (日)

中華航空機炎上ーワッシャーではなかった

Hikouki_320_2  沖縄那覇空港における中華航空機炎上事故原因の報道の経過を興味深く見てきました。何故なら、ワッシャー一枚をつけ忘れたのが原因とする見方に納得がいかなかったからです。

1.当初の報道では、右主翼の高揚力装置「スラット」のアーム(駆動機構)先端部の穴につけられていたボルトのナット側のワッシャーが外れていた為、ボルトが抜け落ち、燃料タンクのトラックカン部分のアルミ板(厚2mm)を突き破った。
 Nennryoutannku
 「感想.1」
 ワッシャー1個つけ忘れたくらいで、大事な部品の組みこまれたボルトが、簡単に抜け落ちるものだろうか。僅か数百円(?)と思うワッシャーの付け忘れで、80億円の飛行機が燃えてしまうとは。
 
 2.ボルトが破断せず、締め付け具のナットもボルトに付いていたため、事故調はアームの穴や周辺が破損して脱落した可能性が高いとみていたが、Tuutatu回収したアームには目立った損傷はなかった。
 アームの飛び出しを防ぐナット側の「ダウンストップ」と、ボルト側にある「ストップロケーション」と呼ばれる部品も外れてトラックカンに落ちており、それぞれ回収した。

 
 「感想.2」
 通常、ボルトが破断することはあっても、ボルトを取りつけてある穴が、破損するとは考えられないが、それでもボルトを取りつけてある金属板の穴が大きく損傷すれば、ボルトは部品ごと穴を通り抜けて落ちても不思議はない。
 しかし、穴が損傷してないとすれば、穴の径はナットより大きく明けられていてナットはすり抜けたのだろう。
 ボルト穴より小さいナットを付けて、ワッシャーで持たせていたのかな。しかしなぜ、取り付け忘れてボルト抜け落ちの原因と見られていたワッシャーだけでなく、ナット側の「ダウンストップ」と、ボルト側にある「ストップロケーション」も外れていたのだろう。

 3.燃料タンクに突き刺さっていたボルトは、当初ボルトの頭側と思われていたが
燃料タンク内部から見ると、ボルトのナット側だった。

 
 「感想.3」
 俄然、わからなくなったぞ!。いくらワッシャーが無いからといって、ボルトが脱落した時にナット側を頭にして突き刺さったとするなら、ナットの反対側、すなわちボルト側についているワッシャーが、アーム穴をくぐり抜けられる筈が無いではないか!。
そうか、はっきりした事は、ボルトが脱落した衝撃で、燃料タンクに突き刺さったのではないのだ。
 脱落した際に突き刺さるとしたら、それはボルトの頭側しか考えられない。
それと、ナットは、落ちていた3点セットのうちの、ダウンストップとストップロケーションの内径をくぐり抜けて脱落したのではない。ワッシャーと同じように、
始めから取りつけてなんかいなかったんだ。
ナットはストップロケーションの内径より小さかったとしても、ダウンストップの内径より小さい事は多分無く、くぐり抜けることは出来なかったのではないか。
ネットでは、それぞれの部品の内径が、ナットより大きいため、ワッシャーだけが命綱だったのように書かれている記事が多いが、違うのではないか。

そして、取りつけられていなかったか、または部品3点を付けずに取りつけたボルトと部品が落ちてゴロンと転がっていた。
僕はボルト一式を取りつけていなかったと推測するが。(結論の項、参照)
スラットは、離着陸時に主翼の前側にアームで押し出され、その後に格納される。
格納時には、アームがトラックカンの中に引き込まれるため、トラックカン内に落ちて転がっていたボルトがアームに押されて燃料タンクに突き刺さったのだ。

4.ここで、8月30日に航空局航空機安全課より、写真付きの次ぎのような発表があった。
「中華航空機事故に関連した我が国航空機に対するスラット機構部取付け状態の一斉点検における不具合の発見について」
ANAの同型機にワッシャーの装着されていないダウンストップ取付部が1ヶ所発見されたというものだ。

Sp09001_512 「感想.4」
この写真を見て、全てがわかったような気がした。
ワッシャーが無くとも、ダウンストップはナットから外れないようなのだ。
左写真のオムスビ型のワッシャー状のものはナットが締めているダウンストップの一部なのだ。なにかもやもやしていた事が、一時にすっきりとした。
 
「結論」

中華航空側の事故調査報告がないと結論は出ないが、今の僕の推測はこうだ。

整備の時、ダウンストップを取りつけるボルトを外した際、ワッシャーとナット側のダウンストップとボルト頭側のストップロケーションを落としてしまった。
取合えず他の部品が落ちないようにナットをボルトにねじ込んでから、(機械作業では、ナットを紛失しないように、ボルトにねじ込んでおく事は、よく行なわれる)ボルトをそこに置き、落とした3点の部品を探そうと思ったが、何らかの事情で、作業を中止しなくてはならなくなった。そして作業再開の時、このダウンストップ取り付け部の整備を忘れて、他の作業に移ってしまった。
こうして、ダウンストップが取りつけられないまま、飛行機は飛んでいたのだ。

(この推測は、ダウンストップを取りつけた片側のボルトが無い場合、スラット・トラックが作動せず、機体の故障として認知されるとしたら成り立たない。
また、ワッシャー、ダウンストップ、ストップロケーションが取りつけてない状態で、スリーブにボルトを当てた状態の取りつけで、整備を終らせたとしたら、これまた成り立たない。
ただ、作業途中で、忘れることは万分の一の確率で起こったとしても、スリーブにナットを当てた状態で、締め付けを終了させるなどの整備能力しかなかったとは、考えたくないのである。)

そして、運命の沖縄那覇空港で、この見捨てられたボルトは、アームに押される位置に入り、燃料タンクを突き破ってしまったのだ。

それにしても、こんな小さなボルト1本で、簡単に大きな穴が開いてしまう燃料タンクの脆弱さに、改めて驚かされ、航空機整備の重要性を認識した事件だった。

 (写真上から、1. 炎上した中華航空 B737-700型機、犠牲者が出なかったのが不幸中の幸いです)
 (2. トラックカン部分を突き破ったボルト、明かにナット側が突き刺さっている。ナットの後ろに見えるのは、スリーブとボルト頭側のダウンストップと思われる)
 (3. ダウンストップ取付け部の詳細、ワッシャーを忘れたからといってボルト頭側のストップロケーションまで外れる事は考えられない)
 (4. 航空局航空安全課発表のレポート資料、ワッシャーの有無が良くわかる写真である) 

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2007年9月 7日 (金)

カッピーの絵本

Dscn1731_320 カッパ伝説の地、我が志木市には、カッパ像が市内のあちこちにあります。
 そしてこれら17体の全ての像に名前がつけられています。
 志木市本町通りには、カッピーと名付けられたカッパがいて、志木市いろは商店街のシンボルキャラクターにもなっています。
 今、このカッパ君を主人公にした幼児向け絵本が完成し、全国の書店で発売されています。アマゾンからも購入できます。
 

  
     題名 「いろはカッピー黄金のきゅうり」
     作・絵 おぐま こうじ、 ほりえ いくよ
     出版社 チクマ秀版社
     定価  1500円(税別)


 僕も早速、ペアモール商店街の本屋で購入して読んでみました。
 物語りは、市内を流れる柳瀬川を舞台に、かわいいカッピーとカワウソが、怪獣を倒して願いのかなう黄金のきゅうりを手に入れるという友情と冒険の物語です。
カッピーは可愛いキャラクターで描かれています。いつも腰に付けている小さな魚は、お守りでしょうか、それともお弁当?。
 カッピーと共に怪獣を倒す仲間になる、ちょっと悪そうなカワウソも憎めないやつです。
地元の柳瀬川や、たごやまふじなどの地名も登場し、子供に夢を与える親しみやすい絵本に仕上がっています。
 志木市民として、皆様とお子さんに読んでいただけると嬉しい本です。応援してください。

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2007年9月 5日 (水)

本当に300円になるか?-日本航空株

 今年、3月と5月に気になる株として日本航空(JAL)について書きました。

 「JALは、10年来の最高値が366円、最安値が197円です。幾ら下げても天下のJAL、190円以下には下がらないだろうと考え、上はなにか良い情報でもあれば、上下幅の半分、270円くらいまでは上げるのではと、安直に考えてしまうのです。」

 「JALは2010年度までの再建計画で、大規模リストラを含めて、高コスト体質の改善を図り、復配を目指しています。復配できなければ、現社長が退陣するとまでの決意です。」

 「ゴールデンウイークの搭乗客の伸びも順調のようですし、今後、社内刷新、労組問題、高賃金、安全面の取組み、社員の意識改革、モチベーションの向上等が進展すればとの思いがあります。」

 「実は、気になると書いた以上、実際に株主になったほうが、臨場感があるかと思い、5月10日に、244円で購入しました。でも買えば下がるの定石?どうり、10円ほど下がっていますね。」
 
 その後の日本航空ですが、再建策などのニュースが報道されない日は無いくらい、いろいろと取り沙汰されており、雑誌、週刊誌などでも特集記事が次々と組まれています。
 中でも「月刊現代8月号」の「9月破綻」JAL最終局面は、見出しがセンセーショナルなこともあり、かなり話題になりました。しかし衝撃レポートと銘打った割には読んでみるとこれといった内容のないものでした。しいていえば、政策投資銀行の完全民営化を遅らせるために財務省OBのJALを巡る暗躍があるとの記事くらいでしょうか。逆にその後の経済紙、週刊誌の中身の無い記事と同じで、JALサイドから書かせたのではないかと疑ったりしたものです。
株価のほうですが、JALについて書くのだから、自分でも株主になろうと5月10日に244円で5口購入した事は以前書きました。
購入後は、JAL関連のどんなニュースが流れようとも、日経平均が上下しようとも不思議なくらい230円から234円くらいを定位置としたかのような値動きしか見せませんでした。それがここに来て上昇に転じました。動き出した8月6日頃からの株価の推移です。

 (日付)        (株価)   (出来高)
2007年9月5日      260      8,187,000   
2007年9月4日      264     12,518,000 
2007年9月3日      265     18,347,000 
2007年8月31日    264     15,214,000 
2007年8月30日     259       9,603,000 
2007年8月29日    258     14,855,000 
2007年8月28日    259     15,995,000 
2007年8月27日    265     33,672,000 
2007年8月24日    253     16,840,000   
2007年8月23日     250            9,741,000
2007年8月22日       250           21,589,000 
2007年8月21日       240             6,484,000 
2007年8月20日       240             8,279,000
2007年8月17日       232           15,607,000 
2007年8月16日       236           10,448,000 
2007年8月15日       240             6,690,000 
2007年8月14日       244             9,695,000
2007年8月13日       248            15,242,000
2007年8月10日       256            30,310,000
2007年8月9日         254            26,589,000
2007年8月8日         242            16,555,000
2007年8月7日         234            15,626,00
2007年8月6日         230            14,189,000

資産売却、リストラなどの再建策が少しづつ軌道に乗ったとか、夏の旅客輸送実績が良かったくらいでは、天文学的借金を積み上げ、幾多の難問を抱えるJALの経営が上向いたなどとはとてもいえません。そんな状況での、15%もの上昇は謎です。

確かに9月21日には株主優待割引券の権利確定があります。以前にも書きましたが、この優待割引券は売却可能であり、年率にすると2%以上の利率換算になるようです。
    http://www.ttplaza.co.jp/sf.html    優待割引券買取サイト(ANAの方が高い)
 
そうはいっても、ANAのような配当がつくわけでなく、航空会社としての評判も落ちたこの会社のボロ株(失礼!)が今、値上がりしているのです。ヤフーの掲示板には、早くも300円の声さえ聞こえます。

実際に300円までの上昇があるのか、それとも今が天井でまた230円に戻るのか、本当のところわからないとしか云いようがありません。データーからみれば今でも高いくらいですし、上がる理由もわかりません。さりとて幾分利益も出ているからといって、ここで売却する気にもなりません。実に捉え様のない動きをしてくれる株です。

このへんが気になる株として取り上げ、すこし付き合ってみたい株たる所以です。21日までにどんな動きを見せるのか、もう少し見守ることにします。また、書きます。

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2007年9月 3日 (月)

「走れ、ケンタ」

Dscn1725_320 友人が本を書きました。読みながら、何度も涙が止まらなかった素晴らしい作品です。
 読んで頂ければ、著者の友人として嬉しいかぎりです。
 題名は「走れ、ケンタ」 
    著者 山岸 紀和 
    出版社 文芸社  定価(本体1200円+税)

 
 

「お父さん、お母さん、僕、頑張る」
小学校入学前に、母の祖父母の家を訪ねた返り、高速道路で酒酔い運転の若者達の車の事故に巻き込まれて、一度に両親を失った6歳のケンタ。

ケンタの保護者として面倒を見ることを条件に、ケンタの父と母が建てて残していった家に住むことを許された叔父一家との、冷たい暮らし。孤独で寂しい少年は、初めての夏休みに、耐え切れずにお父さんもお母さんもいない、振りかえれば悲しみが追いかけてくるだけの生家を後にして、愛犬ジョンと共に出て行くのでした。
 目指すはやさしい祖父と祖母の住む信州です。ケンタ6歳の夏の冒険が始まります。

ホームレス、ダンプカーの運転手、繁華街で遊ぶ少女達、その他の人達との出会いを通して成長しながら信州にむけて旅を続けるケンタと愛犬ジョンの感動の物語りが展開します。
 
著者のあとがきです
「私がこの本を筆するに至った原点は、私の人生を認めていてくれた兄(注:著者と共に会社を経営)が突然他界してしまい、失意のどん底に落ち込んでしまっていた時、まだ幼い我が子が私の姿をみて、「お父さん、頑張って」と激励してくれたことです。
昨今、新聞、テレビ等で、子供への虐待・暴力・放置などの報道を見聞きする度に、親と子の絆とは、何なのだろうと自問自答し、この世に授かった命、汚れを知らない瞳、親を慕う一途な姿、その幼き心の鼓動に触れることができるのは、親しかいないのだ、そして我が子の成長は、この世のどんな生き物の成長より素晴らしいものだと思います。
今後も、子供の成長を見守りながら、その視線で書き続けていければと思っています。」

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2007年9月 2日 (日)

みーな、私がわるいのよー

Dscn1676_320 新庄駅の観光協会でレンタサイクルを借りて、戸沢藩墓所に向っている途中にカカシのコンクール会場があり、沢山のカカシが展示されていました。
その中の傑作です。そうです。山形の県民も怒っているのですよ、安倍首相!。
先の参議院議員選挙でも、山形1人区で自民党候補は13万票もの大差で、民主新人候補に敗れましたね。弱者切捨て政策は止めましょう。

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2007年9月 1日 (土)

チビスケと月山に登る

Gatusan_512 8月26日
 今日は三世代、3人で月山に登ります。僕とチビスケ(小3)、お父さんは、朝の7時に宿で朝食をとり、車で登山口の姥沢駐車場まで行きました。
どんな山かと少し緊張しているチビスケ。幸い天気は雲はあるものの、陽射しもあります。雨なら勿論登らない、途中で降ってきたら即、下山しようと決めています。
駐車場から右手に姥沢小屋を見ながら急な坂道を少し登ると、月山ペアリフト乗り場です。日曜日とはいえ、8月も終りに近づくと、月山の夏山もオフシーズン、リフトも人の乗っていない椅子だけがカラカラと廻っています。「リフトに20分乗るよ」「全部リフトで登るほうがいいな」とチビスケ。
がんばれよ、2時間半の登りが待っているのだから。
登って行くペアリフトの下には、紫色のリンドウが沢山咲いていました。「リンドウだよ、山はもう秋だね」
「明日から学校が始まるしね」
「仙台は早いんだね」「2期制だよ」「ふーん、小学校でもか」

チビスケはリフトの柱の数を数えています。リフトは心地よい震動をしながらどんどん登ります。後のリフトからお父さんが可愛いい息子をビデオで撮影しています。
ブナの森を一気に越えて、リフト終点はもう標高1500mの森林限界です。
頂上は雲に隠れていますが、前方に大きく広がる山はだが見渡せます。
「全部緑色だね」「きれいだろ、これを見せたかったんだ。」「白いのは、なに」「あれが雪だよ」「すごいね」
素直に感動するチビスケをみていると、自然の美しさをこれからももっと見せてあげたくなります。
8.20リフト上駅着。2人のストック長さを調節してあげて8.25出発。
山頂まで2時間強のコースタイムを、余裕をもって2時間40分ほどに設定してみました。
簡単に登れる山といっても、2000mの高山です。甘くみてはいけないので、雨具、防寒具、食料は各自が持つことにしています。最初に登った時に、日本海側から吹きつける風雨の厳しさは体験済みです。僕のザックには、ヘッドランプ、救急薬品、非常食、ツェルトを入れてあります。

リフトから少し歩いて、道が二手に分かれるので、右のコースをとります。左は姥ヶ岳を越えるルートで、下山時にはここから下りてこようと思っている道です。
木道の敷かれた、わりと歩きやすい道をチビスケは元気に登ります。新調したトレッキングシューズも問題なさそうなので安心しました。もし靴が合わなかった場合を考えて今まで履いていた靴も僕のザックに入れてきています。
姥ヶ岳の稜線にガスが巻いてきましたが、順調に登って8.55姥沢小屋への分岐に着きました。リフトにを使わずに登ってきた2人の登山者がちょうど着いたところだったので挨拶をかわします。このコース、熊に注意の看板が出ていましたが、恐がるといけないので、チビスケには黙っていました。

さあ、牛首までがんばろう。先程より少し急坂になりましたが、先頭を歩くチビスケはペースが落ちません。「靴はどうだい、滑らないだろ」「うん、いいよ」
 
9.25牛首着。姥ヶ岳からの道と合流するところです。コースタイムどおりに登れています。これなら大丈夫だ。少し休憩して頂上目指して出発しました。
ここから、鍛冶月光と呼ばれる急坂になリます。岩がごろごろしてとても歩き難い登山道。歩幅の小さいチビスケは苦労しながらも、元気に登ります。後から登るお父さんと、最近登った仙台の泉ヶ岳の登山道と比べた話しをしています。やはり岩がごろごろした場所があったようです。
下りてくる登山者が多くなりました。羽黒山側の八合目から登ってきたようです。信仰登山の一団も混ざっています。
日本海側からの風が強くなり、ガスも出てきて頂上は隠れて見えません。右手の山はだは見渡せますが、稜線の左側はほとんど視界がなくなりました。
僕がガスと云ったので、お父さんが家で使うガスではなく、霧のことだよと説明しています。
チビスケもさすがに疲れたのか無口になりました。下りてくる登山者から、「坊やえらいね、何年生?」と何度も聞かれるので、面倒くさくなったのかもしれません。
「こんど登る時は、3年生と書いたゼッケンを作ろうね」「それはいやだよ」
「ゆっくり、1歩1歩登れば、いつかは着くんだよ、止まったら絶対着かないよ。勉強と同じだね」僕が余計な事を言います。
稜線の道を廻りこむように登ると、小さな平坦地になります。以前鍛冶小屋が有った場所です。眺めのよい場所なのですが、残念ながら景色は見えません。
花の山ですが、8月末ともなると、ニッコウキスゲとコバイケイソウが目につく以外は、あまり咲いている花がありません。7月なら、この付近はハクサンイチゲの大群落が見られるのですが。

 鍛冶小屋跡からは、僅かの登りで遂に頂上小屋につきました。やりました。頂上着10.45。
2時間20分で1984mの月山を登ったチビスケを抱きしめてうんと誉めてやりました。少し疲れたたようですが、嬉しそうな笑顔を見せてくれました。あまり山に登っていないお父さんも、息切れひとつせずとても健脚です。チビスケは1年生の時、僕と小海線の清里から登った飯盛山が1653m、お父さんと登った仙台の泉ヶ岳が1172m、こんどは2000mにあと16mという高い山に登って、高さ記録更新です。
それから皆でお参りしていこうと、月山神社に行き御払いをお願いしました。信仰の山ですから山頂が神社なのです。
 受付で1人500円を払うと5,6人づつまとめて、御払いをしてくれます。チビスケも神妙に頭を下げていました。頂上小屋に戻り、宿で作ってもらったおにぎり弁当を食べたら、後は下るだけです。

 11.25山頂発。ガスの中を登ってきた道を下ります。山頂の眺望がきかなくて残念だったねと話します。2人に鳥海山も見せたかったのに。
岩のごろごろした道を下るのに苦労するチビスケですが、絶対に弱音を吐きません。30分ほど下ると、急にガスが晴れて、姥ヶ岳の山頂方面がはっきりと見えるようになりました。振り返って頂上方面を見ると相変わらず雲に覆われています。どうやら雲の下に出たようです。牛首着12.40。姥ヶ岳の分岐です。登りと同じ道ではなく、晴れたし姥ヶ岳に登ろうということになり道を右手にとりました。姥ヶ岳の山頂に続く稜線の登山道がはっきり見えます。「遠いね」とチビスケ。「見たほどではないよ、簡単さ」と僕。下から見た大きな雪田の
横で写真を撮ったり、歩きやすくなった登山道を楽しく歩きます。

 その少し前、チビスケ2号(4歳)が、この道を逆に下りていったことなど、知るよしもありませんでした。
朝起きたら、お兄ちゃんも、お父さんも、おじいちゃんも皆、自分を残して山登りにいったと知ったチビスケ2号は、お母さんとおばあちゃんをせかして、リフトに乗って自分も頂上に行くと言い出したのです。
リフトを降りてからは、すぐに元気良く姥ヶ岳の頂上に登り、満足して牛首経由で下山した後だったのです。付き添ったお母さん、おばあちゃんはさぞ大変だった事でしょう。
一方、姥ヶ岳を目指す僕達は湯殿山分岐の金姥着13.05。姥ヶ岳山頂が目の前に、湯殿山もはっきり見えます。
少し休んでからいよいよ最後の登りです。牛首からリフト上駅目指して下る登山者の列が良く見えます。25分ほどの緩やかな登りで姥ヶ岳山頂につきました。
木道が敷かれたた山頂は360度の展望台、リフト乗り場や、湯殿山に向う途中の施薬避難小屋が小さく見えます。ウメバチソウに似た白い花が咲く横で、ゆっっくり休憩をとってから、リフト上駅めがけて下ります。結構急な道です。チビスケも最後の下りとあって元気です。13.50リフト乗り場着。
 そこにはかみさんが待っていました。チビスケ2号は、お兄ちゃんが下りてくると知って、僕が先に行くとお母さんをせかして、リフトで降りていったあとでした。
 置いて行かれたことに対して、反抗しているのかもしれません。可愛いいやつです。チビスケ2号くん、ごめんね。来年は一緒に登ろうね。

僕達も後はリフトで下るだけです。なにかほっとしてリラックスしているチビスケに、あそこの山に登ってきたんだよと月山山頂を指差しましたが、雲に隠れて見えませんでした。
 こうして、チビスケの月山登山は終りました。ちょっと苦しかったかも知れませんが、夏休み最後の良い思い出になってくれたかなと思いました。
 そしてお父さんも、おじいちゃんガイドも、少し疲れた1日でした。
さあ、仙台に帰る娘家族と別れて、僕達は山形駅でレンタカーを返して、東北の旅を終え志木に帰ろう。

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