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2007年8月28日 (火)

新庄まつりへ

Ag28001_320  8月24日、大宮駅から山形新幹線で約3時間、新庄駅に降り立つと、もう祭囃子が聞こえてきました。
24日から3日間にわたって開催される伝統の新庄祭りが始まったのです。
 月山に孫のチビスケ(小3)と登ろうと計画して時間表などを調べていたら、新庄の祭りがあることに気がつきました。どうせ近くに行くのだからとかみさんと立ち寄ることにしました。
急遽、宿を取ろうとしたのですが、祭りの直前でもありどこも満員でしたが、本当に好運な事に駅前のビジネスホテルにキャンセルがあり、宵まつりが見られる事になりました。
新庄は若くして亡くなった親友の生まれ育った場所で、彼はよく故郷の話しをしてくれていました。彼が俺の町の祭りを見てくれよと呼んでくれたような気がして、早朝の新庄行き「つばさ101号」に乗りこんだのでした。
 駅前の広場では、新庄囃子の合同演奏会が行なわれていて、宵まつりの日本一の山車(やたい)パレードへの期待が膨らみます。ベンチに座り、祭りの雰囲気Dscn1684_320に囲まれて聞きほれました。同じ囃子のようでありながら、それぞれの若連で少しずつ違っているように聞こえました。

夜、7時いよいよ山車パレードが始まりました。片側に驚くほど多くの露天商が立ち並ぶ道路は見物客で超満員です。
町内ごとに21の若連が1カ月余りかけて、精魂込めて作り上げた21台の山車が、子どもたちに引かれてやってきます。。歌舞伎の名場面や歴史絵巻を再現した山車に照明が入り、笛や鉦の奏でる新庄囃子のリズムにのって、力強く練り歩く姿は、じつに見ごたえがあります。

Dscn1686_320人口は僕の住む志木市の68、000人にも及ばない40、000人の町のどこからこんなエネルギーが出てくるかと思えるほど、多くの子供達や若者達が山車を引き、太鼓をたたき、笛を吹き鉦を鳴らして通りすぎて行きます。その行列が駅前広場に近づく頃、祭りは最高潮に達し、山車を引く小学生の「チェレンコヤッサー」「チェレンコヤーソレ」の掛け声が響く中、参加者も見物客もひとつになって祭りに酔いしれるのでした。

 夜、宿の窓から聞こえる、宵まつりの興奮冷めやらぬ町の騒音を聞きながらDscn1687_320眠りについた僕は夢を見ました。
友人とわかるのですが、年をとった男の顔があり、それが次々と変わってゆき、最後に額の中に入った大学時代の友人の笑顔に変わりました。
 僕が話しかけます。「高校は新庄高校だったね」友人が答えます「新庄北だよ、名前が変わったんだ」
そこで目がさめました。午前2時、窓からは相変わらず、なにか叫んで行き交う若者達の声が聞こえていました。

Dscn1688_320(写真上から)

(千門町の山車「双面道成寺」)

(新松本町の山車「川中島」)

(下金澤町の山車「助六由縁江戸桜」)

(馬喰町の山車「蘭平物狂の場」)

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