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2007年8月31日 (金)

最上川から羽黒山へ

Dscn1698_320 東北最後の夏祭り、華麗な「新庄まつり」を楽しんだ僕達は新庄市を後にして、娘家族の待つ陸羽西線の高屋駅に向いました。
 レンタカーはトヨタのベルタ(BELTA)、P2クラスの車です。始めて乗りましたが、姿もシンプルで好感が持てますし、なによりP1クラスのヴィッツに比べると、軽快で、エンジン音が遥かに静粛。また乗っても良いと思わせる車です。

 単線非電化、無人の高屋駅のやけに広い駐車場でチビスケ達と合流。駐車場から最上川までの短い坂道を下ると、Dscn1700_320そこが船下りの船着場でした。「義経ロマン観光」の船は、いちど川を遡り、元の船着場に戻るコースで、途中義経ゆかりの仙人堂に立ち寄ります。

心地よい川風に吹かれ、社長兼船頭にして作家、芳賀由也さんの愉快な話しを聞きながら、船中でお弁当を広げました。
そうか、義経主従はこの川を上り、芭蕉は下ったのか。当時の最上川船旅と、義経主従と別れて仙人堂を建立した常陸坊海尊に思いをはせつつ、約1時間の船下りを楽しみました。
Dscn1702_320 義経と芭蕉のロマンの旅は、チビスケ達にはちょっと難しすぎたようでしたが。
  「五月雨をあつめて早し最上川」 松尾芭蕉

 最上川と別れ、明日の月山登山のため、志津温泉に向う途中、羽黒山によりました。月山、羽黒山、湯殿山、合わせて出羽三山と呼びます。西の熊野と並ぶ修験の地として古くから栄え、庶民にとっての霊場でもありました。
 
 羽黒山は「現在」、月山は「過去」、湯殿山は「未来」を表し、三山をこの順に巡ると死と再生を体験できるといわれています。ここを訪れる信者が身に着ける白い装束は、死装束と産着を意味しているそうです。
 山頂には出羽三山神社があり、月山、羽黒山、湯殿山の三神を合祭した三神合祭殿に参拝しました。この祭殿の厚さ2mもある巨大な萱葺き屋根は見る者を圧倒する迫力があります。

 ここから、2446段の階段のある参詣道を下ります。杉の巨木の続く鬱蒼たる森の道です。チビスケ達が駆け下ろうとするのを、押えながら清澄な空気の中をどんどん下ります。途中で一休みした二の坂茶屋からは、遥か日本海に浮かぶ飛島が見えました。
約50分の歩きで、さすがに長い階段を降りきると、国宝の五重塔がありました。色彩のないその巨大な塔は、廻りの杉の巨木と同化したかのようにすっくと建ち、700年の歴史の重みを感じさせてくれました。
 駐車場に戻り、志津温泉に向うことにします。明日はチビスケ(小3)と父親、そして僕との3世代3人での月山登山です。
 (写真上、出羽三山神社の三神合祭殿)
 (写真中、参詣道の途中で山伏達に先導されて登ってくる信者の一団に出会った。その吹き鳴らすほら貝の音が、森の中に響き渡り、我がチビスケ2人は、何事かとかなり怯えていた)
 (写真下、国宝の五重塔、大きく迫力がある)

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