« ヒオウギアヤメー厚岸町と櫛形山 | トップページ | やらせブログとやらせ発言ー石垣島ホテル建設計画 »

2007年7月 3日 (火)

大山講はまだ存続している?

Dscn1557_320  江戸時代中期から盛んになったといわれる大山参り。神奈川県の大山にある現在の大山阿夫利神社(おおやまあふりじんじゃ)に参拝するために江戸や関東一円の庶民の間で、沢山の「大山講」が結成されました。講とは仏教のお話をする集まりだったようですが、この講に集まる人達が連れ添って大山に参り、ついでに鎌倉や江ノ島などで遊んで、日頃の憂さを晴らしたようです。今で云う地元有志の3泊4日くらいのツアー旅行でしょう。今なら新宿から小田急とバスを乗り継いで2時間もあれば行けますが、当時はすべて歩きです。落語にもDscn1558_320「大山参り」の話があるように、道中ワイワイ、ガヤガヤときっと楽しい旅だったのでしょう。
我が志木市内にも、大山道などの古い標識や、講の記念碑的なものが残っています。古い道といえば、ニュータウン横には、鎌倉街道跡と言われる幅1mほどの古道が残っていたのですが、先頃、道路新設工事で、あっけなく埋められてしまいました。
写真は、これもニュータウン近くにあり、側には大山道の道標も残る、大山講の記念碑?です。これほど新しい物は他には見たことが無かったので写真に撮りました。これだけ立派な石碑を再建するからには、まだこの講は存続しているのでしょうか。ちなみに石碑に記された嘉永 3年とは、西暦1850年で、その3年後がペリー来航の年です。江戸の末期ですね。
7月とあるのは、当時の大山の山開きが6月末から7月にかけての時期で、この頃に参詣する人達が多かったとの事ですから、この講の人達も多分そうだったのでしょう。大山石尊大権現(おおやませきそんだいごんげん)とは、参詣先が相州大山石尊権現であり、相模のお不動様とも親しく呼ばれていた事を表しています。
  落語「大山参り」の話がわかるH.P. 
   http://kkubota.cool.ne.jp/ooyamamairi.html 落語大山参り

|

« ヒオウギアヤメー厚岸町と櫛形山 | トップページ | やらせブログとやらせ発言ー石垣島ホテル建設計画 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/170544/15638039

この記事へのトラックバック一覧です: 大山講はまだ存続している?:

« ヒオウギアヤメー厚岸町と櫛形山 | トップページ | やらせブログとやらせ発言ー石垣島ホテル建設計画 »