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2007年6月30日 (土)

従軍慰安婦意見広告について

Washi ワシントンポスト紙に掲載された「従軍慰安婦」に関する意見広告が、マスコミに大きく取り上げられています。この意見広告にたいして、国内は勿論、米国や日本の近隣諸国からも、反論が出ています。また、米国の慰安婦対策の記述部分が、米国の新聞に掲載する意見広告としては、あまりに思慮が無さすぎたことも、問題が大きくなった理由のひとつでしょう。
 この、事件に関して日本のマスコミは、どんな意見広告だったのか、また賛同者はどんな人達だったかの詳細を書かずに、反響の大きさの話題だけが先行しているように思えます。また、なぜか櫻井よしこだけが取り上げられる事が多いので、参考までにその意見広告の詳細を書いているサイトを紹介しておきます。それと、意見広告賛同者の氏名を、日本語で表記したサイトから、利用自由とのことなので写させてもらいました。(少し見やすく修正しました)。
その意見広告の内容は、この広告が報道されてから、多くの人が疑義を唱えたように、真実が明らかになっている事例には、全く触れず、軍の関与は無かったとの論旨に偏りすぎているように思えます。また、被害女性にたいする思いやりに大きく欠けているところが見られ、意見広告賛同者のなかに、3人の女性が含まれる事に驚きの目が向けられています。公平にみても、世の中には、この主張は受け入れ難いと考える人達の方が多いと思います。
  http://dj19.blog86.fc2.com/blog-entry-83.html  意見広告
   http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-266.html  賛同者氏名


「問題が大きく取り上げられた今、この意見広告賛同者には、日本の新聞に日本語で書いた同じ文面を、意見広告として掲載し、多くの人の意見を聞いてみたらという提案をします。」

賛同者名簿(朱色氏名は女性)
《国会議員合計44名》
「自民党」(29名)
1.愛知和男    衆議院 東京都(比) 
2.赤池誠章    衆議院 南関東,(比)   
3.稲田朋美    衆議院 北陸信越(福井1)
4.江藤拓      衆議院 九州(宮崎2)
5.大塚高司    衆議院 近畿(大阪8)
6.岡部英明    衆議院 北関東(比)
7.小川友一    衆議院 東京都(東京21)
8.鍵田忠兵衛  衆議院 近畿,(比)
9.亀岡偉民    衆議院 東北(福島1)
10.木原稔    衆議院 九州(比)
11.木挽司    衆議院 近畿(兵庫6)
12.坂井学    衆議院 南関東(神奈川5)
13.島村宜伸    衆議院 東京都(東京16)
14.杉田元司    衆議院 東海(比)
15.鈴木馨祐    衆議院 南関東(比)
16.薗浦健太郎  衆議院 南関東(千葉5)
17.平将明     衆議院 東京都(東京4)
18.土井亨     衆議院 東北(宮城1)
19.土井真樹    衆議院 東海(比)
20.戸井田とおる 衆議院 近畿(兵庫11)
21.西本勝子    衆議院 四国(比)
22.林潤      衆議院 南関東(神奈川4)
23.古川禎久    衆議院 九州(宮崎3)
24.松本文明    衆議院 東京都(東京7)
25.松本洋平    衆議院 東京都(東京19)
26.武藤容治   衆議院 東海(岐阜3)
27.山本ともひろ 衆議院 近畿(比)
28.渡部篤     衆議院 東北(比)
29.中川義雄    参議院 北海道

「民主党」(13名)
1.石関貴史   衆議院 北関東 
2.泉健太     衆議院 近畿(京都3)
3.河村たかし   衆議院 東海(愛知1)
4.北神圭朗    衆議院 近畿(比)
5.神風英男    衆議院 北関東(比)
6.田村謙治    衆議院 東海(比)
7.牧義夫     衆議院 東海(愛知4)
8.松木謙公   衆議院 北海道(比)
9.松原仁     衆議院 東京都(比)
10.吉田泉     衆議院 東北(比)
11.笠浩史     衆議院 南関東(比)
12.鷲尾英一郎  衆議院 北陸信越(比)
13.松下新平   参議院, 九州(宮崎)

「無所属」(2名)
1.西村真悟     衆議院 近畿(比)   旧民主党
2.平沼赳夫     衆議院 中国(岡山3) 旧自民党

 その他賛同者
《その他19名》
【教授/政治評論家/ジャーナリスト】
1.福田逸      明治大学教授・新しい歴史教科書をつくる会理事.
2.遠藤浩一    拓殖大学日本文化研究所客員教授・同上
3.宮崎正弘    国際エコノミスト
4.東中野修道  (亜細亜大学教授)、今日の南京事件否定派の中心人物
5.荒木和博    拓殖大学教授、北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協 議会事務局長
6.島田洋一    福井県立大学教授、安倍晋三ブレーンの一人
7.西岡力     (東京基督教大学教授)
8.藤岡信勝    拓殖大学教授、<つくる会>会長
9.加瀬英明    交評論家、日本会議代表委員、史実を世界に発信する会長
10.西尾幹二    <つくる会>名誉会長 (電気通信大学名誉教授)
11.富岡幸一郎 
12.岡崎久彦   元駐タイ大使、日本の集団的自衛権保持の可能性について考える会

  有識者委員

1.青山繁治
2.茂木弘道
 
賛同人:歴史事実委員会として
1.屋山太郎  政治評論家
2.桜井よしこ ジャーナリスト
3.花岡信明   政治評論家
4.すぎやまこういち 作曲家
5.西村幸佑 ジャーナリスト、「「反日」の構造―中国、韓国、北朝鮮を煽っているのは誰か」の著者

下記の意見広告に見られるように、女性蔑視ともとられる記述に賛同した2人の女性議員と櫻井良子の公式H.P.、ブログなどには、反響の意外な展開に驚いたのか、報告や記述は一切ありません。
稲田朋美    衆議院 北陸信越(福井1)
       http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%B2%E7%94%B0%E6%9C%8B%E7%BE%8E

西本勝子 
   衆議院 四国(比)    
http://www.nishimotokatsuko.com/flame.html


桜井よしこ ジャーナリスト
      http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AB%BB%E4%BA%95%E3%82%88%E3%81%97%E3%81%93

FACT 5 The ianfu who were embedded with the Japanese army were not, as is commonly reported, "sex slaves." They were working under a system of licensed prostitution that was commonplace around the world at the time. Many of the women, in fact, earned incomes far in excess of what were paid to field officers and even general (as reported by the Unites States Office of War Information, Psychological Warfare Team Attached to U.S. Army Forces, India-Burma Theater, APO 689), and there are many testimonies to the fact that they were treated well.
There are records of soldiers being punished for acts of violence against the women. Many countries set up brothels for their armies, in fact, to prevent soldiers from committing rape against private citizens. (In 1945, for instance, Occupation authorities asked the Japanese government to set up hygienic and safe "comfort station" to prevent rape by American soldiers.)


事実5
日本軍に配属された慰安婦は、現在頻繁に報道されているような「性の奴隷」ではなかった。慰安婦は公娼制度の下で働いており、当時、公娼制度は世界中で当たり前であった。実際、慰安婦の多くが佐官どころか将軍よりも遥かに高い収入を得ており(アメリカ陸軍インド・ビルマ戦域軍所属
アメリカ戦時情報局心理作戦班 APO 689によって報告されている)、慰安婦の処遇は良好であったという事実の証言も多くある。

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2007年6月28日 (木)

日本航空株その4

 日本航空(株)は26日に、なんとか定時株主総会を終わらせる事ができたものの、株主への不信感は払拭せず、JAL再建正念場(毎日新聞見出し)を迎えて、今後の対応に経営陣の責任はますます、重くなっています。頓挫している、財務基盤強化の切り札となる筈だった主力取引銀行への金融支援が、7月以降にどういう展開を見せるのか、予断を許さない厳しい状況が続きます。ただ、株主総会での、現経営陣の頼りない対応に、批判が相次いでいる事から、このままの体制で、再建計画が加速して行くとは、誰もが思っていないことも事実だと思われます。
 株価のほうは、この会社について関心を持つ以上、自分も株を購入しますと書いた5月10日の244円を高値に、今日の231円までじりじりと下げてきています。購入価格より、一度も上がらないのもしゃくですが、不思議と230円台は保持しています。このあたりのカラクリはどうも良くわかりません。しかし僕の心配した219円位もあると思ったのは、若干修正しなければなりません。これからどうなるかと言えば、多分この状況がしばらく続くと思われます。
ということは、僕のパソコン画面では、当分の間、赤数字を見続けることになりそうです。その先を読める人は多分誰もいないでしょう。そんな難しい会社です。ただ、231円で買って234円で売るなどの、小刻みな売買は、どうも可能かも知れません。それと、これからの夏期の航空業界特需要素で、260円くらいまで上がるようなことがあれば、ひとまず売りますかね。多分無いと思います。
 ところで、無配のボロ株などと書きましたが、株主優待の事は忘れていました。
  
  (1)株主優待割引券
1,000株以上   1枚/回(年1回、5月のみ発行)
2,000株以上   1枚/回(年2回、5月と11月に発行)
3,000株以上   2枚/回(年2回、5月と11月に発行)
4,000株以上   3枚/回プラス4,000株超過分2,000株ごとに1枚
(年2回、5月と11月に発行)
10,000株以上   6枚/回プラス1万株超過分4,000株ごとに1枚
(年2回、5月と11月に発行)
JAL、JEXが運航する国内線全路線対象
搭乗日に適用となる大人普通運賃1名分の片道1区間、1枚50%割引
有効期限:5月発行分6月1日~翌5月31日、11月発行分12月1日~翌5月31日
優待割引利用時の積算マイルは区間マイルの75%となります。

 これを、3000株の場合に当てはめて、優待券の買値を下記として利率を計算すると、        6、500×4枚=26、000円 すなわち3.75%になります。 待てよ、やけに利率が良いな、間違っていないだろうか。いや間違っては無さそうです。このボロ株の配当?、利率からすると、ひょっとして割安?。
 優待券の買い取り価格は、下記のサイトを参考にしました。
   JAL(有効期限2008/5/31)・・・・1枚\6500でお買取り  
   ANA(有効期限2008/5/31)・・・・1枚\8700でお買取り 

http://www.a-tabi.com/baybay.html
JALとANAの買い取り価格が違いすぎることですか、どこのサイトでもこの価格差はついているようです。ヤフーファイナンスの、日本航空の掲示板を見ると、ANAのサービス全般の評価は、JALを大きく引き離しています。本当に、全ての面で、JALは国営会社みたいな、その体質改善を求められており、またそれが出来ない会社でもあります。前途多難。多難。多難。

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2007年6月26日 (火)

使ってみたい商品ーエネループ ソーラーチャージャー

Eases1_320 いまや世界的人気商品に成長した、三洋電機(株)製充電式ニッケル水素二次電池 eneloop(エネループ)を愛用している事は以前2度ほど書いた事があります。
 このeneloop充電池を太陽光で充電するeneloop solar charger(エネループ ソーラーチャージャー)が発売されており、これがなんとも気になる商品なのです。太陽光線さえあれば、どこでも単3形及び単4形のeneloop充電池1~4本を急速充電可能との事です。
 外部電源を全く使用せず、100%太陽のエネルギーでeneloop充電池を充電するなど、なんとも魅力的商品です。前にAC電源からの充電池のデザインの良さを誉めましたが、このソーラーチャージャーもシンプルで良いデザインです。
 問題は価格が2万円以上もする事で、これが買うべきか、買わざるべきか僕を悩ませます。僕はeneloop充電池を使い始めてから、使用済み電池を、ゴミ収集所の電池入れに捨てる事が全く無くなりました。この商品も、クリーンエネルギーの理想的な形を実現しましたなどと謳われると、つい環境問題などと関連付けて、心が動きます。まあ、多分購入するでしょう。そのうち使用感などを書く事になりそうです。
http://www.sanyo.co.jp/koho/hypertext4/0610news-j/1031-1.html ソーラーチャジャーH.P.

Denti320_2

(便利に使用している、単3形及び単4形のeneloop充電池と充電器。デジカメや携帯音楽プレーヤーには、相性抜群で、いちど使うと従来の乾電池は使う気になれません。)

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2007年6月25日 (月)

旧草軽電鉄北軽井沢駅舎

Dscn1547_320  保存工事も終了し、昨年(平成18年)の11月29日に、文化庁から有形登録文化財に指定された、旧草軽電鉄北軽井沢駅舎です。修復工事後に見るのは始めてでしたが、なんだかきれい過ぎてちょっと違和感がありました。昭和30年代、新軽井沢駅から、小さな客車にゴトゴト揺られて、友人宅のあった一匡邑に向うべく、小瀬温泉、国境平を経て、約1時間40分もの時間をかけてこの北軽井沢駅に降りたちました。運賃は確か、90円でした。少し脱線しますが、当時高校山岳部の山行きで八ヶ岳に登るには、上野から小諸乗換えで小海線に乗り、登山口である清里や、甲斐大泉に降り、帰りは同じ駅に戻り、こんどは小淵沢乗換えで新宿に帰ると学割1枚を使って630円くらいでした。学割証1枚ですむし、往復切符よりかなり安かったのです。生徒1人に、1年に2枚しか発行してくれなかった学割証をどう工面して山行きに使用していたかなどは、機会があればまた書きます。
 さて、話しを戻してと。友人の母親は、草軽電鉄華やかなりし頃の、夏の花電車の事などを懐かしそうに語ってくれた思い出があります。邑の管理人Mさんは、太平洋戦争中、召集されてこの駅から戦地に向う兵隊達を沢山見送り、再びこの駅に戻ることの無かった人達のことを話してくれました。
 僕の乗車していた昭和30年代の前半は、経営状態が悪化して廃線間近であり、当時の駅舎ははこんなにきれいではありませんでした。写真の駅名表示板の手前が踏み切りで、復元されているプラットフォームの先が軽井沢方面でした。写真集 草軽電鉄の詩(郷土出版社刊)の駅舎と比べると、線路の位置などがよくわかります。今後は、プラットフォーム前に線路の一部を復元する予定もあるようです。その際は、駅名表示を「くさつおんせん」「かるいざわ」でなく、隣駅だった「吾妻」「栗平」にして欲しいと願っています。
Kitaka1_320

(往時の北軽井沢駅、現在の上の写真と比べると、線路の位置や、踏切りがよくわかります)
写真集 草軽電鉄の詩(郷土出版社刊)より

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2007年6月24日 (日)

胡桃の木は何処に?-一匡邑

Dscn1541_320  休暇村鹿沢高原の朝は、隣接する鹿沢インフォメーションセンターのスタッフによる自然観察散歩で始まりました。朝食前の7時から休暇村周辺の自然や植物を、丁寧に説明しながら、一緒に歩いてくれます。参加者は4名でしたが、いろいろ質問するものですから、30分の予定を大分オーバーしてしまいましたが、とても有意義な時間でした。休暇村では、この他ににも湯の丸山や、池の平ツアーなどの催しを開催して、宿泊者に喜ばれているようです。
朝食後、近くの村上山に登る計画でしたが、雨が降り始めたので中止し、北軽井沢に行くことにしました。
 実は2007年3月12日に一匡邑の胡桃の木について次ぎのように書いた事があります。

前に、一匡邑の思い出を時々書いてみますと言いましたので、今日は、岩波書店の会長だった小林勇氏の著書、「山中独善」に書かれている、一匡邑の胡桃の木のことです。「山中独膳」は氏が1970年の夏に、独りで過ごした大学村の別荘での生活を、食物を主題として書かれたもので、僕の好きな随筆です。
 7月29日の一部を抜粋させていただきます。
 「ところで、北軽では胡桃は入手できない。そこでぼくは代わりに牛乳を使った。もっとも牛乳はでき上がったのにかけただけではまずかろうと考えて、茄子がよく煮えたときに鍋へ入れてみた。胡桃とはちがうが、よい味になった。牛乳をつかってしまったから、精進料理とはいえないだろう。
 去年の夏の終わりごろ、一匡邑に黒須老博士を訪ねたことがある。あそこには胡桃の木がたくさんあるから、多分実もあるだろうと思って、管理所の小母さんに聞いてみた。果してあるという、ぼくはしめたとばかり少しわけてくれとたのんだ。小母さんは困惑の色をうかべて、冬のリスのたべ料にとっておくのですからといった。ぼくはすぐ申し出を撤回した。優しい小母さんよ。幸福なリスたちよ。」

この胡桃の木について、僕は一匡邑のどこにあるのかを知らなかったので、いちど管理人のMさんに前からお聞きしたいと思っていたのです。休暇村から北軽井沢までは車で40分ほどの距離です。途中で一匡邑に少し立ち寄り、その後Mさん宅に向いました。突然の訪問にもかかわらず、Mさんは優しく迎えてくれました。そして、「山中独膳」に書かれている胡桃の木の所在をお尋ねすると、以前Mさん宅の有った場所の横にかなり大きな胡桃の木があり、その木がそうですよと教えてくれました。そうだったのか、これで、今まで気になっていたことが解決して、なんだかとても嬉しい日になりました。
Dscn1544_512 Dscn1545_512 (写真上、雨にけむる新緑の一匡村)
(写真左、Mさん宅に咲いていた「ひなげしの花」と「てっせんの花」、見事なのでパチリと写しました。)   クリックすると拡大します。

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2007年6月23日 (土)

トマトの成長と今日の収穫

Dscn1549_320  本家農園の野菜類は、全て順調に生育しています。女農園主の農作業の腕に脱帽です。トマトもこんなに実をつけ(写真上)、今日最初の1個を収穫しました。ピーマンにも沢山の実がついています。それでは超ミニ農園のピーマンは?。聞かないでください。僕のピーマンについてはもう少し見守ってやりたいので、そっとしておいてやります。。(実は枝振りも、花の着き具合も本家農園より勝っているのですが、どうしても実がつかないのです。グスン。)
下の写真は今日の収穫です。ナス、ピーマン、トマトそして小松菜も沢山採れました。小さな曲ったキュウリは、土に触れていたのでやむを得ず採ったもので、本格的収穫はまだ先でしょう。
 僕の得た上手に野菜を作る、家庭菜園の教訓。
(1)苗は値段は少し高くとも、良いものを選び、肥料は十分に与える事。苗の良し悪しが結局収穫の差に現れます。例外はキュウリで、これは種からでも充分育ちます。
(2)所詮趣味なのだから、マルチ、寒冷紗、敷き藁、支柱類には、金を惜しむな。特に支柱は念入りに頑丈に作る事。
 明日は、時期をずらして種をまいたキュウリの支柱作りで、作男活躍の場です。
Dscn1556_320

(写真左、女農園主の今日の収穫です。ナスなど見事な出来映えに、作男まで嬉しくなります。でもピーマンを見ると、心穏やかではいられません)

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2007年6月22日 (金)

湯の丸山から烏帽子岳へーレンゲツツジを見る

Dscn1509_320  昨日はかみさんと、湯の丸山から烏帽子岳に登って、レンゲツツジを見てきました。自宅を6.00に出発。上信越自動車道の小諸IC経由で、地蔵峠駐車場に8.30到着。スキー場の大きな駐車場は平日なので空いていましたが、土曜,日曜は駐車できないほど混む事もあるようです。
 天気予報が少し良いほうに外れ、時々薄日もさす天候に、元気に出発、歩き始めたと言いたいところですが、なんと湯の丸スキー場の夏山リフトがカラカラと動いていました。アルピニストの端くれ?として、恥ずかしい気もしましたが、20時間歩くこともあれば、リフトに乗ることもあるさと、勝手な言い訳をして、二人乗りリフトで、楽々とツツジ平へ。ちなみにこのリフト、朝8.30から運転していて、登り片道500円、往復だと800円に割引きされます。レンゲツツジだけを見たい方には、とても便利です。
 本来なら、この時期、リフト終点のツツジ平一帯は、60万株ものレンゲツツジの花で、あたり一面、朱色に染まるのです。しかし今年は春が寒かったとの事で、咲くのが遅く、昨日が3分咲きといったところでしょうか、期待したほどではありませんでした。それでも、日当たりの良い場所には、朱色の群落を見る事が出来ました。多分来週末くらいが見頃でしょう。ただ、地蔵峠の駐車場から、鹿沢温泉方面に少し下った道の左側斜面一帯は、今がちょうど満開で、写真を撮る人達が大勢来ていました。足の弱い方でも、道路からも見る事が出来る良い場所です。
 ツツジ平で、十分に花を眺めてから、約1時間ほどの登りで湯の丸山南峰山頂へ登り、山頂から岩の多いガレた急な斜面を下ること、30分で烏帽子岳への鞍部にいたり、そこからは緩やかな登りを1時間ほどで烏帽子岳に到着しました。湯の丸山からは、見られなかった上田、長野方面の眺望が一面に広がります。残念ながら、雲と霧で北アルプスなど遠くの眺望は見られませんでしたが、今日は雨も覚悟して来ただけに、これだけの眺めでも好運だとかみさんと喜び合いました。
鹿沢休暇村にキャンプに来ているという、上田市内の小学校5年生の、30人ほどのグループが楽しげに登っていました。2000mの山頂まで、時折小雨もぱらつく今日の難しい天候を読んで、登山させた引率の先生方は、素晴らしい。ただ、この山稜は、雷には十分な注意が必要と思われる場所です。
 山頂から、今登ってきた鞍部まで戻り、いやな湯の丸山のガレた道を登り返さずに、山腹を巻く登り下りの少ない快適な登山道を歩き、途中の分岐から少し登り直して、また遭難碑の鐘の有るツツジ平上部に戻ってきました。山頂から約1時間半の楽な下りです。
このコース、ツツジだけでなく、イワカガミなど沢山の高山植物を見る事が出来て、危険な個所も全く無く、楽で楽しめるコースです。これから、レンゲツツジを見たいと思っている方には、ここが一番だと思います。
 ところで昨日は、5年で100湯目標の温泉稼ぎに、地蔵峠より、車で15分ほどの休暇村鹿沢高原に宿泊し、鹿沢温泉雲井の湯で、疲れをとりました。休暇村鹿沢高原は、とても快適な宿でしたので、ここについては、また書きます。

Dscn1515_320

(写真上、ツツジ平のレンゲツツジ。日当たりの良い、花の咲いている場所を撮影したもので、全体はこれより、蕾が多い状態です)

(写真左、湯の丸山(2101m)山頂。背後の右側、少し雲がかかった山が、目指す烏帽子岳、写真で見るほどには、遠くないので、それほど時間がかからずに登れます。)

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写真左、烏帽子岳山頂、湯の丸山からは見る事が出来なかった、長野市方面が見渡せる。素晴らしい眺望。)

Dscn1514_320

(湯の丸山、烏帽子岳の登山道では、イワカガミの群落を、あちこちで見る事が出来る。時期は少し遅いが、ヤシオツツジもまだまだ、きれいに咲いています。)

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2007年6月20日 (水)

キキョウ(桔梗)の続き

Dscn1503_320 狙撃手についてなど、殺伐とした事を書きましたので、危ない奴と思われただろう反省から、今日は花についてです。
 6月12日に今年も庭に咲いたキキョウについて、野に咲く可憐な桔梗の方が好きだと書きました。庭の園芸種のキキョウは、その後も咲き続け、今朝は御覧のとおりです(写真左)。植木鉢でいちど枯れた状態からよくぞここまで再生してくれたものです。
 しかし、好きな山である四阿山に咲いている桔梗は、背も高く、花は1輪咲きで、可憐ともいえますが、どこか凛としたすがすがしさがあり、ここに見る園芸種とは、別の花のように思えます。武士にも好まれたようで、キキョウの家紋といえば,明智光秀が有名ですが、清和源氏土岐氏の代表的家紋です。
野生のものは、個体数が減少しており、レッドリスト(環境庁)において絶滅危惧II類(絶滅の危険が増大している種)に分類されています。
JR北海道の函館本線にこの花の名前がついた、桔梗駅(ききょうえき)があります。きっと、付近に沢山の桔梗の花が咲いていた所だと、想像しています。
   
      紫の ふつとふくらむ ききやうかな    正岡 子規
 
 正岡子規は好きです。音楽座のミュージカル「アイ・ラブ・坊ちゃん」に出てくる山嵐に重ね合わされた子規は、いいですよ。
 もうひとつ、NHKが三部作として、3年にわたって放送予定の、司馬遼太郎の代表的長編小説「坂の上の雲」を原作とした、スペシャルドラマ「坂の上の雲」に登場する子規が楽しみです。
   http://www.nhk.or.jp/matsuyama/sakanoue/ スペシャルドラマ「坂の上の雲」H.P.

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2007年6月19日 (火)

狙撃手

Dscn1426_320  狙撃手の映画について書きましたが、映画「山猫は眠らない」シリーズを見た時、この孤独な戦士達について、その歴史や使用する銃などを知りたいと思い、入手したのが、この本、ピーター・ブルックスミス著「狙撃手」でした。発行は原書房。狙撃手に関する本は何冊かありますが、なかで一冊を選ぶとすればこの本だと思います。
 狙撃手たちの精神力や、その心理的側面、豊富な実際の狙撃戦の描写、各国の有名な狙撃手伝、その歴史そして、狙撃に使用される銃の事が詳細に描かれています。
映画では、狙撃手の心理や手にする銃の詳細を描く事より、決闘的対決やアクションに重きがおかれますが、この本は、何日も執拗に標的を追い続け、大小便を垂れ流しながら待ちつづける孤独な彼らの真の姿を、あますところ無く描いています。

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2007年6月18日 (月)

ザ・シューター(極大射程)-映画

146791  シネプレックス新座で「ザ・シューター」(極大射程)を見ました。公開されたばかりと思っていましたが、客の入りが悪かったのか、夜21時45分からの上映だけになっていました。夕食後、風呂に入ってから自転車で10分、映画館が近くにある喜びを感じるひとときです。終了が24時を過ぎる事もあり、観客は僅か5人でした。それでも同じ時間に終わる「パイレーツ・オブ・カリビアン3」の上映館からは、数十人の観客がぞろぞろと出てきていましたから、興行的には海賊映画のほうが明かに勝ちでした。僕も近いうちに見ます。
さて、原作は、狙撃手を描いた、スティーヴン・ハンターの傑作「極大射程」です。これは実に面白い小説で、読んだ本は処分することが多いなかで、同じ狙撃手を描いたJ・セイヤーの小説「地上50m/mの迎撃(原題:White Star)と共に、まだ、本棚にあります。原作が良かったので、どんな風に映画化されたかと期待して見たのですが、この映画のストーリは、小説とはかなり違った話に仕立てられていました。明らかに原作のほうが上です。ただ、原作が14年も前に書かれた小説で主人公もベトナム帰りの設定だったので、今回映画化にあたり、シナリオ化するには、かなり難しそうなこの長編を、時代設定の変更と共に、かなり変えざるを得なかったのでしょう。
<ストーリー>
アフリカの小国エリトリアで相棒のドニーと偵察任務に就いていた米海兵隊の敏腕狙撃手ボブ・リー・スワガー。しかし、両軍の衝突が拡大、不測の事態に司令部は敵陣に取り残された2人を見捨てて撤収、混乱の中でドニーは命を落とす。3年後、スワガーは一線を退き、愛犬サムとワイオミングの山中で隠遁生活を送っていた。そんなある日、彼の元に退役したアイザック・ジョンソン大佐とその部下たちが訪ねてくる。そして、遊説を予定している大統領の暗殺が企てられていると語り、スワガーの経験から犯人が狙撃を計画している都市を特定してほしい、と要請してくるのだった。やがて、その都市をフィラデルフィアに絞り、演説の当日、現場で監視にあたるスワガーだったが…。

<出演>
マーク・ウォールバーグ    ボブ・リー・スワガー 
マイケル・ペーニャ       ニック・メンフィス 
ダニー・グローヴァー      アイザック・ジョンソン大佐 
ケイト・マーラ          サラ・フェン 
イライアス・コティーズ     ジャック・ペイン 
ローナ・ミトラ          アローデス・ガリンド 
ネッド・ビーティ         チャールズ・ミーチャム上院議員 
ラデ・シェルベッジア      マイケル・サンダー
 感想と評価に続く(書き足します)
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(原作は、新潮文庫。実に面白い)

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2007年6月17日 (日)

梅酒作り

Dscn1499_320  梅雨入りしたのに、雨が降りません。今週半ばに、湯の丸山につつじを見に行こうと計画しているので、できれば週始めには、降ってくれておいた方が良いのです。しかし長期予報は大きく変わり、週半ばから雨模様と嬉しくない状況になりつつあります。
 さて、今日は、庭の南高梅の取りいれをしました。今年は不作の年に当たりますので、収穫は昨年の半分、2.2kgほどでしたが、粒の大きな良い梅が取れました。梅は新鮮な内にと、早速1kgづつ、2びんに梅酒を作りました。
 梅酒作りのテキストには、梅と氷砂糖を一段づつ、交互に入れていくように書かれていますが、我家は広口ビンにまず梅を、次ぎに氷砂糖を入れて、上から果実酒用ホワイトリカー35度を注ぐだけです。これで、結構うまい梅酒が出来ます。さあ、後は寝かせるだけです。半年後には、出来の良い梅酒が出来る事を祈って時々ビンをゆすってやる事ぐらいしか仕事はありません。

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(写真上、今日の収穫。粒の大きな南高梅です)
(写真左、梅酒の仕込みが終わりました)

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2007年6月16日 (土)

駄目かも?

Dscn1495_320 虎の子ピーマンの危機!
 ピーマン1本にこだわるようですが、我が超ミニ農園の虎の子のピーマンが育ちません。本家農園のピーマンは、小さいながらも幾つもの実をつけているのに、こちらは、またしてもほとんどの花が落花してしまいました。枝の繁り具合などは、本家農園のものに負けていないのですが。落花の原因とされる、肥料不足には、化成肥料とハイポネックスを、また、重なった枝は、こまめに剪定をするなどしているのですが何故か駄目なのです。花に来る虫もいないのも原因かと、水彩画用の筆でお手伝いもしてあげたのに。虎の子君は、子種が無しか?。このところ、少し落ちこんでいます。全ての野菜の生育が順調で、余裕の女農園主は、「もう少し様子を見たら・・・」などと励ましてくれるのですが。

(写真上、せっかく咲いた花が、1日で落ちてしまう、我が虎の子君。花がこんなに行儀良く整列して落ちたのではなく、僕が並べたものです。)

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2007年6月14日 (木)

僕の失敗ー新興株とその不信

 介護事業のコムスンの親会社グッドウィル・グループ(東証1部)、そして英会話教室経営のNOVA(JASDAQ)、どちらも上場会社にあるまじき、会社経営の不誠実さを露呈する不祥事が報道されています。
 僕は、昨年から今年にかけて、応援しても良いと思って買った新興市場の3社の株式を損切をしました。痛い売却損でした。見る目が無かったわけですが、どうもカタカナ会社名の新興株は鬼門です。現在新興株は、持っていませんし、購入する気にもなれません。
 損切した3社とは、先ずJASDAQ8901の「ダイナシティ」、これは社長が麻薬容疑で逮捕されるという、上場会社としては前代未聞の不始末、その後ライブドアーとも関連しましたが、今日の株価は8040円で、2年で5分の1に下落しました。
 2番目がJASDAQ2330の「フォーサイド・ドットコム」、以前株主総会に出席して、頼りなさそうな経営陣に驚いた事をブログにも書きましたが、この会社も明確な事業展望も出来ずに、無能とも思える経営で、事業を次々と売却、いつのまにか消費者金融が主体となってしまいました。企業説明も今もって曖昧で、株価はまだ下がり続けています。今日の株価は3200円と10万円もしていた株価が2年で25分の1まで落ちて、会社存続の危機さえも囁かれています。
 そしてヘラクレス4280だった「ギャガ・コミュニケーションズ」、映画配給会社としてメジャーな存在で、将来が期待されたのですが、責任体制の曖昧さゆえか、それとも選択眼が無くなったのか、情熱が失われたのか、ほとんど収益の上がる作品は送り出せず、会社全体のモチベーションも下がり、ずるずると後退し、ヘラクレス4842の「USEN」に吸収されて子会社となり、上場廃止となり、優待券が魅力だった映画好きの株主を落胆させました。
 ベンチャー企業にも一部の優秀な企業も存在するのも確かで、全体がそうとは言いませんが、マザース、ヘラクレス、ジャスダックなどに上場する新興株の会社に、NOVAやライブドアーなどのような、企業戦略や経営の甘さ、脆弱さ、経営者不信、そして最終的には株主無視に通じる、儲かれば良いといった実に不誠実な会社経営が見られるところが、いくつも有るからです。若い経営者達は、市場から調達した資金を、会社経営の事業にうまく利用できず、会社経営が上昇時には良いのですが、ひとたび経営が不振になると、途端に怪しげな決算、インサイダーまがいの株操作などを行い、経営再建などを謳いながら、たいした策も打てず凋落して行きます。そのくせ、個人財産はがっちり確保に務めます。
 こんな会社が東証1部に存在したのかと思わせるグッドウィル・グループの会長、、そしてNOVAの社長などには、次ぎの文章を読ませたいと思います。(私見ですがこのふたり、なにを考えているのか解り難い、不誠実そうな顔つきが共通しているように見えます。誠実で、地道な努力を重ね、少しずつ事業を拡大し、企業価値を高め、株主に還元するなどといった経営者像とは対極にある、私欲の強い人物と見ました。)
 
コムスンの事業分割で話題の会社、ワタミ(株)の渡辺美樹を描いた高杉 良の経済小説「青年社長」の巻末の解説で中沢 孝夫氏が次ぎのように書いている。
[ ところで筆者(中沢)が感動したのは、ワタミフードサービスの株の上場を仕切った、国際証券の豊田善一相談役の言葉である。
「株式を公開するに当たって、いちばん心しなければならないことは、投資家を裏切らないことです。公開時の初値を高くしてはいけませんよ。なるべく安くだすようにしたらいいですねぇ。安く出せば株は上昇していくんです。」「公開時にワタミフードサービスさんの株を買って得をした投資家は、ずっとファンになって、ついてきてくれます。そうすれば自然、資金がまた集まってくるようになって、良いほうへ良いほうへと循環していくんです」
株の値段にかぎらない。すべてがこのとおりである。取引も人間関係も豊田善一のいう
「誠実であること」「卑しくないこと」が基本になろう。
 日本経済のなかで喪われたのはこの豊田の考え方ではないだろうか。]


ちなみに、東証1部4723の
グッドウィル・グループの今日の株価は、前日比ー5000円の52000円と、2ヶ月で半値、JASDAQ4655のNOVAは87円と2年で5分の1に下落している。株主は喜んではいないでしょう。

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2007年6月13日 (水)

イヌイットの鯨(クジラ)

Dscn1494_320  写真の石彫刻のクジラは、カナダのイヌイット(エスキモー)の作品です。
僕の知る限り、イヌイットの石彫刻でクジラはわりと少ないし、この形は珍しいと思って、だいぶ以前に購入したものです。結構気に入って、机の上に置いてながめています。
何故、このイヌイットのクジラを出したかというと、今日興味深いニュースを聞いたからです。
アラスカ沖で先月、現地に住むイヌイットが捕獲した巨大なセミクジラの体内から、1800年代に商業捕鯨で使われていた銛(もり)の破片が見つかったというものです。発見された破片は1880年前後に製造されていた爆薬仕掛けの銛の一部との事で、そうするとこのクジラは少なくとも130歳以上と考えられます。
 僕は以前読んだ本で、クジラの寿命は、一番大きなシロナガスクジラ(30~25メートル)が最も長寿で、120才くらいまで生きるものもいると書かれていたと記憶しています。このへんからが、興味深いと言うか、ブログを書くのに疑問が次々と湧いてきて、そうブログ書きに時間をかけてばかりいられないという、いつもの葛藤になるのです。
 だいたい、捕鯨については、商業捕鯨をみとめて欲しい立場の日本は、同じ主張のノルウェーと共に、国際的にはいじめられているわけで、この事を調べてゆくと各国のさまざまな立場での、多くの主義、主張があってとても簡単にはまとめられるものではありません。それでも、今日のニュースを聞いて、IWC公認で、原住民捕鯨や生存捕鯨として、イヌイットに捕獲が許可されているのは、ホッキョククジラではないのか、セミクジラが含まれていたのか、巨大なと書かれているが、実際にどのくらいの大きさか、イヌイットはどんな漁法でクジラを捕獲しているのか、その漁法は、日本の調査捕鯨法が問題になっている致死にいたる苦しみは少ないのか、セミクジラの寿命はどのくらいなのか等など、調べたくなる疑問はつきません。
それらと共に、簡単にはまとめられないと書いたように、先月IWCの会議(第59回 IWC年次会議)が終わったばかりですが、今度のニュースのように、イヌイットには許されている捕鯨が、日本の伝統捕鯨には適用されないのはなぜか、今後の捕鯨問題は国際的にどう解決に向ってゆくのか、環境保護団体の主張と矛盾、調査捕鯨を含めた日本の立場、各国の主張と思惑、それらを消化して、僕の意見を言えるまでには、まだまだ多くの時間が必要だとことわらせてもらいます。今日は「僕の失敗ー新興株」として、情けない?新興企業の企業家、経営者について書きかけていたのですが、クジラの体内に、100年前の銛(もり)の破片という、小説「白鯨」を思わせるニュースに、つい引きこまれて、脱線しました。面白い話しのはずが、なんだかややこしくなってしまいました。ブログ書きは難しいです。今日はここまで。もう寝ます。
http://homepage1.nifty.com/IKAN/zukan/right.html セミクジラ解説ー1
http://www.s.kaiyodai.ac.jp/museum/public_html/whale_gallery/exhib_rightwhale.htmセミクジラ解説ー2

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2007年6月12日 (火)

キキョウ(桔梗)と梅の実

Dscn1492_320  昨年の6月27日のブログに、枯れたと思った鉢植えの桔梗が、庭に植えたら生きかえってきれいな花が咲いたと書きました。その桔梗が、昨年より2週間も早く今日咲きました。
朝、風船のように膨らんだ花をみて、カメラを用意していたら、10時頃、写真のように2輪が、きれいに咲きました。どうも我がデジカメは、紫色がうまく出ないようで、実物はもう少し深い青というか、紫に近い色です。まだ、蕾が沢山ついていますので、これから楽しめそうです。
ただ、昨年も書きましたが、僕はどちらかと言えば、山で可憐に咲いている桔梗のほうが好みです。
 早いといえば、今年は庭の南高梅の実も収穫が早そうです。
昨年は今までに無い豊作?でしたので、今年は不作の年と思っていましたが、数は少ないものの、実が大きいのです。ワインの出来が、年によって大きく違うように、この梅から作る梅酒も年によって、美味さが違います。一昨年は駄目で星★★☆でしたが、昨年はすばらしい出来でしたので、2006年ものは、星★★★★☆としました。はたして2007年はどうなるでしょうか。不作年に当たるとしても、今まで以上の実の大きさから星★★★★くらいは期待できそうです。

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(写真左、今年の梅の実は、粒が大きい)

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2007年6月10日 (日)

山登りのハイドレーションシステム

Dscn1489_320  山で使用する給水装置として、今まではオスプレーの25Lと50Lザックとの組み合わせで、platypus(プラティパス)の製品を使用していました。(写真上)
 
ハイドレーション装置としては、安価で使い勝手も良く優れた製品なのですが、最大の欠点は、使用後のリザーバー(水筒部分)のメンテナンスが面倒な事でした。乾燥中にリザーバーの中に、黒いカビが生えて、それを取り除く事が、小さな呑み口からは、出来難かったのです。そこで、新しくメンテナンスの容易さをうたったhydrapak(ハイドラパック)製の物を購入して、大無間山で始めてDscn1490_320使用してみました(写真下)
購入したのは1.5Lタイプですが、大きさも手ごろで、リザーバーの折りたたみ式開口部が大きく開き、なによりも良いのは使用後にリザーバーを裏返して乾燥させることが出きる事です。乾燥させるための吊り下げ用フックまでついている心遣いです。
 折りたたみ式給水開口部は、マジックテープで止めるので、洩れを心配したのですが、使用中に水洩れは全くありませんでした。また、リザーバーとホースの接続口に、弁機能がついて、ホースを外しても水漏れがしないで持ち運べる点も気に入りました。マウスピース部分にかんしては、どちらも遜色ないと感じましたが、hydrapak(ハイドラパック)のほうには、L型とストレート型のバルブが付属しており、L型を使用しましたが、飲みやすい形状でした。このバルブ用に防塵キャップがアクセサリーで発売されているので、衛生面から購入してみようと考えています。使ってみて、この製品はお薦めできます。僕はハイドレーションはあくまで、行動中の給水で、水にアミノバイタルの粉末を少し薄めになるように入れます。昼食などの為には、お茶の500mlペットボトルを別に持ちます。
     http://www.hydrapak.jp/maintenance/index.html hydrapak(ハイドラパック)H.P

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2007年6月 9日 (土)

大無間山の花

Siroya1_320  厳しい登山でしたが、何故か懐かしい山、大無間山に咲いていた花をまとめてみました。写真は、余裕で登った若いS君、K君が撮ったものを借りました。
登山道の脇には、イワカガミ、ヤマイワカガミの群生が見られ、一部では踏まないよう注意して登るほどでした。アカヤシオ、シロヤシオも満開で、登山道にもきれいな花びらが落ちていて、苦しい登りに喘ぐ僕達を慰めてくれ、その他、ホタルブクロ、フウロなども咲いていました。

(写真上、見事なシロヤシオ)

Akayasio_320

(写真下、アカヤシオ)

Akayas1_512 (アカヤシオ)Iwakag1_512

(イワカガミ)

Iwakag3_512

Iwakag2_512(イワカガミの群落) Yamaiw1_512
(ヤマイワカガミ)

Yamaiw2_512

Hotaru1_512_1 (ホタルブクロHuuro_512ウロ)
小さい写真はクリックすると拡大します)

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2007年6月 7日 (木)

大無間山に登るーその2

P2_320  避難小屋の有るP4を、6.15出発。ここからが、難所の鋸歯の通過である。P3、P2、P1のピークを忠実にトレースしていかなければならない。小屋からすぐに7、80mほどの急降下の後、P3の登りになる。岩を手がかりに、木の根を握って登るような急坂が続く。150mも登ったろうか、やっとP3についた。標識などは無いので、地図で確認する。ここからまたぐんぐん下る。全く登っているのか、下山しているのかわからなくなる山だ。まだ下るのかと思った頃、やっとP3、P2の鞍部についた。時刻は7.15。15分休憩し、P2の登りにかかる。ここもきつい登りが100m以上ある。P2は、地図上の1898m地点、木にP2とかいた赤いテープが巻いてある。(写真上)P3と同じく、樹林帯で展望は無い。ここからP1までは、幾つかの小さな登り下りを繰り返して、P1についた。ここからまた、急降下し小無間山との鞍部についた。登り下りの連続に体力を消耗する。ここを帰りに戻るかと思うと気が重い。鞍部からは小無間山への最後の急登である。高度差300m。鞍部北側は大きく崩壊している。外山沢の詰め部分か。慎重に通過する。左側もガレていて、谷が深い。P3の登りと同じく、手と足を使って懸命に登る。若い2人は、楽に登って行くが、こちらは2人はよっこいしょの連続である。最後の急傾斜を登りきると、勾配が緩くなって、小さな平坦地のある小無間山に出た。難関の鋸歯を越えたのだ。標高2149m。ここも周りは樹林帯で眺望はない。時間は9.47。小無間避難小屋より、3時間30分。やや予定時刻をオーバーしてきた。休憩の後、10.00出発。
ここから、中無間山までは、わりと平坦な道が続く。南に大きなガレが見えてきた。唐松薙と呼ばれる唐松谷の大崩壊である。唐松谷の頭着10.20.崩壊の上部を、左の崖により過ぎないよう道を少しよけ気味に通過する。夜間など、気をつけないと露頭した木の根の間から滑落しそうである。森林帯の中を行く道は、ルートがわかり難い。下り気味の道が緩やかな登りになると、2109mの中無間山だった。結局、小無間山よりは50mほど下ってしまった事になる。相変わらず霧で、視界がきかないが、深い山中にいる実感はある。10.53着。
 中無間山から大無間山までは、25000分の1地図上で、2km(実際は勾配があるのでもっと長い)と今日のコース上では、比較的平坦で長い道のりである。頂上まで、高度差200m、いよいよ、最後の登りである。西に向っていた道はここから大きく左方向、西南に向きを換える。枝道、獣道が交錯していて解り難い。帰路に直進して、北方向に伸びる支尾根に入りこまぬように、一部トラロープが張られている。コースでそんな注意がなされているのは、ここだけであった。
 中無間山から、いちど下るが、そこからは傾斜は緩いが長い登りとなる。広い稜線の道を、ルートを探しながら進むと、上から7人のパーティが降りてきた。昨夜、小無間小屋に泊まり早朝に出たとの事だった。まだまだ、先は長いと、嬉しくない事を伝えてくれる。お互い帰りの長さを嘆きあう。若者2人が頂上でコーヒーを入れて待つと言って先行してくれた。あっという間に姿が見えなくなる。早い登りだ。登ってきた単独の登山者が追いぬいていった。勾配が急になって、尾根が狭くなった登りで、急に北西面の展望が開けた場所に出た。霧もはれ薄日も出ていたので、小無間山を出てから、始めて遠くの山が見えた。地図上で2250mくらいの地点だろう。南アルプスの山の深さに感動する。ピッチがあがらない。時間が刻々過ぎて行く。あせりもある。最後の登りと思われる急勾配を、ゆっくり登って行くと、先ほどの単独行の登山者が下りてきた。もう10分くらいですと言う。快調な足取りで下山して行くのをみて、友人が、彼が10分というのなら、我々はまだ20分はかかるなとつぶやく。突然、霧のなかに長い雪渓が現れ、どこから登るのか一瞬途惑う。左の樹林帯の中にも雪の斜面が見える。霧の中で、雪渓がどれほどのものか、見通せない。えい、まっすぐ登ってしまえ。かすかに残る踏み跡をたどって,雪の上を歩くこと100mほどで、雪渓から離れる。思ったとうり単独行の登山者とわかれてから20分ほど登ると、上から先行していたS君が呼んでいる。樹林帯が明るくなったところが、頂上だった。12.30、やっと着いた。小無間山より2時間45分かかってしまった。田代を午前2時に出てから10時間半、予定より1時間半遅れだ。大無間山と書かれた山頂標識に、もうこれ以上の登りがない事を喜び合う。ここからの、若者2人が入れてくれた熱いコーヒーで、生き返る思いをしたことは昨日冒頭で書いた。
予定時間には、戻れない事がはっきりしたので、民宿に遅れる旨、電話をかけてみようと試みる。au、ドコモは全く駄目だが、なんとソフトバンクが通じた。auは、田代でさえも圏外である。汗だくで登ってきたが、頂上はさすがに寒い。今日、何度目かの昼食を食べ帰路につく。田代まで、あの鋸歯を越えて、気の遠くなる距離だ。さあ、戻ろう。13.00頂上を後にする。
若者2人が前後でサポートしてくれる。腹を決めて、ゆっくり慎重に下る。
中無間山、14.00、10分休憩。中無間山の下りで、登ってくる男女2人の登山者と会う。小無間山にテントを張って来たとの事。これからの頂上往復は、厳しいだろうと思ったがわりと気楽に登っていった。小無間山、14.55、15分休憩。頂上の平坦地に彼らのテントが、きっちりと張られていた。P2とP3の鞍部、17.15、10分休憩。さすがに鋸歯のアップダウンは消耗する。これだけの険しい山道は少ないだろう。ゆっくり歩く。途中で、小無間山にテントを張るという3人の登山者とすれ違った。今日は小無間山には、テントが2張りだ。
小無間山で幕営すれば翌日は随分楽だろう。平坦地には5,6張りは張れる広さがある。
ただし、避難小屋と同じく、水場は無い。
 小無間小屋、18.23着。頂上より5時間半。小屋を覗くと中で、単独の登山者1人が、寝袋に入っていた。1人では今夜は寂しいだろう。挨拶してすぐ、下山にかかる。ここまで戻れば先が見えた。小屋発18.30。小屋直下からのいやな急坂をなんとか、ライトなしで下りたいと思う。しかし良くぞ登ったと思うくらいの急斜面である。疲れの出た足にはきつい。急坂の途中で暗くなり、ヘッドランプをつける。暗闇でルートが見つけ難い。先頭のS君が木につけられたテープを確認しながら、慎重に下る。若者達は辛抱強く、我々2人の足に合わせてくれる。雷段を過ぎ、送電線の下をくぐり最後の直線的下り。諏訪神社到着。アスファルトの林道にへたり込むように座りこんでしばらく休む。民宿「ふるさと」着22.45。小無間小屋より4時間20分を要した。民宿では、こんな遅い時間なのに、若女将が夕食を準備して、暖かく迎えてくれた。
歩き続ける事、20時間45分も要したが、僕らの日帰り大無間山はこうして終わった。最後まで一緒に歩いてくれたS社山岳部員の若者S君、K君、ありがとう。
200名山を目指す登山者なら、心配は無いと思いますが、友人や僕のように膝に故障のある人などが登る際の、僕らの経験から得たことなどや、咲いていた花のことなどは、また書く事にします。
 (写真中、小無間山の先で、木に熊の爪痕があった。)
 (写真下、ヤマイワカガミの白い花の群落の中を、踏まないように登る。花を傷めそうでストックは突けない
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Noboru_320

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2007年6月 6日 (水)

大無間山に登るー6月2日

Dscn1481_320 12時30分、遂に大無間山(2329m)の頂上についた。予定より遅れること1時間半。山頂は周囲を樹木に囲まれ、東西に平坦な広場になっていて、テントが5,6張りは張れそうな空間がある。悪天候ではないが、霧で視界はほとんどきかない。先行してくれた若者2人が、コーヒーを入れて待っていてくれた。残すところ20数座ほどになった友人とのいつもの200名山登山に、今回はS社山岳部の若者、S君、K君の2人が参加してくれた。
登山口の田代から、日帰りで大無間山を往復をしようという、高齢登山者にはかなり厳しい登山計画に、付き合ってくれた2人に感謝しながら、渡された熱いコーヒーを飲んだ。さあ、山頂は踏んだが、これから8時間と見ている、長い,長い田代までの下りが待っている。さすがに大無限(間)、の山稜である。
 今日の大無間山はガイドブックなどで、歩行時間が往復14、5時間程度と書かれた田代からのコースに、食事、休憩時間を加えて、17時間として計画した。インターネット検索では、10~14時間くらいで往復して戻る記録が見られるが、短時間を誇るような俊足登山は、遠い昔の事で、今の我々には出来ない。

 午前2時、田代の民宿「ふるさと」をヘッドランプをつけて出発した。順調に行けば19時には、戻る予定である。この時は、少し短縮できれば位の気持ちで、まさか20時間を越えて、夜中の23時に戻る事になろうとは、誰も思ってもいなかった。ましてや、俊足の山岳部員二人においては。
旨い霊水の涌き出ている場所から、登山口の諏訪神社の鳥居をくぐり、少し階段を登ると林道に出る。そこから諏訪神社少し手前の道標に従って左折して小さな階段を登って、そこから山道となり、単調な樹林帯の中の道を登る。ここは、井川湖畔より小無間避難小屋まで、一気に1200mの高度差を登らなければならない。眠気と戦いつつ、急坂をヘッドランプの明かりを頼りに高度を稼ぐ。 
高圧送電線の鉄塔の脇を抜けて、約1時間歩いた3.05に雷段と書かれた標識が有るところについた。地図にある尾根の末端、1085m地点らしい。5分の休みで出発する。道はここから右方向(北西)に進むようになり、、緩くなったり、急坂になったりしながら、尾根の上に続いている。樹林帯で道がわかり難い。途中で、夜明けを迎え、少しづつ明るくなってきた。小さなピークを越して左に沢の音を聞きながら、しばらく緩傾斜を進むと、そこから先は小無間小屋までの高度差300mほどを一気に登るすごい急坂となる。手も使う苦しい登りを続けて、5.55にP4(ピーク4)に到着、そこに青い壁の小無間避難小屋があった。あたりは霧に包まれている。ここまで、3時間55分を要した。先ずは予定通りである。
小屋の中は、入口は土間で、奥に10人ほどは寝られる床張りの部分があって、昨夜ここに泊まり、すでに早朝、大無間山を目指したと思われる登山者の、ザックなどの装備品が幾つか残されていた。まだ、先は長い。我々も20分休憩して、先を急ぐ事にする。

続くーーー

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2007年6月 4日 (月)

名湯です。赤石温泉

Dscn1476_320  南アルプスの大無間山に登ってきました。日本200名山でも、厳しいと言われる山ですから、覚悟はしていましたが、さすがに爺い殺しのすごい山でした。
1日の歩行程20時間の報告は、赤裸々登山日記として、明日にでもまとめてみます。その前に今日は、赤石温泉の事を書きます。登山の前日に寄りましたが、もう一度行こうと帰る日にも立ち寄ってきました。
 大無間山は、静岡県の大井川上流、田代から登るのですが、その田代温泉集落からバスで約20分ほど畑薙ダム方面に登ると、この赤石温泉があります。Dscn1477_320バス便といっても、なんと1日1便、静岡駅から約3時間20分乗ります。
ここに、静岡市営の温泉施設である白樺荘があります。まさに知る人ぞ知る、穴場の名湯です。今はやりの立派な日帰り温泉施設など想像すると、そのギャップに驚かされる、素朴な木造の小屋です。元ダム建設に使用された施設を受け継いだ建物だそうです。ここは、うれしい事に入浴、休憩ともに無料です。中に食堂があり、こんな施設といっては失礼ですが、建物からは想像できない、メニューの多さにびっくり。味もなかなかのものでした。
Dscn1479_320温泉は、男女別に20人ほどが入れる広さで、やや温めの硫黄泉が、浴槽に流れこんでいます。湯の花が浮く浴槽に入って驚いたのは、そのなんとも滑らかな肌触りです。オイルでも入っているかのような、感触ですが、ベトつく感じはありません。いろいろな温泉に入りましたが、今まで一度も経験しなかった、なんとも気持ちの良いお湯です。入浴しているのは、登山者である我々以外は、ほとんど静岡県内の方で、この温泉目当てに何時間も車を走らせてくる常連の人達でした。
このところ、数が伸びない5年で100湯目標の、温泉巡りの25湯目は、星★★★★★5個の秘湯、名湯でした。

(写真上、浴室内、2つの浴槽が有り、温泉が流れこんでいる方が温度が高い。やや硫黄臭のするこのお湯は飲用できる。)
 (写真中、温泉効能。)
 (写真下、市営の温泉施設である白樺荘、宿泊は出来ない。静岡駅まで3時間20分かかるバスは、日に一便しかない)

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