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2007年4月30日 (月)

8年でこんなに成長

Dscn1388_320_1   柳瀬川土手の、ふれあい橋から英橋間に、新座中央ライオンズクラブの手により、桜の若木が植樹されました。新座北高校の横あたりで、右岸に続く桜並木の延長です。
こんど植樹された対岸には、今から8年前の平成11年に、同じ新座中央ライオンズクラブにより植樹された桜の木があります。今年植えられたものと同じような大きさだったのに、8年たって見違えるように大きくなった木は、今では見事な花を咲かせるようになりました。植樹当事は、強風が吹くたびに、その細い幹では、倒されてしまわないかと心配していたのに、その成長の早さには驚かされます。今年植樹された若木たちも、10年もすると、お花見ができるようになる事でしょう。
(写真左、今年植樹された桜の木)

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(平成11年に植樹された桜の木、8年でこんなに成長しました)

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(植樹の際の看板、今年のものと、8年前のもの)
クリックすると、拡大します。

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2007年4月28日 (土)

気になる株式ー日本航空と三洋電機

今日からゴールデンウイーク、普段出来ないもろもろの整理や勉強などをやってみようと考えています。ブログでは、このところ気になっている2つの株式から。
 「日本航空」「三洋電機」、共に業績最悪、株価低迷、配当無しの、いわば準ボロ株。
株価は、昨日27日の終値で日本航空が、236円、三洋電機が192円、ZAIの理論株価もそれぞれ20円135円です。日本航空は以前にも書きましたが、20円などというありがたくない理論株価を頂戴している一流企業はこの会社だけです。
ちなみにライバル会社、ANAの昨日の終値は465円で、理論株価は735円、配当も3円と大きく水をあけられています。
それでも日本航空(JAL)は、株式の時価総額6500億、世界の空運で売上高第5位、連結従業員数54000人の日本を代表する航空会社、でもなんとも締まりのない駄目会社の印象、かたや三洋電機も日本の家電大手、株式の時価総額3600億、従業員は単独でも、12000人、連結では105000人です。株価だって、かっては1000円に届いた時代もありましたが、今ではなんともでたらめな大会社の印象です。
 両社とも、救いも展望もないのか?。JALは2010年度までの再建計画で、大規模リストラを含めて、高コスト体質の改善を図り、復配を目指しています。復配できなければ、現社長が退陣するとまでの決意です。ゴールデンウイークの搭乗客の伸びも順調のようですし、今後、社内刷新、労組問題、高賃金、安全面の取組み、社員の意識改革、モチベーションの向上等が進展すればとの思いがあります。
 一方、三洋電機ですが、大幅の連続赤字続きで、なにをやっても旨くいかず、やってる事自体も良くわからずの末期症状。大袈裟に言うと、会社存続さえも危ぶまれる状態です。それでもと思うのは、個別の製造部門などをみれば、生き残れそうなところもあるし、社員の潜在力は大きそうです。迷走する経営と経営陣、そして経営理念が抜本的に改善されるならとの思いがあります。
さて、なにが気になるのか?。この株価です。無配とは言え、236円と192円とは、あまりに情けない。
 JALは、10年来の最高値が366円、最安値が197円です。幾ら下げても天下のJAL、190円以下には下がらないだろうと考え、上はなにか良い情報でもあれば、上下幅の半分、270円くらいまでは上げるのではと、安直に考えてしまうのです。
 三洋電機は10年来の最高値が1060円、最安値が148円です。しかし上場廃止とまでいかなくても、この株はJALのように考えるのは、どだい無理です。
さりとて、時価総額3600億の会社、ちょっとした風の吹き回しで240円くらいはあるのではと、これまた安直に考えてしまうのです。
では、買うか?。買わない!。でも買うなら今?でも、全体株安の状況になれば、吹っ飛ぶこと確実。このへんが気になる所以です。
 我がポートフォリオの「気になる株ー駄目株版」の常連として名を連ねています。
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(僕が使用している三洋電機製のニッケル水素電池、「eneloop」、デジカメ、デジタル音楽プレーヤー、シェーバー、などに抜群の高性能を発揮してくれ、従来のアルカリ電池は使う気がしない。いつでも充電できて、1000回の繰り返し使用が可能というすぐれもの。デザインも良し。2次電池では三洋電機は、業界NO1。こんなに良い製品もあるのに惜しい。)

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2007年4月26日 (木)

イチリンソウが咲いています

Dscn1379_1024  女農園主が、農園に行く途中の斜面にイチリンソウの群生を見つけたと教えてくれたので、半信半疑ながら、行ってみました。
ニュウータウン近くの雑木林の斜面に、白い花が幾つも咲いています。イチリンソウがどんな花なのか、記憶がなかったので、いちおう持ってきた写真と見比べてみました。真っ白な5枚のはなびらと、ぎざぎざの葉、間違いなくイチリンソウでした。この花、埼玉県絶滅危惧種植物リストの準絶滅危惧種に分類される貴重な植物なのです。県内の川口市では、2002年に市指定文化財(天然記念物)に指定されたようです。それが、こんなところに!。
茎がフニャフニャで、その茎に花が1個づつ咲いています。自立するのもやっとといった感じで、他の草に寄りかかるようにしています。この花について、インターネットで調べた事を書きます。
イチリンソウは、「ニリンソウ」と同じキンポウゲ科の植物で、春植物といわれています。春植物とは、早春に茎や葉を地上に出して花を開き光合成を行い、初夏には地上部が枯れてしまい、地下の根茎で生きる植物です。芽吹いてからほんの1~2ヶ月の間に、花を咲かせ、種子を作り、来年の準備をして、枯れてしまいます。どうもはかない花のようで、僕もこの群生地を荒らされないように見守りつつ、花の消えて行く様を観察する事にします。

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(真っ白な花が、本当に頼りなさそうな細い茎にひとつ咲いています。)

(花の直系は3~4cmくらいです)

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2007年4月25日 (水)

ハナズオウの花

Dscn1377_320  今日は1日中、雨が降ったり止んだりでしたが、夕方にはあがり、西の空に久しぶりの夕焼けを見ました。明日からはすっきりとした晴の日が続くようです。この頃毎日がとても早く過ぎてゆくと感じられ、早くも今週末からゴールデンウイーク突入です。
夕焼けの写真を撮りに出たついでに、ニュータウン内の、先日から気になっていた花の写真を撮ってきました。木の名札に「ハナズオウ」と書かれていたので、戻ってからインターネットで調べると、中国原産のマメ科植物で、庭木としても苗が販売されていて、そう珍しい木ではなかったようでした。しかし、この幹から直接花がついている様は、他の樹木には見られない不思議な光景です。

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(このハナズオウ、枝がないので、花が幹から直接咲いていて、寄生している別の花のようにもみえます。上の柳瀬川土手の夕焼けの写真を撮ってから、この写真を撮ったのに、周りの明るさがまるで違います。写真は、撮り方でずいぶん変わるものです。夕焼けの写真は、フラッシュ撮影の為、シャッタースピードが早いので、あたりは暗く写ります。
ハナズオウは、オート撮影モードですが、フラッシュを使用しないと設定したので、スローシャッターになり、明るく写されています。そのかわりかなり手ぶれしています。ちなみにフラッシュを使用したら、下の写真のように写りました。まるで夜ですね。カメラはNikon COOLPIX 7600です)

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2007年4月24日 (火)

智積院(ちしゃくいん)ー京都

800px1_320_1 京都の智積院 。参拝して、これほど気持ちの良かった寺院は他に有りません。真言宗智山派総本山にして、全国3000の寺院修行研鑚の根本道場で、その檀信徒の総菩提所です。我家のお寺である慈眼寺住職の「いちど参拝しておくと良いですよ」との勧めで、一昨年の4月、桜が満開の京都に旅行し、参拝してきました。
なにが、良かった言えば、境内で行き交う僧侶達のすべてが、笑顔で挨拶してくれるのです。きっと、全国の寺院から修行に来ている若い学僧達でしょう。
それも、心からこの寺に参拝にこれた事を、喜んでくれているといった感じが伝わってきます。もちろん広い境内には、数々の伽藍と、見るべき多くの貴重な文化遺産もありますが、観光で廻る他の寺社にはない、僧侶達との心のふれあいは、本当に嬉しく、この寺を訪ねる事を勧めてくれた慈眼寺住職に感謝しました。
智積院の場所は、JR京都駅よりバス10分、東山七条下車 が便利です。七条通り正面にあり、近くには国立博物館や三十三間堂もあります。観光寺院ではありませんが、真言宗徒でなくとも、国の名勝に指定されている書院庭園は、訪ねるだけの価値はあります。
 慈眼寺も真言宗智山派ですが、真言宗には高野山の流れをくむ古義真言宗と、高野山から別れた新義真言宗があります。両者は共に真言宗であり、弘法大師空海の思想を受け継いでいますので、教義に大きな違いはないようです。
新義真言宗には、この智山派の他に、前に書いた四谷東福院がそうですが根来寺を本山とする新義真言宗と、長谷寺を本山とする豊山派の3派があります。
厄除けで有名な川崎大師(平間寺)や、高尾山薬王院、安全祈願などの参詣人の多い成田山新勝寺なども智山派の寺院です。
高野山真言宗にも10以上の派がありますが、このへんは別の機会に書くこととします。

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2007年4月22日 (日)

国立新美術館

Dscn1367_320 東京ミッドタウンを覗いたついでに、サントリー美術館、六本木ヒルズの森美術館と共に、六本木アート・トライアングルのひとつである、これも開館したばかりの国立新美術館を見てきました。美術館といっても、他の国立美術館と異なり、所蔵する美術品や研究学芸員を持たない、国内最大級の広大な展示面積を持つ、美術展の為の貸展示場です。(展示のための、業務を推進する若干名の学芸員は所属する)
現在、「ポンピドー・センター所蔵作品展」「大回顧展モネ」の2つの企画展と、いくつかの公募展が同時開催されています。館内と展覧会は、サントリー美術館と共に後日、ゆっくり鑑賞する事として、今日はこの美術館の外観についてです。
最近の建築設計に見られるファーサードとして、全面的なガラスカーテンウォールに、曲面や傾斜面を持たせ、それに平面的凹凸と、日射をコントロールする為の、日除けルーバーや小庇を用いてアクセントをつけた建物が多くなっています。黒川紀章氏設計の、この美術館もその例にもれません。確かに大型建築をガラスで覆い尽くし、縦方向のリブ状支柱と細い間隔で入った横ルーバーには、この種の建築に見られる軽さはなく、圧倒的な迫力があります。しかし、ただそれだけの建物といった感じしか受けられず、良い建築を見たという充実感は得られませんでした。今後、新しい国立美術館が建設される頃には、多分生存していないと思うし、国内5館目の国立美術館として、期待が大きかっただけにこの美術館の外観、僕の評価は低いです。星★★★3個。
それにしても、この新美術館、間違っても日本の、ナショナル・ギャラリーなどの名称がつかなくて良かったと思いました。(The National Art Center, Tokyo)
    http://www.nact.jp/building_intro.html  国立新美術館公式H.P.
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(正面入口より左方向を見たところ、この球形の曲面が、写真で見る以上にシンガポールの建築、愛称ドリアン、劇場兼コンサートホールの「エスプラネード・シアターズ・オン・ザ・ベイ」を連想させる)

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(「エスプラネード・シアターズ・オン・ザ・ベイ」、愛称ドリアン、サン・シェードはこちらのほうが、はるかに美しい)

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2007年4月21日 (土)

東京ミッドタウン

Dscn1358_1024  昨日、所用のついでに、六本木の東京ミッドタウンに寄ってきました。隈研悟氏設計のサントリー美術館にも、入館したかったのですが、時間もなかったので、ミッドタウン内をひとまわりして、帰路につきました。さすがに、オープンしたばかりで、どこも見学する人で混雑していましたし、レストランのランチタイムは、終了して、閉店中でしたが、開店時間には、どこの店も混んで、長い行列だったそうです。
安藤忠雄氏設計の「21_21DESIGN SIGHT」も、展示準備中で、閉鎖されていましたので、サントリー美術館と共に、少し落ちついた頃にゆっくりと見学に来る事にします。
ミッドタウン内からの景色で、ここは良いと思ったのが、ガーデンテラス横の写真の場所です。ちょっと外国にでも来た感じを受けたので、パチリと一枚。〈写真上)
  http://www.tokyo-midtown.com/jp/index.html 東京ミッドタウン公式H.P.
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ミッドタウンガーデンから見た、ガーデンテラスと、サントリー美術館、高層棟は、都内最高高さの、ミッドタウンタワー248mで54F。)

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2007年4月19日 (木)

あかね空ー映画

Akaane1_320 映画「あかね空」を見ました。平日でもあったので、観客は高齢者ばかりでしたが、確かにこの映画は高齢者御用達かもしれません。
原作は山本一力の直木賞受賞作です。脚本は、監督の浜本正機と共に、監督業を引退した篠田正浩が共同執筆しています。僕は原作を読んでいないのですが、本の厚みからして、2時間の映画にまとめるには、かなりの難しさがあったと思います。この映画を見た後で、原作を読みたくなり、図書館にリクエストしましたが、残念、順番待ちの、貸出し中でした。
ストーリー
京の豆腐職人・永吉は江戸・深川の長屋で商売を始めるが、京風はさっぱり売れない。だが、桶屋の娘・おふみのアドバイスで徐々に売れ始め、やがて二人は祝言を挙げる。18年後、永吉は大通りに店を構え3人の子にも恵まれるが、長男の栄太郎が道を踏み外していく。
詳しいストーリーは、この映画の公式H.P.に書かれていますが、最後の山場を除き、ストーリーのほとんどがわかるので、原作を読んでいない人は、見ないほうが良いかもしれません。出だしはこんな感じですーーー。
  http://akanezora.cocolog-nifty.com/blog/story.html あかね空H.P.
「深川蛤町、夏。さまざまな店が軒を連ねる大通りを少し入ると、三軒長屋が四棟、井戸の周りを取り囲むようにして建っている。子沢山の職人が多く暮らすどこにでもある裏店だった。その井戸端で汲み上げたばかりの釣瓶の中の水をじっと見つめている旅姿の男がいた。京の南禅寺そばの由緒ある豆腐屋で修行し、江戸で店を持つためにやってきた永吉だった。その水を美味しそうに飲み干し、目を閉じて吟味する永吉。「この辺りの井戸はみんな塩辛くって飲めたもんじゃないけど、この水はおいしいって評判なんだから」。近くに住む桶屋の娘おふみが微笑みながら立っていた。慌てて自己紹介する永吉とおふみ。なぜかお互い心ひかれるものを感じていた。」ーーー。
映画冒頭に驚かされる、巨大な永代橋のシーンを始め、富士山まで見渡せる江戸の景色、そして人々の生活する街並み、最後におふみが見るあかね色の空など、CGによって細密に再現されています。S.F.、ファンタジー、アクション映画などと違い、「ALWAYS 三丁目の夕日」もそうでしたが、普通の生活場面の中に、ここまでCG画像を取りこめるようになると、俳優は後からCG画像を嵌め込む為の、無地の布幕の前で演技する事が多くなり、役作りにも影響が出るような気がします。
ただ、このCG画像、どんなに良く出来ていても、いかにも人工的画像と感じられてしまいます。背景の絵のように思え、映画に引きこまれる現実感が無いのは、惜しまれます。
でも、これからは、いつの時代のどんな場面でも、再現できるという無限の可能性があるのも事実で、より自然光に近い色合いなどが出せるようになると、驚くような画像を見る事が出来るだろうと、楽しみにしています。
 感想、配役、俳優などについては、後で書き足します。
派手な活劇場面などの無い、江戸の町のひとつの家族を、情緒たっぷりに描く人情劇なので、後でDVDでも良いかも知れませんが、僕は映画館での鑑賞をお薦めする作品です。    ★★★★星四つとします。

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2007年4月17日 (火)

庭に咲いた2つの花

Dscn1332_320_1  以前は聞いてもすぐに忘れてしまった花の名前、でも、このブログを書くようになってからずいぶんと覚えられるようになりました。今、我家の小さな庭に、ミヤコワスレとワスレナグサが咲いています。「都忘れ」と「忘れな草」と書いたほうがしっくりしますね。
都忘れは、鎌倉時代の承久3年(1221年)に、後鳥羽上皇が鎌倉幕府に対して討幕の兵を挙げて敗れた、承久の乱(じょうきゅうのらん)に連座して、佐渡に流された順徳天皇が、庭に咲いていたこの紫色の花を見つけ、 「京の都の色を思わせる花よ、私はすべてをあきらめている。 いつまでも私のそばで咲いていておくれ。 都のことが忘れられるかもしれない。」と言ったことから都忘れの名がついたとされています。佐渡で21年を過ごした順徳天皇は、1242年に44歳で自死されたと伝えられています。
忘れな草のほうは、英語名の Forget-me-not がすべてを表しているように思えます。
せっかく春の庭にきれいに咲いてくれて、名前も覚えたのに、どちらも少し悲しい花の名です。
花の名といえば、高山植物もカタカナで「ハヤチネウスユキソウ」などと書くから、とても覚え難いけれど、「早池峰薄雪草」と書いてくれたほうが、覚えやすい。「ハクサンフウロ」も「白山風露」が良いです。「チングルマ」は「稚児車」。これはちょっと難しい。

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(写真上、ミヤコワスレ)
(写真下、ワスレナグサ)

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2007年4月16日 (月)

新酒を飲むー麻原酒造へ

Dscn1345_320_1  日曜日の昨日、毎年恒例の新酒を呑む会(しぼりたての会)に参加して来ました。訪ねた蔵元はこれもいつもの毛呂山町の麻原酒造です。集まった皆で、餅をついたり、酒蔵でチェコの歌手の方に、「酵母さんありがとうコンサート」などを聞かせてもらった後、出来立ての新酒を頂きました。今年の新酒も良い出来で、純米酒、純米吟醸、、純米大吟醸など、どれもを美味しく、多いに呑み語らってきました。酔うと、外に出て毛呂山町の里風景を楽しみつつ少し歩き、また戻って呑むといった楽しい1日でした。
日本酒の生産量は、ピーク時の970万石(一升瓶換算で9億7千万本)から、減少の一途をたどり、近年では、半分の450万石にまで落ちこんでおり、なお落ちこみが加速しています。全国的に、蔵元の閉鎖も増えているようです。
 確かに居酒屋に行っても、焼酎全盛で、日本酒を飲む人は少数派となっています。伝統ある、日本酒の減算に歯止めがかかり、蔵元が安心して旨い酒を作り続けることが出来るとよいですね。麻原酒造も、近年リキュール、ワイン系にシフトしてはいますが、6代も続いている、伝統の日本酒作りにも、並々ならぬ努力を重ねています。小さな蔵元ですが、これからも埼玉県の銘酒「さざ浪」を作り続けてくれることでしょう。応援していますよ。
   http://www.lamoo.co.jp/sazanami/ 麻原酒造のH.P.

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(写真上、麻原酒造の建物)
写真左、酒作りの、米を蒸す為に使われている大釜。このような釜を使っているところは珍しい)
(写真下、買ってきた純米吟醸酒)

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Dscn1351_512 (毛呂山町ののどかな景色)クリックすると拡大します
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2007年4月15日 (日)

新緑の美しい平林寺へ

Dscn1342_320_1  昨日、新座市野火止の平林寺を訪ねました。我家からは、やや離れており、自転車で40分ほどの距離です。
実は、毎日新聞に、志木市内にある、カッパ像の作者である、内田栄信さんの作品が、ここにも置かれたとの写真付きの記事があり、その、かわいいカッパを見ようと思ったからです。志木市外にある内田栄信さんのカッパ像は、前に書いたことがある小諸市の懐古園に一体あるだけで、この平林寺が2体めという事になります。
ところが、入園してみると一般参拝者の見学できる場所には、カッパ像は置かれておらず、残念ながら見る事はできませんでした。毎日新聞記者の署名入りの記事には、いかにも家族連れの入園者が見ているように書かれておりました。この記者は、4月12日にも、「柳瀬川にあゆ遡上」なる記事を書いており、そこにも事実と異なるのではないかと思われる描写があり、もしやと思い平林寺のカッパ像の記事の切抜きを探してみたところ、同じ名前である事がわかりました。
記者が現場を見ないで書いたのではないかと思われる、この件に付いては、後日もう少し詳しく書くつもりです。
こんなわけでカッパ像は、見る事ができませんでしたが、境内の新緑が、実に美しく、閉園時間までの1時間ほどの散策でしたが、それだけで十分満足しました。
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Dscn1343_512(新緑の美しい境内の道と山門、武蔵野の面影を残す広い雑木林は、国の天然記念物に指定されています)クリックすると拡大します。

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2007年4月14日 (土)

自衛隊員の確保の為にー奨学金制度

 憲法改正手続きー国民投票法案が衆院を通過し、今国会での成立が確実視されています。実施は、早くても4年先とはいえ、憲法改正もいよいよ視野に入ってきました。防衛庁も防衛省となり、国と国民を守る自衛の為という大義のもと、戦争のできる国へと、着々と歩み始めています。
今、政府自民党と防衛省、文部科学省の間で、自衛隊員確保の為の検討事項のひとつに、自衛隊の奨学金制度の導入があります。今でも定員確保が困難な状況で、さらに少子化による若年層の減に対する危機感、それと装備機能の高度化による優秀人材の確保が必要になってきます。
 このため米国の例を研究して、大学入学を援助する奨学金、大学生、院生への援助、留学援助などの恩典を大幅に増やして、自衛隊の入隊希望者を確保する。また、大学と自衛隊の両立をはかる教育課程を組む案などもあります。米国では貧しい若者が、大学入学を目指す方法として、軍隊に入り奨学金を得る事例が多いし、徴兵制が廃止されてから、軍は低所得者層出身や、市民権取得希望の志願兵によって構成されてきた歴史があります。日本でも、地域格差、経済的格差の拡大によって生ずる貧しい層を自衛隊に取り込むべく、策が練られているのです。
 もうひとつ、自衛隊員確保の検討事項に、予備役の準備があります。
米国は現在、徴兵制度ではなく、志願制度を採用している為、慢性的な兵員不足になっています。そのため国の緊急事態や、戦争時に軍隊の拡大が必要となった場合、いつでも徴兵制度を復活することが出来る仕組みがあります。そこでいつ徴兵制度が復活しても対応できるように、18歳~25歳までのアメリカ市民、永住権保持者、米国に不法滞在している男性に対し、Selective Service System(SSS)という政府機関に登録を義務付けており、不登録者には、不利益が生ずるようになっています。
これを、そのまま日本に当てはめる事はできないにしても、予備戦力としての自衛隊退職者の厚遇と並行して、外国人労働者の増加などもにらみ、SSS制度の必要性を考え初めています。長期展望のあるしっかりした政策ができない政府ですが、不思議とこういった政策だけは、5年,10年先を見越した策を練る優秀な官僚組織があるようです。
今後、この問題は、折りにふれて、失言や、小出しの談話などのかたちで、政府、自民党筋から出てくると思います。実は確信犯の言動ですから、注意深く見守っていきます。

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2007年4月13日 (金)

カッパのサクラ子とはたざくらまんじゅう

Dscn1319_320  4月4日に、長勝院跡のハタザクラが満開だと書きましたが、ひとつ書き忘れたことがありました。昨年、このハタザクラの根元に、内田栄信さんの作品である新しいカッパ像が置かれたのです。名前も「サクラ子」。のんびりと横になって、いつもハタザクラを眺めています。
それと、この季節に忘れてならないのは、志木市の銘菓「はたざくらまんじゅうです。
 長勝院一帯は、昔の柏城跡といわれております。柏城主田面郡司藤原長割(タノモノグウシフジワラオサカツ)には、皐月前という美しい姫がおり、その姫に一目惚れした在原業平と駆け落ちした悲しい物語があり、その伝説にちなんで名付けられたのが「はたざくらまんじゅう」です。ほんのり花の香の風味がするのは、生地に桜の花びらの塩漬けを織り込んでおり、純白な心を白に、恋心をほのかな紅色にイメージしているということです。1999年11月に発売され、いまでは、志木市名物として定着しています。平成14年(2002年)には第24回全国菓子大博覧会で金賞を受賞しました。
写真は本町通りの「菓匠八百国」で購入したものですが、その他にも市内の「きくや和菓子店」、「風月堂」、「万葉和菓司」、「有喜菓子舗」などで販売されています。

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(写真上、カッパのサクラ子、ちょっと大胆なポーズ)
(写真下、はたざくらまんじゅう。つぶ餡とこし餡がある。)

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2007年4月12日 (木)

これは、何だろう?

Dscn1195_320  先日の沖縄行きで、都市モノレール(ゆいレール)から見た、不思議な道路標識?です。いったい、どこから見るためにこの標識は取り付けられているのかと、思わずあたりを見まわしてしまいました。風であおられて、逆さまになったとも思われない不思議な標識でした。ご存知の方、教えてください。

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2007年4月10日 (火)

作男がんばる

Dscn1330_320 今日は、女農園主と共に、2年目を迎えた家庭菜園の土作りに精をだしました。指導、監督は女農園主。重労働は作男(僕)の仕事。
2週間ほど前に、全体に石灰すきこんだので、今日の仕事は土を砕いて、堆肥を入れてやりました。目の細かい黒土が堆肥と混ざり合って、不慣れだった昨年より、いかにも本格的な菜園の雰囲気です。今年は、きっと良い野菜作りが出来そうな予感です。教科書に書かれている、連作障害に注意しなくてはいけませんね。この後、しばらくしてから畝立ての際に、化成肥料を施せば土作り作業は終了です。女農園主は、菜園のプラン二ングに頭を悩ましていますが、それも家庭菜園の楽しみのうちでしょう。この農園では、僕は作男ですが、今年も我が超ミニ農園では、自作農としてがんばります。勿論、本家農園から、分け前に預かった肥料で、準備は本家なりにやっているし、今年はピーマンを作ろうと決めています。こちらも、楽しみです。

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(写真上、がんばる作男)
(写真下、堆肥入れの終わった農園全景、ブログには初登場です。今作っているのは、きぬさやと玉ねぎです)

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2007年4月 9日 (月)

男鹿川で遊ぶーテンカラ釣

Ap08001_320  週末の2日間、渓流釣仲間の6人で、栃木県の男鹿川に行ってきました。会津鬼怒川線の中三依温泉駅付近とその支流を釣歩いてみましたが、川の水温は8℃ほどと低く、釣果の方は今ひとつぱっとしませんでした。エサ釣の友人達は、それでも20cm大のヤマメをあげましたが、テンカラ組は、毛鉤に飛びつく気配無しの、釣果ゼロでした。
今年は、暖冬で雪も少なかった為、川に雪代の増水はほとんど見られず、水量は少なめです。それでも、3月になってから寒い日が続き、ヤマメ、イワナとも深みに入ってしまっているようで、瀬での動きは見る事ができませんでした。里は、これから梅の花が咲くところで、もう少し気温が高く、水温も上がらないと、釣果は望めないでしょう。やはり、テンカラは水温10℃以上が欲しいところで、友人の釣ったヤマメも水中の川虫などを多く捕食していました。そんなわけで男鹿川のテンカラシーズンはもう少し先でしょう。
しかし、雪を残す遠くの山を眺めながら、早春の山里をのんびり歩き、川に下る薮道を探すのは、いつもながら楽しく、胸のわくわくする遊びです。
宿は、友人のお薦めの宿である、中三依温泉駅近くの「ロッジ古代村」に泊まりました。宿のご主人が、釣場情報にも詳しく、釣人が集まる宿でもあるので、男鹿川の事なら、何でも教えてもらえます。釣った魚を塩焼きにしてくれるのですが、ここの焼き方は、天下一品、串にさしたイワナ、ヤマメは、余すところなく、食べられます。それと、石臼でひいたそば粉で作る、手打ち十割そばも、とても美味でした。山歩きも魅力がありますが、静かな渓を歩き、山里の素朴な料理を味わうのも、僕の好きな遊びです。
  http://www.mirubenet.com/mennet/kodai/index.htm ロッジ古代村H.P.
(写真は、中三依温泉駅付近の男鹿川、水が澄んで川底の石のひとつ、ひとつが良く見える。遠くにテンカラ竿を振る友人の姿がある)

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2007年4月 6日 (金)

カッパ像の名前が決まりましたー志木市

Katupa1_320_1_1  昨年の10月4日のブログで、志木市内のカッパ像の名前を、志木ロータリークラブが公募していますと書いたのですが、なかなかその発表がありませんでした。やきもきしていたところ、今月になって、前から名前の付いていた市場通りの「カッピー」以外の15像全ての名前が決まり、「はたざくらと河童のマップ」というパンフレットに発表されました。そのなかで、昨年のグログで、「僕も名前を考えてみたい、気になる2像の写真を載せますので、どんな名前になるか、皆様も考えてみたら如何でしょう。」と書いたカッパの名前を、お知らせします。発表です。
 (上の写真)応募の作品番号⑨ 岩の中の子カッパ 親水公園内に設置ー 制作者の心(子供達が遊びに来るまで、寂しく岩の中で待つ幼子)
  名前 宙太郎(ちゅうたろう)

(下の写真)応募の作品番号⑤ 魚を持つカッパ 宝憧寺境内に設置ー制作者の心(志木の伝説に登場する悪戯のカッパ)
  名前 大門(だいもん)
公募された名前の選択過程などがはっきりしませんので、なんとも言えないのですが、宙太郎はともかく、大門の由来が良くわかりません。これは調べておきます。でも、全てのカッパ君の名前が決まって良かった。
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(大門くん)

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2007年4月 5日 (木)

柳瀬川で鮎釣が始まりました

Dscn1325_320  今日の柳瀬川は、天気は良かったものの、やや肌寒い感じでした。土手の道を、散った桜の花びらがピンク色に染めています。しかしまだ、露天商も店を開けていますし、子供連れの花見客が、シートを広げて、楽しげにお花見している風景も見られます。川では、数日前から鮎釣の人を見かけるようになりましたが、今日の河原でもかなりの数の釣人が竿を出していました。荒川経由で遡上してくる鮎は、これから秋頃まで釣れます。しかしこの鮎、残念ながら水質が悪く食べられません。
(それでも食べたという、豪の者がいるようですが)
 
漁業組合はありませんので(多分?)入漁料などはありません。
ここ数年で柳瀬川の水は川底の石が見えるまでに、ずいぶんきれいになりました。上流域の下水処理施設からの放流水質が、もっと良くなれば、ヤマベ、ウグイの生息も可能になると思います。しかし、今の水質で鮎が良く生息できているなと感心します。川のほとりに住む者にとっては、鮎釣の釣人の姿が見られるという事は、うれしい事です。

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(写真上、富士見橋のやや下流です)

(写真左、10~15cmくらいの鮎が釣れている。朝が良く釣れるようで、50匹以上釣る人もいるようです。)

4月17日追記
柳瀬川を管轄する漁業共同組合は無いのですが、埼玉県内の全河川に適用される規則として、埼玉県の埼玉漁業調整規則23条に、あゆは1月1日より5月31日までは、採捕しては行けない規則がありました。6月1日が解禁日と言う事になります。ですから、この場合、他の魚を釣ろうと思ったら、あゆが掛ってしまったので、放流したと解釈してください。この規則については、下記に問い合わせると説明してくれます。
 (埼玉県農林部生産振興課 内水面漁場管理委員会・水産担当 Tel:048-830-4151 )

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2007年4月 4日 (水)

長勝院のハタザクラが満開

  1. Dscn1324_320  今日、志木市天然記念物のチョウショウインハタザクラを見てきました。ヤマザクラの変種で、世界に1本しかない桜の木です。目通り樹周り3.05メートル、高さ11.2メー トル、推定樹齢400年以上と思われる、かなりの老木ですが、今年もきれいに花を咲かせてくれました。丁度見頃、満開で、見物の人が絶える事無く訪れていました。世界に1本と書きましたが、現在は苗木が市内の各所に育っています。志木ニュータウン内にもあります。
    「はたざくら保存会」のパンフレットからのコピーです。
     ハタザクラの特徴
    チョウショウインハタザクラはヤマザクラの変種だが、野生のヤマザクラと比較して次のような特徴が見られる。
     枝はやや太く、花は大型で花弁は円形に近い広楕円形で、長さ2センチ弱にもなる。ほとんどが白色で時には先端に淡紅紫色を帯びる。蕾の色は白色で先端は淡紅紫色を帯びる。
     他の桜と同じく花弁は5枚であるが、かなりの頻度で6~7枚の花弁が見られる。正常の5枚以外のものは雄しべが花弁のように変化したもので、これが旗状になっており、「旗弁」と呼ばれ、ハタザクラの所為である。
     1輪の花の中に可憐なハタがゆれるのは、まことに優美で自然の妙に感激してしまうほどで染井吉野では味わえない趣のある桜である。成葉になると葉身の長さは最大14センチ、幅は約7センチにも達し、他のヤマザクラと比較してかなり大きい。
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(普通の桜と同じ5枚の花弁の中心に小さな2枚の旗弁が付いているのが見えるでしょうか)

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教科書検定ー集団自決強要に思う

Dscn1166_320  沖縄の慶良間諸島・渡嘉敷島での住民の集団自決。これが教科書検定修正に引用された判決のように、旧日本軍の自決命令によったものでなかったとしても、摩文仁(まぶに)の平和祈念公園内に建てられている慰霊碑に、その名を刻まれた多数の沖縄住民のことは、僕は忘れません。
沖縄戦の住民の戦死者は、軍人より住民のほうがはるかに多く、その数、十数万人、住民の4人に1人(3人に1人という説もある)が亡くなりました。十数万人というのは、今もって住民戦死者の正確な人数は不明とされているからです。
戦死者数とは関連しませんが、この摩文仁(まぶに)の平和祈念公園付近でも、今もって民間団体の手により、遺骨収集作業が行なわれています。
 旧日本軍により、保護されるどころか、戦闘協力を強制され、あまつさえ、壕や食料さえも強奪された挙句、最後には邪魔者として、集団自決のやむなきに至った経過は、軍の犯罪行為にほかなりません。
渡嘉敷島での住民の集団自決が、軍の命令では無かったことが立証されたからといって、住民に途端の苦しみを与えた、軍の責任は消えるものではありません。教科書検定による記述修正は、住民が自決にと追いこまれていかざるをえなかった実態をうやむやしたいという、特定の政治的意図が見えます。
 最近、雑誌や、インターネットなどでも、過去の戦争責任を曖昧にし、事実をなるべく隠蔽したいと考える人達の、発言力がとみに増していることを強く感じます。
僕はここ、摩文仁(まぶに)の丘に建つ平和祈念資料館設立の趣旨、「沖縄のこころ」を重く受け止め、日本国が再び同じ道を歩む事のないよう努力したいと思います。
 「沖縄のこころ」は、人間の尊厳を何よりも重く見て、戦争に繋がる一切の行為を否定し、平和を求め、人間の発露である文化をこよなく愛する心であります。
 私たちは、戦争の犠牲になった多くの霊を弔い、沖縄戦の歴史的教訓を正しく次代に伝え、全世界の人々に私たちのこころを訴え、もって恒久平和の樹立に寄与するため、ここに県民ここの戦争体験を結集して、沖縄県平和祈念資料館を設立いたします。

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(写真上、摩文仁(まぶに)の平和祈念公園内に建てられている、沖縄の戦場で死んだ人達の名前が刻まれた多数の慰霊碑、日本人だけでなく、米,英他各国の兵士の名前もある。20万人以上の名簿なので、碑は驚くほどの数である。現在も判明した人達が追加されている。)

(写真左、その中のひとつの碑、沖縄住民は、沖縄だけでなく、第2次世界大戦中の死者の名前も含まれていて、出身地別に分けられている。)

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2007年4月 1日 (日)

最高のお花見日和ー柳瀬川

Dscn1310_320  今日は絶好のお花見日和。桜満開の柳瀬川土手では、過去最高と思われる人出になり、夜になるまで、楽しげな花見の宴があちこちで開かれていました。露天商のクレープ屋さんの前に10人以上もの列ができる光景など、始めてみました。
柳瀬川の桜便りも今日で、お終いとします。「柳瀬川、桜」などの検索から、沢山の方が我がブログを訪ねてくれました。ありがとうございました。
なお、桜は、今週もまだ見頃と思います。週末は無理かな?。
(写真は、今日の午後2時頃の柳瀬川土手の様子です)

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