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2007年3月31日 (土)

能登半島地震と予知研究、その2

 能登半島地震について前回書いた際に、未知の断層のずれにより今回の地震が発生したかに言われていますが、もっと大きく捉えると、プレート(岩盤)の沈み込み帯で起こる地震と同じく、プレートの移動による応力が、断層などの傷部分に働き、その箍(たが)が外れたのだと捉え、プレートの沈み込み帯との関連を注視すべきと書きました。
太平洋側のプレートの沈みこみと、大陸プレートの関係を表現したもので、非常にわかり易いと思う解説があります。2004.9.24の週刊朝日の地震関連の記事の中で、京都大学防災研究所の河田恵昭教授の、相撲に例えた解説があります。
 本番の巨大地震を小錦として、小錦がものすごい圧力で10人の若い力士を押している。若い力士は懸命に支えるが、小錦の力に抗しきれずに1人、2人と崩れていく。全員が転がると、最後に小錦の巨体がドッと崩れ落ちる。
(これにもう少し加えると、時により10人のうち、2、3人は凄い圧力に、ヒーヒーと悲鳴をあげて、押され続けるが、どういう力の加減か、よろめきながらも、最後まで倒れない若い力士が残る場合もある。)
この10人の若い力士のうちの何人かの身体に、いろいろなセンサーをつけて、力の動きや、筋肉にかかる圧力、身体のねじれなどを、運動力学的にデーターを取り、それだけが子錦のドッと倒れる瞬間を予想できる科学的な唯一の方法だとしているのが、政府や地震関連学会の頑固なまでの理論です。
 しかし、この相撲をよく見ると、身体のぶつかり合いだけでなく、若い力士の悲鳴や、体温上昇、吐く息の荒さ、身体から発散される気の応酬、飛び散る汗、そして相撲土俵の環境なども、小錦の圧力に対抗する要素として観察できる。もっと大きく見渡すと、側で見ている観客の歓声や、押しつぶされてはいけないと逃げる観客とその悲鳴、これらも見て取る事ができる。
 相撲を、力のぶつかり合いの力学だけで捉えて、これらの現象を小錦の倒れる事とは、因果関係も立証できないし、正確なデーターも取り難い。科学的検証を経ない現象を取り上げる事は、小錦と10人の若い力士の相撲の見方として正道ではなく、害の方が大きいとして排除してきたのが、例えるなら政府や地震関連学会です。 この項続く。

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2007年3月29日 (木)

あっという間に七分咲きー柳瀬川の桜

Dscn1304_320 昨日、今日と暖かい日が続いて、柳瀬川土手の桜は、一気に七分咲き。お花見の人達も大勢来ています。露天商も開店し、完全にお花見モードに入りました。
今週末は見頃です。

(写真は、今日の午後の柳瀬川土手、前方300mが柳瀬川駅)

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能登半島地震と予知研究

 能登半島沖を震源とする能登半島地震は、まだ、余震活動が活発で、気象庁は警戒を呼びかけています。今回の地震は未知の断層で発生したとされていますが、未知の断層など、日本中に沢山あるわけで北陸電力志賀原子力発電所を建設する際は、近くに大きな断層は無いと結論付けて建設に踏み切ったわけで、いまさら海中にある断層はわかり難いなどと言われると、全て海岸近くにある他の原発の信頼性が大きく揺らぎます。
 未知の断層で発生と発表されると、断層のずれにより今回の地震が発生したかにとられますが、もっと大きく捉えると、プレートの沈み込み帯で起こる地震と同じく、プレートの移動による応力が、断層などの傷部分に働き箍(たが)が外れたわけで、東海、東南海、南海の地震3兄弟との関連は、否定できないように思います。こういった箍の外れは、各所で起きはじめていて、前に心配だと書いた木曾御嶽山の火山活動の活発化なども要注意だと思います。
国は、ここ40年ほどの間に、主として東海地震を想定した地震予知研究に3000億円を超える金を、使っています。年間75億円にもなるわけです。しかし、地震はあくまで、地殻の破壊で起きる力学現象であるから、予知も力学的解析によるべきであるとして、高額な地中観測設備とその観測網の充実と、基礎研究に使われ、数多くの学術論文は、蓄積されましたが、本来の目的である地震予知、それも直前予知に結びつく成果は全くあげられませんでした。
しかも、地殻変動の察知、地震観測による活動の活発化の把握、ひずみ計のデーター以外は、地震予知に役立たないとの前提にたって、総合的な前兆現象の把握には否定的でした。確かに、大学、研究機関での研究は、基礎資料の積み重ねや、十分な科学的検証、学問的裏付けのもとに、論文を公開しなければ、研究成果として見とめられません。地震予知の、他の現象を新たに研究しても、学問的成果として見とめられる可能性は低く、したがって研究課題にもなり難く、興味や、関心も持たれなかった現実があります。
それでは、今回の能登地震を、地震学者以外の、地震予知の研究者達がどう捉えていたかについては、明日書きます。

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2007年3月28日 (水)

柳瀬川の桜情報

 今日の柳瀬川土手の桜は、木によってかなり差がありますが、全体では3分咲きといったところでしょう。土手上には、露天商も7,8軒店開きしていましたし、お花見で盛りあがっていたパーティも見かけられました。今週末が見頃かと思います。

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2007年3月25日 (日)

柳瀬川のさくら、開花宣言

Dscn1268_320 雨も止んだ午後、標準木NO.161の様子を見に行きました。写真のように花が開花していましたので、本日、柳瀬川の桜の開花宣言をします。予想より2日遅れ、昨年より1日遅れでした。今週はお花見客で賑わいそうです。

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柳瀬川土手の桜、未だ開花せず

Dscn1258_320  柳瀬川土手の桜の開花を、昨年より1日早い3月23日と予想しましたが、外れました。そして昨日24日、僕の決めた標準木、NO.161の桜は未だ開花しません。気象庁と同じく5輪咲いたら開花宣言ですが、残念ながら、まだ蕾です。暖冬といわれながら、開花は昨年より遅くなりました。でも、土手下では、気の早いお花見客が何組も花見?の宴を開いていました。今日の天気予報は雨、はたして開花するでしょうか。ともかく、柳瀬川土手のお花見は、来週末が良さそうです。
(写真上、皆様、あとちょっとお待ち下さい、まだ、風が冷たいのですー蕾より)

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2007年3月23日 (金)

あれこれー5

  旧文化放送ビル
昨日は墓参のため、四谷と海老名に行きました。
四谷では、旧文化放送ビルが、すっかり解体され、マンション建設の基礎工事の準備が行なわれていました。東福院坂の由緒ある建物が無くなってしまったのは、やはり寂しいですね。
 東福院から新宿に向う為に、地下鉄丸の内線の四谷三丁目駅に行くと、駅のホームに、転落防止のホームドアーが設置されていました。このホームドアー、都会の混雑する駅では、今まで無かったのが不思議なくらいで、やがて全ての駅のホームに設置されるでしょう。ちなみに沖縄、那覇市のモノレールも、すべてホームドアーが設置されていました。
 
  海老名市コミュニテイバス(上今泉ルート)
海老名では、昨年秋から試験運転中の市営のコミュニティバス、上今泉ルートを利用してみました。
バスは座席数が15程度で、海老名駅で乗車したときから、車内で立って乗るような状況でした。1時間に1本の運行回数は不便ですが、お年寄りには便利な交通手段ができたと思います。しかし、車内に情報開示で掲示されていた、バス運行の経営状態では、毎月の乗降客が約5000人程度、これはやや減っている傾向です。今年の2月度でみると、1人150円の運賃収入以外に市の負担分が、834、000円支出されている状況で、年1千万円の負担はかなり厳しいのではないかと推察されました。(この他に、国分ルートの負担分もあります)利用者単価は、運賃150円+市負担分162円の合計312円となります。我が志木市でもシャトルバスの運行を希望する声もあるのですが、この海老名市の例を見ると、実現は難しそうです。海老名市の場合、運賃を300円にすれば、採算ラインということですが、乗車距離、時間からすると、ワンコイン(100円)が適当でないかと思いました。
このへんが、市区町村で運行する、シャトルバスの運行の難しさをあらわしている数字だと思います。

Bunnkahousou_320 (写真左、在りし日の旧文化放送ビル)

(写真下、海老名市のシャトルバスに使われている、日野ポンチョ。車両のポンチョは、平成14年(2002年)にイタリアのプジョー製FF小型トラックのシャーシーに、日野自動車がボディ架装した「純国産」小型ノンステップバスで、3年間の限定生産車である。

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2007年3月21日 (水)

柳瀬川2題ーカモとさくら

Dscn1243_320 左の写真は、今日の柳瀬川です。場所は柳瀬川駅付近。
1週間前に、カモたちは、遠いシベリアへ向けて旅だって行き、水鳥のいない川は、少し寂しくなりました。でも、毎年カモが去った後は、すぐサクラの開花が始まります。
 柳瀬川土手のサクラ並木の全ての木には、志木市でつけた番号札が付けられています。僕はNO.161の木を、標準木と勝手に決めて開花予想をしています。
今日は、並木全体がややピンク色になりつつあると感じられるのと、標準木の様子から、開花は明後日23日(金)と予想します。すると今週末は3分咲きといったところ、満開は28,29日頃とみます。そんな訳で、多分今月末までお花見が楽しめるでしょう。参考までに、昨年は開花が3月24日で、満開は3月30日頃でした。
来週はお花見客で、柳瀬川駅前のスーパー、「サミット」が大繁盛でしょう。サミットは経営順調の大型店、是非駅前のペアモール商店街でも、買ってくださいね。シャッターが閉められた店舗が増えて、寂しいのです。ペアモール商店街を皆で応援してください。
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(柳瀬川土手、全体にややピンク色に見えます)

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(NO.161標準木の蕾、開花直前です)

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2007年3月20日 (火)

2つの碑文ー残波岬と櫻島

Dscn1230_320  沖縄の読谷村にある残波岬に、一部が壊れ、書かれてある文字も薄くなった記念碑がありました。1990年にこの地を襲った台風21号の猛威を後世に残そうと建てられたものです。記念碑には次のように書かれていました。
  台風(ウーカジ)の猛威
遠く、いにしえより母なる海は人々に恵みと幸をもたらし 時に大地を震わし 人々に襲いかかる、それが台風である。1990年10月6日 午後8時40分台風21号のエネルギーは大波となって残波岬一帯(ユカから南にかけて)をのみこんだ。その時94t(A) 85t(B) 50t(C)の大岩が動かされた
。「自然をあなどるな!!」
  
1994年8月26日 読谷村
 The Rage of a "Super Typhoon"

 

 「自然をあなどるな!!」 この碑文を読んで、僕の頭に浮かんだひとつの記念碑があります。1914年(大正3年)の桜島噴火の際、幾日も続く噴火の前兆に住民の不安が広がり、地元の行政関係者が鹿児島測候所(現在の鹿児島地方気象台)に問い合わせたところ、地震については震源が吉野付近(鹿児島市北部)であり、白煙については単なる雲であるとし、桜島には異変がなく避難の必要はないとの回答があった為、住民の避難が遅れ、噴火の際に多大の犠牲者が出る事態になってしまいました。
この教訓から、鹿児島市立東桜島小学校にある桜島爆発記念碑には「住民は理論を信頼せず異変を見つけたら未然に避難の用意をすることが肝要である」との次のような碑文が残されることとなり、無念の想いを込めた「科学不信の碑」とも呼ばれています。

   櫻島爆發記念碑
大正三年一月十二日桜島ノ爆發ハ安永八年以來ノ大惨禍ニシテ全島猛火ニ包マレ火石落下シ降灰天地ヲ覆ヒ光景惨憺ヲ極メ八部落ヲ全滅セシメ百四十人ノ死傷者ヲ出セリ

其爆發ノ数日前ヨリ地震頻發シ嶽上ハ多少崩壊ヲ認メラレ海岸ニハ熱湯湧沸シ旧噴火口ヨリハ白煙ヲ揚ル等刻々容易ナラサル現象ナリシヲ以テ村長ハ數回測候所ニ判定ヲ求メシモ櫻島ニハ噴火ナシト答フ

故ニ村長ハ残留ノ住民ニ狼狽シテ避難スルニ及ハスト論達せシカ間モナク大爆發シテ測候所ヲ
信頼セシ知識階級ノ人却テ災ニ投シ漂流中山下収入役大山書記ノ如キハ終ニ悲惨ナル殉職ノ
最後ヲ遂ケルニ至レリ

本島ノ爆發ハ古來歴史ニ照ラシ後日復亦免レサルハ必然ノコトナルヘシ
住民ハ理論ニ信頼セス異変ヲ認知スル時ハ未然ニ避難ノ用意尤モ肝要トシ平素勤倹産ヲ治メ何時変災ニ遭フモ路頭ニ迷ハサル覚悟ナカルヘカラス
茲ニ碑ヲ建テ以テ記念トス
       大正十三年一月 東桜島村

 
 台風と火山の爆発、被害の状況や、建設の主旨は違っても、そのどちらも、歴史の事実を書いた単なる記念碑ではなく、2つの記念碑の碑文は、我々に多くの示唆を与えていると思います。
必ず起こる言われる大震災や、地球温暖化の影響で、超大型台風の発生や、大豪雨なども危惧されています。自然の猛威を素直に恐れ、それに対処する科学技術の向上と信頼が求められます。

Taihuu_320

                        (残波岬を襲った台風の猛威を記した記念碑、台風によって信じられないような大岩が動き、その所在地(A,B,C)を示す地図が書かれていたようですが、消えて読み取れませんでした。)

Kinennhi_320

(鹿児島市立東桜島小学校に残る桜島爆発記念碑、住民の無念さが伝わる「科学不信の碑」ともいわれる)

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2007年3月18日 (日)

沖縄の海で、ホエールウオッチング

P130101_320  沖縄での半日、ホエールウオッチングを楽しんできました。那覇の三重城港より、高速ボートに乗船し、約30分ほど走ると、ザトウクジラの泳ぐ海域に到着します。船をゆっくりと走らせながら、ブローと呼ばれる、クジラの呼吸をする時に頭の上にある鼻から白く立ちあがる水しぶきを探します。僕も目を凝らして海面をみつめましたが、さすがに乗船しているガイドは見つけるのが早い。あそこに発見と指さすブロー地点に船がゆっくりと近づくと、そこに親子のクジラが悠々と泳いでいました。それから約1時間半ほどのウオッチング、クジラが潜水前に見せる、尾びれを高く上げる動作や、水面をジャンプしたりするたびに船内から歓声があがります。
沖縄の海に泳ぐクジラを目の当たりにする体験には、すごく感動しました。機会があれば、再度やってみたいと思いました。
http://www.bluezone.jp/02whale.html ホエールウオッチングを体験できるBLUE ZONE社のHP

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(全長50フィートのBLUE ZONE号、この船に、船長と女性ガイド、客10人ほどが乗船し、沖に出ました)

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(2つのスクリュー付き、33ノットの高速で、白波をたてて豪快に走り、沖に向います。)

Kuzira1_320 (潜水してゆく子クジラのテールアップ)

Kuzira2_320 (胸びれを上にして泳ぐ。どうやら遊んでいるらしい)

Dscn1187_320 (こちらのボートは、満員でした)

Dscn1188_320 (ボタンを押してから、シャッターが切れるまでに、タイムラグがある僕のデジカメは、どれもチャンスに一瞬遅れており、ほとんどの写真が水しぶきしか撮れていませんでした、残念。そんな訳で、一番上の写真は、BLUE ZONE社のHPから、コピーさせてもらいました))

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2007年3月17日 (土)

嘉手納基地ー沖縄

Kadenakiti_320  沖縄に行き嘉手納基地(飛行場)を見てきました。横田基地に司令部のある在日米空軍(米第5空軍)の飛行場・基地として、200機近くの軍用機が常駐する極東最大の空軍基地です。想像はしていましたが、占有面積20.5k㎡、その広さには圧倒されました。本州最大の空軍基地である横田基地や、神奈川県の座間基地、厚木基地の広さは体験していました。
しかし、それらと比較しても、東京都品川区と同じ広さ、横田基地の3倍の面積を有する嘉手納基地は、とんでもなく広い、それが実感でした。もしこの飛行場が、日本に返還されたら、成田国際空港の2倍以上の面積、4000メートル滑走路2本を持つ日本最大の国際空港になります。ちなみに成田国際空港の2本の滑走路のうち、4000m滑走路は、A滑走路の1本だけで、 B滑走路は2180mしかなく、ジャンボ機は離発着できません。このことからも、この小さな島に、いかに巨大な基地が存在しているか、理解できると思います。
那覇市から、北に伸びる国道58号線を基地に沿って走ると、右側に高いフェンスが延々と続きます。フェンスの後ろには樹木があって、内部はほとんど見えませんが、時々、建物の蔭に、黒い軍用機が駐機しているのがわかります。
沖縄と基地の問題は、今後すこしずつ書くこととして、今日は初めて見た、嘉手納基地の広さの実感です。
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(国道58号線から見た基地、樹木の無い部分は中が見通せるが、こういった個所は少ない。基地内には、多くの建物が存在し、大型燃料庫・弾薬庫、住宅、学校、大学もある。核兵器も貯蔵されていると言われている))

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(ほとんどの部分が、高いフェンスの後ろに、目隠し状に樹木が植えられている。遠くに軍用機が数機駐機しているのが見える)

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唯一、基地全体が見渡せる場所である、通称、安保の丘から見た飛行場)

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2007年3月12日 (月)

一匡邑と「山中独善」

Dscn1152_320  北軽井沢の「一匡邑」の検索から、このブログを訪ねてくれる方も多いのです。
 前に、一匡邑の思い出を時々書いてみますと言いましたので、今日は、岩波書店の会長だった小林勇氏の著書、「山中独善」に書かれている、一匡邑の胡桃の木のことです。 
 「山中独膳」は氏が1970年の夏に、独りで過ごした大学村の別荘での生活を、食物を主題として書かれたもので、僕の好きな随筆です。最初に発刊された、「山中独善」は、書かれた文章が嬉しくて、管理所の小母さんとして登場したMさんに差し上げたので、上の写真の本は、その後に書かれて出版された「厨に近く」を合わせて、2冊の単行本を1冊にしたものです。
 (7月29日の一部を抜粋させていただきます。)
 ところで、北軽では胡桃は入手できない。そこでぼくは代わりに牛乳を使った。もっとも牛乳はでき上がったのにかけただけではまずかろうと考えて、茄子がよく煮えたときに鍋へ入れてみた。胡桃とはちがうが、よい味になった。牛乳をつかってしまったから、精進料理とはいえないだろう。
 去年の夏の終わりごろ、一匡邑に黒須老博士を訪ねたことがある。あそこには胡桃の木がたくさんあるから、多分実もあるだろうと思って、管理所の小母さんに聞いてみた。果してあるという、ぼくはしめたとばかり少しわけてくれとたのんだ。小母さんは困惑の色をうかべて、冬のリスのたべ料にとっておくのですからといった。ぼくはすぐ申し出を撤回した。優しい小母さんよ。幸福なリスたちよ。

「明日から所用で、3日程出かけますので、ブログは休みます。帰りましたら、沖縄のことなどを書きます。」

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「Suica]が私鉄やバスで使える

Dscn1151_320  僕は、現在JR東日本はICカード「Suica」、東武鉄道などの私鉄には磁気カード「パスネット」を利用しています。
改札通過に、ただ、カードを読み取り部分にタッチさせれば良い、「Suica」に比べると、いちいち、取り出して改札機に挿入しなければならない「パスネット」は、明かに不便でした。この両カードの共通化は、まだ大分先の事と思っていたら、3月18日から、「Suica」が私鉄やバスでも使用できる事になりました。「パスネット」は要らなくなったのです。まさにヤッターという感じ、とても便利です。こんな事は、もっと早く実現して欲しかったと思いますが、いろいろと難しい事情もあったようで、早期実現にむけて前向きに取り組んだ、JR東日本と、私鉄各社に、今日は◎マル。
特に、バスに使えるのがうれしい。バスの運賃支払いは、いつも小銭の心配をしなければならず、このカードの使用で、つり銭受け渡しの時間が短縮され、乗降もスムーズに行くような気がします。
このシステム、JRの「Suica」に負けじと、首都圏の私鉄やバスで利用できるICカード「PASMO」が3月18日から導入されるので、これと相互利用が可能になった事で、実現しました。JRの「Suica」が、1日一万枚のペースで増加して、現在2000万枚に手の届くところまで伸びている事から、「PASMO」もの前途も明るいでしょう。買物もICカードの導入が、急激に進んでいる今、現金はほとんど持ち歩く必要がなくなりそうです。
(以下、3月10日の毎日新聞,朝刊の記事より。)
 1967年に阪急北千里駅で初めて磁気式の自動改札機が導入されてから40年。IC乗車券は新幹線、国鉄改革と並ぶ戦後鉄道史の3大革命となることは間違いない。
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(柳瀬川駅の改札口も、「PASMO]の導入準備ができて、3月18日を待つばかり)

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(カードの読み取り部分には、まだシールが貼られていました)

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2007年3月10日 (土)

こんなところで

Dscn1138_320  写真のサクラの木、昨日のウオーキングの途中に、柳瀬川の、ふれあい橋と英橋間の土手下で見つけました。今まで、なぜ気付かなかったかと思えるほど、きれいな桃色の花が咲いていました。その場では、早咲きの桜としか、わからなかったのですが、帰ってから調べたら、どうやら、ヒガンザクラのようです。ヒガンザクラは花と葉が同時に出ると書かれており、それで納得しました。
問題は場所です。よくぞ、こんなところにと思える護岸堤防の下、川岸に近い所です。柳瀬川は台風時の大雨などでは、護岸堤防上部まで水嵩が上がります。多分このヒガンザクラは水没した筈です。それなのに、今、花を咲かせるまでに成長している。よくがんばったねと誉めてあげました。しかし、どこから流れついたのだろう。原木は上流のどこにあるのだろう。

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2007年3月 8日 (木)

今日の柳瀬川にて

Dscn1130_320  北海道、名寄市の親類からの便りでは、夜間の道路は、日中解けた雪が凍り付いてアイススケート場のようになるそうです。暖冬とはいえ、まだまだ寒さが続くのですね。
 それに比べると、我が志木市は、桜の蕾も膨らんで、あと20日もすれば、お花見でしょう。今日、ウオーキングの途中、ふれあい橋付近で、タンポポを見つけました。冬の間を柳瀬川で過ごしたカモ達も、まもなくの旅立ちに備えてか、せっせとエサをついばんでいました。遠くシベリアまでの数千キロの旅は、いったいどのくらいの時間がかかるのでしょうか。

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(写真上、土手で見つけた、たんぽぽ)
(写真下、ヒドリガモ、普段なら、人が近づくと、飛び去るのですが、今日はエサ探しに夢中でした。まもなくお別れです)

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2007年3月 7日 (水)

消毒薬、ガーゼはいらないー創傷被覆材

Dscn1126_320  今から4年半ほど前の新聞記事(2002年12月1日、しんぶん赤旗日曜版)に、「すり傷劇的治療法」と題して、小さな傷には、消毒薬、ガーゼは要らないという記事がありました。山形市立病院済生館形成外科の夏井睦医長の話です。
「消毒薬は細胞に毒として働き、細菌を殺します。問題は、それ以上に傷口を治そうとする細胞をも殺してしまうことなのです」
「すりむき傷が治るメカニズムを見るとはっきりします。実際は複雑ですが、簡単にいうとこうです。」

 「すりむき傷で出血→血を固める血小板がワッとくる→死んだ細胞や細菌を除去しようと好中球、マクロファージといった細胞が登場する→こんどは傷口をくっつけようとする線維芽細胞が集まり→最後に表皮細胞がやってきて傷口をふさぐ。重要なのは、それぞれの段階で、さまざまな細胞成長因子が分泌され、傷を治そうと働くことです。」
質問:細胞成長因子とは、傷口のジクジクがそう?
「ジクジクには、意味があることなのです。傷を治そうとしている細胞を殺すのが消毒であり、細胞成長因子を吸い取り、乾かしてしまうのがガーゼです。細胞は乾いたら死にます」
この後に、消毒とガーゼを使わないと、化膿するのではないかとの質問に、「皮膚に入った細菌が単独で化膿を起すには、組織1グラムあたり10万個~100万個が必要です。通常の状態では、細菌がここまで増えるのはきわめてまれ。細菌だけでは化膿しません」
 ざっとこのような記事で、傷口を消毒せずに、創傷被覆材で覆うことにより、傷を治すことが、傷が治るもっとも早道と書かれていました。ただし、傷面に、異物、壊死組織(泥、砂、血液、死んだ細胞、かさぶたなど)がある場合は、徹底的に取り除くことが必要で、水道の流水で洗い流す必要があります。
これを読んで、山や渓流で擦り傷を負った場合、イソジンなどで消毒していた治療法を考え直したいと思いました。ただ、山での負傷は、流水などで完全に洗い流す事は出来難いので、問題もあるのですが。
しかし、ともかく先ず、この創傷被覆材なるものを購入してみようと、近くの薬局を2店ほど訪ねたのですが、当事この被覆材は市販されておらず、薬剤士の方も、治療法をほとんど知りませんでした。それで、1度は諦めて、忘れかけていたのですが、その後2年ほどして、写真の製品がジョンソン・エンド・ジョンソン社の開発で、バンドエイドの次世代製品として発売されました。商品名は「キズパワーパッド」。しかし、当初は店に陳列されていることも少なく、購入し難い状態が続いていましたが、最近ではどこの薬局でも販売されるようになりました。ただ、通常のバンドエイドに紛れて、見つけ難いのと、値段もやや高いのが難点です。この素材で傷を覆うと、傷口から染み出る体液を吸収。膨らんでゲル状になり、傷口周辺が湿潤環境に保たれる事で自然治癒力が高まる。傷の治りも従来の創傷面保護(通常のバンドエイドなど)だけの製品と比べて3倍早く、痛みも軽減されるとのことです。外側は防水性と透湿性を持つポリウレタンフィルム。その内側全面に創傷被覆材で吸水性高分子の「ハイドロコロイド」素材が使用されています。
調べたところ、傷口用ではないのですが、山歩きの際、いつも持ち歩いている、マメ、靴擦れブロックも同じ、ハイドロコロイドのようで、いざという場合、キズパワーパッドの代わりとして使用できそうです。(マメ、靴擦れを未然に防ぐ製品で、傷には使用しないで下さいと書かれていますので、あとは自己判断で。)
「キズパワーパッド」は、昨年、購入して以来、使用する機会が無く、その効果の程を試していないのですが、使用することがありましたら、報告したいと思っています。
(写真左が、バンドエイドの「キズパワーパッド」購入価格は680円、右が同じバンドエイドの「マメ・靴ずれブロック」購入価格は523円でした)

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2007年3月 6日 (火)

せんだいメディアテーク

Dscn1033_320  先日の仙台行きで、開館してから6年、公共建築物として幾つもの賞を受賞した、伊東豊雄氏設計の、仙台市のせんだいメディアテークを見学してきました。
仙台駅から地下鉄で勾当台駅まで行き、「公園2」出口から、定禅寺通を徒歩5分の距離です。なんだ、ここは昨年の七夕祭りの際、パレードを見た通りだとすぐ気付きましたが、葉の落ちた並木が立ち並ぶ広い道は、夏とは大分印象が違いました。メディアテークの、建物は、写真で何度も見ていたのですぐわかりましたが、前に立ってみると、実物は想像したよりも、インパクトは無く、透明感のあるガラス張りの明るい感じで、街並に違和感無く存在していました。
短時間の見学では、複合施設である、この建物の使われ方の理念や、設計コンセプトまで理解できませんでしたが、チューブ構造による柱、梁の無い内部空間は開放的で、知的でもあり、好印象が持てました。特に3、4階の仙台市民図書館は、良かった。使用者の立場に立って見ても、こんな図書館が身近にあれば良いなと思えるほど、家具類なども含めて、羨ましくなる読書空間が提供されていました。利用者が、平日なのに非常に多く、それも若い人が多いのが目に付きました。6階にある高い天井を持つギャラリーでは、その一部で専門学校の卒業、進級制作展が行なわれていましたが、残念ながらパネルで仕切られた会場作りは、どこでも見られるもので、このギャラリー空間の理想と現実のギャップが感じられました。チューブ内に格納されたエレベーターは、その位置が認識しやすいのですが、分散されて、始めて訪れた者には、使い勝手の悪い印象です。良かったのは各階のトイレです。コアになるのは、階段とエレベーターとトイレだけという、開放的な空間に作られているので、当たり前といえば、そのとおりですが、場所がわかり易いうえ、入口の大きな引き扉や、内部の使い勝手も良く、大きなサインは、評価できます。
帰りに見ると、1階のホールで、資材が運び込まれて、何かのイベントの舞台造りが、元気な若者達によって行なわれていました。使用状況は、建物の設計理念とは、必ずしも一致しないところも多く、賛否の評価も分かれるようですが、せんだいメディアテークは単なる複合施設を超えた、様様な新しい情報環境が与えられる文化施設としての役割を果たしつつあるように思えました。
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(写真上、メディアテーク全景、道路を隔てて見ると、チューブ構造が良くわかる。乱雑に見えるチューブに構造的美しさは感じられない。)
(写真下、1階ホール)

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2007年3月 4日 (日)

梅見に森林公園へ

Dscn1113_320  今日は、武蔵丘陵森林公園に梅見に行きました。
ここは、東武東上線の森林公園駅から、森林公園南口行きの直行バスが出ていて、これに乗ると10分ほどで南口ゲート前まで行くことが出来るので、とても交通の便が良いところです。駅からは西口行きもありますが、これだと、梅林と離れた場所に行ってしまいます。日曜日とあって、かなり人出は多かったのですが、それでも越生の梅園などよりはずっと少ない数です。いつも静かな雰囲気で梅を観賞できるのがここの良い所です。
里山といった感じの丘陵地は、緩やかな傾斜地になっていて、ここに約600本、120種の梅があります。春の陽射しのもと、きれいに咲きそろっている梅の花は満開を少し過ぎたかなというところでした。本当に暖かい日でしたから、皆上着を脱いで散策したり、梅ノ木の下で、楽しげにお弁当を広げていました。

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(小さい画像は、クリックすると拡大します)

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2007年3月 2日 (金)

リラクセーション

Dscn1105_320_1  昨日、1日人間ドックを検診したクリニックには、併設のリラクセーションルームがあり、検診後に誰でも利用できるシステムになっていました。どんなものか、ブログねたにでもと覗いてみたところ、写真のようなカプセルが、ずらりと並んでいました。この他にも、椅子タイプのものもありましたが、案内してくれた女性の方の薦めもあり、このカプセルタイプを体験する事にしました。まるで映画で見た、宇宙船内のカプセルのようです。ベッドのようなカプセル内に横たわると、全身がカプセルの曲面によくフィットして、実に快適でした。顔部分を覗いて、全身を覆うように蓋が閉められ、カプセル内の温度が告げられた後、大きなヘッドフォンと目の覆いのようなものが顔に載せられました。
それから、希望した約20分ほどの間、ヘッドフォンから流れる音楽に包まれるなか、カプセルのゆっくりとした震動が、胎内の鼓動のようにも聞こえ、なんともいえないリラックスした気分に包まれてしまいました。少し眠ったようでもあり、カプセルの蓋を開ける振動で目覚めたようでした。外に出ると、頭がすっきりして実に爽やかです。20分でなく、薦められた40分コースにすれば良かったなと後悔しました。出来ればこのカプセル、自宅用に一台欲しくなってしまいました。勿論、無理です。もし買えたとしても置く場所が見つかりません。

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2007年3月 1日 (木)

はや、もう3月!

Dscn1106_320  今日からはや3月、なんだか、なにも出来ないうちに1月、2月はあっという間に過ぎてしまいました。
暖冬だった今年の冬の暖かさは、過去130年の観測でも、稀にみる高温だったようです。僕の書斎は、北向きで、過去、冬の朝の部屋の温度はだいたい13度でした。それが今年の冬はいつも16度以上もあり、平均気温が2、3度高い事は身をもって体験していましたし、東京もそうでしたが、この志木市でも、ついに雪は降りませんでした。山で雪は見ていても、自分の住む町が雪化粧して、いつもと違った風景になるのを楽しみにしていたので、ちょっと寂しい感じです。後は春の雪が降るのを待ちます。
 昨日の、中国発世界同時株安には、びっくりしました。NYの株式市況は、毎朝、8時頃チェックするので、早朝のラジオニュースを聞いていた、かみさんが教えてくれるまで、全くといっても良いほど、情報を得ていませんでした。しかし、晴天の霹靂といったことではなく、このところ、なにか危ないぞという第六感のようなものを感じていて、今週の始めから、それなりの対処をしていたのですが、ショックがあと1日ずれてくれていたらとの思いがあります。そこが、ちょっと惜しかった。
「6割の勝ちを持って最上とする」信玄公の教えを守るつもりでも、どうしても情勢判断が甘くなる弱さがあり、今回もそれがでたわけで、反省。
 しかし、今回の株価下落は、調整的なものではなく、本震の前の、前兆現象と捉えておくつもりです。米国も、中国も、かなりきわどい状況にあるわけで、ちょっと見方を変えればいつでも、今回以上のショックが発生します。日本の財政と同じです。
 今日は、1日人間ドックに行きました。特に問題無しでした。少し安心。

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(写真上、志木ニュウータウンでは、カンザクラが、咲いています)
(写真下、人間ドックを受けたクリニックの帰り、サンシャインビルに寄ったら、今日から、春の火災予防週間との事で、消防庁音楽隊の演奏会が行なわれていました)

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