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2006年10月31日 (火)

コスモスー柳瀬川土手

Dscn0855_320  昨日は、葉の無い、黒い桜の木の事を書きましたが、今日は明るい話しです。
同じ志木大橋近くの左岸に40mくらいは続くでしょうか、こんなにコスモスが咲いています。だいぶ前からロープで養生していましたので、勿論野生ではなく、近くの企業の方々が育ててくれたものと思います。幸いにも強風で倒れる事も無く、今、きれいに咲きそろい、土手を歩く人を楽しませてくれています。春の菜の花、秋の彼岸花とこのコスモス、皆なで土手にきれいな花を増やしています。

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2006年10月30日 (月)

桜の異変-柳瀬川土手

Dscn0851_320  柳瀬川の志木大橋より柳瀬川駅方向に向い、数百メートルにわたって、桜の木に異変が起こっています。全く紅葉も、落葉もしないで葉が消えてしまっています。本当に、木を見上げると枝ばかり、下を見ても落ち葉が全く見当たりません。葉が葉脈を残して残らず虫に食われた?状況です。過去にも葉が虫食い状態になる事はありましたが、全ての葉が食われて?しまった事はなかったと思います。
しかもこの状況は、拡大しています。枝ばかりが目立つ、黒々とした桜の木は不気味ささえ感じられます。

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(写真上 葉脈だけを残している葉)

(写真中 ほとんど葉の無い木が続く)



(写真下 志木大橋より上流側の桜、間に道路があるためか、まだ被害は無い。これがいつもの状態)

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2006年10月29日 (日)

こちらも大きい

Dscn0850_320  日曜日の朝、天気予報が外れて、雲間から太陽が出てきました。我が超ミニ農園のカブの様子を見たら、ご覧のとうり。土が見えなくなるほどの大きな葉。ここまでくれば、何株かの収穫は保証?されたのでは。いかん、いかん、大事な葉に虫食いの跡が有る。後で竹酢液の200倍希釈水をかけてやります。

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2006年10月28日 (土)

これはでかい!ーマツタケ

Dscn0815_320  たつのパークホテルのロビーに置かれていた、20cm近い大マツタケです。この凄いやつ、辰野町の林で採れたとの事で、「値段は相談に応じます」と書かれていました。いったい幾らくらいの値をつけて良いのか、見当もつきません。さすがマツタケの香りといいたいのですが、あまりに大きすぎるのか、なにか化学薬品のような香がしていました。

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眺めの良い露天風呂ーたつのパークホテル

Dscn0810_320  写真は、たつの荒神山温泉「たつのパークホテル」の露天風呂からの景色です。このホテルは辰野町の丘の上に建っている1軒宿で、露天風呂からの眺めが非常に良いのです。いままで何度か眺めの良い露天風呂を書きましたが、ここも山を背景とした広々とした開放感が気に入っています。今度も横谷渓谷の紅葉を見てから、ここに宿泊し誰もいない露天風呂で、雨に煙る山を見ながらのんびりと湯に浸かってきました。遠くの山が見えなかったのはちょっと残念でした。ホテルの有る辰野町の松尾峡は東日本では一番ゲンジボタルが見られる「ほたるの里」として明治時代から有名です。ホタルの発生は天候等の条件に大きく左右されますが、6月頃、日によって違いますが2000匹~17000匹のゲンジボタルが群舞する様を見る事が出来ます。僕も数年前に来た時、あたり一面に飛ぶホタルのあまりの数の多さにびっくりした事があります。ホタルが見られる時期は、夕食後ホテルが用意してくれるバスで、松尾峡のホタルが鑑賞できます。凄いほどのホタルの群舞を見たかったら、この宿はお薦めです。
Dscn0814_512 (写真左)たつのパークホテル

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2006年10月27日 (金)

こんなに多いクラシック演奏会

Panhu_320  昨夜は、日本フィルハーモニー交響楽団の第584回の定期演奏会にサントリーホールに行きました。会場入口でいつものように薄いビニール袋に入ったクラシック演奏会の折り込みチラシを手渡しで貰うのですが、昨夜の数量にはさすがに驚きました。手渡された瞬間、ずしりと重い。捨ててしまう人もいるようですが、僕は情報を得るためと、デザインが楽しめるものも多いので、一応家に持ち帰り眺めることにしています。それぞれの演奏会の主催者側は、宣伝に費用がかけられない為、来場の見込める演奏会の観客に折り込みチラシを配る事を、一番の宣伝手段としているのですが、それにしても凄い量です。厚さ18mm、枚数を数えたら120枚以上です。写真に撮ろうと並べてみたら、6畳大の部屋に並べ切れませんでした。全てクラシック系のコンサートです。昨夜の日本フィルの定期演奏会も7割程度の入りでしたが、これほど多くのコンサートに集まる観客がいるのだろうかと心配してしまいます。東京では、毎日どこかで10以上のコンサートが開かれているという事ですから、それなりに観客席は埋まっているのでしょうか。

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2006年10月26日 (木)

「仮面の女神」に会ってきました

Dscn0825_320_3  6月18日に「仮面の女神」と題して、縄文時代の土偶の事を書きましたが、ついに本物と対面しました。紅葉の横谷渓谷に行ったついでに、尖石縄文考古館を訪ねる事が出来たのです。
紅葉を始めた林の中の平屋建ての建物に入り、展示室Bという部屋に行くと、そこで念願の仮面の女神を見る事が出来ました。国宝の縄文のビーナスと共に、今年、重要文化財に指定された土偶が、ガラスケースの中に入っていました。特徴有る三角の仮面をつけたその姿はまぎれもなく仮面の女神です。想像したよりやや小ぶりでしたが、4000年Dscn0835_320_2も前に作られた物とは思えない造形美を持った作品でした。他に見学者もいなかったので、ゆっくりと眺めてから、写真に撮りました。フラッシュ撮影がが禁止なので、手持ちではどうしても手ぶれが生じますが、なんとか撮って見ました。
この尖石縄文考古館は、特別史跡の尖石遺跡、与助尾根遺跡に隣接して建てられており、土偶を中心に、土器や石器など、縄文時代の遺物が約2000点余り展示されています。たんに展示するだけでなく、体験型の陳列や、石器の実際の使われ方などが良くわかるすぐれた展示がなされています。火起しや、粘土板に縄文模様をつける、胡桃を割り、すり潰す体験コーナーなどは、なるほどと感心しました。
外の史跡公園には6軒の保存状態の良い復元住居があり、付近の林は絶好の散歩コースです。この当たりの紅葉もきれいです。この考古館は是非また訪れたい場所です。館内には喫茶室がありますが、昼食を近くでと望むなら、200mほど離れた場所の、ロッジ三井の森内にレストラン「竜神亭」があります。池を眺めながら食事の出来る静かなレストランです。ここの「シェフお薦めランチ(1600円くらい)」は、値段以上の満足感がえられますよ。お薦めです。
Dscn0829_512 縄文のビーナス
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Dscn0833_512 史跡公園
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買ってきたレプリカ

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2006年10月25日 (水)

紅葉の横谷渓谷へ

Dscn0798_320  23日に、先週訪ねた日光では見る事が出来なかった紅葉を求めて、蓼科の横谷渓谷に行って来ました。
中央自動車道の諏訪インターから茅野市街を抜けて、麦草峠へと通じるメルヘン街道(国道299号)を行くと、約40分ほどで横谷渓谷の入口につきました。渓谷沿いに整備された道が出来ていますので、上流の横谷観音方面に向って登って行きます。滝や特徴ある岩など変化の有る渓谷歩きが楽しめました。1時間ほど歩くと横谷観音に至りますが、見事な紅葉をゆっくりと眺めて、途中から来た道を渓谷入り口迄戻りました。登りと下りでは、見える景色も違うので、二度楽しめます。道は良いのですが、靴はスニーカー、出きればトレッキングシューズ程度の方が歩きやすいでしょう。あまり知られていませんが、紅葉の素晴らしい渓谷です。
渓谷入口に有る横谷温泉旅館内の遊楽庵という蕎麦屋で、十割手打ちそばを食べましたが、新そばで実においしかったです。
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2006年10月23日 (月)

寅さん上映作品決定ーシネプレックス新座

Sp18_001_320_1  9月18日に、シネプレックス新座にて映画「男はつらいよ」のリクエスト上映が予定されている事を書きました。観客の投票により6作品が決まり、次の日程で上映される事になりました。入場料は500円です。楽しみです。
選ばれそうな作品を、予想しましたが、あまり当たらなかったようです。

11/11(土)~11/17(金)
「男はつらいよ 夕焼け小焼け」 
「男はつらいよ 知床慕情」


11/18(土)~11/24(金)
「男はつらいよ 柴又慕情」
「男はつらいよ 寅次郎忘れな草」

                 11/25(土)~11/30(木)
                         「男はつらいよ」
                         「続 男はつらいよ」

僕が予想した選ばれそうな作品
1.  9.柴又慕情  吉永小百合
2. 12.私の寅さん  岸恵子
3. 17. 寅次郎夕焼け小焼け  大地喜和子
4. 25. 寅次郎ハイビスカスの花  浅丘ルり子
5. 32. 口笛を吹く寅次郎  竹下景子
6. 46. 寅次郎の縁談  松坂慶子
7. 15. 寅次郎相合い傘  浅丘ルリ子

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2006年10月21日 (土)

竜胆が咲きました

Rinndo1_320 庭に竜胆が咲きました。6月27日に、鉢から植え替えた桔梗が咲いたことを書きましたが、この竜胆も鉢植えから庭に植え替えたものです。竜胆も好きな花です。
先日、登った浅間隠山の登山道の脇にも、いくつもの竜胆の花を見ました。

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マクロモードで、撮影しました。実際の色は、写真より濃い青色です。

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女峰山の帰路にて

Syouga1_320  女峰山登山の翌日(19日)、宿から歩いて、久しぶりに東照宮を訪ねました。大袈裟な云い方をすれば、東照宮内に小学生が溢れかえっているといった感じで、「修学旅行は日光」を再認識しました。僕の小学生の頃と変わりません。その後、中禅寺湖畔の紅葉を見てから帰ろうと思い、国道120号に入ったところ、いろは坂方面の渋滞情報板に、平日なのに竜頭の滝まで80分の表示があり、これは駄目だと諦めて、足尾方面を廻って戻る事にしました。
途中、もしやの紅葉に期待して銀山平に寄り道しましたが、やはり、まだ紅葉が始まっていませんでした。平年より遅れているようで、しかも色ずきはじめた葉の色もなんとなく褪せた感じで、今年の庚申川渓谷はどうも紅葉がいまいちのようです。車で銀山平まで入り、庚申山方面に林道を約1時間歩くと一ノ鳥居があり、ここから先の庚申川や庚申登山路は、例年なら紅葉が実に見事な場所です。多分これからが見頃でしょう。銀山平には温泉も有ります。
銀山平から、また、国道122号に戻り、草木湖の富広美術館に寄りました。以前訪ねたことが有るので、昨年(2005)5月に新築された建物だけを見ようと考えたのです。驚きました。建物も立派になりましたが、駐車場が大型車用(バス)と、乗用車用の2箇所もあり、バスが次々と見学客を降ろしていました。足尾銅山観光と共に、ツアーなどにも組みこまれて観光地としても定着したようです。
この美術館、建物の設計者や運営グループと、現村長との間に確執があって、トラブルが長引いているようですが、住民参加でのプロジェクト推進は、今回のような村長が変わるなどの行政側の変化により、利害が対立する結果になる事が多い事例のひとつでしょう。設計者の意図にそぐわない村長独断の外構設計・発注など、問題は長引きそうです。あくまで、初心を忘れず、見学者の為の美術館として、運営して頂きたいと願うものです。美術館の設計は、aat+ヨコミゾマコト建築設計事務所 です。
美術館を後にして、レンタカーの返車時間に間に合うよう、帰路につきました。
今回はトヨタのヴィッツを借りましたが、この車、登り坂ではやや非力ですが、デザインも良く、運転の楽な良い車です。燃費も素晴らしく良い。日光までの往復で、ガソリン代は3400円、リッター約17km走りました。トヨタ車は全車使い易いナビ付きである事も、ありがたいです。ただ、エンジンだけは、きれいにとか、気持ち良く吹き上がるなどを要求しては駄目。フィーリングなどとは無縁です。アクセルの微妙な操作で、車を挙動をさせるなどは、このクラスでは要求しても無理でしょうが、それにしても、踏むか、踏まないかの選択しかないのは残念。マーチのほうが運転して楽しい車です。

Syouga2_320(写真上)東照宮内、見学者は圧倒的に小学生が多い。
(写真左)五重の搭前も、小学生の集合場所

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(写真左)新築された富弘美術館エント
ランス

設計 aat+ヨコミゾマコト建築設計事務所


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2006年10月20日 (金)

女峰山登山

Haruka1_320_1 10月18日に、友人と2人で日本200名山のひとつ、日光の女峰山に登ってきました。日光の山としては、男体山(二荒山,2486m)が有名ですが、この女峰山(2464m)と隣の太郎山(2368m)の三つの山の神を総称して二荒山大神と呼んでいます。この山々は神体山であり、名前からもわかる通り古くからこれらの神々は親子と考えられてきました。そして男体山を神体山として祀つっているのが、日光二荒山神社です。ご祭神は二荒山大神と称し、親子三神で、主祭神の男体山=大己貴命・女峰山=妃神の田心姫命・太郎山=御子神の味耜高彦根命です。
男体山は日本100名山ですが、お妃の女峰山は200名山です。200名山完登まで、あと残り30座ほどになった友人の誘いで、霧降高原からのメインルートで登ってきました。女峰山と名前は優しいのですが、この男体山の奥方は歩行程約10時間強と、夫より手強い山です。登山前日の17日に、日光市内の旅館に宿泊しました。和食専門の割烹旅館です。一緒に登る古い山の友は、子供の時から、肉、乳製品を一切食べないので、宿の予約が面倒です。肉や乳製品を食べなくても、高齢になっても山に登る元気な体力がある事を、実証している変な男です。ヒマラヤやヨーロッパの山に行っても、肉は一切口にしませんので、何を食べているのかいつも不思議に思っています。ヒマラヤのシェルパが焼き魚定食を作ってくれるとは思えません。宿といえば僕も5年で温泉100湯をこなさなければならないので、ここもちゃんと日光温泉の宿で、今回もひとつ稼ぎました。
 朝、4時に宿を出て、5時にヘッドライトをつけて霧降高原スキー場の第3駐車場(5.05)を出発しました。昨日ほどの快晴ではないものの、まあまあの天候です。
スキーリフトの終点になっているキスゲ平展望台(5.50)で、きれいな朝焼けを見ました。天候は悪いほうに向っているようです。小丸山までは、丸山を右手に見ながら草原状の広々とした緩やかな斜面を登ります。しばらくすると、石のごろごろした焼石金剛(6.40)に到着。どこを歩いても登れるような、ルートのわかり難い樹林帯を進み、傾斜がきつくなったなった所をがんばると、鳥居のある赤薙山頂上(7.20)につきました。そこから岩場のある登り下りを繰り返し、赤薙奥社跡(8.45)に到着。今年は山歩きがほとんど出来なかったので、ピッチが上がりません。休憩もどうしても長くなり、予定時間より遅れ気味です。奥社から途中ヤハズと標識の有る地点を通過(9.20)、小さな石の祠の有る一里が曽根(9.45)に到着。この地点標高2、295mです。前方に前衛峰が大きく迫り、右方向にイースター島のモアイ像のような、特徴ある大岩が見えます。不思議な形をしています。後ろを振り返ると、赤薙山の「大鹿落し」と呼ばれる赤茶けた爆裂火口壁が見えます。ここより岩場を15分ほど下ると、水場の標識のある地点に出ました。標識から30mほどの小沢にある、塩ビのパイプから水が流れ落ちていました。晴天続きだったのに枯れなかったようです。水場から急な登りをつめて、2、318mピークを通過します。ここからは右奥に女峰山の頂上ピークが小さく見え、目を凝らすと、頂上標識らしい物がかすかに見えました。ここから尾根どうしに大きく左方向に曲りハイマツ帯を登ると、いやな岩場が1箇所有る以外は、急坂ですが見た目よりは楽な登りで頂上手前のピークに出ました。ここに石製の三角点が有りました。標高2、464m地点です。頂上に三角点は無い山のようです。目の前に見えるピークを越えた、ひとつ先が頂上と思い緩やかな登山路を登って行くと、数人の登山者が見え、なんとそこが頂上でした。妃神の田心姫命を奉った木の小さな祠があり、そこの横を抜けて少し高い地点まで登るとケルン状に積んだ岩の上に女峰山2、483mの標識(11.45)がありました。一里が曽根では眺望が良かったのに、残念、頂上はガスがかかり、期待した360度の眺望は見られませんでした。まあ、5時間45分と予定時間より45分遅れながら、長いコースを歩き通しました。頂上の登山者は、志津林道からの最短コースを登ってきた人達でした。昼食を食べて、帰りの圧倒的に長い道のりを考えるとゆっくりもしておれず、30分後に頂上を後にしました。
 頂上(12.15)-水場(13.20/13.30)-一里が曽根(13.45)-ヤハズ(14.05)-赤薙奥社跡(14.20/14.40)-キスゲ平展望台(16.35/16.45)-第3駐車場(17.15)
下山途中から、霧が出て、時々霙も顔に当たるようになり、所用時間も5時間とかなりのろのろペースで、誰もいない第3駐車場に無事戻りました。キスゲ平からはヘッドランプをつけての下山になってしまいました。所用時間12時間10分は、少し時間のかかり過ぎ、今後の山行きが心配です。休憩時間を短縮しないといけません。今日、同じコースをのぼった登山者は他に3人。熊注意報が出ているので、静かな山道に、熊除け鈴の音だけが響く静かな山でした。紅葉は残念ながら終わっていました。
駐車場から、霧の霧降高原道路を慎重に下って宿に戻り、温泉に入って友とビールで乾杯。後は爆睡でした。

Nyohou1_320 (写真上)2、318m峰付近から女峰山を望む。右奥の小さなピークが頂上。遥か前方に見えますが、ここから頂上までは割と楽に短時間で到着できました。

 (写真左)女峰山(2、436m)頂上

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2006年10月16日 (月)

株は不調、かぶは順調

Dscn0726_320 今日も日経平均株価は、上がっていますが、どうも実感が伴なわない。我がは絶不調です。新興がまるで駄目で、その上、証券株などの超値下がりが響いています。どうもカタカナ名の会社は相性が悪いようです。それに較べて我が超ミニ農園の、こちらのかぶは順調です。3度目のおろぬきをして、化成肥料を与えました。今度は順調に生育してくれています。がんばれよ。本家農園にかぶは植えてないから、これは特産品だよ。本家農園の大根は順調ですが、にんじんは、国産種、女王陛下の種共に発芽しましたが、その後ほとんど成長してくれません。女農園主もほとんど、諦めています。
(写真は、超ミニ農園のかぶです)
明日から、200名山の女峰山に登りに行くので、2日ほどブログを休みます。この山、名前は優しい(?)のに、歩行程10時間のちょっと手強い山です。戻りましたら、紅葉の日光の写真などを載せます。

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海釣の1日ー佐島漁港

Sazima1_320_1 晴天の日曜日の昨日、友人達7人で神奈川県佐島漁港の船釣りをしました。佐島港は、葉山の先、逗子駅からバスで40分ほどの漁港で、湾内に佐島マリーナがあります。ここのヨットハーバーに並ぶ大型ヨットを見ると、世の中には、裕福な人も多い事を、いつも実感させられます。まあ、それは別として、我々は午前中は台風の影響か、風が強かったので、防波堤内で、キス釣り。あのキス独特のブルブルとくる当たりと、強い引きが楽しめました。船は職漁師さんの娘婿で、週末セミプロ漁師となる恵まれた(?)環境の友人が、うまくポイントに連れていってくれるので、かなりの釣果です。昼は防波堤に上がり、昨日釣ったというカマスの塩焼きと、釣ったばかりのキスの天ぷらを食べながら、旨いビールを堪能しました。潮風に心地よくあたって、極楽、極楽。午後、少し凪いだ時間に、沖に出て、さびき仕掛けでカマス釣。回遊場所に当たると、それこそ入れ食いで、船上は大騒ぎ、楽しい釣でした。
秋晴れのなか、気持ちの良い1日が過ごせました。みんな、ありがとう。
Kisu_320_1 (写真上は、佐島漁港内)
 (写真下は、良く釣れたキスの一匹、25センチ程で、天ぷらにして食べました)

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2006年10月13日 (金)

国立癌センター中央病院

Dscn0725_320  新橋演舞場の帰路、夕日を受けて存在感ある建物が見えました。三角形の病棟配置が斬新とされた国立癌センター中央病院です。設計は横河建築設計事務所。(写真は、裏側になります

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獅童流「森の石松」ー新橋演舞場

Isimatu320  昨日、公演中の10月新橋演舞場、獅童流 「森の石松」を見てきました。最近、飲酒運転、岡本綾、高岡早紀との交際など、なにかと話題の中村獅童が座長を務めています。
物語(パンフレットのコピーです)
若手演出家の石井(中村獅童)は舞台「森の石松」の公演の演出がうまくゆかず、悩んでいた。公演が間近に迫っているにもかかわらず、役者はセリフを噛むし、殺陣もまるっきりダメ。石井のイライラはつのるばかり。制作の岡田(高岡早紀)に当り散らしたり、大道具の長さん(笹野高史)やずっとコンビを組んできた脚本家の松田(橋本じゅん)とも口げんかになったり。ついには脚本を書き直せと言い出す始末。そこに、支配人の小松(高橋和也)や掃除のおばちゃん(吉田日出子)も乱入して事態はてんやわんや……。
さらに石井と松田はその夜、公園の屋台の女将(角替和枝)を訪ねると、そこで偶然鉢合わせた大御所脚本家・都(ベンガル)と口論になり、ついに大ゲンカ。そんな最中、突然稲妻が彼らを襲ったのであった!

我に帰った石井は周りの様子を見てビックリ!

辺りはちょんまげの町人が行き交う港町、純和風な町並みの後ろにそびえ立つのは富士山!そして自分の姿を見てまたまたビックリ! なんと森の石松になっていた!!
脚本家の松田も石松の相棒、松五郎に変身!!ここは清水? 今は…江戸時代?
これって、もしかしてタイムスリップ??
しかし、歴史では石松は金毘羅参りの帰りに閻魔堂でだまし討ちにあうことになっているのだ。果たして石井と松田の運命はいかに?!

他に共演者は、深沢敦、八十田勇一、長谷川朝晴、西牟田恵など多彩です。
 前半が現代、後半が江戸時代、テンポの早い舞台に飽きません。獅童も熱のこもった演技で、がんばっていますが、この舞台、共演者が皆ほんとに良く、獅童はやや、食われている感じもあります。幕開けはご存知「旅行けばー、駿河の国はー茶のかおりー」の浪曲で始まりますが、一転テンポの早いロックの曲にかわる。平日だったので、年齢層が高い観客が多く、この音楽とテンポにやや戸惑い気味の感じの客席でしたが、後半の江戸時代になると、獅童も好調、立ち回りなどはさすが歌舞伎役者、観客席も沸いてきました。石松は都鳥の吉兵衛(ベンガル)一味に討たれる事がわかっていても、歴史を変えられないのか、このへんがはらはらさせて、最後の大立ちまわりとなります。躍動感有る舞台で、獅童の面目躍如ですが、この場面、少し長すぎました。カーテンコールの大騒ぎ(?)、楽しめましたよ。獅童の声が枯れて、苦しげだった事と、スキャンダルの影響か、空席が目立ったのが気になりましたが、見て良かった芝居でした。★★★★

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2006年10月11日 (水)

物干しとアトムーシンガポール2題

Sennta1_320 シンガポールの高層アパートの、どこでも見られる光景です。洗濯物が窓から長い竿で突き出されて、干してあります。なんだかすごく危なそうですが、何故こうするのかは聞くチャンスがありませんでした。

Atomu_320_1  日本のアニメーション作品がテレビ放映されていて、とても人気が有るようです。街を歩いていたら、アトム(ASTRO BOY)のグッズ専門店があり、どの商品も結構高い値段がついていました。

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2006年10月10日 (火)

鮎が釣れていますー柳瀬川

Ayuturi_320  このところ、好天続きで、柳瀬川の河原のすすきの穂が、秋の夕日を浴びて銀色に輝いている景色が毎日見られます。柳瀬川は、最近は鮎釣りが好調のようで、15cm以上の鮎が良く釣れています。なんと、昨日は友釣りの人がいて、「なかなか追わないよ」と笑っていましたがそのチャレンジ精神に感動しました。10年前に比べると、川の水は本当にきれいになりました。もっと沢山の魚が泳ぐようになって、子供達が楽しく釣れるようになると良いと思っています。(写真は今日の柳瀬川です。)

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2006年10月 9日 (月)

「びゅうヴェルジェ安中榛名」その2

Annaka1_320  長野新幹線「安中榛名駅」前に開発された住宅地、「びゅうヴェルジェ安中榛名」を見学してきました。10月2日に書いたその1の続きです。
「びゅうヴェルジェ安中榛名」は定住型リゾートシテイというコンセプトで、現在開発販売中であり総開発面積は、約48.7ha(約147,300坪)、総区画数は約600区画です。
2003年10月から販売が開始され、開発宅地全600区画の土地の内、発売済の区画の70%くらい約300区画が販売済と見うけられました。新幹線駅前の住宅地開発としては日本初のスケール とのことです。発売当初は苦戦したようですが、最近は好調のようで、建設済の住宅も約100棟以上は数えられましたし、新築工事中の住宅も何棟か見うけられました。かって大いに話題になった新幹線通勤の居住者も含まれているようですが、どちらかといえば退職後に定住する予定で、現在は終末利用、季節利用、長期滞在利用の人が多いようです。販売事務所の資料によると現在、定住されている方が約60世帯となっています。
5つの街区に分けられた住宅地内を歩いてみると、各戸の敷地も広く、建物は大型で明るい色の外壁が多く、ログハウスなども有り、各家の境界には塀がほとんど見られません。同じように新幹線通勤などを呼びかけて開発された、静岡県裾野市の千福が丘ニュータウンと似た感じもありますが、この安中榛名の方が、そのネーミングにちょっと戸惑ったリゾートシティという呼び名が、なんとなく理解できる雰囲気があります。
千福が丘も、最初の頃は都会からの移住者で、年齢の高い層が多かったのですが、開発後20数年を経て、現在は買い替え需要などに近在の企業などに通勤する、若い層が増えています。
安中榛名も、開発当初に想定した購入者層とは異なる、県内などへの比較的若い通勤者層が増える予感もします。新幹線駅に隣接した、眺望の良い広い敷地が坪8万円程度で購入できるのは、魅力かもしれないと思いました。
ともかく、当初はどうなるかと思った、新幹線駅前に、日本で初めてという街づくりは、居住者も増え、確実に展望が見えてきた感じを受けました。後は駅前に広がる現在1軒の店舗も無い商業用地が、どう開発されるのかが、これからの課題のようです。
しかし、ここより住宅数の多い裾野市の千福が丘でさえ、住宅地内の商業店舗の営業は苦戦であり、その品揃えなどの不満で、、どうしてもバス利用、または自家用車での買物になりがちです。ここも仮に600区画全戸に居住者があっったとしても、駅前にスーパー1軒が成り立たないのではないかと思います。そのへんを、開発時にどう考えたのか、どう具体化してゆくのか、、また周辺地域と連係した開発を行政がどう推進して行くのかなど、これからの街づくりを見ていきたいと思います。

この「びゅうヴェルジェ安中榛名」については、HPで詳しく紹介されているので、興味有る方はそちらを読まれると良いでしょう。
     http://www.me-rise.net/  「びゅうヴェルジェ安中榛名」


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2006年10月 7日 (土)

月を見ながら考えた事

 昨日の毎日新聞の「余禄」に、昔の人は中秋の名月が、雨などで見れなかった場合、翌日、すなわち今日を「十六夜」と呼んで、その美しい月を見る事を期待したと書かれていました。そして今日は満月。今、午後11時半。外気温15度。晴れた夜空に神々しいまでの月が輝いています。あたりはうるさいほどに虫の鳴き声がしています。
安倍総理の云う「美しい日本」は何度聞いてもイメージが湧いてきませんが、今夜のような美しい日本は確かにあります。しかし、憲法改正、教育基本法改正、防衛省誕生など、今進められている危険な方向性を持った政治の行方の先に、なにがあるのだろう。誤まった歴史認識を持ち、戦争の出来る国にしたいと願う新政権に対し、憲法9条の大切さを、それを諸外国がどう評価しているかをもう一度深く考えないと、この国は誤まった方向に流されて行きます。
 今となっては信じられないかもしれませんが、以下の文は、戦後文部省が書いた「新しい憲法」からの抜粋です        
    三 國際平和主義
 國の中で、國民ぜんたいで、物事をきめてゆくことを、民主主義といいましたが、國民の意見は、人によってずいぶんちがっています。しかし、おゝぜいのほうの意見に、すなおにしたがってゆき、またそのおゝぜいのほうも、すくないほうの意見をよくきいてじぶんの意見をきめ、みんなが、なかよく國の仕事をやってゆくのでなければ、民主主義のやりかたは、なりたたないのです。
 これは、一つの國について申しましたが、國と國との間のことも同じことです。じぶんの國のことばかりを考え、じぶんの國のためばかりを考えて、ほかの國の立場を考えないでは、世界中の國が、なかよくしてゆくことはできません。世界中の國が、いくさをしないで、なかよくやってゆくことを、國際平和主義といいます。だから民主主義ということは、この國際平和主義と、たいへんふかい関係があるのです。こんどの憲法で民主主義のやりかたをきめたからには、またほかの國にたいしても國際平和主義でやってゆくということになるのは、あたりまえであります。この國際平和主義をわすれて、じぶんの國のことばかり考えていたので、とうとう戰爭をはじめてしまったのです。そこであたらしい憲法では、前文の中に、これからは、この國際平和主義でやってゆくということを、力強いことばで書いてあります。またこの考えが、あとでのべる戰爭の放棄、すなわち、これからは、いっさい、いくさはしないということをきめることになってゆくのであります。
     六 戰爭の放棄
 みなさんの中には、こんどの戰爭に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。ごぶじにおかえりになったでしょうか。それともとう/\おかえりにならなかったでしょうか。また、くうしゅうで、家やうちの人を、なくされた人も多いでしょう。いまやっと戰爭はおわりました。二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。こんな戰爭をして、日本の國はどんな利益があったでしょうか。何もありません。たゞ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。戰爭は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。だから、こんどの戰爭をしかけた國には、大きな責任があるといわなければなりません。このまえの世界戰爭のあとでも、もう戰爭は二度とやるまいと、多くの國々ではいろ/\考えましたが、またこんな大戰爭をおこしてしまったのは、まことに残念なことではありませんか。
 そこでこんどの憲法では、日本の國が、けっして二度と戰爭をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戰爭をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戰力の放棄といいます。「放棄」とは「すててしまう」ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの國よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。
 もう一つは、よその國と爭いごとがおこったとき、けっして戰爭によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとおそうとしないということをきめたのです。おだやかにそうだんをして、きまりをつけようというのです。なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの國をほろぼすようなはめになるからです。また、戰爭とまでゆかずとも、國の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。これを戰爭の放棄というのです。そうしてよその國となかよくして、世界中の國が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の國は、さかえてゆけるのです。
 みなさん、あのおそろしい戰爭が、二度とおこらないように、また戰爭を二度とおこさないようにいたしましょう。

        

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2006年10月 6日 (金)

赤と白の水玉芸術ーシンガポール

Kusama_320  写真のようにシンガポールの目抜き通りのオーチャード・ロードの街路樹が、赤と白の水玉模様の布でで覆われていました。何か街の商業的なイベントの飾りとばかり思っていましたが、昨日(10月5日)の毎日新聞夕刊を読んで、なんだそうだったのかと納得しました。シンガポールでは初めてとなる国際現代美術展「シンガポール・ビエンナーレ」が、9月から11月12日までの日程で、開催中であり、あの水玉は、出品作品のひとつであり、僕はちょうどそこに居合わせたわけでした。毎日新聞には、多民族、多宗教、多文化国家の中の現代美術として紹介されていますが、テーマは「BELIEF(信仰)」。
テロと戦争の不確定な時代を反映して、宗教的な意味合いをにじませながら、より広く「信じること」に関わる作品189点で構成されていると書かれています。水玉覆いの作者は、日本人アーティスト、草間彌生さんでした。
現代美術作品としての評価は、どうもわからないとしか云いようがないのですが、この太い街路樹に布を巻く手法、日本の街のイベントにも使えるなと思いました。街路樹の太い幹に布を巻くことにより、街路樹横の歩道が外部(車道)とは別の、内部空間的な要素を持つようになったと思えたからです。とにかく、人目を引く演出でした。

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浅間隠山と二度上峠、そして草軽電鉄

 先週の土曜日の夜に、山仲間の集まりがあり、昼間は、近くの浅間隠山に登ってから、会合場所の布引温泉に集まる計画になりました。
以前は静かな山だった浅間隠山(1、757m)も、最近は日本200名山である事で、かなり登山者の多い山になっていました。当日も、二度上峠近くの登山口の駐車場は、満車状態で登山者が50人はいたでしょう。少し曇空でしたが、頂上からは、噴煙を上げる大きな浅間山が目の前いっぱいに広がっていました。
僕は二度上峠に来る度に、とうの昔に廃線となった草軽電鉄を思い出します。昭和30年代の前半、当時北軽井沢の一匡邑に小さな別荘を持っていた友人宅を訪ねるのに、軽井沢から、北軽井沢までをこの電車に乗って行きました。
その際、二度上駅では、ひとつ手前の国境平方面から時速15kmくらいでしょうか、ゴトゴトと登って行き、二度上駅の横を通り過ぎてからいったん停車し、バックで二度上駅に入り、そこからまた北軽井沢方面の栗平駅に向って走り出すのでした。まさに二度上げです。友人が、たしか国境平駅で電車から降りて、歩いて二度上駅まで行くと、降りた電車にまた乗れるはずと云っていたのを、思い出します。それを実行したかは聞かなかったのですが、それほどのろのろ走っていたのです。同じような想い出に、当時、八ヶ岳に登るために良く乗った小海線があります。中央線の小淵沢駅から、甲斐小泉、甲斐大泉とあえぎあえぎ登る蒸気機関車に連結された、2両ほどの客車の最後尾のデッキで、友人が一度降りてから、走って飛び乗れると、本当に実行しそうになりました。こちらも一部急勾配区間はそう思えるほどの、のろのろ運転でした。
今となってはどちらも懐かしい思い出です。乗客数の激減と、自然災害による線路保守が難しくなり、廃線になるべくして廃線化された草軽電鉄ですが、今、もし存続していたら、どんな状況なのだろうかと考えたりします。友人の母親が、昭和始めには特別列車まで運行されたと、華やかなりし頃の、草軽電鉄の事を楽しそうに話してくれた事が思い出されます。
廃線前の二度上駅付近の、貴重な写真のあるHPを見つけました。ちょうど僕が利用した頃の映像です。本当に懐かしい写真です。
(草軽電鉄の写真) http://www5f.biglobe.ne.jp/~switchback/kusakaru.htm

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2006年10月 4日 (水)

カッパ像の愛称を募集していますよ

Katupa1_320_1  志木ロータリークラブが、志木市内に点在するカッパ像のうち、まだ名前の付いていない11像の愛称を募集しています。
11像のうち、僕も名前を考えてみたい、気になる2像の写真を載せますので、どんな名前になるか、皆様も考えてみたら如何でしょう。
参考までに応募要領から、写してみましたが、詳しい事をお知りになりたい方は、志木ロータリークラブまで。
「応募方法」
官製ハガキに(一枚に一作品) ①作品番号 ②愛称 ③その理由 ④住所 ⑤氏名 ⑥年齢 ⑦電話番号 を書いて10月20日(消印有効)までに応募してみてください。
「問い合わせ及び応募先」
志木ロータリークラブ 〒353-0004 志木市本町5-17-3 埼玉りそな銀行志木支店内 tel 048-474-2125

(上の写真)応募の作品番号 岩の中の子カッパ 親水公園内に設置ー 制作者の心(子供達が遊びに来るまで、寂しく岩の中で待つ幼子)

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(左の写真)応募の作品番号 魚を持つカッパ 宝憧寺境内に設置ー制作者の心(志木の伝説に登場する悪戯のカッパ)

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2006年10月 3日 (火)

板状に見える家

Hennaie_320 「びゅうヴェルジェ安中榛名」のもう少し詳しい事は後で書くとして、今日はこの街の一番街で見つけた変な家です。普通なら、バルコニーや、テラス、側面の屋根などで立体感が付くのですが、それが無い。これだけ突起物の少ない家は珍しいですね。9月12日に書いた「シンガポールの不思議なビル」と同じで一枚の板状に見えます。よく絵本にこんな家が出てきますね。

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2006年10月 2日 (月)

新しい街づくりーびゅうヴェルジェ安中榛名

Annaka2_320_1  前から気になっていた住宅地に、JR東日本が開発している、長野新幹線「安中榛名」駅前の「びゅうヴェルジェ安中榛名」がありました。その広告は山手線の車内で良く見られるので、名前は知っている人も多いと思います。
長野方面に向う新幹線から見えるのは、駅前の広大な空地で、その周りで住宅地開発がどの様にされているのか、興味がありました。
山仲間の会合の集合場所が、安中榛名駅となったので、良い機会だと思い、大宮から乗車する新幹線を1本早めに選び、駅付近を1時間ほど歩いてみました。安中榛名駅は、真偽のほどはわかりませんが、政治駅ともいわれ、現在の駅前の状況を見ると、どのような目的でこの駅が建設されたかを、推測する事はとても出来ません。まさに山の中に突然作られた新幹線駅です。まあ、似たような状況で作られた鉄道駅は多いですから、ここだけの問題ではないのですが。
JR東日本の資料によると、2005年の1日の平均乗降客は、234名で、この駅の開設以来、新幹線の乗降客数の少ない駅、ワースト1を続けていたようですが、東北新幹線いわて沼宮内駅が乗降客数100名とぐっと少なく、やっとワースト1の座を譲る事が出来たようです。どちらも駅建設時の予定乗客数に、はるかに及ばないのは、公共工事の全てに云える、誇大想定によるプロジェクト推進に全ての原因があります。リサーチ会社は、建設推進側の意向に沿った、実現されそうもないような報告書を平気で作成しますし、それをもとに莫大な費用を負担した側の責任が、後で問われる事は決してありません。「もったいない」を掲げて、今年の7月に滋賀県知事に就任した、かだ由紀子さんの、選挙戦で最大の争点となった新幹線新駅「南びわ湖駅」(仮称)は、その利便性や経済効果、巨額の地元負担などをめぐって、知事就任後も論議を呼んでいます。推進派の包囲網のなかで、新知事の苦闘が続いています。
推進派のプロジェクト計画の甘さなどは、誰がみても、またかと思うのですが、それが何故か実行されてしまう、まか不思議な世界です。
さて、本題の「びゅうヴェルジェ安中榛名」なる住宅地開発ですが、これは正直見直しました。駅前の商業施設などの開発は、全く手付かずですが、全600区画の住宅区画は、JR東日本の努力が実り始めているように見うけられました。このあたりの詳しい事はことは、また書きます。
ただ、たとえ計画の全区画に住宅が立ち並び、ニュータウンが出来たとしても、まさか600区画の街の為だけに、専用の新幹線駅が作られたわけではないでしょう。この新幹線駅と群馬県、安中市との関係なども調べています。新しい町づくりと地方政治の結びつきが、うまく作用して新たなコミュニティーが生まれれば、すばらしいのですが。

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写真4枚は、建設中の住宅地の様子です。

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2006年10月 1日 (日)

小諸懐古園のカッパ君

Katyup1_320  今日、小諸の懐古園でこのカッパを見つけた時は驚きました。我が志木市内でお馴染みのカッパ君がちょこんと座っているではありませんか。このカッパ君、観光客に可愛がられているようで、お賽銭が沢山載っていました。
この愛くるしい顔は、間違いなく志木市の内田栄信さんの作品。志木市内のあちこちに仲間がいて、市民に可愛がられています。なぜ小諸市にやってきたのかわかりませんが、思わず「おい、元気にしているかい」と呼びかけてしまいました。ことによると、柳瀬川と千曲川はどこかでつながっていたなんて!。でも何故「イロハ英男ガッパ」と名付けられているのだろう?。それと、1人で(一匹?)遠くにきてしまって、少し寂しそうに見えるのは気のせいかな。

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