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2006年7月14日 (金)

さようなら文化放送ー四谷

Dscn0435_320  昨日は、盆の入り。四谷の東福院に母の墓参に行きました。この東福院の前が写真の文化放送社屋です。見ると正面の外壁に垂れ幕が下がっていました。そうか、移転するんだったと気づきました。文化放送といえば、四谷でしたが、今月末、浜松町の新社屋に移転します。
現文化放送社屋のこのビルは、聖パウロ修道会がカトリックの布教を目的にした放送局を設置するために1951年に建設し、社屋内には聖堂もありました。ここから1952年3月に 民間放送としては全国9番目、東京で2番目の本放送が開始されました。現文化放送の前身です。ちなみに東京では1951年12月にラジオ東京(現TBS)が最初に電波を出しています。(覚えています、NHKしか聞こえなかった並4ラジオから、試験電波を発射中ですーJOQRと聞こえた感動を)1956年に聖パウロ修道会は経営を、株式会社文化放送に譲りました。旺文社が大株主であった為、教育番組の百万人の英語や、大学受験ラジオ講座などを聞いたことがある人も多いことでしょう。この四谷からの最後の放送日の7月23日には、小倉智昭が司会の「さよなら四谷スペシャル」を放送、浜松町に移転した7月24日には、新社屋での放送開始の第一声として、「吉田照美のやる気MANMAN!」からになることが決定されているそうです。

移転後にこの記念すべき建物は、非常に残念ですが取り壊しが決まっていますので、四谷社屋のお別れの写真を撮ってから、サントリーホールに日本フィルの定期演奏会を聞きに行きました。偶然とはいえ、今年設立50年の記念の年を迎えた日本フィル(日本フィルハーモニー交響楽団)こそ、1956年に文化放送が設立した交響楽団だったのです。その後財団法人となって、フジテレビと文化放送の放送料によって運営されてきましたが1972年6月に両社はオーケストラの解散と楽団員全員の解雇を通告、放送料もを打ち切りとなり、財団も解散することになったのです。ここからが有名な日フィル争議といわれる、日本フィルの激動の歴史ですが、これについては書きたいことが沢山ありますので、別の機会に書きます。
演奏会は第582回の定期演奏会で、沼尻竜典指揮、ラヴェル作曲バレエ音楽「ダフニスとクロエ」全曲他で、いつもながらの素晴らしい演奏会でした。好きなホールと好きな指揮者では、途中で居眠りなどしません。サントリーホールの背面席での、演奏中の居眠りはすごく目立ちます。演奏を聞くと眠りたくなる方は、絶対に背面席(指揮者対面)は購入しないでください。

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