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2006年7月17日 (月)

風雪の北鎌尾根ー無線機

Musenn1_128  僕が山で使用しているアマチュア無線トランシーバーです。右がまだ現役ですが10年ほど前の物、左が最近の物です。超小型軽量、重量132g、ワイシャツの胸ポケットに入る大きさですが、送信出力は1.5wの高性能機です。10年前にこのサイズはありませんでした。どちらも144MHZ/430MHZデュアルバンドトランシーバです。山岳地帯でも携帯電話が使用できる範囲が広がっていますが、緊急通信用にトランシーバーは携帯していると安心です。登山届にも携帯しているトランシーバーの周波数バンドを記入する事になっています。
昔は、アマチュア無線の小型トランシーバーなど入手できませんでしたから、無線機の届出さえすれば誰でも使用可能なCBトランシーバーが使われました。もちろん現在の144MHZ/430MHZのトランシーバーと比べたら、通話可能距離はずっと短距離ですが、誰でも簡単に使用できたので、パーティ間の連絡などに今以上に積極的に使用されていました。その頃の話2題です。
5月の北アルプス涸沢(からさわ)合宿の時の事です。10時、12時、15時などの正時になると、合宿中の大学、社会人、会社山岳部のベースキャンプと、登攀パーテイとの定時連絡がいっせいに始まります。たいした内容ではなく、今どこにいるとか、誰それがばてて(疲れて)いるなどの会話がほとんどです。中にはテントキーパーの新人からの、「餅が見つかりません、どこに入れましたか?」、「こちら涸沢槍東稜、馬鹿良く探せ!」などの通話までしていました。ところが当時(40年以上前)のトランシーバーは1chしかないので、誰もが同じ周波数でいっせいに交信するものですからすさまじい混信でまともな会話になりません。声がでかいほうが有利でした。そこで、各山岳部代表が集まって、時間の割り振りです。
12時5分は、A山岳部、10分はB山岳部といった具合です。これでなんとか交信が出来るようになったのですが、後から入山してくるパーティがまた割り込んでくる。なんとも騒がしかったが、懐かしい交信の思いでです。

次は冬の北鎌尾根での事です。北鎌尾根稜線のベースキャンプから、小パーティで槍ヶ岳往復アタックをしました。全てソニー製トランシーバで連絡を取ります。1次パーティは、天候にも恵まれ、途中ビバーク一回で、下山中との連絡、すぐに2次パーティが出発し途中で、登攀用具の引継ぎをします。2次パーティもその夜は快適なビバークの筈でした。しかしその夜から風雪が強くなりました。天気予報より、早く天候悪化です。朝のトランシーバーでの連絡で、退却が指示されましたが、ザイルが風で上空に巻き上げられるほどの烈風です。トランシーバーも交信不能となりました。2次パーティは視界も悪い中、危険な下山より槍頂上を越して槍の冬季小屋に入る事に決定し、登攀を続行しました。ベースキャンプでは、懸命に交信を試みましたが、全くつながらず。2次パーティは無事にビバークしているのか、なにかアクシデントがあったのか、不安な夜を過ごしました。当時のトランシーバーは送信出力僅か100mwですし、低温で電池も性能低下です。次の朝、テントから外に出て、何度も呼びかけますが交信できません。風雪の中、岩場を移動して交信します。その時かすかに「こちら、槍の冬季小屋に入った。北鎌下山は無理、上高地経由で、そちらに戻る」風雪の中、たった一回の交信成功です。良かった、生きていた。あの時ほど、トランシーバーのありがたみを知らされた事はありませんでした。べースキャンプも脱出不可能になる前に、即撤退決定、風雪の中の長い下山。そして冬の北鎌尾根が終わりました。
写真下は、当時使用していたものより7~8年後の型ですが、2ch周波数タイプのソニー製CBトトランシーバーです。
Sonymu1_512

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