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2006年5月11日 (木)

根津から谷中へーその2

Nezuzi3_320_1 根津教会から、来た道を戻りすぐ右折したところが根津神社です。ここは説明の必要もない有名な神社で、千九百年位前、日本武尊が千駄木の地に創祀したと伝えられる古社です。
江戸時代に五代将軍徳川綱吉が、千駄木の旧社地より現在の場所に社殿を移したとされています。現在見られる社殿・唐門・楼門・透塀等がこれで、重要文化財に指定されています。表参道の鳥居をくぐると、写真の極彩色の楼門があります。つつじを見に来たのですが、つつじ園は5月5日で閉園されていて、庭から眺めるだけでしたが写真のようにきれいな眺めでした。社殿に参拝した後、境内を北に抜けて根津裏門坂にでました。案内書にある夢境庵という手打ちそばの店で、昼食と考えていたのですが不忍通りに出てしまいました。夢境庵は神社から出て左折しなくてはいけなかったのです。残念。不忍通りから左折して藍染大通りに入りました。ここで案内所にでていた甘味所の芋甚で休憩、おいしいアイスクリームを食べました。ここから谷中の寺町散策です。三浦坂を上ると宗善寺、妙行寺、延寿寺等の寺が続きます。谷中には70近い寺院があるそうでまさに寺町です。ここで
大名時計博物館によりました。勝山藩の下屋敷跡と書かれていました。普通住宅の門のようで、見落とすかもしれません。入口のドアーに鍵がかかっていたのですが、ブザーを押すと係りの人が隣の住宅から駆けつけてくれました。説明パンフレットにこう書かれています。
「大名時計は、陶芸家、故上口愚朗が生涯にわたり収集した。
この江戸時代の貴重な文化遺産を長く保存するために昭和26年3月「財団法人上口和時計保存協会」を勝山藩の下屋敷跡に設立、初代理事長となる。
昭和45年10月上口愚朗没後、二代目上口等が昭和49年4月「大名時計博物館」を開館、親子二代にわたり設立した博物館です。」
館内は一部屋でそう広くないのですが、江戸時代の大名お抱えの時計師たちが作った、櫓時計、台時計、枕時計、尺時計、印籠の形の時計が多数陳列されていました。以前、科学博物館でからくり人形の展示と実際に動かす催しがあり
その精巧な作りに感心しましたが、ここの江戸時代の時計職人達の仕事にも驚かされました。素晴らしい作品ばかりです。なかでも感心したのは、懐中日時計、歩度計(まさに今の万歩計です)でした。櫓時計等は見た事がありましたが、これらは生まれて始めてお目にかかりました。時代劇でも見た覚えがありません。一見の価値有りです。
さて、ここから寺町をのんびり歩いて下町風俗資料館から、最終目的地朝倉彫塑館に向いましたが、また明日書きます。数時間の散策でこれほど懐かしい東京の風景に出会え、資料館などを見学できるコースはそう無いでしょう。お薦め散歩道です。
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大名時計博物館入口

 
                                                             

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