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2006年5月21日 (日)

明治の建物2軒

Murayama_512 先日、「根津から谷中へ」で下町風俗資料館付設展示場の吉田屋酒店の建物について書きました。我が志木市にも明治の建物は幾つも現存していますので、張り合うわけでは有りませんが、今日は二軒の商家建築を紹介します。
先ず、「旧村山快哉堂」。谷中の吉田屋酒店よりだいぶ古い明治10年(1877)に志木・本町通りに面して建てられた土蔵づくりの、薬屋業を営んでいた店蔵が、志木市役所前の親水公園に平成13年に移築されました。詳しい説明は「旧村山快哉堂」で検索すると幾つも見つかりますので、ここでは省略します。土曜、日曜、月曜日には開館されて、市民ボランティアの方が、来館者に説明してくれます。昨日、訪ねましたら、見学者にお茶のサービスまでして頂きました。ところで吉田屋酒店には、現代のシャッターに似た上げ下げ式の揚戸が有りました。ここにも板戸は現存していませんが、同じ形式と思われる揚戸の縦柱と縦溝及び上げた板戸を固定したと思われる鉄製の埋めこみ金具が残っていました。多分取り外し式の中柱も有ったと思われます。もし建築当初から設けられていたとすると、興味深いことです。これは吉田屋酒店を見学していなかったら、多分気づかなかったでしょう。明治26年(1893)川越の大火以後に建てられた川越の店蔵とは異なる作りですが、川越には大火以前にも建てられていた旧大沢家住宅などの蔵造りがあり、それとの類似点はあるようです。志木市の有形文化財に指定されています。      
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もう1軒は「朝日屋原薬局」です。旧村山快哉堂から本町通りを志木駅方面に、5分ほど戻った、表通りに面して建てられています。こちらは国登録有形文化財に指定されている貴重な建物です。母屋は明治45年に建築され、土蔵、洋館、離れ、門、塀などと共に国登録有形文化財に指定された貴重な建築物です。
江戸時代から水運の要衝としての宿場町として賑わった志木市には、この他、野火止用水のいろは樋など興味深い資料が多く残されています。慶応志木高校、立教高校の有る町としても知られていますが、宿場町の面影を残す史跡を是非訪ねてください。

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