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2006年4月12日 (水)

ナチスの暗い影ー監督と登山家の場合

 今日の毎日新聞朝刊に、「名監督、協力と抵抗」と題して、長い間サッカーの西ドイツ代表チームを率いた名監督、ゼップ・ヘルベルガー(故人)に関する記事が掲載されました。ドイツサッカー協会がサッカー界とナチスの関係を検証するために出版した「かぎ十字の下のサッカー」が、ヘルベルガーをナチス協力者だったと指摘したことで、このドイツサッカー界の功労者の評価が、今日になって大きく揺らいでいるとの記事である。
この記事を読んで、すぐに今年1月に亡くなった尊敬する登山家ハインリッヒ・ハラーを思いました。ハラーは「セブンイヤーズ・イン・チベット」の原作者として知られていますが、ナチスドイツ台頭の時代の1938年に、同じオーストリアのフリッツ・カスパレクと共にあのアイガー北壁に挑み、同じ時に北壁を登攀していた別のザイルパーティ、ドイツ屈指の名クライマー、アンドレアス・ヘックマイヤーとルートヴイッヒ・フェルクとの劇的な結びつきにより、最後はひとつのザイルパーティとなって北壁初登攀に成功する。後にこのドイツパーティが、国家の威信を賭けてナチスが送り込んできた最強のクライマーだったことが判明します。サッカーワールドカップで争う各国チームももそうですが、エリザベス女王の戴冠式に花を添えるべくエベレスト初登頂に成功したイギリス隊も国家の栄光の為に登頂を急いだのです。ハラーもまた、自国オーストリアがナチスに併合され、ドイツの国威をかけて遠征隊が送られたヒマラヤのナンガパルバット登山隊の一員として参加します。その後のハラーについては自伝、セブンイヤーズ・イン・チベットに詳しく描かれています。幾多の栄光に包まれたハラーの業績も、晩年になって、この時代に、ハラーがナチスの党員であり、親衛隊員だったことが暴露され、非常に苦境にたたされる事になりました。
ゼップ・ヘルベルナーにしても、ハラーにしても、大きな目標に向って前進して行くためには、国家であるナチスへの忠誠が求められたのでしょう。何らかの意図でナチス協力者であった事が暴露されたとしても、何年経過しようと、ナチスの犯罪を憎み、それを糾弾しようとする姿勢が、この二人をも見逃さなかったのでしょう。
しかし、真摯なスポーツマンであった二人に戦争犯罪と断じられるような、行動は見つからなかった事は救いです。
それに比べて、どんな国家的理由があったとしても、あれほどに国民を途端の苦しみに追いこんだ国や軍の責任者たちが、その戦争犯罪追求は、戦勝国の論理で行われたとして、軍神として祭られている国、弱いものに対する厳しい責任追及は有っても、指導者が反省と言う言語を持たない国、それが我が日本です。

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