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2006年4月29日 (土)

ゴールデンウイークです

         Dscn0214_512 今日からゴールデンウイーク。ブログも少しのんびりゆきます。Dscn0270_512
3月20日に、柳瀬川の土手の菜の花の事を書きました。新座市役所建設部道路整備課の努力が実り今、綺麗に咲いています。来年にはもっと増えて、土手が菜の花で黄色に染まるようになるでしょう。楽しみです。

明日から3日程、安曇野の古民家再生準備の為出かけます。ぼろ家に始めて泊まります。隙間風だらけの家ですから、室内に登山用のテントを張ります。明日は村の道普請行事です。これからお世話になる新参者としては、なるべくいろいろの行事に参加して村の人達と仲良くして行かなくてはと思っています。戻ったら安曇野の様子、古民家の事などを書きます。

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2006年4月28日 (金)

IT企業の株主総会へ

Hiramatu ライブドアー事件で、経営陣が逮捕され、後任代表取締役としてなにか頼りない弱冠28歳の熊谷史人氏と並んだ執行役員社長の平松庚三氏を見て、経験と努力に裏打ちされた年齢の重み感じてホッとした人も多いのでは。
ところで今日は、IT企業のF社の株主総会に出席しました。議長(社長)と、壇上に並んだ役員を見た印象は若いなーの思いでした。学生みたい。大丈夫だろうか。
企業の具体的戦略について語る社長の口は滑らかでも、昨年の五分の一に迄落ち込んだ株価にいらだつ株主達の経営、資金、株主対応などの質問には、何度も困惑して詰まる場面も。
隣に座っていた年配の株主二人、「お前代わってやりたいだろう」「ここはお前の方の出番だろう」、休憩時間にホールで、ご主人らしき人に電話していた老婦人「なんか坊や見たいのが並んでいて、あまりいじめないでと言いたくなっちゃう。」
IT分野とは、企業が年商を地道に積み上げていくのではなく、50%、100%と膨らませないと生き残れないようです。若さゆえの可能性に掛けて、企業経営を進める若者達。企業が大きくなれば、それだけ社会に対する責任も重くなるのだと、自覚して、自分を磨き努力して欲しいと感じた総会出席でした。
株価が下がっても、長い目でみて応援するよ。がんばれよ。ほりえもんになるなよ。

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2006年4月27日 (木)

リーダー、ガイドの責任は重いー国立登山学校は夢に

Seltupi 昨日、僕も関心を寄せていた大日岳遭難の民事訴訟の判決が、富山地裁であり、引率講師のルート選定の過失を認め、国に1億6700万円の支払いが命じられた。事故は6年前に起きた。2000年3月5日午前、富山県の北アルプスの大日岳(標高2501m)山頂付近で、稜線から庇状に張り出していた雪庇が崩落し、雪庇上で休憩していた文部省登山研修所主催の「大学山岳会リーダー冬山研修会」の研修生ら、11人が滑落した。
 そのうち、9人が自力で這い上がって助かったが、横浜市保土ヶ谷区の内藤三恭司さん(22歳、東京都立大学生)と、兵庫県尼崎市の溝上国秀さん(20歳、神戸大学生)が行方不明となり、約2ヶ月後に遺体で発見された。(この遺体発見には、遭難者が持っていた雪崩遭難発見用の電波発信機(ビーコン)が2ヶ月後も作動を続けていて、発見に役立った。)
後に指導の講師二人は、業務上過失致死容疑で書類送検されたが、不起訴になっている。今回の判決は、遭難者二人の遺族が、民事訴訟で国に約2億円の損害賠償を求めた訴訟の判決である。焦点は、崩落した庇状に張り出していた雪庇の存在と大きさを、講師達が予見できたかどうかにかかっていたが、判決は雪庇を予見して回避する義務があったと言い渡された。原告、被告双方の立場から、さまざまな意見が出された後の判決に、ただ関心を寄せていただけである立場の僕が何も言う資格は無い。遺族が文部省(当時)が主催する講習会だから信頼できると考えたことも理解できるし、技術講習を委託された講師達も、長年奉仕活動的状況で、後輩指導にがんばってきた状況も知り得ている。事故後の文部省側の対応が、無責任と呼ばれてもしかたの無い官僚指導の典型的なものであった事もこの問題をこじらせた原因だとも思っている。
しかし、この判決が今後登山活動を指導しているリーダーやガイドの人たちに、いや日本の登山界全体に、高額の補償金の事例となった事も含めて、重いものを背負わせる警鐘となった事は認めざるを得ない。
富山県警のHPには、次の警告文が書かれている。
「ツアー登山参加者は、観光旅行型の「連れられ登山」にならないように事前の準備を十分行うとともに、ツアー登山を企画あるいは添乗する方は 、遭難防止の対策・事故発生時の対応(補償まで)について十分検討してください」

「登山研修所は、わが国における登山の健全な発展を図るため、登山指導者養成のための研修訓練を行い、あわせて登山に関する調査研究を行うことを目的に、昭和42年6月1日、文部省設置法施行規制の一部改正により、文部省体育局(現在の文部科学省 スポーツ・青少年局)の内部部局として設置されました。」
以上は、文部科学省のHPより。
僕は以前から、登山研修所を基礎として、日本に国立登山学校の設立される事を願ってきた。また、観測の役割を終え閉鎖された富士山山頂の測候所施設を高所登山研修施設に活用できないかとも思ってきた。しかし以前から、探検、冒険などの行動に我関せずな日本政府が、この判決により登山研修所の活動さえも制限、縮小するのではないかと心配している。また、登山研修所の講師達や、学校山岳部の指導者確保は、益々難しい事になりそうである。

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2006年4月26日 (水)

日航機事故部品公開と桜木町事件

一昨日(24日)より、羽田の日本航空「安全啓発センター」に、85年のジャンボ機墜落事故で回収・保存していた残存機体を展示し、一般公開を始めました。
「毎日新聞ニュースより」
「センターは、空港南端の整備施設が集まる一角にあるビルの2階フロア600平方メートル。ボーイング社の修理ミスがあり事故原因とされた圧力隔壁(直径4.5メートル)やボイスレコーダーとともに、これまで社内でも公開されていなかった垂直尾翼の一部(長さ約15メートル)や後部胴体部(長さ約7メートル)、遺族が御巣鷹山の慰霊で拾い集めた機体破片も初めて展示した。展示品は41点に上る。同社は「航空の安全に関心のある方々にも見て、生かしてほしい」としている。公開は月~金曜の午前10時~正午、午後1~4時。申し込みは03・3747・4491」

4月24日は、 55年前の(1951年4月24日)、国鉄(当時)桜木町駅にてパンタグラフが架線に絡まったことにより車両が発火、前二両が全焼して106人死亡という大惨事が発生しました。世に言う桜木町事件です。今では当たり前になっている車両間の連結器上を通って隣の車両に移動できる装置や、非常時のドア開閉コック等は、この事故以後、改良されたものです。
小学生の頃、国鉄大井工場に見学に行った際、焼け爛れた車両の残骸を見て、ショックを受けた事を覚えています。現JRにこの事故を教訓とするような記録なり展示は、多分残されてはいないのでしょう。
尼崎JR脱線事故からも昨日で1年、この事故を記憶するものを残して欲しいと思います。書いていて死亡した乗客106人が桜木町事件と同じだった事に気づきました。(尼崎事故の慰霊式には、遺族への配慮から運転手は含まれなかったそうですが、若い運転手の慰霊もお願いしたい気持ちです。)
自動車では、衝突時の人体への損傷が少なくなるような装置が開発され続けています。JRや、私鉄各社にも電車車両構造の安全対策の促進を望みます。発生が近いかも知れない大地震での、電車転覆まで想定して欲しいものです。
日航社長が、展示されたジャンボ機の椅子を見て、事故の重さを再認識されたとの談話がありましたが、残存機体の展示は、事故を伝えて行き、再発防止に役立つ事を願います。
尼崎事故の原因も、まだ調査中との事で、発表されていません。日航ジャンボ機の事故も、事故調査委員会の隔壁破壊との結論にたいして、多くの疑問が寄せられています。僕は再調査を希望する人達を支持します。
    日航ジャンボ機ボイスレコーダー記録      http://mito.cool.ne.jp/detestation/123.html
 

 

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2006年4月25日 (火)

眺望の良い露天風呂その2-小渋温泉

1_256 4月11日に、山道を歩くことなく車で行ける眺望の良い露天風呂として、長野県の馬曲(まぐせ)温泉を書きましたが、連休前にその2です。
長野県大鹿村の小渋温泉に有る1軒宿、赤石荘です。中央自動車道松川ICで降りて大鹿村迄約30km位です。昨年の7月に日帰りの立寄り入浴でしたが、露天風呂の眺望の良さは素晴らしいものでした。風呂は小さいのですが、湯船に浸かりながら見る、山々と小渋川の景色が丁度額縁で囲んだようになり、絶景です。湯船に浸かりながらの眺めが良いというのが、大いに気に入りました。
 赤石荘HP       http://www.akaishisou.com/

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2006年4月24日 (月)

寝ずの番

Nezunoban 映画「寝ずの番」を見ました。
うーんとうなりました。どう書いたら良いのか。これはきっと評価が大きく分かれる映画です。マキノ雅彦(津川雅彦)の監督デビュー作です。予告編を見ていたので、死人の踊りから、山田洋次監督の名作「運が良けりゃ」(1966)を見た時の、楽しい大笑いを連想したのは間違いでした。中島らもさんの原作を読んでいなかった事もあります。
でも広告の「ばちがあたるほど面白い」とは、ちと言い過ぎです。映画館の有る場所や観客層によって、違いがあり過ぎるのかもしれませんが 、我が新座シネプレックスでは、上映中の大爆笑は1度も有りませんでした。くすくすとした笑い声はありますが、女性など大笑いしたら品格を疑われそうな雰囲気、さほど、しもねた連発です。上方落語の一門で師匠、一番弟子、おかみさんが次々と亡くなり、それぞれのお通夜の席で“寝ずの番”をする弟子達と、師匠、おかみさんゆかりの人達が思いで話をして、馬鹿騒ぎをする。臨終間際の師匠(長門裕之)の「女のあそこが見たい」という願いをかなえるため、弟子(中井貴一)とその妻(木村佳乃)が、、、、。出だしから、師匠の通夜までは面白く見れましたが、さすがに通夜が三夜もあるといささか退屈します。思いで話しに、ほろりと来る場面もありますが、都都逸、春歌の連続は、学生時代に体験した僕などは同調できますが、勘弁してと思う人も多いはず。しかし演ずる俳優陣は、みな個性的で良かったです。中井貴一、木村佳乃は好演です。長門裕之の死人はなんともおかしい。それでは評価はというと、良くも悪くもしもねただけで出来た映画。テレビでは絶対作れない作品。中高年の映画。マキノ雅彦監督の初メガホンの変な映画を見たい方は映画館へどうぞ。DVDで見るだけで良いかも知れません。★★★三つとしますが、僕自身良くわからないとんでもない映画なのでおまけで☆ひとつ。計★★★☆     次は韓国映画「タイフーン」の予定

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2006年4月23日 (日)

ホテル計画に疑問ー石垣島

Kannseisoyouzu_th_4 沖縄県石垣島に移住した友人から、屈指のダイビングスポットで、浜には海亀も産卵に来る美しい自然環境の残る米原地区に、大型観光ホテルが計画されており、これに反対しているという話しは聞いておりました。その後の計画の推移を、HPなどで見たり友人から聞いたりしていたので、今日はこの事を書いていたのですが、途中でミスして全部消えました。グスン。また後日書く事にして、とりあえず計画反対派と中立の立場で賛成、反対派の動きを伝えるというHPを記しておきます。反対側は発信者も論旨も明確ですが、中立の立場のHPには疑義があります。このような大型リゾート開発には賛成するものと、反対する者が生じるのは、致し方ない事だと思います。賛成の論旨で、正確に情報を発信すれば納得する人も多いはずです。しかし多分、計画者サイト或いはその近辺からの発信と思いますが、こういった具体的な動きに対して、中立を装い、発信者を不明にして情報操作する者は、僕は嫌いです。
  計画反対側HP         http://210.166.209.39/~save-yonehara/
  双方の活動報告というHP       http://blog.livedoor.jp/yoneharanews/

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2006年4月22日 (土)

菜の花がいっぱいー鶴ヶ島市高倉

Dscn0263_512                                           菜の花が視界いっぱいに飛びこんできました。本当に広い菜の花畑です。
20日の毎日新聞朝刊に、鶴ヶ島市のこの菜の花畑が紹介されていました。昨日、時間が有ったので車で30分ほど走り、鶴ヶ島市高倉まで行きました。市の農業交流センター脇に菜の花がいっぱいの景色が広がっています。鯉のぼりも風をはらんで、大きく泳いでいました。今日は秩父の山並もはっきり見えました。これだけの菜の花景観は、最近お目にかかったことがありません。地方都市の郊外にでも旅行した気分になりました。畑の中には小路もあって散策できます。農業交流センターには、野菜の直売所も有り、駐車出来ます。5月の連休まで楽しめるとの事です。ここも推奨です。
Dscn0264_512 Dscn0268_512                                           
                                            
 菜の花畑の散策路と鯉のぼり  鶴ヶ島市HP
http://www.city.tsurugashima.saitama.jp/

                                                                                         

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2006年4月21日 (金)

楽天イーグルス-仙台

Raku2512 新幹線の仙台駅改札口を出て、駅ビル内のを東西自由通路入り口で、その店はすぐに見つかりました。楽天イーグルスのHPで存在を確認していた楽天イーグルス オフィシャルストア です。 球団歌が流れ、店内は赤一色です。観戦グッズやキャラクター商品、お土産が多数陳列されていました。

Raku1512_1 泊まったホテルにも、一軍選手のサイン入りのウニフォームが飾られ、さすが仙台は楽天の本拠地と思わせました。
今日現在の戦績は、5勝14敗と、もたついているロッテにも4ゲーム差離されています。市民の間に今ひとつ根づいていないなどと云われていますが、勝利数が増えればきっと盛り上がってくるでしょう。野村監督,今の顔つきでは選手のモチベーションは上がりません。ぼやき無し、スマイル,スマイルですよ。

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2006年4月20日 (木)

秋保温泉へ

Dscn0252_512 仙台市内のビジネスホテルだけでは味気ないと、近くに温泉を探して見つけたのが秋保温泉です。仙台中心部から車で20分位と近いことも有って、小さな温泉場と思っていたのですが、知らなかったのが恥ずかしい限りで、開湯より千五百年以上の歴史を持つ温泉でした。鳴子、飯坂と並び奥州三名湯といわれ、古墳時代の後期、第29代欽明天皇(531年~539年)の頃に始まると言われているそうです。大型ホテルも多くあります。「あきほ」ではなく「あきう」と読みます。
仙台駅より特急バスに約30分乗って、バス停を降りると迎えの車が来てくれました。ネットで探して予約したのがリゾートホテル「かがり火の湯 緑水亭」。
宣伝になってしまいそうですが、ここが本当に気持ちの良い宿でした。従業員の対応、部屋、食事、温泉と全て満足しました。★★★★☆五つとします。かがり火の燃える露天風呂で、仕事の疲れが癒されました。推奨します。
    http://www.ryokusuitei.co.jp/

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2006年4月19日 (水)

画像挿入が下手です

Dscn0250_320 仙台市の写真が、上手く編集出来ないで、ポップアップ(画像の拡大)も不可でしたので、再度試してみました。







仙台駅西口ー高層ビルが見えます

Dscn0255_320










観光シティループバス「るーぷる仙台」

Dscn0258_320










仙台城跡よりの市内展望

Dscn0247_320









仙台駅ビル内牛タン通り入口

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久しぶりの仙台

Dscn0250_512        Dscn0255_512
Dscn0247_512 十数年ぶりに、仙台市に行きました。大宮駅から東北新幹線「はやて」で1時間15分、いまさらですが乗って見てなんとも早いので驚きました。鎌倉駅へ向うよりも時間が短いのです。 仙台駅は西口、東   Dscn0258_512        Dscn0260_512_1 口ともデッキが整備されて、バス乗り場へのアプローチもわかりやすくなっていました。市内観光の[ループル仙台」バスも走っています。大きく変ったのは駅周辺には高層ビルが増えたことです。それと、ビジネスホテルも多くなり、駅周辺の宿泊が楽になりました。地下鉄は南北線は変りませんが、新東西線の建設で賛否両論、もめているようです。地下鉄の勾当台公園駅から仙台駅まで乗りましたが、5分で200円の運賃は、日本一高いと思いました。駅ビル内には、牛タン店が並ぶ牛タン通りが出来て賑わっていました。駅前のアメ横通りも、賑やかな売り声が響いて、Dscn0257_512人出が多いのは、変りません。今回は観光は出来ませんでしたが、青葉城址の正宗像だけには、ご挨拶してきました。それと、町を歩いて気づいたのですが、仙台は花屋さんが多いですね。きっと気持ちに余裕が有る人が多いのでしょう。

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2006年4月16日 (日)

三本しだれ

Sidare_512近くにしだれ梅、しだれ桃、しだれ桜と3本の木がかたまって植えられています。もちろん一番早く花が咲くのは梅ですが、桃と桜は同時に咲きます。三本一緒に咲くと良いのですが、無理ですね。しだれ桃は同じ木に赤、白二色の花が咲きます。なかなか綺麗です。
今日から所用で、ブログはお休みです。戻ったら仙台のことなどを書きます。

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2006年4月15日 (土)

土門拳記念館ー画像入りの記事

01_320_1

 写真画像の挿入が、良く理解できずどうも上手く取り込めません。今日は練習で画像を入れてみました。カスタム設定で、テキストの回りこみは画像を左にサムネイルの作成なし、ポップアップウィンドウ無しの設定です。ブログに対応したファイルの大きさなども習得しなければいけません。
写真は昨年夏に訪ねた酒田市の土門拳記念館。谷口吉生氏の設計です。鳥海山の見える美しい自然環境と建物が実に素直に協調し見事な出来映えです。1983年(昭和58年)に日本最初の写真専門の美術館として、また個人の写真記念館としては世界でも唯一のものとして誕生しました。土門拳の全作品約70、000点を収蔵しています。

02_320エントランス回り



04_320 水面に浮いているような外回り廊下







05_320 勅使河原宏氏の作庭「流れ」

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2006年4月14日 (金)

二人の女性飛行士-所沢航空発祥記念館

00028480 今日は、所沢航空発祥記念館に、埼玉県の誇る二人の女性飛行士の展示会を見に行きました。二人の女性パイロットについては、ほとんど知りませんでしたが、戦前の女性の社会進出が難しい時代に本当に素晴らしい女性もいたものです。
以下パンフレットに書かれていた文です。
27人しかいなかった戦前の女性パイロットの中で、海外に飛んだ最初の日本人女性パイロット「西﨑キク」と女優飛行士として銀幕で活躍した「田中阜子」という埼玉県出身の2名の女性パイロットを紹介します。出身県別で埼玉県(2名)は、東京都の5人に次いで2番目に多い県でした。女性航空人としての二人の業績や人間像を貴重な資料によって明らかにします。
《主な展示》
●西﨑(松本)キク展示コーナー
西﨑キクの搭乗した一三式水上練習機1/7模型
テレビ埼玉制作「青春を大空にかけて 女流飛行家 西﨑キク」(昭和58年放送)
著作・自筆原稿、写真など

●田中(西村)阜子展示コーナー
アルバム(女学生時代、「女優飛行士」時代)
航空機乗員手帳、弐等飛行機操縦士免状 弐等飛行機操縦士技倆證明書
二級グライダー飛行證
出身校である川越高等女学校(現川越女子高等学校)の当時の制服

Dscn0242_320

Dscn0245_320

Dscn0243_320写真左 記念館建物
   中 展示室
   右 会場入口


 西崎キクさんは上里町出身で日本人女性水上飛行士第1号。東京・羽田にあった亜細亜航空学校女子部に所属。1934年10月、日本で初めて海外(旧満州国新京)に飛んだ女性飛行士でもあった。会場には操縦した一三式水上練習機の7分の1復元模型や映像、著作、自筆原稿、写真などを紹介している。

 田中阜子さんは川越市出身。日本最初の本格的航空映画(無声)「翼の世界」(1937年、日活多摩川製作)で主演。当時、女優飛行士として脚光を浴びた。川越高等女学校時代などのアルバム、航空機乗員手帳、二等飛行機操縦士免状などを展示している。

元飛行場ですから、広すぎるほどの公園内に所沢航空記念発祥館が有ります。館内はそれほど大きくはありませんが、実物の飛行機が多数展示されています。セスナ機の操縦席に座れたり、ヘリコプターの内部に乗り込めます。ジャンボジェット機のフライトシミュレーターで操縦感覚を味わったり、ヘリコプター操縦が体験できます。二人の輝かしい業績を展示品で体感してから、平日で空いている館内をゆっくり見学してきました。
   所沢航空発祥記念館   http://tam-web.jsf.or.jp/cont/index.htm

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2006年4月13日 (木)

子連れでした

Tyuriltupu   
庭に昨年、日本海沿いの小さな道の駅で買ったチューリップが咲いています。その内の何本かは子連れでした。根に近い下のほうで子供が小さく咲いています。 そんなことで、今日は子供シリーズ。梅の木には、まだ小さな実が寄り添うようについています。スズランも沢山芽を伸ばしてきましたが、やっと蕾みがついたところです。
どれも、なんとも可愛いい子供たちです
梅の実は6月に収穫して、梅酒を造ります。梅はその年によって出来,不出来があり、梅酒の味もだいぶ差がつきます。ワインと同じですね。
今年は、良い梅酒になりそうです。果実酒は外に、1月に収穫したキンカン酒が、今熟成中です。こちらも年によって味が違います。味の違いと言えば、ブルーベリー酒ですが信州の某山の2000m付近で採取したものと、栽培種から作ったのものでは、旨さがあまりにも違いすぎます。

Suzuran

Umenomi

   

 

                  

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2006年4月12日 (水)

ナチスの暗い影ー監督と登山家の場合

 今日の毎日新聞朝刊に、「名監督、協力と抵抗」と題して、長い間サッカーの西ドイツ代表チームを率いた名監督、ゼップ・ヘルベルガー(故人)に関する記事が掲載されました。ドイツサッカー協会がサッカー界とナチスの関係を検証するために出版した「かぎ十字の下のサッカー」が、ヘルベルガーをナチス協力者だったと指摘したことで、このドイツサッカー界の功労者の評価が、今日になって大きく揺らいでいるとの記事である。
この記事を読んで、すぐに今年1月に亡くなった尊敬する登山家ハインリッヒ・ハラーを思いました。ハラーは「セブンイヤーズ・イン・チベット」の原作者として知られていますが、ナチスドイツ台頭の時代の1938年に、同じオーストリアのフリッツ・カスパレクと共にあのアイガー北壁に挑み、同じ時に北壁を登攀していた別のザイルパーティ、ドイツ屈指の名クライマー、アンドレアス・ヘックマイヤーとルートヴイッヒ・フェルクとの劇的な結びつきにより、最後はひとつのザイルパーティとなって北壁初登攀に成功する。後にこのドイツパーティが、国家の威信を賭けてナチスが送り込んできた最強のクライマーだったことが判明します。サッカーワールドカップで争う各国チームももそうですが、エリザベス女王の戴冠式に花を添えるべくエベレスト初登頂に成功したイギリス隊も国家の栄光の為に登頂を急いだのです。ハラーもまた、自国オーストリアがナチスに併合され、ドイツの国威をかけて遠征隊が送られたヒマラヤのナンガパルバット登山隊の一員として参加します。その後のハラーについては自伝、セブンイヤーズ・イン・チベットに詳しく描かれています。幾多の栄光に包まれたハラーの業績も、晩年になって、この時代に、ハラーがナチスの党員であり、親衛隊員だったことが暴露され、非常に苦境にたたされる事になりました。
ゼップ・ヘルベルナーにしても、ハラーにしても、大きな目標に向って前進して行くためには、国家であるナチスへの忠誠が求められたのでしょう。何らかの意図でナチス協力者であった事が暴露されたとしても、何年経過しようと、ナチスの犯罪を憎み、それを糾弾しようとする姿勢が、この二人をも見逃さなかったのでしょう。
しかし、真摯なスポーツマンであった二人に戦争犯罪と断じられるような、行動は見つからなかった事は救いです。
それに比べて、どんな国家的理由があったとしても、あれほどに国民を途端の苦しみに追いこんだ国や軍の責任者たちが、その戦争犯罪追求は、戦勝国の論理で行われたとして、軍神として祭られている国、弱いものに対する厳しい責任追及は有っても、指導者が反省と言う言語を持たない国、それが我が日本です。

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2006年4月11日 (火)

眺望の良い露天風呂

Maguse 4月にしては、ずいぶん寒く感じる雨の夜です。来週の始めに所要で仙台市内に行く予定なので、ネットでホテルの予約をしました。ビジネスホテルだけではつまらないと思い、近くに温泉は無いかと探したら、秋保温泉というのが近くにあることがわかり、2泊目はそちらに決めました。温泉にこだわるのは昨年の7月、渓流釣りの仲間と信州の四徳温泉に浸かりながら、これからの5年間で温泉100湯に入ることにするなどと、宣言してしまいました。それがいまだ13湯なのです。ノルマがきつくなってきました。ピッチを挙げなければ。温泉は大好きです。今年も山行の帰りには、温泉探しです。
今まで入った温泉で、お薦めしたいのは、眺望が素晴らしい長野県の馬曲温泉です。登山道をかなり歩かねば行けない山の中の温泉ではなく、JR飯山線飯山駅から車で入れます。この露天風呂に浸かりながら見る山里の風景とその向こうの山々の雄大な景色に、誰もが感歎の声をあげます。
写真は、そこでお会いした、自称温泉旅人、池田一行氏の著書「これが温泉だ」より、使わせて頂きました。僕はその時期に行っていませんが、著書の中で氏は、紅葉の時期も良いが,10年の歳月をかけて村民が育てた三千株(4、5万本)の山吹が咲く5月は、山里が黄金色に包まれるのが見られ、日本一素晴らしい景色の露天風呂と書いています。
同じように車で入れて、眺望抜群の長野県小渋温泉は、また書きます。
  http://www.asahi-net.or.jp/~ue3t-cb/spa/maguse/maguse.htm 馬曲温泉

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2006年4月10日 (月)

ビーコン,ショベル,ブローブが有っても

 「白馬乗鞍岳での山スキー遭難」
また、凍死遭難のことを書く事になりました。4月8日から9日にかけて、荒天の北,南アルプスで雪崩による遭難が相次ぎました。このうち白馬乗鞍岳の5人パーティの遭難は、雪崩が直接の遭難原因ではなく、雪崩遭遇後の帰還途中の疲労凍死遭難です。3月22日に八ヶ岳阿弥陀岳での遭難「生還して欲しかった5人の凍死遭難」3月31日に「ビバークとアルコールバーナー」について書きました。厳冬期の脱出不可能の状態ではなく、残雪期に入り一晩持ちこたえれば生還のチャンスが有るのに、無念の死を遂げる登山者が増えると思ったからです。背景には、無雪期の登山を経験し、次なるステップとして残雪期の山を楽しもうと思う高齢登山者の増加、山スキー愛好者の増加があると思います。
白馬乗鞍岳パーティは、経験者だったようですが、他の遭難パーティと異なり、疲労凍死が原因ですので、新聞記事、テレビ映像から得た情報と、何度か行った経験から、遭難に至る経過が推察できますので少し書きます。
栂池スキー場から、天狗原、白馬乗鞍岳を経て、蓮華温泉に抜けるスキーツアーコースは、短時間で抜けられる比較的やさしいルートで、初心者でも可能ですので、公募参加のスキーツアなども多く組まれます。5月の連休頃には、前後に他のパーティが見える事もある人気コースです。ただし、これは好天の場合で、悪天候になると、広い雪原と、沢に入るコース判断が非常に難しい状況になります。生還したリーダーは、このあたりに詳しかった事が災いして、悪天候でも抜けられると判断したと思います。そして蓮華温泉に向う沢を誤り、小さな雪崩に遭遇した。雪崩からは全員脱出したが、運悪く装備の一部が、埋没して流された。山スキーの必携品と呼ばれるビーコン(埋没者捜索用無線発信機)、ショベル、ブローブ(埋没者捜索用の棒)は、持っていたと思いますが、この装備は使われる事は少なく、もっと雪山で生き抜く装備が必要で有り、それが不足していたと思います。ビバーク装備の不備です。共同装備として経験深いリーダーだけが持っていた、そしてそれが失われた。雪面の状態が悪く、再度の雪崩を避けるため、蓮華温泉に向う事を諦め、出発地の栂池ヒュッテに戻ろうとする。風雪が強くなる。ビバーク(不時露営)を決意する。しかし、ツェルトが無い。雪洞も5人全員が避難できるほどには掘れなかった。ことによると、ショベルも失ったリーダーの装備品だったのかもしれません。隣の八方尾根もそうですが、このへんの雪原は吹雪が地吹雪状態で襲来し、すさまじい荒れ方になります。最悪の事態になってゆきます。
八ヶ岳遭難もそうですが、ここで前に書いた装備、全員がツェルトと携帯燃料をもっていたら、たとえ5人の装備のうち3人が無くしても2人の装備で、一晩持ちこたえたでしょう。朝までに1人の方が雪洞で無くなり、残る4人が脱出。力量のあったリーダーだけが、栂池ヒュッテにたどりつき、3人はヒュッテ近くまで来て力尽きた。書いていて、残念でなりません。ツェルトやエスビット(携帯燃料)などは、本当に購入価格にしても、重量にしても僅かなものです。僕は何人もの友を山で失っています。墜落、滑落が多いのですが、3人は疲労凍死です。10代が2人、ひとりは22歳でした.僕達の若い頃は、山行きの汽車賃だけがかろうじて有る。装備にかけられるお金は無かったのです。今は装備も格段に良くなり、またそれが無理なく購入できる層の登山者です。山は遊びです。死んではいけません。どんな山にも、1人ひとりが、非常時装備を持ちましょう。一人ではぐれたことを考えると、ぞっとしませんか。
最後に、またお金の話になりますが、ビーコンは4、5万円ほどです。その倍の金額でGPS利用のハンデイ・ナビが買えます。風雪の中で地図も、磁石も役立ちませんが、GPSは使えます。これはわかりませんが、事によると蓮華温泉に下るルートを探す時、リーダーは持っていなかったのかも知れません。
すみません、ツェルトを持てと、何度も書きましたが、今まで、使ったことが無い、買っても広げた事が無い、使いやすいように手も加えていない等の方は対象以前です。
非常時に使用する前に、積極的に天幕、寝袋無しのツェルト使用の夜を経験してくださTennguhara1 い。残雪期は、ゴアテックスのシュラフカバーも加えると、有効です。他の人より快適に休んで、朝をまちましょう。すべて自分に言い聞かせて、油断、慢心が無いよう書いたものです。


Tennguhara2白馬乗鞍岳付近

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2006年4月 9日 (日)

長勝院ハタザクラを見てきました

 長勝院ハタザクラを見てきました。近くに住んでいながら、満開の最も見頃の日を逃していたのですが、今日はやや遅かったかと思わせる程度の、まず満足できる咲き様でした。志木市天然記念物として広く知られていますので、花見の方が途絶えることなく木の周りを囲んで、花の中の特徴ある旗弁を指差していました。樹齢400年以上との事ですが、右に伸びていた枝が昨年失われ、今年も上部の枝の花の咲き方が悪いようです。
それでも下のほうの、若木の枝が元気に花を咲かせていましたので、ちょっと安心しました。木の脇に有るパンフレット収納箱の中に入っていた、「ハタザクラ新聞第10号」を頂きました。「はたざくら保存会」の皆さん、ありがとうございます。
帰りに、近くの無人スタンドでは野菜を、和菓子店で「はたざくら饅頭」を買って帰宅しました。
   ハタザクラの事が詳しく書かれているHPです。 Dscn0236_640 http://stocon.hp.infoseek.co.jp/hatazaku.html
http://hatazakura.air-nifty.com/blog/

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2006年4月 8日 (土)

バーベキューするならー横浜海の公園

Pic_barbecue 昨年の秋に娘夫婦から、子供たちがバーベキュウをしたいと言っている、安全に遊べてコンロなどは貸してくれる良い場所があれば一緒に行きませんかと誘われました。公園付属の施設等はどこも狭いし、ます釣場、渓流釣場は釣券購入が必要など、いざ探してみると案外これといった場所が無いのです。見つけたのが横浜の海の公園バーベキュウ施設でした。広い公園内の南側、海を目の前にした、芝生の広場に番号を付けて固定されたテーブルとベンチが点在していました。昼と夕方の二部制で事前に電話予約が必要です。管理事務所が有り、コンロなどは貸してくれますし、炭も売店で販売しています。食材だけは持込でした。隣のベンチとも離れていて、干渉されません。海を見ながら楽しいバーベキュウパーティが出来ました。子供達は釣をして、小さな海タナゴご釣り上げ大喜びでした。
公園内は広く、海風に吹かれての散歩も良いし、今頃なら人工砂浜で無料で潮干狩りが楽しめます。釣は原則的に禁止のようですが、ブイで区切られた砂浜の外側で、リールを使った投げ釣りで無ければ許可しているようです。子供達が釣るのでしたら、少し長めの渓流竿に浮きを付けた仕掛けで海タナゴが釣れます。餌はアオイソメが良いのですが、園内では売っていませんので、前日に釣具店で購入し、冷蔵庫に入れておけば持ちます。
ともかく、家族やグループで快適にバーベキュウが楽しめ、かつ安全に遊べる場所として、これからの季節に一番のお薦めスポットです。広い駐車場も有りますが、横浜新都市交通金沢シーサイド線の海の公園南口駅で下車すれば近いです。我々は電車利用で行きました。
海の公園ホームページhttp://www.umino-kouen.net/

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2006年4月 7日 (金)

孫悟空のフアンですー毎日新聞「西遊記」

Gokuu 高視聴率で終了したテレビの西遊記でしたが、こちらは小説です。現在、毎日新聞朝刊に連載中の平岩 弓枝さんの「西遊記」を、毎日面白く読んでいます。とくに孫悟空が、従来の孫悟空のイメージとはだいぶ違ったキャラクターで登場、ご存知三蔵法師を守って大活躍します。暴れん坊ではありますが、強く、心優しく、そして滅法可愛いのです。挿絵の蓬田やすひろさんの孫悟空の絵が、小説のイメージどうりで、一人ぼっちで過ごした赤ん坊の時(写真の左上)から、ファンになりました。今日で連載114回、やっと3人目の弟子、沙悟浄が登場してきました。これから、天竺までの長い旅、毎日孫悟空の顔を見るのが楽しみです。

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日経平均高値更新ーいまひとつ実感が

 昨日の日経平均終値 17489.33円(前日比+245.35) 終値ベースで2000年2月のITバブル後の高値を突破し、1991年11月以来の水準を回復している。ー株式新聞
確かに高値ですが、いまひとつ手応えが無いというか、実感がわきません。売るに売れず、買うに買えずの心境ではないでしょうか。昨年の「日経マネー12月号」に「若手が資金別に組む日本株ポートフォリオ」という記事がありました。この記事で4人の若手が書いた300万円コースを、記事を読んだ後の12月5日の株価で、ヤフーファイナンスに登録しておきましたので、昨日の終値で検証してみました。ちなみに12月5日の日経平均は15551.31円で3日間連続で合計+679円の値上がり後です。
  経済キャスター 雨宮京子さん           +210500
  マネーリサーチ 新井奈央さん           +119500
  トレーダーズ&カンパニー 大倉茂樹さん    +579000
  ワイズマネジメント      野尻美江子さん  +676800 
さすがに全員、評価損は無く日経平均の上昇に連動しています。それ以上です。すごいです。しかしこの半月ほどでかなり戻しての成績ですから、途中経過での、株式投資はこうするのかと思わせてくれた評価額の上昇から見るとなんとなく物足りない。このあたりが現状を表している気がします。                     
Nanohana512
一人よがりの株の話しは読みたくもない方に、3月20日に書いた柳瀬川土手の菜の花の続報です。柳瀬川駅から上流1kmほどの右岸、(右岸とは川下に向かって右側です。沢登りでこれを間違えると、ひどい目にあいます。)ふれあい橋の手前に、新座市建設部道路整備課と書かれた看板にからし菜育成中とあり、菜の花景観を創出したいと難しく説明してあります。この苗が写真のように咲きました。菜の花景観と書いてありますが、からし菜育成中ですから咲いたのはからし菜だと思います。これから毎年増えて、荒川土手のようになると素晴らしいですね。今年はまだ、食用にしないでください。

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2006年4月 6日 (木)

古民家再生-2(薪ストーブ)

Ap06_001   写真は3月19日に書きました僕も改修を手伝うことになった、友人の購入した安曇野の家です。築100年以上の古い家ですから、思っていた以上に傷みが激しく、どこから手をつけて良いやら考えこんでしまいます。家の改造、補修と共に先ず最低限生活できるようにしなければなりません。外の小屋に汲み取り式の便所はありますAp06_002が、便器も無く穴が空いただけですので、子供などすっぽり落ちそうです。いったい前の住人はどうやって使っていたのでしょう。いまや村内の家はほとんど浄化槽を設置した水洗トイレです。トイレと共に、風呂、台所の流し台はすぐに設置しなければなりません。そうでないといつまでも家の中にテントを張ってキャンプ生活することになりかねません。このへんは、コツコツ改修する楽しみとは別の問題です。暖房は囲炉裏がありますが、いくら薪を燃しても、暖気は全て屋根裏に登り部屋を暖めてはくれそうにありません。なんとしても早く薪ストーブを手に入れる事が友人の希望です。
そこでここから薪ストーブの話です。前からこんなストーブが出来たら良いなと気になっていたストーブ作りの工房主が、僕の知人の父上で、なんとこの古民家と同じ村、歩いて10分ほどのところに工房を構えていたという、奇跡のような偶然がふたつ重なっていたのです。そんな訳で昨年、友人と共に工房を訪ねる事ができました。北アルプスの見える素晴らしい高台の場所に、その工房は有りました。作り掛けのストーブや鋼鈑に囲まれた作業場で、友人と僕は経営者であり職人であるご主人と、ストーブ作りについて熱く語り合うことが出来ました。そんなことで、薪ストーブはここに頼もうと決めたのですが、こちらの作りたい形で製作すると、外国製ストーブに比べれば安価とはいえ、かなりの物入りです。そこで写真のストーブの登場です。この工房唯一の既製品で、薪ストーブの原点であるような、シェイカー・ストーブです。僕はひとめ見てこの調理も出来、灰の処理も簡単で機能的なストーブが気に入りました。願わくば形状がもう一回り大きいと、なお良いのですが。友人の作りたい形のストーブとこのシェイカー・ストーブ、そして家のどの場所にいれるかなどが、これからどう進展するか、また書きます。
Shakerp1
 シェイカー・ストーブ

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2006年4月 5日 (水)

横浜の話題がふたつ

Yokohamaasuka 昨夜は、真面目に耐震強度偽装のことなどを書いていて、参考になるHPを参照し、戻ろうとしてキー操作をミス、20分以上かけて書いたブログがどこかに消えました。毎日、PCで仕事をし、こまめに保存する大切さをいやというほど思い知らされているのに、ブログなるものに不慣れで失敗しました。画像挿入した後の、文章入力でBack spaceキーを押すと写真が消える。これも良くわかりません。昨夜は再度入力するのも面倒で、記事作成を中止としました。
さて、昨日の横浜の話題です。ひとつは飛鳥Ⅱの世界一周クルーズへの出港。テレビのニュースで見ましたが、見送る観客が7千人とか、3月18日の晴海埠頭入港を見に行ったことは書きましたが、あの時は観客は100人いたかどうか、せっかくのブラスバンド演奏が申し訳無いくらいでした。さすが世界一周への出港、家族の見送りも多いのでしょう。
それにしても、客船の出港には、横浜港が本当に良く似合いますね。ちなみに100泊101日間の船旅の料金が、1人360万円から8段階あって上は1800万円とか、360万円の人は、部屋が狭くて船底の方ぐらいはわかりますが、1800万円との船内生活の差がとても理解できません。普段ホテルに泊まっても、スイートルームの宿泊客とは全く無縁ですが、飛鳥Ⅱの場合3ヶ月もの間、同じ船内で暮らすのですから大変だろうなどと考えるのは、僕の心が貧しいからでしょう。6月12日にまた横浜港に帰ってくるそうです。
次は横浜高校の甲子園優勝。以前、横浜市に住んでいたので、1980年の夏に愛甲投手を擁して優勝した時の凱旋式を、子供を連れて神奈川県庁前に見に行き、大騒ぎした事が思い出されます。愛甲投手、そして優勝決定戦で記憶に残るファインプレーをした安西二塁手など、今どうしているでしょう。
そう、西武の松坂投手も横浜高校でしたね。忘れもしない2001年9月11日、松坂投手が投げた対日本ハム戦、日本ハムの選手の打ったファールボールが一塁側のスタンド上部に当たり、跳ね返って狙い済ましたかのように僕の膝の上に乗った時間が、ニュウヨークWTCビルに旅客機が突入した頃。帰宅してテレビで黒煙をあげるツインタワーを見て、始めは映画かと思いました。WTCビルの特殊な構造と倒壊の話しは、また書きます。

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2006年4月 3日 (月)

六分の勝ちが最上ー株式投資

Takeda512 珍しく株式の話しです。4月3日(月)、株式市況も新年度入りとなりました。今日の日経平均は17、333.31円と17300円代を回復して引けました。なんだか3並びですね。昨年の4月1日(金)の日経平均は11、723.63円でしたから、一年間で5、609.68円も上げました。上昇率なんと47.85%です。
これだもの、なんなく皆が利益を上げたわけです。下手な売買をするより、銘柄による差は有るものの、長期保有していれば評価額で1.5倍になったことになります。僕も売った銘柄の売値をポートフォリオで残していますが、そのまま売らずに持続した方が、売買で上げた利益をはるかに越えた事がはっきりしています。でも、今年は昨年のようには上昇しないでしょう。もしそうであれば来年の日経平均は25、627円と云う事になってしまいます。では、幾ら位になるのか?。それは僕などが考えてもわかりません。日々の社会、経済の動きの中で、自分の投資手法に自信を持って、勉強を続けていけば良いと考えています。
1月のあのライブドアーショックを、運良く高値で売り逃げて、底値かと思い買って見たら、また底があり一時はポートフォリオに黒字数字が一行も無し。それが今日は僅かながらも評価額合計が黒字になりました。日経平均がこんなに高値をつけているのに、持株にそう利が乗っていないという人、多いのではないでしょうか。さあ、今年度も武田信玄さんの教えを守りコツコツといきましょう。「勝敗は六分か七分勝てば良い。八分の勝ちはすでに危険であり、九分十分の勝ちは大敗を招く下地となる」でもこの格言、身に沁みて分かっている筈なのに、凡人の浅はかさ、なかなかこの境地に至らないで、つまらん失敗を繰り返す我が身なのです。60%で良しとして売却した銘柄の、その後を追って溜息をついても始まらないのに、M不動産、持っていたらなどと考えるのは修行がたりないからでしょう。信玄様すみません。でも、不思議に売れば上がる、買えば下がる、それもかなり確実に。これありますよね。専門家は、それは下手なだけと言うでしょうが、このへんの話しはまたの機会に。今日の柳瀬川土手は、台風並みの風が吹き荒れていました。ウ;オーキング中、本当に土手下に飛ばされそうになりました。桜の花びらは、この風に負けずにがんばって枝にしがみついていましたから、まだお花見出来ますよ。

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2006年4月 2日 (日)

コイン洗車場が消えていく?

Dscn0230_512 ここ数年で、家の近くのコイン洗車場が3箇所も廃業閉鎖しました。それでは残った洗車場は繁盛しているかというと、そうではないようです。今日も日曜日だというのに、写真のようにガラガラです。確かにガソリンスタンドの機械洗車が安くなり、そちらを利用者する人が多くなったと云えなくもないでしょう。しかし、以前は昼も夜も、愛車をぴかぴかに磨き上げる若者達が群れていたのです。タイヤにまで洗剤?をスプレーして、辺りを泡だらけにしていた彼等はいったいどこに消えたのでしょうか。最近思う疑問のひとつです。
今日は曇天で風も吹いて、柳瀬川のお花見客の人出は、昨日ほどでは有りませんでした。柳瀬川沿いの桜が散ると、志木市天然記念物の長勝院のハタザクラが咲きます。確かに世界で一本の新種の桜の原木ですが、華やかな花をつける大木ではないので見ると少しがっかりするかもしれません。柳瀬川駅から歩いて10分ほどですが、長勝院なる寺院は有りませんので、場所がややわかり難いでしょう。今日、見てきましたがまだ蕾も小さく、多分咲くのは7日から10日後くらいでしょう。花よりだんごで、市内で売られている「ハタサクラ最中」「はたさくらまんじゅう」銘酒「はたざくら」 も賞味してください。                                                             http://homepage3.nifty.com/hatazakura/hatazaku.html

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2006年4月 1日 (土)

囲炉裏で火を焚いてー旧池上家住宅

Dscn0225_512_1

今日は絶好のお花見日和。柳瀬川の河原も夏の湘南海岸を思わせる人出でした。こんなに沢山のお花見客を見たのは始めてです。でもみんな楽しそうでこんな平和な日本は良いなと感じました。いつもの土手の道が混雑していましたので、今日のウォーキングは、コースを変更して三芳町の旧池上家住宅に行きました。3月26日に書きました旧島田家住宅よりやや大きな風格有る古民家です。薪が燃やされている囲炉裏の脇でこの家が建てられた140年前にタイムスリップしたようなゆったりとした時を過ごしました。帰り際に係の方に、なにもおもてなし出来ませんで言われた言葉が心に沁みました。何度訪ねてもいつも安らぐ所です。 
   旧池上家住宅  http://www.jade.dti.ne.jp/~miyoshir/sisetu/sisetu.html#ikegamike 
 Dscn0227_512_1        Dscn0228_512_1

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