2019年10月17日 (木)

柳瀬川増水

10月11日(金)
 僕は小諸城址懐古園から、眼下に蛇行する千曲川を眺めていました。写真のこの場所は、懐古園の千曲川絶景ポイントのひとつです。
台風19号が東海、関東地方へ接近中でしたが、まさか翌日の午後に、この穏やかな流れが濁流と化して氾濫し、長野市内で大きな被害をだすことになるとは思いませんでした。
Dsc06122_1024 (横写真、千曲川)
翌12日(土)、太極拳グループの旅行で、信州菅平高原近くの東京都大田区の保養所に宿泊した僕たちは、ともかく、台風接近前に志木市まで戻ろうと、朝食もそこそこに出発し、バスで帰路につきました。
上信越道は、松井田・妙義付近で不通箇所があったくらいで、やや強くなってきた風雨の中、11時頃には昨日出発した柳瀬川駅前に戻ることが出来ました。
途中、普段とまったく様相の違った越辺川の異常な増水ぶりに、危機感を覚えたのですが、後にこの川も氾濫し川越市などで、床上浸水の被害が報じられました。
柳瀬川も堤防のかなり上まで水位が上がっていましたが、まだ氾濫するような状況ではありませんでした。
しかし、その後台風接近と共に志木市内も風雨が強くなり、市役所より11.00、15.50、19.00と次々に避難情報が発令され、22.00には最終的に次のような避難情報が発令されたのです。
これにより、市民約2,700名が市内16ヵ所の避難所に避難しました。

〇2019年10月12日 22:00現在 志木市 で発令されている避難情報は次の通りです。

・【警戒レベル4】避難指示(緊急) 直ちに避難
 宗岡全域、柏町1丁目、2丁目及び6丁目 15203世帯 34456人

・【警戒レベル4】避難勧告 全員避難
 宗岡地区全域 11151世帯 25248人
 柏町1丁目及び2丁目 2848世帯 6769人

・【警戒レベル3】避難準備・高齢者等避難開始 高齢者等避難開始
 志木市内全域 34973世帯 76457人

【補足情報】
大雨による河川の氾濫の危険があるため(荒川、新河岸川、柳瀬川)

 僕の住む館地区・志木ニュータウンも、決して安全地帯ではなく、ハザードマップでは、床上浸水の恐れが指摘されていて、一階に住む身にとっては、柳瀬川の増水は他人ごとではないのです。
 一夜明けて、13日(日)、市内の柏町、幸町、宗岡の各所で床下浸水の被害が確認されましたが、幸いそれ以上の水害はありませんでした。
しかし、柳瀬川の水量は依然多く、一部で土嚢を越えて浸水したところもあったようでした。
市役所横の新河岸川との合流点付近を見に行くと、新河岸川側の水位が高く、流れも早いので、柳瀬川からの水が合流できず、まるでダム湖のような状態になっていました。いわゆる、バックウォーター現象です。(写真下、左奥が新河岸川上流側
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これが市内柳瀬川沿いの溢水の主たる要因だろうと思います。柳瀬川と合流した新河岸川も、今度は隅田川との合流で同じバックウォータ起こします。
堤防を高くしても、必ず弱い箇所が出来ます。超大型台風とそれに伴う記録的な大雨に対する備えの難しさを思います。
 ところで、台風19号の被害はこんなところにも発生していました。
荒川河川敷にある志木市の秋ヶ瀬運動場施設が、他の河川敷ゴルフ場などと共に完全に水没し、屋外の野球場・ソフトボール場・サッカー場・少年サッカー場・テニスコート・タッチラグビー場・パークゴルフ場・陸上競技場などが当分使用できない状態だそうです。
年金者組合で、来週パークゴルフをやる予定でしたが、当分延期となってしまいました。


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2019年10月10日 (木)

紅葉の栗駒山へ

1570417018532紅葉の栗駒山へ
10月6日(日)

親子三代、5人で栗駒山に登ってきました。このブログの最初の頃から、何度か登場し、今や成人になったあのチビスケ1号が一緒なのです。前日は、皆で登山口のいわかがみ平に近い、「ハイルザーム栗駒」のコテージ棟に宿泊しました。
 夜間に雨が降り出し、滅多にない孫との登山が中止とならないよう、祈るような気持ちで朝を迎えました。天気予報は、決して芳しくなかったのに、なんと願いが通じ、午前8時頃には雨も止み、空が明るくなってきました。
朝食後、9時に宿のマイクロバスでいわかがみ平まで送ってもらいました。
栗駒山は、新幹線のくりこま高原駅からのバス便は、紅葉時期の週末のみ、それも朝1便、帰りの午後1便しかないのです。紅葉時期の週末と言っても、9月21日(土)から10月14日(休日)の間の10日間だけです。
前に行った安達太良山も鉄道下車駅の二本松駅からのバス便は無く、タクシーでしか登山口まで行けません。だいたい、鉄道利用の登山者など、ほとんどいなかったのです。
宿から15分ほどで、いわかがみ平の駐車場に到着しました。ここの駐車場は早朝から満車で、多くの車はかなり麓側の駐車場に止めるようでした。そこから、送迎のマイクロバスが運行されているのです。
ツアー登山らしい団体もいて、混雑するレストハウス横から、石畳の登山道が伸びています。今日登るのは、この比較的楽な中央コースと決めています。
石畳と言っても、石が敷き詰められている神社の参拝路を想像しているとがっかりさせられます。
どちらかと言えば、石がゴロゴロと置かれている感じで、常に足元を見ながら登らなければなりません。この道は、下山の際に、とても長く感じられ結構苦労させられました。
登山道の勾配は緩く、親子、孫5人で、きれいな山の空気を味わいながらゆっくりと登ります。
次々と登ってくる登山者の多さに驚きます。小中学生の姿も見られます。さすが紅葉の栗駒山、それも日曜日だと改めて納得しました。
高度を上げるにつれ、山肌の紅葉が一段と美しく展開して、なんども立ち止まって見入ってしまいました。
途中で石ころだらけの道も終わり、緩やかな登山道が、見上げる頂上に伸びています。
時々、日が陰り霧が巻いたりしますが、絶好の登山日和です。
もう、頂上や東栗駒コースの稜線を歩く登山者の姿がよく見えるようになりました。あたりの紅葉はいちだんと美しさをまして、登りの疲れを忘れさせます。
東栗駒コースと合して、階段状の最後の登りを詰めると、そこが頂上でした。
日本二百名山、花の百名山、栗駒山1627m山頂に到着です。
360度の眺望で、遠くまで見通せます。周りの山々はどこも黄色と赤色に染まっています。北側は岩手県になり、宮城県との県境に位置します。山頂から須川方向に降りる登山道があります。
頂上には、百人以上はいるでしょうか、驚くほどの登山者で混雑しています。
頂上標識の前には、記念写真を撮ろうと、順番待ちが出来ていました。
それでも、なんとか頂上の片隅にシートを広げ、お弁当を食べました。ここのところ、僕は単独行が多かったので、久しぶりに賑やかで楽しい昼食となりました。
下山も同じ中央コースを選びました。下りは、目の前いっぱいに紅葉の山が広がり、きれいだねを連発しました。
しかし石ころ道は、歩き難くて、登り以上に長く感じられ、同行者には不評でした。
1時間半ほどで、いわかがみ平に戻り、2時の迎えのマイクロバスで、宿のハイルザーム栗駒に戻り、ゆっくりと温泉で汗を流しました。帰りは予約しておいたタクシーでくりこま高原駅に戻り、紅葉の栗駒山登山を終えました。
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2019年9月30日 (月)

明るい未来が欲しいのに---年金財政検証に見える政府の本音

 全日本年金者組合志木支部会報「ねんきん志木」10月号に、記事を書きましたので、転載します。
字数が限られていたので、かなり論点を省略したところがあります。

 「5年に一度の年金財政検証が発表されたね」 
「参院選後とは意図的ね。少し説明して」
「年金財政は、人口の減少や構成比率、経済情勢などによって不安定化する恐れがある。そのため、日本の年金制度では5年に一度、最新データーを基に、給付される水準を検証することが法律で定められている。 厚生労働省が作成する年金財政の健康診断とか、政府の世論誘導目的の資料とも云われる」
「いつもより、ずっと関心が高かったみたいね」
「年金だけで暮らすと、2000万円足りないという金融庁の報告書のショックだね」
「この検証、私には理解不能」
「年金財政検証はテレビ、新聞で報道されても、良くわからないという人たちが圧倒的に多い」
「もともと年金の仕組み、そのものが難しすぎるのよ」
「2階建てと言われる基礎年金、厚生年金の仕組みも、ましてやマクロ経済スライド、特例水準と言われてもね」
「財政検証の所得代替率なんて、わかる人少ないわよ」
「そうなんだ。政府はわざとわかりにくくして、政権が揺らぎかねない年金財政の見通しを、国民に知らせまいとしているようにさえ思えるよ」
「年金崩壊なんて言われているけど、どうなの」
「崩壊の未来も考えられるが、現状では公的年金制度の破綻が、より進んでいる事がはっきりする内容だ」
「生活はもっと苦しくなるのね」
「財政検証を今細かく説明出来ないが、実質経済成長率、物価上昇率、実質賃金上昇率などの経済前提をもとに、シュミレーションしている。しかし、どれも経済の実情から見て、年金額は甘い予想で水増しされている」
『安倍総理の繰り返す「百年安心」はどうなの』
「年金制度が100年後も破綻はしていないといった安心で、年金で暮らせる保障とは無縁だ」
「結局、貰える年金額は下がっていくのね」「若い人も、今、年金を貰っている人もマクロ経済スライドで抑制されて、下がり続ける。国民年金は、特にひどいし、現実に経済見通しで、積立金が枯渇する想定もある」
「経済状況を良く見せて、国民に真実を隠し、問題を先送りね」
「政府の、厚生年金の運用拡大、在職老齢年金制度の廃止、75歳まで受給を選択の制度化と、いずれ年金支給開始を70歳に引き上げたい意向が見える」 
「本音は、死ぬまで働いてか」

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2019年9月28日 (土)

柳瀬川土手の彼岸花が満開

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 開花の遅れていた柳瀬川土手の彼岸花が、今、満開です。
志木大橋とふれあい橋間で見ることが出来ます。
この、彼岸花については、以前にも書きましたが、新座団地にお住いの女性とそのお友達二人が、大変な努力で、植えこんだものです。
土手の雑草刈りなどの管理が、行き届いていないようで、花がだいぶ少なくなってしまいました。
それでも、十分見ごたえがありますので、明日の日曜日など、ぜひ見にいらしてください。

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2019年9月21日 (土)

日々是好日---心の安らぎ

昨日、四谷東福院に墓参に行き、いつもの新義真言宗のパンフレット「ともしび」を頂きました。
中に「心の安らぎ」と題して、唐の禅僧雲門文偃禅師(うんもんぶんえんぜんし)の言葉として伝わる「日日是好日」の意味について、書かれていました。
Starclub_bibj3355 偶然、数日前、テレビで樹木希林さん、黒木華さん、多部未華子さん出演の、この題名を持つ映画を見ました。昨年秋に公開された映画ですが、映画館で見ていませんでした。
茶道の世界観の中で、人の生き方を淡々として描きながら、見る人に様々な思いが伝わる良い映画だと思いました。
映画と、この「心の安らぎ」に感銘しましたので、文を転載しておきます。

「心の安らぎ」
 平成の時代が終わり、新たに令和の時代を迎えました。
時代の遷り変りを肌で感じ、寂しさと好奇心のようなものが混ざり合った気持ちになりました。新年を迎えたような世間の雰囲気でしたが、みなさんはどのような気持ちで令和を迎えられましたでしょうか。
 新しい時代になっても自然災害は多く発生し、凶悪な事件も起こってしまいました。
どこに住んでいても絶対に安心で安全な場所はなく、一人一人が身を守る方法を考えていかなければなりません。身の安全とともに、心も健全に保つことが自分を守ることにつながります。困難に直面しても落ち着いて行動出来れば、切り抜ける可能性が高くなります。
 仏教では、何事にも迷い動揺することのない精神をもって生活するように説いています。そして、自分の生きがいを見つけることで、心身ともに安らかになる安住を得られるのです。
 生きることは大変なことです。辛くても前に進まなければなりません。
絶望の中から小さな希望の光をみつけて、苦難をのりこえていくのです。
 仏教が生まれたインドや周辺の国々では、古来より農業が盛んでした。自然災害の多い天気相手の仕事でしたので、穏やかな天気が民のいちばんの願いでした。しかも、稲などの命を育てて、その命をいただいて生きているわけですから、作る側の人間も穏やかな心になります。
 唐の禅僧雲門文偃禅師は、穏やかな心を持つことを幸せの一つとして生活する人々の姿を見て、「日日是好日」と表現しました。
人生は、雨の日も晴れの日もある。雲門禅師は、そのすべてをあるがままに受け入れて生きていくことを悟られたのです。
私たち人間は、弱い生き物です。
しかし、自分の判断で道を進まなければなりません。そのときは間違った判断をしてしまったとしても、前に進むことが大切なのです。

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2019年9月20日 (金)

関心高まる今こそ 「年金政策の議論を」

全日本年金者組合志木支部会報「ねんきん志木」8月号に、記事を書きましたので、転載します。
字数が限られていたので、かなり論点を省略したところがあります。

「2000万円も不足よ、宝くじでも当たらないかしら」
「金融庁の報告書だね。退職後の年金生活で、2千万円以上は自分で貯めておきなさいと」
「大騒ぎになったら、麻生大臣が、そんな報告書は受け取れないですって」
「報告書のこと、マスコミの報道にも、いろいろと問題があるけれど、麻生大臣の受け取り拒否は、今の自公政権の体質をよく表しているね」
「都合の悪いことは、すぐ隠す、無かったことにする、逃げる」
「でも、この問題、老後の2千万円不足だけが、大きく取り上げられ過ぎていると思うよ」
「どういう事、年金だけでは暮らせ無いってことでしょ」
「報告書は、年金生活者の暮らしと向き合って、年金問題を論じているものではないんだよ」「長い報告書なのに、そうなの」
「一言でいえば、2千万円不足は前から発表されていて、年金だけでは暮らせないことがはっきりしている。そんな高齢社会に対応できるよう、若いうちからお金を貯めておきなさい。持ってるお金は、長期・分散型の資産運用しなさいという、まさに指南書のようなものだ」
「東京新聞には、『これが問題化したのは、公的年金だけでは老後の生活費が不足しかねない。「不都合な現実」を示したためだ。多くの人が漠然と感じていた不安を裏付けた形で、政府が正面からの説明を避けてきたツケが噴き出した』とある」
「資産運用なんて。そもそも資産なんてないわよ」
「そこが、最大の問題なんだ。報告書が、毎月赤字が5万円出るとの試算をしたのは、夫65歳、妻60歳以上の高齢夫婦無職世帯で、モデルケースだ」
「それが、65歳から30年間生きると、取り崩す貯蓄が2千万円ないと生活が行き詰まるのね」
「この夫婦は、毎月の年金受給額が約21万円、支出が26万円、純貯蓄額が2484万円だ。あれ、2千万円以上あるね」
「我家に比べたら、裕福ね。純貯蓄って現金、預貯金、有価証券などでしょ」
「我家のことを言われると、男として情けないが、問題はこれなんだ。君は裕福ねと云ったろ。そうなんだ、年金受給額の平均は、モデルより低い月に約15万円だが、実際には夫婦二人で年に120万円未満が46%、84万未満が28%もいる」
「貯蓄は、えーと、所帯主が65~69歳の所帯では、平均で2252万円。でも、2千万円以上の世帯が22%であるのに対し、2千万円未満の世帯が67%よ。中でも貯蓄がない世帯は約14%と7世帯のうち1世帯は貯金がゼロだそうよ」
「年金も貯蓄額も格差が大きく年金生活者それぞれの生活環境も違い、一概には言えないんだ」
「モデルケースの世帯より、ずっと少ない年金暮らしの人は多いし、国民年金だけの場合は、もっと少ない。マクロ経済スライドで、先行き減るばかりの公的年金だけでは暮らせないと不安に思う人は多い。資産の運用なんて、わかっていても無理なんだ」
「3千万、5千万足りない、それでも日々やりくりして生活している、その人たちへの配慮が、この報告書には全く無いのね」
「退職金も年々少なくなってるし、高齢化に伴い、さらに医療費や介護費用なども発生する
「今こそ、若い人も高齢者も安心して暮らせる、将来に向けた、減らない年金制度を作る議論を行うべきなのです」

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2019年9月13日 (金)

旭日旗をオリンピック観戦では使わないほうが良い

250pxwar_flag_of_the_imperial_japanese_a  韓国・文化体育観光省は11日、旭日旗を、来年の東京五輪・パラリンピックで、競技会場に持ち込むことなどを禁止するよう求める書簡を、国際オリンピック委員会(IOC)に送付したと発表した。
この件に関して、ネットでは、また韓国の嫌がらせなどとする書き込みがあったが、僕はそうは思わない。
なぜ、アジア諸国に侵略した日本軍の象徴的な軍旗を、スポーツの観戦に持ち込むのか、僕には真意がわからないのだが、しいていえば、これぞ韓国人に対する嫌がらせという以外にないのだろう。
彼らが深い意味など持ち合わせているとは思えない。またも韓国の嫌がらせなどと騒ぐのは筋違いなのだ。
 この韓国の旭日旗の持ち込み禁止要請に対して、9月12日、橋本聖子オリンピック・パラリンピック担当大臣は、旗の持ち込みは問題ないという認識を示したと報道された。
いや、問題はある。僕はオリンピック競技会場に旭日旗が出現することは、無いと信じている。
だが、もしもだが、掲げられたり、振りかざされた旭日旗があったとしたら、会場で騒動になることは目に見えているのだから。
会場の旭日旗を排除しようとする人々のほうが、圧倒的に多いことはサッカー競技で周知の事実であり、旭日旗を前にして、困惑する警備員たちも含めて、会場は混乱する。
政治的象徴問題以前に、オリンピック競技の進行に大きな影響を与えることになる旭日旗は、オリンピック観戦に持ち込まないほうが良いのだ。
 僕の祖母は、徳川家の禄を食んだ、士族の娘だったことを誇りに思い、薩長は嫌いだと言って憚らなかった。
 戊辰戦争の官軍は薩長だけではなかったのだが、なぜかそう言っていた。
親族が彰義隊壊滅後、函館まで転戦したとの話を聞かされて育った影響もあるのだろう。
355805_11492060728170321114_300_20190914111301もし、国体の団体競技が会津地方の競技会場で行われ、そこに官軍の錦の御旗や軍旗、それに類した旗指物などが、応援に使われたら、会津地方の人達は、どう思うだろうか。
会津の人達の薩長嫌いという伝説は過去のものだとされているが、それでも何故、そんな嫌がらせをするんだと思うだろう。
思う以上に、怒る人達もいるかもしれない。いや、戊辰戦争の恨み、今こそ晴らすぞと掴みかかるかもしれない。
僕の祖父母なら、多分そうしただろう。
韓国、いや北朝鮮の人たちを含めて、日本統治への恨みは深いのだ。金銭で解決済などとは、別次元の事なのだ。
橋本聖子オリンピック・パラリンピック担当大臣は、IOCがどう判断しようが、持ち込みは問題ないという、認識は改めた方が良い。
恨みを、これからの子供たちにまで、引き継がせるようなことになりかねない、問題の根は一つずつ取り除いていくべきなのだ。
安倍政権によって作り出された最悪の日韓関係を、少しでも良い方向に持って行くのは、たとえ韓国寄りと言われようとも、心ある政治家の務めなのだから。これでもかといった連日の嫌韓報道を、大多数の国民が支持していると思ったら、道を誤ることになる。
大本営発表を信じて、全て日本に分があると思っていると、気が付いたら足元を浚われる事態になる事に気づき、この状況を、これからの子供たちには渡せないと思う人たちが増えていることは、確かだと僕は思う。

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2019年9月12日 (木)

パン屋さんの絶品おやき 柳瀬川駅ペアモール商店街の「エーデルワイス」

我が町、柳瀬川駅前のペアモール商店街のパン店「エーデルワイス」。http://app.cocolog-nifty.com/cms/blogs/194977/entries/91309289
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手作りパンが美味いお店ですが、ここのおやきが実に絶品です。
おやきの本場は信州で種類も多いのですが、エーデルワイスは「野沢菜」と「なす」の二種類のみ。やや、固めの皮と甘みを感じる柔らかい具の合わさる食感が実に良いのです。店主が、長野のご出身だと聞きました。お奨めです。
「おやきってなあに?」https://www.fukikko-oyaki.com/hpgen/HPB/entries/5.html Dsc06064_1024

 

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2019年9月 7日 (土)

さよならの山、南アルプス鳳凰三山へ-----308歳登山隊が行く その2

Dsc05988_1024薬師岳に向かう途中で、夜が明け始めた。山頂付近に雲がかかる富士山が大きく見えた。

(南御室小屋にて)
小屋の夕食は、ビーフシチュー。これが実に美味でした。僕は単独行の場合は、山中でのアルコールは控えるのですが、今回は、仲間が3人。それなら飲むぞ。よく冷えた缶ビールが喉に染みました。
夕食が済むと、山小屋の常で、あとは寝るだけ。
今夜の宿泊は我々4人だけなので、大きな声で話しても周りに迷惑はかけません。
広河原への入山、北岳バットレス、冬の地蔵岳遭難救助の話など、昔の登攀話にしばし盛り上がりましたが、それでも20時前には布団に入りました。
僕は、普段は12時頃まで起きているので、この時間では、いつもなかなか寝付けないのです。浅い眠りを繰り返していると、弟がもう出発しようと騒ぎ始めます。
8月22日(木)
めっぽう朝に強い男がいたのが不運、なんのかんのと、6時出発の予定が、4時前に小屋を後にすることになりました。単独行の僕は、時間に追われない限り、朝は明るくなってから行動します。夜の闇は道迷いしやすいし、危険も伴うからです。
でも、今日はヘッドランプを付けて南御室小屋を後にして、薬師岳を目指します。小屋横から樹林帯に入ります。
ライトに照らされた登山道は急登なうえ、雨でえぐられたのか、小さな塹壕の中を登るようで、歩き難い事この上なし。4人、黙々と登ります。
4時半頃、空が明るくなり森林限界を越えました。目の前に白い砂で覆われた稜線が続いています。頂上に雲がかかった富士山が大きく見えます。
観音岳付近までは富士山の撮影スポットのようです。天候は曇り、北岳方向は雲に隠れています。稜線上は時々霧が湧きますが、明るく見通せます。
しかし今日の午後は雨の予報がでています。巨岩の立ち並ぶ砂払岳に5時20分着。岩峰の薬師岳から観音岳への稜線が連なります。
ここから20分程の下りで、5時40分、薬師岳小屋に到着しました。
経営は南御室小屋と一緒ですが、一昨年に建て直された真新しい小屋です。
登山者は誰も見当たらず、小屋前のベンチで朝食の弁当を食べました。小屋の人から、天候が悪化すると、地蔵岳からは迷いやすいので、危ないと思ったら戻ってくるようにとの注意を受けました。老人登山隊を見て、心配したのでしょう。さて6時20分出発です。ハイマツの中を登り、この稜線特有のザレ場を登ると、あっけないくらいに、道標のある薬師岳山頂でした。二つの大きな岩塔のある広い山頂です。
この頃から、時々小雨が降り、ガスがまいて岩稜を隠すようになりました。右側に青木鉱泉に至る中道コースが分岐します。次の観音岳までは、上り下りの少ない山稜歩きとなりましたが、ガスが濃くなり先を急いで、観音岳山頂はいつの間にか通り過ぎてしまいました。
鳳凰小屋30分の標識の立つ岩稜を過ぎて、小さな嶺を越して、ひと登りすると赤抜沢ノ頭でした。9時15分到着。
このあたりまで、ほとんど他の登山者と会うことはありませんでした。オベリスクのある地蔵岳まで往復しようとザックを置いて歩き始めた頃から、雨がやや強く降り出し、オベリスク登りはあきらめました。高齢登山者、どこそこの何某、オベリスクで転落などと報道されると、友人たちを嬉しがらせることになりますから。
これで鳳凰三山(薬師岳2780m、観音岳2840m、地蔵岳2764m)登り終え、後は広河原への下山です。もう、再びこの山稜に来ることは無いかと思うと、ちょっと感傷的になります。
白鳳峠に到る、途中の高嶺(2778m)越えは登り下りともハイマツ帯の急登です。高嶺着11時20分。
途中で、大きなザックを背負った、大学生のパーティが、急な岩稜を大分疲れたように登ってきました。後から考えれば、白鳳峠までの急傾斜の難路を登ってきたばかりだったのです。
白鳳峠着12時20分。下降路は、一見緩傾斜の歩きやすそうな道に見えます。あたりはシラビソの林が綺麗です。
しかし、それも入り口部分の僅かな距離だけ、ここからが、話には聞いていましたが、歩きにくいガレ場と樹林帯の急こう配の下りが嫌と言うほど続きます。僕の膝が悲鳴をあげます。
最新の山と高原地図では、この下りを2時間半から2時間に改めていますが、これは無理です。地図から登山道荒廃の文字が消えましたが、実際は結構道も荒れていて、僕らは3時間以上かかりました。
最後まで、これでもかという急傾斜に、へとへとになって、3時30分、やっと林道にたどり着き、僕ら308歳登山隊は無事、鳳凰三山縦走を終える事ができました。僕以外の3人は、それほど疲れた様子はありません。強いご老人たちです
登山口から林道を20分ほど歩くと、広河原に到着。北岳は雲に隠れて、バットレスや山頂を見ることは出来ませんでした。
広河原から、乗り合いタクシーで、夜叉神峠の駐車場まで戻り、4人の登山を終了しました。 Dsc05993_1024 Dsc05991_1024_20190907214901 Dsc06015_1024 Dsc05998_1024 Dsc06020_1024 Dsc06015_1024 Dsc06044_1024 Dsc06049_1024 Dsc06036_1024

 

 

 

 

 

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2019年8月31日 (土)

さよならの山、南アルプス鳳凰三山へ-----308歳登山隊が行く

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山行二日目、鳳凰三山最後の山、地蔵岳に到着です。
中央高速道からもそれとわかる屹立した岩峰、オベリスクです。(写真上)
この岩峰を間近に見たさに、長い山稜を歩いてきたのです。そして今回の山行で嬉しかったのは、南アルプス特産種のタカネビランジが沢山見られたことでした。少し時期は遅いかと思ったのですが、稜線上の岩陰のあちこちに、ピンク、白と色違いのタカネビランジが咲いて、縦走の疲れをいやしてくれたのでした。(写真下)
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 もう再び来ることはないだろう、「さよならの山」、昨年秋には、北アの鹿島槍にお別れしてきましたが、今回、南アルプスは、鳳凰三山を選びました。
いつもの単独行のつもりで計画したのですが、弟とその友人二人が、一緒に登ってくれることになりました。皆、登山歴60年以上の猛者です。
僕にとっては、久しぶりのグループ登山です。

8月21日
 天候は曇り。朝9時10分、夜叉神峠登山口の駐車場に車を止め、夜叉神峠を目指しました。駐車場は空いていました。
メンバー4人の総年齢が308歳、老人登山隊の出発です。しかし、僕以外の3人は、先週、静岡県の田子の浦から富士山頂まで、標高差3776mを登ってきたと、けろっと言う凄い人たち。
 ゆっくり登ろうねと言われ、なんとかついて行けるだろうと思って、後に続きました。
確かに登るスピードは遅い。一人で登ることが多い僕は、どうしても標準コースタイムを頭に、休憩を加える登り方をしますが、この3人、そんなことは全くお構いなし。望遠レンズ付きのカメラで花の写真など撮りながら、一定時間登ると休憩し、歩いてさえいればいつか着くよと、のんびりしたものです。
 しかし、教えられました。僕は今回の縦走で、一度も息切れすることが無かったのです。呼吸が乱れず楽に登れたのです。
そうか、僕は年を考えずに、急ぎすぎていたのか。セオリーどおりと言えばその通りですが、こんな登り方があったんだと、改めて気づかされたのです。
よく整備された樹林帯の中の道を登って10時30分夜叉神峠に到着。
 空は明るいのですが、残念ながら、北岳、間ノ岳方面は、雲に覆われて折角の眺望もかないませんでした。夜叉神峠小屋は営業していました。
ここから、北方向に向けて三山縦走が始まります。
樹林帯の単調な道を歩いて、杖立峠13時、苺平に15時に到着。
苺平から千頭星山経由で甘利山への分岐があります。あまり歩かれてはいない登山道です。
苺平からは、明るい樹林帯を下ること、30分ほどで南御室小屋に到着しました。
小屋前の広場には、冷たい水がパイプから流れ出していて、思わずがぶ飲みしてしましました。
小屋横のテント場には、小さな天幕二張と、11人で来たという大学のサークルグループが、大型天幕を張っていました。
こんな大きなテントを良く担ぎ上げたねと聞くと、分解して運べるとの事、こんな天幕初めて見ました。
今夜はこの南御室小屋に泊まります。
宿泊の登山者は、僕ら4人だけ、管理人には悪いけど、ゆっくり寝られるなとにんまりしました。
(---続く)

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