2017年3月21日 (火)

嗚呼、石原慎太郎

百条委員会での石原慎太郎元都知事の映像を見た。卑怯であり、老残である。
「果し合いに出かける侍の気分」
「座して死を待つつもりは無い」
「天気晴朗なれど波高し」

記者団を前にして、そんな言葉が最も似合わない男が、戦いの前の潔さを語る虚しさ。老いてなお、虚栄を張らざるを得ない小心な政治家の姿を見る。
2009年1月に廃刊となった「月間現代最終号」に、佐野眞一氏が、老いた偶像の末路として石原慎太郎「落葉の季節」書いている。
その文を、今、改めて読み返している。

<慎太郎は帝都の絶対君主のように我儘放題にふるまっている。
しかし、大物感はまったくなく、父・潔と弟・裕次郎の豪気さを却って浮き彫りにさせている。
慎太郎の悲劇は、それが内面のコンプレックスと焦燥感をなお募らせ、苦境に陥ると、相変わらず目をしばたかせていることである。
「太陽の季節」で華々しくデビューを飾った男は、退場の花道さえ失い、自分で自分に落とし前もつけられないまま、強弁だけを残し、無残な「落葉の季節」に入ろうとしている。>

落葉の季節を終えた8年後、倒木となって尚、保身に走り、強がりを隠さない男に、「君ら教養が無いから分らないだろう」と云われたとあれば、僕はあなたに顔も心も似た東郷平八郎ならぬ、二人の男の姿を教えよう。
旧日本軍の富永恭爾中将。「諸君の後に私も続く」と勇ましく軍刀を振りかざして、陸軍航空隊の特高機を送り出しながら、真っ先に戦線離脱して逃亡罪まで疑われた、小心の軍人。写真で見る、病気だと、わざとらしく首に巻いた包帯に、石原氏の首の湿布を連想する。
○薬害エイズ裁判の帝京大学A教授。謝罪、反省の二文字を嫌うこの人もまた、老残の身をさらしながら、病に逃げ込み、最後まで自己保身にだけ強弁した男。

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2017年3月19日 (日)

再び裏磐梯イエローフォールへ

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2017年3月12日(日)
2週間前に訪ねた、裏磐梯のイエローフォールへ、再び行ってきました。
前回は、小雪もちらつく中、目指した滝も雪に埋もれていて、本来、黄金色に輝くはずの氷瀑の状態も悪くて、残念な思いで戻ってきたのです。
今回、友人二人との再チャレンジは、快晴に恵まれ楽しいスノーシュートレッキングとなりました。
(写真上と下、イエローフォールを目指して、雪原を進む。上は櫛が峰)
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東北自動車、磐越道をひた走りして、午前11時頃、裏磐梯スキー場の駐車場に車を入れました。
前回と違い、広がる青空のもと、スキー場の斜面が白銀に輝いています。
スキーリフト2本を乗り継ぎゲレンデ最上部へ。リフトと云えば、一日券を提示するのが普通になっていますので、本当に久しぶりに、係員からチケットにパチンと改札鋏を入れてもらいました。ちなみに前回はリフトに関して、ガイドが全てやってくれましたので。
リフトを降りると、スノーシューを付けてイエローフォールのある爆裂火口壁目指して進みます。
数日前に積もったと思われる新雪を踏んで、快適にスノーシュを滑らせ、20分程ですっかり雪に覆われた銅沼(あかぬま)に到着しました。岸辺に立つ案内板の上部が見えて銅沼であることがわかります。
ここは、磐梯山北麓に500名近くの犠牲者が出てしまった、1888年(明治21年)の水蒸気大爆発の火口の一部と言われている場所ですが、厚い氷の上に2m以上の雪が積もって静まり返っています。
無雪期には歩けない沼の上からの眺望を楽しみつつ、右手に水蒸気の噴気が上がる斜面の横を抜けて進みます。この先は緩い上りから、かなりの急登に変わります。今は雪に埋もれていますが、大きな岩がゴロゴロしている岩場地帯です。少しコースを右手に取りすぎて、小さな台地の上に出ました。このあたり、吹き溜まりとなってかなりの深雪です。櫛が峰、天狗岩
(写真下、いちばん上)などの爆裂火口壁が荒々しい姿で迫ります。すごい迫力です。
もう、前に広がる斜面の向こうに、イエローフォールの姿が望まれます。二週間前より、黄色く染まっているのが遠目にもわかります。
急斜面を滑り降りると、広い雪原には、たくさんのトレース跡がついていました。やはり、登りすぎたようでしたが、その分眺望には恵まれました。
200mほど進むと、今日の目的地である、イエローフォールに到着しました。氷瀑の部分がかなり大きくなっていましたが、写真で見た数年前の見事な滝と比べたら、だいぶ見劣りがする状態です。
イエローフォールを眺める場所の雪を踏み固めて、シートを敷き、バーナーでお湯を沸かしてゆっくりと昼食を取りました。それにしても素晴らしい景色です。比較的短時間で歩けるスノーシューコースとして、人気のほどが良くわかります。
帰路は、時々誰も歩いていない新雪の上に、思い思いにトレースをつけて戻りました。
今日は、青空のもと、雪原を歩く楽しさを満喫できたスノーシュトレッキングでした。
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(天狗岩)


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(イエローフォールは、左の岩ではなく、半ば雪に埋もれて一部が露出している右の氷瀑に付けられた名前である)

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(ウサギ?の足跡)


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(右手の斜面から蒸気が噴気していて、風向きにより硫黄臭がする)

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2017年3月 9日 (木)

裏磐梯イエローフォールへ

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裏磐梯のイエローフォールへ行きました。
残念!裏磐梯スキー場のゲレンデ上部からスーシューを付けて歩くこと1時間
到着したイエローフォールは、雪に埋もれて、神秘の氷瀑の姿を見せてはくれませんでした。(写真上)
イエローフォールと呼ばれるように、氷瀑全体が黄色く見えるはずだったのですが、今年は2月に降った雨の影響で、氷が溶けてしまった後に、積雪があって本来の姿にはならなかったとガイドは話してくれました。
25120171000406845裏磐梯の冬の人気スポット、イエローフォールは、磐梯山の爆裂火口壁に厳寒期にしか現れない氷瀑です。
雪解けした水が地中の硫黄分や鉄分を含んでしみ出し、それが凍って黄金色に輝く氷の造形を作り出します。状況の良い年には高さは10メートルほど、幅8メートルほどの巨大な氷瀑を作るのです(写真横、裏磐梯レイクリゾートのHPからコピーさせていただきました)

今回は、前日宿泊した裏磐梯レイクリゾートホテル主催のガイド付きツアーへの参加で、かみさんも同行しました。
さすがに人気のイエローフォールへのスノーシュートレッキング、25名もの参加で、ガイド二人に案内されて、賑やかに雪の雪原歩きを楽しんできました。
天候は、曇りで雪がちらつくかと思うと、時折薄日の中に豪壮な磐梯山爆裂火口も見えたりと変化にとんだ雪景色の中を歩いてきました。
裏磐梯スキー場のゲレンデ最上部までは、リフト2本を乗り継いで上がれるので行程はだいぶ楽になりました。
ただ、リフト運転が金曜日から月曜日までの4日間の運転なので、リフトを使えないと、ゲレンデ横を3,40分登ることになります。
それにしてもスキー場の閑散としてしていることに驚きます。スキーヤー、ボーダーは本当に数えるほどしか見当たりません。週4日のリフト稼働、これで、営業が成り立つのかと心配になるほどです。
夏の上州武尊山に登るときにリフトが使えた武尊牧場スキー場も今年3月で閉鎖になると発表されています。全国でリフトが止まったり、閉鎖になるスキー場が増えています。かってのリフト1本乗るのに30分待ちなど当たり前だった頃を思うと隔世の感ありです。
(写真下、上から1枚目、裏磐梯スキー場最上部のリフトを降りたところ。御覧のようにスキーヤーがいません。
2枚目、ツアーで一緒だった皆さん。
3枚目、15分ほど歩いて凍った銅沼を横断する
4枚目、爆裂火口壁
5枚目、雪原を進む
6枚目、笑顔で優しく案内してくれた、ガイドさん

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2017年3月 6日 (月)

原発ゼロの未来へ 3.4全国大集会に参加しました

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3月4日、日比谷公園野外大音楽堂で開催された「原発ゼロの未来へ。福島とともに」の全国大集会に参加しました。
https://www.youtube.com/watch?v=a9Y9UO1Fh10
(You Tubeの集会映像)

13時30分から始まった集会は、福島からバス6台で参加した人たちも含めて、約3500人もの参加で、野外音楽堂は座れない人たちが周囲を囲むなど大盛況でした。
小田川全労連議長の開会あいさつに始まり、共産党藤野衆議院議員などの国会議員挨拶の後、メインスピーチは、元宇宙飛行士でジャーナリストの秋山豊寛氏でした。(写真いちばん下)
福島県楢葉町の早川さんの切実な訴えには、涙が出ました。
(秋山豊寛氏、早川さんのスピーチ映像は、上のURLをクリックすると聞けます)
自由党小沢代表、社民党吉田代表、新潟県の米山知事、城南信用金庫の吉原相談役ののメッセージが読み上げられ、福島からの集会アピールと続き、1時間はあっという間に過ぎてしまいました。
集会後、会場から銀座通りをデモ行進して鍛冶橋で散会になりましたが、いつもの志木の人通りの少ない道を歩くデモよりは、道行く多くの人達に、国民の原発廃止の声と行動を無視し、再稼動や輸出を進め、福島を切り捨てる政策を押し進める安倍政権の誤りを、よりアピールすることが出来たと感じました。
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2017年3月 2日 (木)

武蔵丘陵森林公園の梅が見事です

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昨日(3月1日)は「国営武蔵丘陵森林公園」の梅の花を見に行きました。(写真はクリックすると拡大します)
 毎年、訪ねていますが梅の花を見るなら、ここ森林公園が最高の場所だろうと思います。
 熱海、湯河原、越生、京王百草園、水戸偕楽園、湯島天満宮などの有名観光梅園と違い、平日であれば観光客も少なく静かでゆったりと梅の花が観賞できます。
 歩くごとに視点の変わる丘陵の緩やかな勾配と、梅の木のほどよい間隔がとても良く、その中に品種の多さでは日本有数といわれる120種600本の梅があります。
 土日祝日には東武東上線の森林公園駅前から、梅林に一番近い森林公園南口行きのバスが運行されています。約10分弱の乗車です。
 平日であれば、立正大学行きに乗り、滑川中学校で下車すれば徒歩5分で公園南口入口です。
歩いても駅前から歩行者専用の緑道があり、約3kmを40分ほどで到着しますので、これもお勧めです。
昨日は、時々薄日も漏れる天気でしたが、きれいに咲きそろっている梅の花の下には福寿草もきれいに咲いていました。

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梅の枝に止まるルリビタキジョウビタキ(メス)と思われる小鳥を見つけました。(写真一番下)

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2017年2月22日 (水)

共謀罪からテロ等準備罪へ---治安維持法と俳壇

「平和安全法制」、そして「特定機密保護法」、成立を急ぐ「テロ等準備罪」で安倍政権の願った三部作の完成間近です。
名と実が伴わない不可解な名がつけられた平和安全法制。運用が危惧される特定機密保護法。治安維持法が共謀罪、そして拡大解釈必至のテロ等準備罪に名が変わり、オリンピック開催の必須要件と説明されると国民の44パーセントが賛成(朝日新聞)する摩訶不思議。
共謀罪は、どんな罪にでも拡大解釈するように巧妙に作られる。それでなくては、安倍政権は作る意味がないと思っているからだ。

昨年12月2日の東京新聞夕刊に掲載された、弾圧受けた若手俳人の句集「日本レジスタンス俳句撰」の切り抜きを改めて読んでいます。(写真下クリックすると拡大されます
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<記事より>
同書によると、1940年(昭和15)から43年にかけて、特高警察が全国で主に二、三十代の俳人計44人を治安維持法違反の疑いで検挙した。
皮切りとなった40年の「京大俳句事件」では、「戦争が廊下の奥に立ってゐた」の句が有名な渡辺白泉をはじめ、俳誌『京大俳句』に参加していた学生ら15人が検挙された。
最終的には尋問や拷問の末に計13人が懲役刑を宣告され、消息不明となった俳人もいる。

 治安維持法による知識人、文壇、作家、出版界への厳しい弾圧がありました。俳句、俳壇にしても、これしかり。
自身も検挙され、激しい拷問にあった、岩波書店会長だった小林茂氏は、こう語ってくれたことがあります。
「治安維持法は、悪の根源である国家によって作られ、小者たちが限りなく拡大解釈して実行するんだ」
著書である「一本の道」でもこう書いています。
「昭和20年私が横浜に拘引されたのは、いわゆる「横浜事件」の一環と考えられている。即ち改造社、中央公論に続いて岩波書店を取り潰そうとする陰謀であった。
「横浜事件」では拷問によって二人も死んだ。戦争の終るまで拘置されていた二十余人の「被疑者」たちは、警察で拷問した特高たちを起訴した。私にもその仲間に入れという勧誘があった。しかし私はそれを断った。
拷問は確かにひどかった。けれども彼ら特高などは、拳骨のようなものであって、拷問させたのは誰だ。治安維持法を作ったのは誰だ。その根源を退治しなくては拳骨をなぐり返して見ても意味がない」

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2017年2月21日 (火)

もう、2月も半ばを過ぎて---あれこれ

Dsc01749_320月日が矢のように過ぎ去ってゆきます。
ひと月もすれば、柳瀬川土手の桜がまた見られると思う反面、今年に入っての50日間、いったい何をしていたのだろうかと考えてしまいます。
ところで、昨年の春は、前年の掘削工事の影響か、柳瀬川にマルタウグイがほとんど遡上しませんでした。今年はどうだろうと、時々川を覗いています。

〇LPガス販売の日本ガス(東京)は1月30日、卓上こんろ用のカセットボンベからガス漏れする可能性があるとして、最大約500万本を自主回収すると発表しました。
この件、どうも、世の中にはあまり知られていないように思うのですが、回収数500万本とは、すごい数です。
回収に該当するボンベは、我家にもありました。非常災害用に常に6本ほどは常備してあるのです。(写真上
日本ガスのホームページにアクセスして、連絡したところ宅配業者が本日、自宅まで回収に来てくれることになりました。
1~3本は、500円分のクオカード1枚、4~6本はクオカード2枚と交換とのこと。
使い慣れないクオカードでの返金にも違和感があるのですが、販売店での返品などの方策が取れなかったものかと思うのです。

〇科学雑誌「ニュートン」の発行元(株)ニュートンプレス社が、会社更生法を申請したと報道されています。
ニュートンの発行が、即中止されることはないようですが、書籍、雑誌離れが続く中、右派系雑誌ばかりが元気なことは、喜ばしいことではありません。

〇豊洲移転問題で、都議会に調査特別委員会(百条委員会)が設置されるとのこと。東京ガスからの土地購入の不透明さ、新市場建設の土壌汚染処理、工事費の疑惑だけでなく、2016年東京オリンピック招致に絡む、メーンプレスセンター計画との関連、そして移転反対だった東京魚市場卸協同組合が賛成に変わった農林中金債務問題にも切り込んで欲しいものです。

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2017年2月13日 (月)

福岡河岸記念館---貴重な木造3階建て

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2017年2月11日(土)
埼玉県ふじみの市にある福岡河岸記念館に行きました。(写真左は全景)
この建物は、前にも紹介したことがある「埼玉たてものトラベル」という本にも掲載されています。
この本は東京新聞の書評で「埼玉県内にあるレトロな洋風建築や、日本美あふれる和風建築など、近現代に建てられた特徴的な建築物をまとめたガイドブック」として紹介されていて、僕の埼玉県内の建築探訪にはとてもありがたい本です。
先日、同じ東京新聞に、通常非公開の「離れ」の2,3階部分が、2月11日のみ特別公開されるとの記事が掲載されていましたので、良い機会だと、見学することにしました。
東武東上線の上福岡駅から徒歩20分ほどと、我家からそう遠くない場所にあります。
江戸時代から明治にかけて、江戸と川越を結ぶ船運に使われた新河岸川には、この福岡河岸などのような、幾つもの河岸場が設けられていました。我が志木市も船運の河岸場の一つとして栄えた歴史があるのです。
そんな福岡河岸にあった3軒の回漕問屋の一軒だった福田屋の建物が、見学できる記念館になっているのです。
この福岡河岸記念館については、ネットでもいろいろ紹介されていますので、ここでは省略します。
僕の見学の目的は、特別公開日でなければ見る事が出来ない離れの3階建て住宅の2、3階に登ることでした。
埼玉県内には、3階建ての木造建築はいくつかあるのですが、住宅用として現存しているのは、たぶんこの旧福田屋だけだろうと思います。(写真上)
書きかけ---続く
「追記」
この3階建ての「離れ」が建設されたのは、明治33年頃(1900)と推定され、これは明治初年に建設されたとされる主屋よりだいぶ後の事で、家業の船運は最盛期を過ぎていました。それでも接客目的に、梁間二間半と桁行三間半のこれだけの離れを建てたのは、福田屋10代目の当主であった星野仙蔵の活躍期と重なり、回漕問屋の気概を示したかったのでしょう。
 見学は1階でガイドさんの説明を聞いたのち、10名ほどの見学者の人達と一緒に待望の2階、3階へ登ることが出来ました。
階段は一間長さ、10段登りで納められているので、狭くて急勾配です。
一度に床荷重がかかるといけないと、2階、3階への人数制限をしているようでした。
2階には10畳の和室と床の間、その東と南に廊下があります。
3階も10畳の和室ですが、東と南方向に大きな窓があって、素晴らしい眺望が望まれます。
武蔵野台地が新河岸川に落ち込む崖線に建つ建物だけに、高度感が際立ちます。
3階までの通し柱が6本と説明された以外は、この離れの構造に関することは聞けませんでしたが、関東大震災にも耐えた3階建ては、いろいろと工夫が施されているのでしょう。四角形の搭状の形状が、構造的にもバランスが取れている事は確かです。
内部の障子などの建具、欄間の細工が見事で、貴重な建物を見学できたことは嬉しいことでした。
次回の特別公開日は3月12日(日)とのことですから、出来れば建物の細かい部分などを、再度じっくり見てみたいものだと思いました。

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2017年2月11日 (土)

梅にメジロ

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先日、庭の梅の木にシジュウカラが来ると書きましたが、最近、頻繁に2羽のメジロがやってきて、花をついばんでいきます。
ネットで調べたら、花の蜜を吸いに来る、そしてミツバチに変わり、受粉の効果もあると書かれていました。
それにしてもちょこちょこと動き回るこのメジロ、実に可愛いのです。(写真上)

ところで、「目白押し」という言葉、メジロが群れで木の枝に体を寄せ合って止まっているところから来たとも書かれていて、そうだったのかと思いました。恥ずかしながら知りませんでした。

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2017年2月 9日 (木)

宝幢寺の梅の花が咲いています

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2017年2月8日
志木市の古刹、宝幢寺の梅の花を見てきました。我家から歩いて20分位のところにあります。
八分咲といったところでしょうか、今年も見事な花を咲かせています。樹齢200年程の古木だそうで、ぼくの知る限り市内で最も素晴らしい梅の木です。
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花を見上げていたら、隣の桜の木に大きな鳥がやってきました。なんと、インコです。
野生化したインコがいるとは聞いていましたが、間近に見るのは初めてです。それも4羽とは、驚きました。

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«日本は、米軍駐留経費負担が増えないと喜び、財政支援は他の国の見本だとおだてられ悪い気はしない。