2020年1月22日 (水)

新年あれこれ-2 イスラム革命防衛隊司令官殺害

我家は穏やかな正月を迎えられたとはいえ、日本の政治、政界の劣化著しく、見るに、聞くに堪えない事ばかり。
正月3日には、驚くべきニュースが飛び込んできた。イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官の爆殺である。
トランプ大統領が、どのような理由付けをしようとも、米大統領選を睨んだ蛮行だと断じる。
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イランのイスラーム革命防衛隊ゴドス部隊のガセム・ソレイマニ司令官の殺害は、カタールのアル・ウディド米空軍基地からから飛ばされた無人航空機MQ-9リーパー(写真上、ウイキペディアより)から発射されたミサイル、ヘルファイヤR9Xによってなされた
場所はイランのバクダッド国際空港の道路上で、ソレイマニ司令官の他、イラク人民動員隊副司令官のアブ・マフディ・アル・ムハンディス氏など他の5名と共に、ダマスカスから旅客機(プライベートジェット説もある)で到着したのち、2台の乗用車で移動中に、2機のミサイルを撃ち込まれたという。無残に破壊された乗用車の写真も報道されている。
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恐るべきは、カタールから飛ばされた無人機による攻撃は、米国のネバダ州のクリーチ空軍基地から遠隔操作されていた。
音もなく接近して、標的の乗用車にピンポイントで正確にミサイルを命中させることが可能であることが、改めて実証されたような事件である。
写真上は、翼下にミサイルを装填したMQ-9)
MQ-9は、長さ11m、翼幅20mで高度1万5千メートルを長時間飛行できる。値段も高い。一機約19億円もする。
クリーチ空軍基地では、写真下の様な、操縦席に2人で座り、ゲーム機を操縦するように、無人機を世界中の空に飛ばすことが出来る。
通勤してきた操縦者たちは、安全な基地内の操縦席に収まり、今日の標的を攻撃した後、何事もなかったように家に帰って家族と過ごす。
操縦者たちは、ここの日常と戦場の短期的な往復によるストレスで精神に変調をきたすとか、退職者の多い不人気な任務で、常に人員不足に悩まされているなどと報道される。しかし、民間人の参入(7人に1人)や、待遇と、勤務状態の改善などで、現在は大分解消されたようだ。精神的なダメージを受ける者がいる一方、殺人攻撃をゲーム感覚で楽しむ者も多いそうだ。女性操縦者も存在するらしい。
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2020年1月15日 (水)

新年あれこれ

 お蔭様で穏やかな新年を迎えることが出来ました。遅ればせながら、本年も拙いブログ書き続けたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。
元旦は来客があり賑やかな一日となりました。翌2日、いつもの地元の氷川神社に初詣にゆきました。徒歩で15分ほどの距離です。元日は参拝客で混雑するのは仕方ないとしても、2日でもいつもは約1時間程度の行列ができるのですが、拍子抜けするほど空いていました。午後だとこんなに空くのかと驚いた次第です。その代り、甘酒などの振る舞いはありませんでしたが。神前に今年一年の家族の健康と安全と、併せて住みよい世の中になる事も願って、2020年の初詣を済ませることが出来ました。
Dsc06460_1024 5日には、江の島に行き、江の島神社にも参拝しました。初めてではないのですが、多分4,50年ぶりになるでしょう。
小田急の片瀬江ノ島駅を出てから、その変貌ぶりに驚きました。建物が増え、江の島へ渡る橋周辺もきれいに整備されていました。
かって江の島に渡る橋が木造で、渡り賃が確か2円か5円だった頃も知るものとしては、感無量でもありました。
橋周辺とその先の弁財天仲見世通りには、外国人も含めて多くの観光客で賑わっていました。この日の江の島は、晴天でどこからも富士山が美しく見えました。上り専用の江の島エスカーも利用して、江の島神社、児玉神社に参拝、展望灯台(江の島シーキャンドル)やサムエル・コッキング苑を巡り、島先端の岩屋を見てから、遊覧船べんてん丸で、弁天橋まで戻り江の島巡りを終わりました。
上の写真は、サムエル・コッキング苑に咲いていたチューリップです。冬の寒さの中きれいに咲きそろっていて見事でした。そう、このサムエル・コッキング苑も煉瓦造建築の歴史に残る建物だったので、地下部分しか残っていないのですが、興味深く見てきました。
この日は横浜のホテルに宿泊することに決めていたので、これも懐かしい湘南モノレールで大船駅まで戻り、40年前に住んだ団地の公田ハイツに行くことにしました。
行ってびっくり、団地そのものは変わっていませんでしたが、団地周辺、そして根岸線の本郷台駅まで、ここまで変わるかと言う変貌ぶりには、本当に驚きました。このあたりの事は、また書いてみたいと思います。
賑わう中華街で夕食をすませ、ホテルに入りましたが、ホテルの前の、ライトアップされた帆船日本丸が見ごたえがあり、結構いろいろあった一日観光の最後を締めてくれました。
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2019年12月29日 (日)

志木ニュータウンからの山岳展望---男体山が良く見える

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朝から快晴。早朝なら、もっと鮮明な写真が撮れたと思うのですが、残念出遅れました。
午前9時頃の志木ニュータウンから北西方向の山岳展望です。
男体山、白根山、大真名子山、帝釈山、女峰山、浅間山が良く見えていました。
志木ニュータウンから見て、それとわかるのは、白いたおやかな峰、浅間山と富士山に似た形の男体山です。
男体山を見つけたら、右方向に目を転じると大真名子山から帝釈山、その右に女峰山がわかります。
やや遠くですが、元白根山が白い山容を見せていて、左に視線をずらしてゆくと、錫ヶ岳、そして今日はわかり難かったのですが、皇海山がわかります。
今日は、うっすらとしか見えませんでしたが、条件さえよければ、上州武尊山も白く輝いて見えます。
志木ニュータウンは、冬になると山岳展望が楽しめる優れた場所なのです。(写真はクリックすると拡大します)

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Img_0214-1_1024 (写真上から、男体山アップ、2枚目は浅間山、3枚目は男体山から右へ大真名子山、帝釈山、女峰山、4枚目は白根山)

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2019年12月22日 (日)

モズのはやにえ

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写真はウイキペディアより
12月8日(日)に行われた柳瀬川探鳥会で、生態系保護協会のYさんからモズの「はやにえ」が見られる場所を教えてもらいました。
そこで、探鳥会終了後の午後、かみさんと一緒に柳瀬川駅近くの水谷田んぼに探しに行きました。場所はすぐわかりました。教えられた場所の梅の木に、なんと6個ものはやにえを見ることが出来たのです。
少し残酷な写真ですが、野鳥観察では、良くみられることなので、載せることにしました。
この場所では、昆虫類のはやにえは多いのですが、カエル、みみずなどはあまり見られません。バッタは多いのですが、トンボは初めて見ました。(写真はクリックすると拡大します)

 

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2019年12月19日 (木)

銀座の空が広い

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銀座の歩行者天国を歩きました。
土曜、日曜、祭日の午後は、中央通りの銀座地区が、銀座通り口交差点から、銀座8丁目までの約1.1km間は車が通行止めで、歩行者天国になっているのです。
 正直、僕は歩行者天国の存在さえ忘れていたので、久しぶりの車道歩きは新鮮でした。
ここ数年、年金者組合のデモで、銀座の晴海通りを歩くことはありました。しかし多人数のデモ行進ですから、警察官に守られて?車と並行して歩道寄りを歩くわけで、それが、車道全部をどこでも自由に歩けるとなると、どこを歩こうかとかえって迷うのでした。
どうせ歩くならばと、車道の中央線にそって歩くと、銀座の空がとても広く感じられました。
歩きながら、先日旅行したベトナムのホーチミン市の事を考えました。
ブログでも書きましたが、主要道路が、歩行者など全く無視のオートバイで溢れるベトナムの今。。
フランス統治時代の美しい建物を歩行者天国から眺める未来が來るでしょうか。
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2019年12月11日 (水)

オートバイの流れ、さながら奔流のごとし---ベトナムその2

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ベトナム旅行その2
ホーチミン市で驚いたのは、道路を埋め尽くすオートバイの数、数、数。
台湾でも、タイでも、数多くのオートバイが走る光景は目にしていましたが、ホーチミン市はそれとは全く違うのです。
早朝から夜まで、道路をさながら奔流の如く走るオートバイ。その列が途切れる時間が無いのです。
二人乗りは当たり前、3人、いや4人乗りもいました。ただ、ヘルメットは、ほとんどの人達が着用していました。事故が多くて、着用が義務付けられたそうです。バンコクでは、皆ノーヘルメットでしたが。
 上の写真を見てください。これは夜ですが、この光景、朝から晩まで続くのです。
この道路だけでなく、ほとんどの道路に、オートバイがあふれています。
 この人達は、いったい何処へ、何の目的で走っているのだろう。
ただ、道路を埋め尽くして走ることに意味を感じているのではないだろうかと思ってしまうほどでした。
その上、道路には信号がほとんどありません。
この、オートバイの車列に、強引に割り込んでいかないと道路の向こう側に行けないのです。
そうこうしている内に、歩道まで強引に走るオートバイが体の横をすり抜けていきます。まさに道路を渡るのは命がけです。
乗ったタクシーの運転手に、オートバイがこれだけ多い訳を聞いてみました。
彼は、ベトナムは企業が二交代制で操業しているので、通勤時間帯がバラバラだから、こんな状態になるのだと語ってくれましたが、僕の見たところ、どうもそれだけではなさそうです。
ホーチミン市に散歩、散策と言う言葉はありません。
道路を渡ることに集中して、のんびりと歩いてなんかいられないのです。
のんびり歩くと書きましたが、道路は穴だらけ、舗装は捲れ、下を見て注意して歩かなければ、転倒必至です。
車イスなど先ず無理でしょう。排気ガスが、町中に充満しているといった感じです。経済発展は著しいベトナムですが、インフラ整備が追い付かないのです。今、ホーチミン市で、日本の住友商事なども参加して最初の地下鉄の建設工事が進んでいますが、資金難で、竣工が遅れそうだと聞きました。
国民の平均年齢が29歳、高齢国家である日本の47歳と比べれば、若さあふれる社会主義国ベトナムですが、その前途は多難です。


 

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2019年12月 2日 (月)

ホーチミンからの手紙----ベトナムその1

Dsc06295_102411月中旬にベトナムのホーチミン市に行きました。
現在は「ホーチミン市」ですが、ベトナム戦争が終結し、ベトナムが統一される1975年までは、南ベトナム首都の「サイゴン」でした。現在人口は約800万人、ベトナム最大の商業都市として発展し続けています。
 今回のベトナム訪問は僕にとって、社会主義国への初めての旅となりました。
フランス、米国と戦い勝利した国ベトナム。この国への旅の事は少しずつ書いてゆきたいと思いますが、今日はホ-チミン中央郵便局と、そこから日本に送った絵葉書の事です。
 中央郵便局は市の中心部にあって、フランス統治時代の1891年に建てらたコロニアルスタイルの美しい建物で、ホーチミン市の建築文化財としても貴重な建物です。道路の反対側には、二つの尖塔を持つ赤煉瓦造りのサイゴン大教会(聖母マリア教会)があります。
もちろん、現在も郵便局の通常業務が行なわれています。
ホーチミン市に5日滞在し、市内に残る古い建物を見て歩きましたが、ここサイゴンがベトナム戦争時の市街戦から免れ、プチパリとも呼ばれる美しい街並みが残されたことは本当に良かったと思うのでした。
 郵便局の建物内部はアーチ形の鉄骨による天井のトップライトや、側面の窓から入る光により、照明なしでも十分な明るさに満ちています。(写真上)
そう、この鉄骨設計は、パリのエッフェル塔の設計者のギュスターヴ・エッフェルが手がけたもので、パリのオルセー美術館をモデルにしたとのことです。
現役の郵便局ながら、ホーチミン市の代表的観光名所として、また広いホールの中央部と両側にみやげ物売り場もある事からも、多くの観光客が訪れています。
写真でもわかりますが、ホールの外周は、カウンターのある業務室で、郵便、通信、金融などの仕事に就く職員が働いています。
僕は、ベトナムに来る前から、ここのカウンター席に座って日本の友人やチビスケ1号、2号、そして、いつも手紙を書いてくれるウミガメが縁で知り合えた小さなガールフレンドに、絵ハガキを書きたいと思っていました。
絵ハガキは、中央のみやげ物売り場で選びました。最近は、どこの国に行っても、売っている絵ハガキが少なく選ぶのに苦労します。
それでも幾枚かを選び、カウンターに座って、今、中央郵便局にいるよなどと書いている僕の周りにも、絵ハガキを書いている欧米系外国人観光客が何人もいます。
こんな光景は、かっては観光地で普通に見られた光景でしたが、スマホで写真が送られる現在は、ほとんど見られなくなったのでした。
 隣では、地方に荷物を送るのでしょうか、親子連れの方が、段ボールに荷物をぎっしりと詰めています。
書き終えた絵ハガキは、入口右側の1番のカウンターに持って行き、切手を買って貼ります。
大きな切手で、宛名の文字にかかってしまい、切手を横向きに貼るようになりました。
日本への切手代は、一枚15000ドンでした。(地球の歩き方には、16000ドンと書かれていますので、僕の記憶違いだったかもしれません)切手一枚が15000ドン!。そう、このベトナムの貨幣単位の大きさには、旅行中、だいぶ悩まされました。
物価が安いとはいえレストランの会計で100万ドンと言われると、一瞬たじろぐのです。
実際は、100万ベトナムドンは5000円くらいなのですが。
硬貨が無いので、マーケットの売り子さんは、お釣りのぶ厚い札束を握りしめています。
1万ドン札と10万ドン札が似ているので、慣れないうちは、しっかり0を数えてしまいます。
財布は、両替した紙幣で分厚くなり、お金持ちになった気分が味わえます。
さて、切手を貼った絵ハガキは、そばにあるポストにも出せますが、係員がカウンターに置かれたこの箱に入れなさいと教えてくれました。
見ると小さな段ボールの中は、これから世界各地へ送られるであろう絵葉書がいっぱいで、ちょっと嬉しくなりました。
さて、ベトナムの郵便事情はあまり良くないと書かれていましたが、日本へはどのくらいの日数がかかったでしょうか。
なんと、帰国して数日たって、友人からハガキを貰ったとラインをもらいました。
一週間かからずに日本で配達されたのです。今までの外国からの郵便の最短時間です。
中央郵便局で出した事を差し引いても、社会主義国ベトナムの、郵便事情は〇でした。

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(写真左上、中央郵便局外観。黄色い外壁は最近塗り替えられたらしい。)
(写真左中、正面の壁には、大きなホーチミンの絵が飾られている)
(写真左下、外国郵便を受け付ける1番カウンター)

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2019年10月31日 (木)

ハロウィン

 今日は10月31日、ハロウィンです。
ハロウィンが、今のように話題になるずっと以前の事です。
僕が仕事で米軍横田基地に入った際のことです。
米軍家族の戸建住宅の前に、くり抜かれて明かりの入った大きなカボチャや、ぬいぐるみなどの飾りがあり、道路で何人もの子供たちが、仮装して遊んでいました。僕に挨拶する楽しそうな子供たちの笑顔がとても印象に残りました。
これが何の行事か知らなかった僕は、一緒に歩いていた友人に聞きました。「ハロウィン」だよと、長く米軍関係の仕事に携わっていた彼は、これがキリスト教の行事であることを説明してくれました。。
ハロウィンそして、怖い顔に切り抜かれたカボチャの飾りつけは、部屋の窓辺などに飾ると魔除けの役割を果たし、悪霊を怖がらせて追い払う「ジャック・オー・ランタン」と呼ばれるものだと初めて知った日でした。
 その後、若者たちの行き過ぎた遊びが世間の批判にさらされるなど、迷走した感のあるハロウインですが、今年は大分沈静化してきたと報じられています。
多分、昨年のような渋谷のバカ騒ぎもなくなるのでしょう。
その分、商業的には、関連商品の売上もだいぶ落ちてしまったようです。
 しかし、ハロウィンイベントが保育園や幼稚園で行われ、僕の家の周りでも、子供たちや母親たちが仮装して楽しんだり、グループで練り歩いたりしているのを見るのは、ほほえましい光景です。
高齢者から子供たちまでが参加する行事として、幅広い層に支持され定着するなら、たとえ宗教的意味合いが薄れたとしても、僕はハロウイン、いやではありません。
そんなわけで、我が家の玄関にも飾り付けを楽しんでみました。本当は、近所の子供たちにも見せてあげたいのですが、皆、大きくなって、もう僕と遊んでくれる子がいなくなりました。
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2019年10月17日 (木)

柳瀬川増水

10月11日(金)
 僕は小諸城址懐古園から、眼下に蛇行する千曲川を眺めていました。写真のこの場所は、懐古園の千曲川絶景ポイントのひとつです。
台風19号が東海、関東地方へ接近中でしたが、まさか翌日の午後に、この穏やかな流れが濁流と化して氾濫し、長野市内で大きな被害をだすことになるとは思いませんでした。
Dsc06122_1024 (横写真、千曲川)
翌12日(土)、太極拳グループの旅行で、信州菅平高原近くの東京都大田区の保養所に宿泊した僕たちは、ともかく、台風接近前に志木市まで戻ろうと、朝食もそこそこに出発し、バスで帰路につきました。
上信越道は、松井田・妙義付近で不通箇所があったくらいで、やや強くなってきた風雨の中、11時頃には昨日出発した柳瀬川駅前に戻ることが出来ました。
途中、普段とまったく様相の違った越辺川の異常な増水ぶりに、危機感を覚えたのですが、後にこの川も氾濫し川越市などで、床上浸水の被害が報じられました。
柳瀬川も堤防のかなり上まで水位が上がっていましたが、まだ氾濫するような状況ではありませんでした。
しかし、その後台風接近と共に志木市内も風雨が強くなり、市役所より11.00、15.50、19.00と次々に避難情報が発令され、22.00には最終的に次のような避難情報が発令されたのです。
これにより、市民約2,700名が市内16ヵ所の避難所に避難しました。

〇2019年10月12日 22:00現在 志木市 で発令されている避難情報は次の通りです。

・【警戒レベル4】避難指示(緊急) 直ちに避難
 宗岡全域、柏町1丁目、2丁目及び6丁目 15203世帯 34456人

・【警戒レベル4】避難勧告 全員避難
 宗岡地区全域 11151世帯 25248人
 柏町1丁目及び2丁目 2848世帯 6769人

・【警戒レベル3】避難準備・高齢者等避難開始 高齢者等避難開始
 志木市内全域 34973世帯 76457人

【補足情報】
大雨による河川の氾濫の危険があるため(荒川、新河岸川、柳瀬川)

 僕の住む館地区・志木ニュータウンも、決して安全地帯ではなく、ハザードマップでは、床上浸水の恐れが指摘されていて、一階に住む身にとっては、柳瀬川の増水は他人ごとではないのです。
 一夜明けて、13日(日)、市内の柏町、幸町、宗岡の各所で床下浸水の被害が確認されましたが、幸いそれ以上の水害はありませんでした。
しかし、柳瀬川の水量は依然多く、一部で土嚢を越えて浸水したところもあったようでした。
市役所横の新河岸川との合流点付近を見に行くと、新河岸川側の水位が高く、流れも早いので、柳瀬川からの水が合流できず、まるでダム湖のような状態になっていました。いわゆる、バックウォーター現象です。(写真下、左奥が新河岸川上流側
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これが市内柳瀬川沿いの溢水の主たる要因だろうと思います。柳瀬川と合流した新河岸川も、今度は隅田川との合流で同じバックウォータ起こします。
堤防を高くしても、必ず弱い箇所が出来ます。超大型台風とそれに伴う記録的な大雨に対する備えの難しさを思います。
 ところで、台風19号の被害はこんなところにも発生していました。
荒川河川敷にある志木市の秋ヶ瀬運動場施設が、他の河川敷ゴルフ場などと共に完全に水没し、屋外の野球場・ソフトボール場・サッカー場・少年サッカー場・テニスコート・タッチラグビー場・パークゴルフ場・陸上競技場などが当分使用できない状態だそうです。
年金者組合で、来週パークゴルフをやる予定でしたが、当分延期となってしまいました。


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2019年10月10日 (木)

紅葉の栗駒山へ

1570417018532紅葉の栗駒山へ
10月6日(日)

親子三代、5人で栗駒山に登ってきました。このブログの最初の頃から、何度か登場し、今や成人になったあのチビスケ1号が一緒なのです。前日は、皆で登山口のいわかがみ平に近い、「ハイルザーム栗駒」のコテージ棟に宿泊しました。
 夜間に雨が降り出し、滅多にない孫との登山が中止とならないよう、祈るような気持ちで朝を迎えました。天気予報は、決して芳しくなかったのに、なんと願いが通じ、午前8時頃には雨も止み、空が明るくなってきました。
朝食後、9時に宿のマイクロバスでいわかがみ平まで送ってもらいました。
栗駒山は、新幹線のくりこま高原駅からのバス便は、紅葉時期の週末のみ、それも朝1便、帰りの午後1便しかないのです。紅葉時期の週末と言っても、9月21日(土)から10月14日(休日)の間の10日間だけです。
前に行った安達太良山も鉄道下車駅の二本松駅からのバス便は無く、タクシーでしか登山口まで行けません。だいたい、鉄道利用の登山者など、ほとんどいなかったのです。
宿から15分ほどで、いわかがみ平の駐車場に到着しました。ここの駐車場は早朝から満車で、多くの車はかなり麓側の駐車場に止めるようでした。そこから、送迎のマイクロバスが運行されているのです。
ツアー登山らしい団体もいて、混雑するレストハウス横から、石畳の登山道が伸びています。今日登るのは、この比較的楽な中央コースと決めています。
石畳と言っても、石が敷き詰められている神社の参拝路を想像しているとがっかりさせられます。
どちらかと言えば、石がゴロゴロと置かれている感じで、常に足元を見ながら登らなければなりません。この道は、下山の際に、とても長く感じられ結構苦労させられました。
登山道の勾配は緩く、親子、孫5人で、きれいな山の空気を味わいながらゆっくりと登ります。
次々と登ってくる登山者の多さに驚きます。小中学生の姿も見られます。さすが紅葉の栗駒山、それも日曜日だと改めて納得しました。
高度を上げるにつれ、山肌の紅葉が一段と美しく展開して、なんども立ち止まって見入ってしまいました。
途中で石ころだらけの道も終わり、緩やかな登山道が、見上げる頂上に伸びています。
時々、日が陰り霧が巻いたりしますが、絶好の登山日和です。
もう、頂上や東栗駒コースの稜線を歩く登山者の姿がよく見えるようになりました。あたりの紅葉はいちだんと美しさをまして、登りの疲れを忘れさせます。
東栗駒コースと合して、階段状の最後の登りを詰めると、そこが頂上でした。
日本二百名山、花の百名山、栗駒山1627m山頂に到着です。
360度の眺望で、遠くまで見通せます。周りの山々はどこも黄色と赤色に染まっています。北側は岩手県になり、宮城県との県境に位置します。山頂から須川方向に降りる登山道があります。
頂上には、百人以上はいるでしょうか、驚くほどの登山者で混雑しています。
頂上標識の前には、記念写真を撮ろうと、順番待ちが出来ていました。
それでも、なんとか頂上の片隅にシートを広げ、お弁当を食べました。ここのところ、僕は単独行が多かったので、久しぶりに賑やかで楽しい昼食となりました。
下山も同じ中央コースを選びました。下りは、目の前いっぱいに紅葉の山が広がり、きれいだねを連発しました。
しかし石ころ道は、歩き難くて、登り以上に長く感じられ、同行者には不評でした。
1時間半ほどで、いわかがみ平に戻り、2時の迎えのマイクロバスで、宿のハイルザーム栗駒に戻り、ゆっくりと温泉で汗を流しました。帰りは予約しておいたタクシーでくりこま高原駅に戻り、紅葉の栗駒山登山を終えました。
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