2018年11月12日 (月)

志木ニュータウンの秋

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(マロニエ通りの紅葉、もう、葉が落ち始めています)

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(中央の森弐番街の紅葉)
図書館前のマロニエ通りから始まった紅葉が、今、志木ニュータウン内にも広がっています。
中央の森参番街の銀杏並木が黄金色に染まる頃、ニュータウンの紅葉の一番の見ごろとなり、隠れた紅葉の名所として外部から散歩がてらに訪れる人も多いのです。
柳瀬川には、カモが飛来し、平成最後の秋が深まりつつあります。そう、今年もあとひと月半を残すのみになりました。
 昨日は、友人から誘われて面白いというか、意外な場所に釣りに行きました。
JRの錦糸町駅から、徒歩20分でクロダイが釣れるというのです。釣った魚の写真を送ってくれましたが、40cmほどの立派なクロダイです。
半信半疑ながら、それでも落とし込み釣りの仕掛けを持って、友人二人と待ち合わせた錦糸町駅に向かいました。
駅前からビルの立ち並ぶ四ツ目通りを、東陽町方面に歩くこと15分ほどで、小名木川にかかる小名木川橋に到着しました。
橋から川べりの遊歩道に降りて見たのは、驚くべき光景でした。クロダイ!
なんと川の中にクロダイが何匹も悠々と泳いでいるのです。ここは釣り堀か!
友人は、澄ました顔で見える魚は釣れないよといいます。
小名木川は、運河です。
Wikipediaにはこう書かれていました。
「小名木川(おなぎがわ)は、東京都江東区を流れる人工河川である。
西の隅田川から東の旧中川を直線で結ぶ。1590年頃、江戸城を居城に定めた徳川家康は、兵糧としての塩の確保のため行徳塩田(現在の千葉県行徳)に目を付けた。しかし江戸湊(当時は日比谷入江付近)までの東京湾北部は砂州や浅瀬が広がり船がしばしば座礁するため、大きく沖合を迂回するしかなかった。そこで小名木四郎兵衛に命じて、行徳までの運河を開削させたのが始まりである。運河の開削によって経路が大幅に短縮された」

塩の道だったのですね。僕は小名木川と言う名は知っていましたが、江戸時代に開墾された運河であることも知りませんでした。
塩の道と云えば、10月に訪ねた栂池で、長野県松本市から新潟県糸魚川市に至る塩の道として知られた千国街道(ちくにかいどう)の一部を歩きました。
江戸にも塩の道があったのですね。
少し脱線しました。クロダイの話に戻ります。
釣れたか。残念ながら、セイゴを何匹か釣りましたが、昨日はクロダイは釣れませんでした。運河とはいえ、潮目もあるらしく、急に当たりがあるかと思えば、全く音沙汰無しになる時間帯もありました。僕は太鼓リールを使って、ほとんどえさの重みだけで沈める落とし込み釣りをやったのは今回で3回目です。ラインや穂先にくる微妙な当たりを取るのが難しくて、なんどか逃してしまいました。
釣れそうで釣れないというのは、悔しいものです。こんな都会の真ん中にクロダイがいるなら、なんとしても釣り上げたい。次回はクロダイにお目にかかりたいものです。

Dsc04756_1024(写真上、小名木川)
(写真下、ボートを漕ぐ高校生がいました)

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2018年11月 5日 (月)

国営昭和記念公園へ

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上の写真は、11月2日の立川市の「国営昭和記念公園」のコスモス畑です)
 月日が流れるのがとても速い。今年も11月に入ってしまいました。
10月は、鹿島槍ヶ岳登山の後、栂池、八方尾根などで遊び、また年金者組合の集会と芋煮会やパークゴルフ参加、紅葉ハイキングの下見など出歩くことが多く、忙しく過ぎてしまいました。
その上、地元の二つの会の広報誌作成を手伝うことになり、初めて使う「パーソナル編集長」という編集ソフトに悪戦苦闘していたものですから、ブログまで、なかなか手が廻りませんでした。
使ってみれば、使い易い優れたソフトのお蔭で、広報誌のほうも、なんとか纏まってきたので、ブログを書く余裕もでてきました。
そんな中、コスモスを見ようとかみさんに誘われて、11月2日、昭和記念公園に行ってきました。
 この公園、立川という、我家からそう遠くない場所にありながら、僕は今まで一度も入場したことが無かったのです。
お目当てのコスモスですが、実は今年の鑑賞時期は過ぎていて、畑の半分は刈り取りも終わっているのです。
しかし、2か所ある畑の片方が、まだきれいに咲きそろっていて、切ってしまうのは惜しいと11月4日まで延長して開放されているとの情報で、それを見ようとやって来たというわけです。
JR青梅線の西立川駅で降りると、もう駅前が、公園入口でした。
園内地図を貰い、中に入って驚きました。ともかく広い広い。名残のコスモスの咲く「原っぱ西花畑」までも、15分程歩いて到着しました。
畑の広さは想像したほどではありませんでしたが、それでも、黄色いコスモスが目の前いっぱいに広がっていました。素晴らしい光景です。(写真上)
赤いコスモスが咲いた東花畑と合わせると花の数400万本とか、これだけの規模のコスモスの群落は、そう見られないだろうと思いました。

Dsc04732_1024コスモスの花を鑑賞した後、広い園内をひと回りして、帰りは、立川口から出ました。
日本庭園、そして、銀杏の紅葉が美しい言われる銀杏並木では、殊に紅葉が始まっていて、沢山の人達がカメラを構えていました。
 広さは165haと東京ドーム65個分の広さで、我が東武東上線の武蔵丘陵Dsc04727_1024森林公園の304haと比べれば面積は小さいのです。
しかし、丘陵地帯の森林公園より、飛行場のあった立川基地跡地という、広々とした原っぱは、丘陵地の森林公園では得られない開放感がありました。季節を変えて、また訪れたいと思う公園でした。
(写真左上、みんなの原っぱ。大ケヤキがシンボルツリーのようだ)
(左中、日本庭園で見られた紅葉した木々)
(左下、園内を走るパークトレイン)

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(立川口の前にある、銀杏並木も色づき始めていた)

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2018年10月21日 (日)

我ら年金者組合の旗、堂々銀座を行く

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Dsc04663_1024(写真上、数寄屋橋交差点を通るデモ隊の長い列。右はソニービル跡地)

銀座通りを「全日本年金者組合」の旗を高く掲げて、我ら年金者集団が堂々と行進します。
普段、歩いては見ることが出来ない場所からの銀座通りの景色を見ながら。
見慣れぬ「年金者組合」の黄色い旗が続くデモ行進に、道行く人たちが、一瞬ぎょっとしたように立ち止まります。そう、この年金者組合の旗、どこでもかなりインパクトを与えるのです。
 10月19日、日比谷野外音楽堂で千葉、東京、神奈川、埼玉の組合員が集合し「年金フェスタ/一揆2018中央行動」が開催されました。
「国の責任で、若い人も高齢者も安心できる年金制度」をのスローガンを掲げての集会後は、新橋から銀座通りへと日本一のデモ行進です。、
年金減らすな!最低年金保証制度をつくれ!支給開始年齢引き上げやめよ!年金裁判に勝利しよう!安倍社会保障大改革反対、消費税10%は中止!安倍9条改憲NOなどとシュプレヒコールしながら銀座通りを歩くデモ行進は、普段以上に盛り上がります。
なにせ、地元デモでは、人のいない方、うらさびしい道路ばかりへ誘導されるので、今日は我らの晴れ舞台です。
会場を後にして、デモ行進すること45分、銀座を歩く人たちに老人のパワーを十分知らしめた一日でした。

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2018年10月15日 (月)

天空の島---さよならの山番外編(八方尾根)

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2018年10月14日(日)
まるで、「天空の島」
昨日、北アルプス八方尾根の八方池で撮りました。八方池のある場所は、標高2,060m、雪に押し流された土砂の堆積で出来た池で、雪解け水や雨水が溜まったものです。
風のない日の鏡のような湖面には、白馬三山が映り込む神秘的な光景が見られます。そして、写真の様な不思議な景色も。
 鹿島槍ヶ岳の登山記の続きを書く前に、「さよならの山番外編」です。
週末の土日を利用して、かみさん、息子と3人で、栂池自然園、そして八方尾根に行ってきました。
 紅葉と星空を見に行こうと、前から計画し、息子には、足元おぼつかない高齢登山者二人の付添として来てもらいました。
満天の星空に、帯となって光る天の川の本当の姿を見たことが無いと息子は言うのです。
 それなら、栂池の夜に見られるかなという気持ちもあり、星降る高原の小さなホテルのキャッチフレーズを持つ「ホテル白馬ベルグハウス」に宿を取りました。
 このホテルは、ランプの山小屋として登山者に人気のある北アルプスの舟窪小屋と同じ経営系列です。夜には、星空観察会も開いてくれるのです。
 長野からの特急バスを栂池バスターミナルで降りて、そのまま、ゴンドラ駅に駆けつけました。下りゴンドラの最終時間は、午後4時40分、それほどゆっくりしてはいられないのです。
 幸いゴンドラは待つことなく乗ることが出来て、栂の森駅でのロープウェイ乗り継ぎも順調にゆき、30分ほどで自然園駅に着くことが出来ました。
 自然園と言っても、白馬乗鞍岳の火山活動によって出来た、平坦な湿原地帯を周遊するトレッキングコースがついている自然保護地帯なのです。
 3時間ほど歩いて、一周した栂池自然園は、もう紅葉は終わりかけていましたが、自然園までの、ゴンドラリフトから見た山肌は、黄色く染まっていました。
自然園最高地点、登りついた標高2,020mの展望台からの眺望は、雲に隠されてなにも見ることが出来ませんでした。
残念、最高地点ならではの絶景が見られる場所なのです。それでも、白馬大雪渓だけは、白い帯が山に突きあげる姿をあらわしてくれていました。
 期待していた白馬三山の大眺望を見ることが出来なかったまま下山後、楽しみにしていたホテルの夜の星空観察会も、曇り空で中止になってしまい、天の川を見ることはかないませんでした。
 2日目、朝の天気予報はぱっとしませんでした。下山し、しばらくぶりの長野市街散策も考えたのですが、思い切って八方尾根からの大眺望にかけてみることにしました。  
 栂池バスターミナルから無料循環バスで、白馬に移動し、八方池山荘のある第一ケルンまではゴンドラとリフトで楽々到着しました。
 そこから、八方尾根自然観察路と名のついたトレッキングコースを八方池まで登ってみることにしました。
 時折、雲の合間から、白馬鑓の姿が見えるので、白馬三山の眺望の期待も持てたのです。ここは夏の高山植物観察やスキーシーズンには、幾度もスキーを担ぎ上げたおなじみのコースです。
そして、10日前の鹿島槍と同じく、山は微笑んでくれたのです。
 八方池山荘から登る事約90分、八方池についてしばらくすると、雲が切れ、白馬、杓子、白馬鑓、そして不帰の岩峰が目の前に展開したのです。
 見慣れた風景とはいえ、短時間の登りでこれだけの絶景を見ることが出来るのは、八方尾根ならではでしょう。
 さよならの山、番外編、またしても、素晴らしい山々の姿を目に焼き付けてきました。
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2018年10月12日 (金)

さよならの山---鹿島槍ヶ岳へ(僕の北アルプス)

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(鹿島槍ヶ岳(2889m)山頂)

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(鹿島槍ヶ岳北峰、左にキレットを越えて五竜岳へ)

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(岩の殿堂、剣岳。雪渓は三ノ窓と小窓雪渓。チンネと北方稜線も見える)

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布引岳から、爺ヶ岳。拡大すると冷池山荘と種池山荘が見える。遠くに槍ヶ岳と穂高連峰)
 10月3日、朝8時。快晴、無風、360度の大眺望。
鹿島槍ヶ岳の南峰に立ちました。
座り込んでじっと剣岳方面を眺める、先行した登山者がひとりいるだけの静かな山頂です。
弧を描く吊尾根の先に、北峰が目の前にあります。南峰と北峰、どこから見てもそれとわかる美しい双耳峰の鹿島槍ヶ岳です。
連なる北アルプスの山々、そして雲海の向こうに、富士山、南ア、中ア、八ヶ岳、火打、妙高などなど、今日は中部山岳の山々が全て見えているかと思う絶景です。
僕は鹿島槍ヶ岳に登るのは、初めてです。
20代後半で、岩登り主体だった山から遠ざかり、60歳近くになって、200名山の最終段階に差し掛かっていた山仲間の旧友に誘われて、山登りを再開しました。
僕は、北アルプスでは穂高岳、そして上越の谷川岳に偏った山歴で、広く山を登っていないのです。
旧友が登り残していた200名山は、大無限山、杁差岳、佐武流山、鋸岳、白砂山、白石山など、かなり厄介な山ばかりで、トレーニング不足の僕には、きつい山行となりましたが、おかげでだいぶ強くなれたのです。
78歳になった今年、鹿島槍ヶ岳を最後の北アルプス高峰登山と決めました。さよならの北アの山は、いつでも登れると思いつつ、登り残してしまった鹿島槍ヶ岳です。
 山頂からゆっくりと、山々を見渡します。
剣岳が圧倒的迫力で聳えています。
三の窓雪渓と小窓雪渓、八ッ峰に隠されてわずかに見える長次郎谷の上部に、懐かしい熊岩が確認できます。チンネの岩峰も見えます。横の尖塔はクレオパトラニードルでしょうか。
 若き夏の日、部の剣沢での合宿を終えたあと、僕は仲間3人と熊岩に天幕を担ぎ上げ、数日間八つ峰、チンネを登り、早月尾根から馬場島に下りました。記憶に残る充実した山行でした。
 昨日越えてきた爺ヶ岳の三つの峰の方向、はるかに槍ヶ岳の穂先が見えます。その先には、季節を変えて幾度となく通った穂高連峰も。
僕の初めての北アルプスは16歳の夏、高校山岳部の燕から槍ヶ岳への縦走でした。
床に座り込んだまま、ほとんど眠れなかった夜行列車、重い天幕を担いでの中房温泉からの急登、もう山岳部は止めようと思いながら、それでも這い登った稜線で見た、全山燃えるような夕焼けの景色は忘れられないものになりました。
 槍ヶ岳には、その後何度か登りました。夏の槍平集中合宿で、30kgのキスリングを担いで北鎌尾根を登り、槍平からは滝谷の出会いから、雄滝を登り稜線まで詰めました。正月に烈風の北鎌尾根から見た槍の穂先も忘れられない景色です。ちなみに当時の僕は体重53kgのひ弱な体でした。
冬の唐松岳や遠見尾根。燕山荘冬季小屋で、二日間吹雪に閉じ込められ、槍まで行けずに、日程に追われるように下った悪絶の一ノ俣谷。
 山を存分に楽しめた、5月と夏の涸沢合宿。しかし、その後後輩たちが5月の滝谷で、部員3人を失う事故もありました。
これが、最後の北アルプスかとも思った、一昨年の双六岳から黒部五郎岳では、まだ少し登れる力が残っていることを知りました。
 登る機会はありながら、なかなか登れなかった鹿島槍ヶ岳の山頂に立ち、思い出が走馬灯のように巡り、ちょっぴり感傷的になります。
北アルプスでは、他にも忘れがたい山行として、旧友との200名山巡りで、徳本峠から霞沢岳、そしてそのまま、大滝山、蝶ガ岳へ廻った山行、涸沢に足しげく通いながら、この山域も初めてでした。
 また、栂池から、白馬岳、朝日岳を越えて、日本海の親不知の海までの栂海新道縦走、ここには、200名山の雪倉岳がありました。
さようなら北アルプスの山々、目の前の五竜岳。さようなら。
もう鹿島槍山頂に思い残すことはなにも無い。さあ、昨日来た布引岳、爺ヶ岳を越えて麓に帰ろう。
(今日はここまでとします。山行の続きをまた書きます。)

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2018年9月28日 (金)

宝くじが売れない

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宝くじの売上が、二年連続減少しているとの報道です。(写真上、東京新聞8月15日朝刊。クリックすると拡大して読みやすくなります)
 2年連続と書かれていますが、記事にもあるように、宝くじの年間売上は、2005年の1兆1047億円をピークとして、2016年には8452億円(前年度比7.7%減)、そして2017年には、ついに7866億円(前年度比6.9パーセント減)にまで落ち込んでしまったのです。ピーク時の71パーセントです。
とくに売上が減少しているのは、ドリームやサマー、年末などのジャンボくじで、逆にロトやナンバーズなどは、売上げが伸びているとのこと。
詳細は記事を読んで頂くとして、なにを隠そう、僕もジャンボは、まったく買うのを諦め、いまはロトセブンで10億の大金を狙っているのです。

ロトは数字選択式の籤なので、自分で選ぶことに魅力を感じたのですが、それも今では、コンピュータが自動的に数字を選んでくれる「クイックビック」に頼るようになってしまいました。
どうも、自分であれこれ考えて数字を選ぶより、クイックにチェックしたほうが
、当たり番号に近い数字を出してくれることが多いのです。
当たり番号と言えば、ジャンボの場合1等の当選率は20,000,000の1(二千万分の1)とか。
以前、ネットに、それは北海道で、空から落ちてくる一円玉を頭で受けとめる位の確率と書かれていて、いやもう少し当たる面積は広いはずなどと、話題になったことがありました。
実際には、北海道の実面積との比較か、地図の縮尺との比較かで、違いも出るのですが、どちらにしても、そんなもん、当たるわけがないじゃないかと言うことには落ち着くのです。
僕も、実のところ、壁に貼ってある600万分の1の日本地図を見て、宇宙ステーションから、日本に向けてダーツを投げて、この地図の大きさに当てたとしても2等か3等くらいか、そりゃ無理だなと思ったものです。
記事によると、宝くじの売上減少は、世相の反映とか。
安倍首相、景気の良い事ばかりアピールするけど、宝くじ売り上げ減少には触れたくないでしょうね。
それにしても、宝くじの払い戻し金の還元率の低さは、何とかならないものですかね。

宝くじ  払戻率45.7%
競艇  払戻率74.8%
競輪  払戻率75.0%
オートレース 払戻率74.8%
競馬  払戻率74.1%



 安倍首相が、いくらGDPの上昇を自慢しても、所詮は数値のごまかし、実態はGDPなど、上昇していないのです。庶民の暮らしは苦しくなるばかり。
せちがらくなった世の中、宝くじも買えなくなってしまったのです。
http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/      
「きっこのブログ」

ロトセブンが当たらないので八つ当たりしますが、嘘を平気で言う安倍首相という男、知性だけでなく、理性も常識もなく、無知で思慮分別に欠けた人物です。これが、自民党船団、
日本丸の船長かと思うと、情けないやら、悲しいやら。

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2018年9月17日 (月)

夏休み?の工作

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今の小学生は、夏休みの宿題に工作があるのかな?
僕は、8月の暑さの中で工作をやりました。建築模型ではなく、なんと釣竿作りです。もちろん、初めてです。
以前のブログでも書きましたが、友人から太鼓リールを使うクロダイの落とし込み釣りを教えてもらっています。
友人は僕の持っていた3.5mほどの渓流竿を器用に改造し、落とし込み竿を作ってくれました。
見事な出来栄えの竿を見て、よし、僕も真似て作ってみようと思ったのです。
実は長さは2.4mほどの岸壁で釣る竿が欲しかったのです。
市販品はたくさんありますが、少し良さそうものだと、なんと数万円もするのです。もちろん、僕のような初心者には無縁の品です。
そこで、昔使った軟調子の渓流竿を、友人に習って改造してみることにしました。
渓流竿ですから、巻糸で形を作ったナスのような形のグリップがついています。余談ですが、このグリップを取り外す際、巻糸の下の形は全て新聞紙で作られていたのには感心しました。新聞紙の巻位置を少しづつずらしながらナスの様な形にして、その上から、糸をきっちり巻いて仕上げてきれいな曲線を持つグリップに仕上げているのです。友人に、その新聞紙の記事が読めるんだよと話をしたら、グリップの下地を新聞紙で作るのは普通だよと言われて、驚いた次第です。
話を戻すと、新たに太鼓リールの取り付けられるようにグリップを作って取り付けなければなりません。東急ハンズで、コルクの角柱を買って、ナイフと紙やすりグリップを作るべくやってみましたが、なかなか思うような形が作れません。
悪戦苦闘している中で、何気なくネットを見ていたら、なんと既製品でコルクグリップが売られているではありませんか。釣竿を作ったり、修理や改造したりしている人には、そんなことも知らないのかと言われそうですが、恥ずかしながら釣り竿の穂先の修理ぐらいしかしたことが無かった僕は、こんな良いものがあったのかと、目からうろこの思いでした。
早速、竿尻の径約11mmにあったグリップを選んで購入。太鼓リールが付くか心配でしたが、これまたピタリと合いました。竿尻と太鼓リールとの離れ寸法は、握りやすいように何度も調整し、隙間を白い配管用テープで巻きました。アクセントになってなかなか良い出来栄えです。(写真一番上)
グリップと竿とのわずかな隙間のガタツキは、紙粘土で修正しました。
後は固定ガイドと穂先の誘導ガイドの取り付けです。固定ガイドは、糸で巻き2液混合エポキシ樹脂の接着剤で取り付けました。(この接着剤をはじめ、紙粘土、紙やすりなど、全て100円ショップのお世話になりました。我家から、徒歩数分で、100円ショップがあるのはとても便利です)
 穂先の遊動ガイドは、穂先の径に合せて、0.1mm単位で径の小さいものから大きなものを取り付け、最後にトップガイドを付けて完成。
 実はこのガイドの購入が一番苦労しました。釣り具の上州屋とネット通販の「釣り具のKase」で購入しました。上州屋さんは、固定ガイドはほとんど在庫が無く、遊動ガイドも分類箱の中に、他の大きさのものが混入していたり、表示も判り難く、積極的に、この手の部品を売ろうとは思っていないようです。それに比べて、ネット通販ですが、Kaseさんは、驚くほどの品揃えで、ガイド一つの注文にもこたえてくれ、包装も丁寧、非常に好感が持てました。https://www.wasao.jp/    釣り具のKase

 ガイドの取り付けは、実は、不慣れな僕にとっては、なかなか大変だったのですが、書くと長くなるし、とても皆さんの参考になるとは思えませんので、その辺のところは省略します。
そして、なんとか完成した竿が写真2枚目です。(写真はクリックすると拡大します。)
重量70グラムの超軽量、落とし込み竿の姿です。
さて、問題はこの竿で釣れたのか?
友人に連れられて、葛西臨海公園近くの海で試し釣り。釣れたのです!
型は小さいですが、立派?なチヌです
(写真下)
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夕方2時間ほどで、こんな形が5匹ほど釣れましたが、嬉しくて写真に撮るのを忘れてしまいました。
師匠でもある友人は、もっと大型を釣り上げていましたよ。
柔らかい渓流竿ですから、竿先が弓なりになって、何とも良い引きを楽しめたのです。
もちろん、ガイド、グリップ共に壊れませんでした。
これが今年の夏の僕の工作とその成果のお話でした。

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2018年9月13日 (木)

ちょぴり秋の気配

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毎年の恒例行事、信州大芝高原での友人たちとの集まりに行ってきました。
その途中、中央道を韮崎インターで降りて、甘利山に登ってきました。
友人3人も一緒です。
甘利山は春のレンゲツツジで知られた山です。インターから林道を走る事、約40分くらいで甘利山広河原駐車場に付きます。ここから、登山道を30分ほど登ると、1731mの山頂なのです。(写真横)
林道が無かった頃は、中央線沿線の夜行日帰りの山として、乾徳山、大菩薩峠、三つ峠などと並ぶ人気の山でした。
頂上近くまで、舗装された林道が伸びたことで、簡単に登れるようになり、甘利山だけの登山の面白味は減りました。しかし、時間的に余裕が出来たことで、山頂から足を延ばし、大西峰、千頭星山までのコースが歩かれるようになっています。
千頭星山は鳳凰三山の眺望が良いとのことですが、残念ですが僕は登ったことがありません。
今回も、時間が無く、また、全山霧に包まれて眺望がまったくないので、甘利山から奥甘利山方向へ少し登ったところから、引き返しましたが、レンゲツツジの咲くころ、また登りたいと思う山でした。
紅葉には早い時期でしたが、霧の山稜を渡る風は、もう秋の気配を感じました。
大芝高原のログハウスロッジは、清潔で快適です。
集まる仲間の車に、またスバル車が増え、スバルファンの僕を喜ばせます。FORESTER X-BREAK 雪道を走りたくなる車です。
温泉に入り、いつものように外で炭火を起こし、串に刺した大きなブロック肉をじっくり焼きます。ナイフで少しパリッと焼けた肉を、そぎ落としながら食べる酒盛りは日頃の憂さを晴らしてくれます。

二日酔いと寝不足ながら、翌日は、マレットゴルフ。大芝高原のマレットゴルフ場は、54ホールもある大きな林間マレットゴルフ場です。
志木の河川敷で行うパークゴルフとは違い、ここは全て林の中を縫うコースなので、だいぶ勝手が違います。
クラブ(スティック)のヘッドの形状も、志木市ではゴルフクラブのドライバーのような形ですが、大芝高原では金属の円筒形で、このあたりも、良いスコアを狙う僕を悩ませます。
現地の常連さんたちは、皆さんとても上手い。コース上のどの木に当てれば、ボールをコントロールできるか熟知しています。
我々は、何度もお先にどうぞと、順序を譲ります。マレットゴルフでは、残念がら、今回も成績振るわずの結果で終わってしまいましが、涼しい高原で友人たちとの楽しい二日間を過ごすことが出来ました。Dsc044292_1024

Dsc04435_1024(写真のように、林の中にコースが作られています)

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2018年8月29日 (水)

日米地位協定とジブチ交換公文(地位協定)について

 憲法改正より、日米地位協定の見直しが先だろうとも言われていますが、当事者である日本政府が、この日米地位協定より、もっと不平等な地位協定を結んでいる国があります。自衛隊唯一の海外基地があるジブチ共和国です。
ジブチ基地も、当初は自衛隊の海賊対処活動のための隊員の休憩基地などと位置付けられていました。
ある政権御用達評論家が、海外基地などと言う大げさなものではなく、活動する航空機を雨露から守り、隊員に温かい食事を提供するだけの場であるとまで書いていたことも有ります。
 海賊対処法などもそうですが、最初の建前と異なり、それを大きく拡大解釈してしまうのは、自民党政権のお家芸でもありますが、いまやジブチ基地がどうなっているか、今後の展開がどうなるのか、皆さんご承知の通りなのです。
ジブチ基地のあるジブチ共和国と、日本政府が結んだ地位協定、外務省は交換公文と呼んでいますが、この協定について、5年ほど前に、あまりに他国の主権を踏みにじるものだと、このブログで批判した事があります。
今でも、少しも状況は変わっていないですが、憲法改正のいやな動きの中で、日米地位協定が再びクローズアップされているので、再度掲載してみようと思います。(登場人物の肩書などは今と異なります)
僕はこの地位協定を賛美した森本 敏氏の、自分の意見は絶対正しいといった物言いが大嫌いです。
日米協定では米国人からみた日本人がそうであるように、ジブチでも物事の判断が付かない現地人に、自衛隊員が裁かれたら、どんなことになるか知れたものではないといった、蔑視感にあふれています。
僕はジブチ政府とこんな国民無視の地位協定が結ばれたこと、そして継続し、今、基地拡張の土地提供も承認した裏には、当時から囁かれていた裏の交渉、金銭授受もあったと確信しています。

2013年12月23日のブログ

「日米地位協定の見直しが要望できない政府の事情とジブチ交換公文」

「日米地位協定」の見直しが論議されています。
しかし、日本政府にはもともと本気で改定を求める気はありませんし、米国側もそれをお見通しで、改定論議には即否定発言をします。
理由は幾つかありますが、そのひとつに日米地位協定以上の不平等条約を他国と結び、それを良しとしてはばからない国である日本が、もし米国にこんな不平等条約は改定してくれと通告したら、大きな矛盾を抱え込んでしまうからです。
他国とは、海賊対処活動に従事する海上自衛隊と航空自衛隊の基地があるジブチ共和国です。
防衛省は戦後初めて日本が持つ海外基地を、基地と呼ばずジブチ拠点と呼んでいますが外国からは軍事基地と認識され、自衛隊員も難しい論議なしに「横田基地」などと同じ感覚でジブチまたはジブチ基地と呼んでいます。
このジブチ基地のあるジブチ共和国と自衛隊駐留の為に結んだ地位協定があります。
政府は地位協定と呼ばずに交換公文と呼んでいます。
(ジブチ共和国における日本国の自衛隊等の地位に関する日本国政府とジブチ共和国政府との間の交換公文)
内容は日本語でA4版15ページ(英語で10ページ)と日米地位協定ほどには広い範囲を定めていませんが、刑事裁判権および懲戒上の権限がすべて日本側にあるという日米地位協定以上に、ジブチ共和国にとっては不利益な協定なのです。
なぜ、こんな協定が結ばれてしまったか、この協定自体がジブチ国民にはほとんど知らされていませんので、現政権に批判的な野党が政権を取らない限り明らかにはならないでしょう。
「ジブチ交換公文」の問題の条文は以下のとおりです。英文を読むと日米地位協定を下敷きにしたことが分ります。

8.The competent authorities of the Government of Japan shall have the right toexercise within the territory of the Republic of Djibouti, in cooperation with the competent
authorities of the Republic of Djibouti, all the criminal jurisdiction and disciplinary powers conferred on them by the laws and regulations of Japan with regard to all Personnel.

8 日本国の権限のある当局は、ジブチ共和国の領域内において、ジブチ共和国の権限のある当局と協力して、日本国の法令によって与えられたすべての刑事裁判権及び懲戒上の権限をすべての要員について行使する権利を有する。
「注:要員とは自衛隊派遣部隊隊員、並びに防衛省の自衛官以外の者、海上保安庁職員、日本国政府の職員など」

それでは「日米地位協定」ではどう書かれているでしょうか。

ARTICLE XVII
1. Subject to the provisions of this Article,
(a) the military authorities of the United States shall have the right to exercise within Japan all criminal and disciplinary jurisdiction conferred on them by the law of the United States over all persons subject to the military law of the United States;

(b) the authorities of Japan shall have jurisdiction over the members of the United States armed forces, the civilian component, and their dependents with respect to offenses committed within the territory of Japan and punishable by the law of Japan.
 

第十七条
1 この条の規定に従うことを条件として、
(a) 合衆国の軍当局は、合衆国の軍法に服するすべての者に対し、合衆国の法令により与えられたすべての刑事及び懲戒の裁判権を日本国において行使する権利を有する。

 

(b) 日本国の当局は、合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族に対し、日本国の領域内で犯す罪で日本国の法令によつて罰することができるものについて、裁判権を有する。

このジブチ交換公文8条について、ここで書くまでもなく実にわかりやすく解説した人がいます。!!
前防衛大臣の森本敏氏です。
防衛大臣就任前ですが国会審議で次のように述べています。

現政権の安倍首相はじめ全閣僚、石破幹事長、総理補佐官:礒崎洋輔、自民党副総裁:高村正彦、秘密保全PT座長:町村信孝、衆院国家安全保障特別委員会与党筆頭理事:中谷元などの面々は、森本氏の発言に我が意を得たりと思ったことでしょう。
これでは、日米地位協定の見直しなど絶対に進めることはありません。

「今回、日本とジブチの地位協定といいますか、実際は地位協定とは言っておらず、交換公文を双方が交わして統合任務部隊を現地に展開させているわけですが、思えば、日本の戦後の自衛隊の活動で、ホスト国とのこの種の地位に関する交換公文、協定を結んで統合部隊を展開させる言わば初めてのケースであり、これは今後の日本の自衛隊の海外における活動の非常に良い例といいますか、になりつつあるんだなということを強く感じるわけであります。特に、この交換公文の中で、すべての刑事裁判権を日本側にゆだねているという、大変日本に有利な地位協定の内容になっていることに私は一種の感慨を覚えるものです。」

「この日本・ジブチの交換公文というのは、いかなる場合でも自衛隊員がジブチに駐留する場合に起こした事件についての刑事裁判権というものを日本がすべてその責任を負うということになっているのは、たとえ公務執行中でない事故が起きたとしても、裁判権を日本の国内法に基づいて日本が裁判権を取るということになっているのは、日米地位協定との関係において日本が特権を享受している、つまりそういう意味では日本が有利である。
 もっと簡単に言ってしまうと、そういうことは考えにくいのですが、仮に自衛隊員が現地で勤務中以外の場合に町に出ていて、現地の人と傷害事件を起こして、その裁判権を争うというときに、この協定は、にもかかわらず、ジブチ側が協力をして日本が刑事裁判権を全部行使できるようになっている。それは、在日米軍基地において、つまり在日米軍が日本で享受できる特権よりもはるかに日本にとって有利な協定になっているのではないかと。そして、そのことは今後日本が海外に駐留するときに、この協定をモデルにして各国と協定が結ぶことができるというのであれば、非常に良い地位協定の基礎ができたのではないかという趣旨を申し上げた次第でございます。http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/171/0059/17106160059019c.html

森本敏氏は、防衛、軍備などの論評で、思考回路がショートしてしまったのかと思うような、偏った発言が多く、この発言なども思慮分別に欠けた人の意見だと思います。

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かぼちゃが小さいのか?、パブリカが大きいのか!

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北海道の親戚から、新鮮な野菜を送って頂きました。でもこの写真、ちょっと変ですが、修正しているわけではありません。
野菜が届いた時、赤ちゃんの顔ほどもある、大きなパプリカにも驚かされたのですが、カボチャが手のひらに乗るほど小さいので、これまたびっくり。我が家の近くのスーパーでは、商品としてお目にかかったことがありません。
でもどうしてどうして、このカボチャただものではありませんでした。「坊ちゃん」という名がついたミニカボチャで、食べたら甘くて、ホクホクとして美味しいのです。
カボチャとサツマイモを足して二で割ったような食感でした。この大きさなら栽培も楽しいかもしれませんね。

 話は変わりますが、8月27日の東京新聞に、月と太陽の引力や、天体間の遠心力の変化が植物の生育に影響を及ぼす現象を利用して、レタスの重量を通常よりも大きく増やすことに成功したと書かれていました。
この実験をしたのが、トヨタ自動車グループの内装部品メーカー、「トヨタボ紡績」というのも、これからの野菜作りの未来を感じさせて、興味深い挑戦だなと思いました。

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