2018年9月17日 (月)

夏休み?の工作

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今の小学生は、夏休みの宿題に工作があるのかな?
僕は、8月の暑さの中で工作をやりました。建築模型ではなく、なんと釣竿作りです。もちろん、初めてです。
以前のブログでも書きましたが、友人から太鼓リールを使うクロダイの落とし込み釣りを教えてもらっています。
友人は僕の持っていた3.5mほどの渓流竿を器用に改造し、落とし込み竿を作ってくれました。
見事な出来栄えの竿を見て、よし、僕も真似て作ってみようと思ったのです。
実は長さは2.4mほどの岸壁で釣る竿が欲しかったのです。
市販品はたくさんありますが、少し良さそうものだと、なんと数万円もするのです。もちろん、僕のような初心者には無縁の品です。
そこで、昔使った軟調子の渓流竿を、友人に習って改造してみることにしました。
渓流竿ですから、巻糸で形を作ったナスのような形のグリップがついています。余談ですが、このグリップを取り外す際、巻糸の下の形は全て新聞紙で作られていたのには感心しました。新聞紙の巻位置を少しづつずらしながらナスの様な形にして、その上から、糸をきっちり巻いて仕上げてきれいな曲線を持つグリップに仕上げているのです。友人に、その新聞紙の記事が読めるんだよと話をしたら、グリップの下地を新聞紙で作るのは普通だよと言われて、驚いた次第です。
話を戻すと、新たに太鼓リールの取り付けられるようにグリップを作って取り付けなければなりません。東急ハンズで、コルクの角柱を買って、ナイフと紙やすりグリップを作るべくやってみましたが、なかなか思うような形が作れません。
悪戦苦闘している中で、何気なくネットを見ていたら、なんと既製品でコルクグリップが売られているではありませんか。釣竿を作ったり、修理や改造したりしている人には、そんなことも知らないのかと言われそうですが、恥ずかしながら釣り竿の穂先の修理ぐらいしかしたことが無かった僕は、こんな良いものがあったのかと、目からうろこの思いでした。
早速、竿尻の径約11mmにあったグリップを選んで購入。太鼓リールが付くか心配でしたが、これまたピタリと合いました。竿尻と太鼓リールとの離れ寸法は、握りやすいように何度も調整し、隙間を白い配管用テープで巻きました。アクセントになってなかなか良い出来栄えです。(写真一番上)
グリップと竿とのわずかな隙間のガタツキは、紙粘土で修正しました。
後は固定ガイドと穂先の誘導ガイドの取り付けです。固定ガイドは、糸で巻き2液混合エポキシ樹脂の接着剤で取り付けました。(この接着剤をはじめ、紙粘土、紙やすりなど、全て100円ショップのお世話になりました。我家から、徒歩数分で、100円ショップがあるのはとても便利です)
 穂先の遊動ガイドは、穂先の径に合せて、0.1mm単位で径の小さいものから大きなものを取り付け、最後にトップガイドを付けて完成。
 実はこのガイドの購入が一番苦労しました。釣り具の上州屋とネット通販の「釣り具のKase」で購入しました。上州屋さんは、固定ガイドはほとんど在庫が無く、遊動ガイドも分類箱の中に、他の大きさのものが混入していたり、表示も判り難く、積極的に、この手の部品を売ろうとは思っていないようです。それに比べて、ネット通販ですが、Kaseさんは、驚くほどの品揃えで、ガイド一つの注文にもこたえてくれ、包装も丁寧、非常に好感が持てました。https://www.wasao.jp/    釣り具のKase

 ガイドの取り付けは、実は、不慣れな僕にとっては、なかなか大変だったのですが、書くと長くなるし、とても皆さんの参考になるとは思えませんので、その辺のところは省略します。
そして、なんとか完成した竿が写真2枚目です。(写真はクリックすると拡大します。)
重量70グラムの超軽量、落とし込み竿の姿です。
さて、問題はこの竿で釣れたのか?
友人に連れられて、葛西臨海公園近くの海で試し釣り。釣れたのです!
型は小さいですが、立派?なチヌです
(写真下)
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夕方2時間ほどで、こんな形が5匹ほど釣れましたが、嬉しくて写真に撮るのを忘れてしまいました。
師匠でもある友人は、もっと大型を釣り上げていましたよ。
柔らかい渓流竿ですから、竿先が弓なりになって、何とも良い引きを楽しめたのです。
もちろん、ガイド、グリップ共に壊れませんでした。
これが今年の夏の僕の工作とその成果のお話でした。

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2018年9月13日 (木)

ちょぴり秋の気配

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毎年の恒例行事、信州大芝高原での友人たちとの集まりに行ってきました。
その途中、中央道を韮崎インターで降りて、甘利山に登ってきました。
友人3人も一緒です。
甘利山は春のレンゲツツジで知られた山です。インターから林道を走る事、約40分くらいで甘利山広河原駐車場に付きます。ここから、登山道を30分ほど登ると、1731mの山頂なのです。(写真横)
林道が無かった頃は、中央線沿線の夜行日帰りの山として、乾徳山、大菩薩峠、三つ峠などと並ぶ人気の山でした。
頂上近くまで、舗装された林道が伸びたことで、簡単に登れるようになり、甘利山だけの登山の面白味は減りました。しかし、時間的に余裕が出来たことで、山頂から足を延ばし、大西峰、千頭星山までのコースが歩かれるようになっています。
千頭星山は鳳凰三山の眺望が良いとのことですが、残念ですが僕は登ったことがありません。
今回も、時間が無く、また、全山霧に包まれて眺望がまったくないので、甘利山から奥甘利山方向へ少し登ったところから、引き返しましたが、レンゲツツジの咲くころ、また登りたいと思う山でした。
紅葉には早い時期でしたが、霧の山稜を渡る風は、もう秋の気配を感じました。
大芝高原のログハウスロッジは、清潔で快適です。
集まる仲間の車に、またスバル車が増え、スバルファンの僕を喜ばせます。FORESTER X-BREAK 雪道を走りたくなる車です。
温泉に入り、いつものように外で炭火を起こし、串に刺した大きなブロック肉をじっくり焼きます。ナイフで少しパリッと焼けた肉を、そぎ落としながら食べる酒盛りは日頃の憂さを晴らしてくれます。

二日酔いと寝不足ながら、翌日は、マレットゴルフ。大芝高原のマレットゴルフ場は、54ホールもある大きな林間マレットゴルフ場です。
志木の河川敷で行うパークゴルフとは違い、ここは全て林の中を縫うコースなので、だいぶ勝手が違います。
クラブ(スティック)のヘッドの形状も、志木市ではゴルフクラブのドライバーのような形ですが、大芝高原では金属の円筒形で、このあたりも、良いスコアを狙う僕を悩ませます。
現地の常連さんたちは、皆さんとても上手い。コース上のどの木に当てれば、ボールをコントロールできるか熟知しています。
我々は、何度もお先にどうぞと、順序を譲ります。マレットゴルフでは、残念がら、今回も成績振るわずの結果で終わってしまいましが、涼しい高原で友人たちとの楽しい二日間を過ごすことが出来ました。Dsc044292_1024

Dsc04435_1024(写真のように、林の中にコースが作られています)

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2018年8月29日 (水)

日米地位協定とジブチ交換公文(地位協定)について

 憲法改正より、日米地位協定の見直しが先だろうとも言われていますが、当事者である日本政府が、この日米地位協定より、もっと不平等な地位協定を結んでいる国があります。自衛隊唯一の海外基地があるジブチ共和国です。
ジブチ基地も、当初は自衛隊の海賊対処活動のための隊員の休憩基地などと位置付けられていました。
ある政権御用達評論家が、海外基地などと言う大げさなものではなく、活動する航空機を雨露から守り、隊員に温かい食事を提供するだけの場であるとまで書いていたことも有ります。
 海賊対処法などもそうですが、最初の建前と異なり、それを大きく拡大解釈してしまうのは、自民党政権のお家芸でもありますが、いまやジブチ基地がどうなっているか、今後の展開がどうなるのか、皆さんご承知の通りなのです。
ジブチ基地のあるジブチ共和国と、日本政府が結んだ地位協定、外務省は交換公文と呼んでいますが、この協定について、5年ほど前に、あまりに他国の主権を踏みにじるものだと、このブログで批判した事があります。
今でも、少しも状況は変わっていないですが、憲法改正のいやな動きの中で、日米地位協定が再びクローズアップされているので、再度掲載してみようと思います。(登場人物の肩書などは今と異なります)
僕はこの地位協定を賛美した森本 敏氏の、自分の意見は絶対正しいといった物言いが大嫌いです。
日米協定では米国人からみた日本人がそうであるように、ジブチでも物事の判断が付かない現地人に、自衛隊員が裁かれたら、どんなことになるか知れたものではないといった、蔑視感にあふれています。
僕はジブチ政府とこんな国民無視の地位協定が結ばれたこと、そして継続し、今、基地拡張の土地提供も承認した裏には、当時から囁かれていた裏の交渉、金銭授受もあったと確信しています。

2013年12月23日のブログ

「日米地位協定の見直しが要望できない政府の事情とジブチ交換公文」

「日米地位協定」の見直しが論議されています。
しかし、日本政府にはもともと本気で改定を求める気はありませんし、米国側もそれをお見通しで、改定論議には即否定発言をします。
理由は幾つかありますが、そのひとつに日米地位協定以上の不平等条約を他国と結び、それを良しとしてはばからない国である日本が、もし米国にこんな不平等条約は改定してくれと通告したら、大きな矛盾を抱え込んでしまうからです。
他国とは、海賊対処活動に従事する海上自衛隊と航空自衛隊の基地があるジブチ共和国です。
防衛省は戦後初めて日本が持つ海外基地を、基地と呼ばずジブチ拠点と呼んでいますが外国からは軍事基地と認識され、自衛隊員も難しい論議なしに「横田基地」などと同じ感覚でジブチまたはジブチ基地と呼んでいます。
このジブチ基地のあるジブチ共和国と自衛隊駐留の為に結んだ地位協定があります。
政府は地位協定と呼ばずに交換公文と呼んでいます。
(ジブチ共和国における日本国の自衛隊等の地位に関する日本国政府とジブチ共和国政府との間の交換公文)
内容は日本語でA4版15ページ(英語で10ページ)と日米地位協定ほどには広い範囲を定めていませんが、刑事裁判権および懲戒上の権限がすべて日本側にあるという日米地位協定以上に、ジブチ共和国にとっては不利益な協定なのです。
なぜ、こんな協定が結ばれてしまったか、この協定自体がジブチ国民にはほとんど知らされていませんので、現政権に批判的な野党が政権を取らない限り明らかにはならないでしょう。
「ジブチ交換公文」の問題の条文は以下のとおりです。英文を読むと日米地位協定を下敷きにしたことが分ります。

8.The competent authorities of the Government of Japan shall have the right toexercise within the territory of the Republic of Djibouti, in cooperation with the competent
authorities of the Republic of Djibouti, all the criminal jurisdiction and disciplinary powers conferred on them by the laws and regulations of Japan with regard to all Personnel.

8 日本国の権限のある当局は、ジブチ共和国の領域内において、ジブチ共和国の権限のある当局と協力して、日本国の法令によって与えられたすべての刑事裁判権及び懲戒上の権限をすべての要員について行使する権利を有する。
「注:要員とは自衛隊派遣部隊隊員、並びに防衛省の自衛官以外の者、海上保安庁職員、日本国政府の職員など」

それでは「日米地位協定」ではどう書かれているでしょうか。

ARTICLE XVII
1. Subject to the provisions of this Article,
(a) the military authorities of the United States shall have the right to exercise within Japan all criminal and disciplinary jurisdiction conferred on them by the law of the United States over all persons subject to the military law of the United States;

(b) the authorities of Japan shall have jurisdiction over the members of the United States armed forces, the civilian component, and their dependents with respect to offenses committed within the territory of Japan and punishable by the law of Japan.
 

第十七条
1 この条の規定に従うことを条件として、
(a) 合衆国の軍当局は、合衆国の軍法に服するすべての者に対し、合衆国の法令により与えられたすべての刑事及び懲戒の裁判権を日本国において行使する権利を有する。

 

(b) 日本国の当局は、合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族に対し、日本国の領域内で犯す罪で日本国の法令によつて罰することができるものについて、裁判権を有する。

このジブチ交換公文8条について、ここで書くまでもなく実にわかりやすく解説した人がいます。!!
前防衛大臣の森本敏氏です。
防衛大臣就任前ですが国会審議で次のように述べています。

現政権の安倍首相はじめ全閣僚、石破幹事長、総理補佐官:礒崎洋輔、自民党副総裁:高村正彦、秘密保全PT座長:町村信孝、衆院国家安全保障特別委員会与党筆頭理事:中谷元などの面々は、森本氏の発言に我が意を得たりと思ったことでしょう。
これでは、日米地位協定の見直しなど絶対に進めることはありません。

「今回、日本とジブチの地位協定といいますか、実際は地位協定とは言っておらず、交換公文を双方が交わして統合任務部隊を現地に展開させているわけですが、思えば、日本の戦後の自衛隊の活動で、ホスト国とのこの種の地位に関する交換公文、協定を結んで統合部隊を展開させる言わば初めてのケースであり、これは今後の日本の自衛隊の海外における活動の非常に良い例といいますか、になりつつあるんだなということを強く感じるわけであります。特に、この交換公文の中で、すべての刑事裁判権を日本側にゆだねているという、大変日本に有利な地位協定の内容になっていることに私は一種の感慨を覚えるものです。」

「この日本・ジブチの交換公文というのは、いかなる場合でも自衛隊員がジブチに駐留する場合に起こした事件についての刑事裁判権というものを日本がすべてその責任を負うということになっているのは、たとえ公務執行中でない事故が起きたとしても、裁判権を日本の国内法に基づいて日本が裁判権を取るということになっているのは、日米地位協定との関係において日本が特権を享受している、つまりそういう意味では日本が有利である。
 もっと簡単に言ってしまうと、そういうことは考えにくいのですが、仮に自衛隊員が現地で勤務中以外の場合に町に出ていて、現地の人と傷害事件を起こして、その裁判権を争うというときに、この協定は、にもかかわらず、ジブチ側が協力をして日本が刑事裁判権を全部行使できるようになっている。それは、在日米軍基地において、つまり在日米軍が日本で享受できる特権よりもはるかに日本にとって有利な協定になっているのではないかと。そして、そのことは今後日本が海外に駐留するときに、この協定をモデルにして各国と協定が結ぶことができるというのであれば、非常に良い地位協定の基礎ができたのではないかという趣旨を申し上げた次第でございます。http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/171/0059/17106160059019c.html

森本敏氏は、防衛、軍備などの論評で、思考回路がショートしてしまったのかと思うような、偏った発言が多く、この発言なども思慮分別に欠けた人の意見だと思います。

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かぼちゃが小さいのか?、パブリカが大きいのか!

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北海道の親戚から、新鮮な野菜を送って頂きました。でもこの写真、ちょっと変ですが、修正しているわけではありません。
野菜が届いた時、赤ちゃんの顔ほどもある、大きなパプリカにも驚かされたのですが、カボチャが手のひらに乗るほど小さいので、これまたびっくり。我が家の近くのスーパーでは、商品としてお目にかかったことがありません。
でもどうしてどうして、このカボチャただものではありませんでした。「坊ちゃん」という名がついたミニカボチャで、食べたら甘くて、ホクホクとして美味しいのです。
カボチャとサツマイモを足して二で割ったような食感でした。この大きさなら栽培も楽しいかもしれませんね。

 話は変わりますが、8月27日の東京新聞に、月と太陽の引力や、天体間の遠心力の変化が植物の生育に影響を及ぼす現象を利用して、レタスの重量を通常よりも大きく増やすことに成功したと書かれていました。
この実験をしたのが、トヨタ自動車グループの内装部品メーカー、「トヨタボ紡績」というのも、これからの野菜作りの未来を感じさせて、興味深い挑戦だなと思いました。

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2018年8月27日 (月)

夏の終わり?

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(写真上、種まきが遅かったアサガオが、今、次々と花を咲かせてくれます)
昨夜、夜空を見上げた人は、煌々たる満月の輝きと、その西側にひときわ赤く光る火星を見る事が出来たでしょう。僕が見ていたのは夜の11時頃でしたが、ニュータウン内の木々や建物が、白く明るく光っていました。
二三日前から、夜遅くまで、うるさいほどに鳴いていたセミの鳴き声がぴたりと聞こえなくなり、コオロギの涼やかな音色が、庭から聞こえてくるようになりました。
いけない!セミがうるさいは禁句でした。
オーストラリアのグリーン島で、4歳にして両腕に浮き輪を付けて、ウミガメを追いかけていたかわいい女の子と出会い、その後、不思議な縁で手紙をもらうようになりました。
僕が或る日、家の周りで、毎日セミがうるさいほどに鳴いているとハガキに書いて送ったところ、お叱りを受けたのです。「おじいちゃん、セミはずっと土の中で過ごし、地上に出てくると、8日間ぐらいしか生きられないんだよ。一生懸命に鳴いているんだから、うるさいなんて言ってはダメだよ」
僕はそれ以後、セミ君ごめんよ、もううるさいなんて言わないからと誓ったのでした。
ちょっと、セロ弾きのゴーシュ調になりました。
「その晩おそくゴーシュは自分のうちへかえってきました。そしてまた水をがぶがぶ呑みました。それから窓をあけていつかかっこうの飛んで行ったと思った遠くのそらをながめながら「ああかっこう。あのときはすまなかったなあ。おれは怒ったんじゃなかったんだ。」と云いました。
おっと、自分の文章に酔っていてはいけない。
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新しい孫のように思える女の子とは、とても仲良くなりましたが、我家の孫たち、このブログにもたびたび登場したチビスケ1号、2号は今年から大学と高校に入学し、かってのように遊びに来ることはほとんどなくなりました。もう、じいちゃんと遊ぶ年ではないのです。
それでも、チビスケ2号は、あわただしくやってきて、我家に置いてあるNゲージで遊んで帰りました。
僕が、線路にぺんぺん草が生えて、レールも錆びるよと脅したからです。

土曜日は、ニュータウンの行事「森の祭り」でした。晴天に恵まれたとはいえ、気温40度近い酷暑の一日でしたが、ニュータウン中央の近隣公園にステージとやぐらが作られ、模擬店のテントが並び、大人と子供の神輿が練り歩きました。
この祭りが終わると長かった子どもたちの夏休みが終わります。

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写真上から、灼熱のステージで、南米音楽エスペランサの演奏。
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模擬店も沢山並びました。

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大人神輿がニュータウン内を練り歩きました。

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祭りの最後は盆踊りで盛り上がりました。





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2018年8月12日 (日)

サマータイムに反対その2

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(写真上、東京新聞8月1日朝刊)写真はクリックすると拡大して読みやすくなります。
安倍首相が、導入検討を指示した2時間サマータイムについて、これには絶対反対だと書きましたが、土曜日の東京新聞にも「睡眠不足、長時間労働」「サマータイムで大混乱?」と大きな記事が掲載されました。東京新聞読者でない方にも、読んで頂きたいなと、コピーしました。僕はこの記事に賛同します。
ただ、このサマータイム、政府の導入検討などには、即、提灯記事を書く産経新聞が、時間も1~2時間などと曖昧にして、メリットも強調している反面、珍しく負の面も書いていることから、実現の本気度は低いと見ます。
この、サマータイム、あまり何も考えられない森さんを利用した、何らかの別の意図を感じています。

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2018年8月 9日 (木)

オリンピックの為の2時間サマータイムに反対

充分な議論の末に、準備もして、それでやってみようとするなら、1時間のサマータイム実施には反対しないつもりだった。夏山では1時間程度のサマータイムは、昔からやっている。
しかし、なんだ今度のは!突然オリンピックの為に2年間だけ、それも2時間のサマータイム導入だと! 来年と再来年だそうだ。
森だか誰だか、話が出たなと思ったら、早速NHKの世論調査ご発表。
2時間のサマータイム導入に賛成が51%反対が22%だそうだ。
いったいどんな設問をしたんだNHKは。
周りに賛成する人が、二人に一人いますかってんだ。
昨日から予備の時計を2時間遅らせて腕につけてる。
ダメだ、ダメだ!時差ボケが起きそうだ。
公園でやっている朝の6時からのの太極拳は、ほんとは?4時だぜ。遠くから参加する人は、真夜中、ライトをつけて自転車でやってくる。
夕食6時は、お日様ピカピカ、まだ4時だ。何時間晩酌やればいいんだ。働く人達は、もうひと働き。よし、残業するか。ほんと寝不足になりそうだ。
「生命に危険を及ぼす酷暑」とやらのなか、競技開始を2時間程度早めようと考えたが、そんなもんじゃ、てんでダメだ。よしもう2時間繰り上げだ。なに時計の針をずらせばいいだろうと安易に考えたんだろうが、2時間の重みをよく考えてくれ。
だいたいが、オリンピック招致の時に、面の皮の暑い連中が、世界に向けて、なんか言ってなかったか。
「原発は完全にコントロールされています」違う、違う。
これだ!。
「日本のこの時期の天候は晴れる日が多く、且つ温暖であるため、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候である。
また夏季休暇に該当するため、公共交通機関や道路が混雑せず、ボランティアや子供たちなど多くの人々が参加しやすい」

理想的な気候だそうだ。どこが!
これはあまりに馬鹿馬鹿しくて、なにか云う気も起きないぞ。
なにがボランティアだ。それ単位習得だ、就職に有利だとか、大学に圧力かけおって。
学徒動員か。
交通や道路が混雑しないだと。誰が考えたってそんな事ありえないだろ。
東京だ、東京だと、石原某のせいで、日本中が大混乱だ。
書き始めたら、一晩中でも書くことあるぞ。おっと、いけない、サマータイムで、もう午前1時だ。ほんとは11時だ。いい加減にしてくれ!
サマータイムに反対だ。

 

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2018年8月 2日 (木)

夏の一日

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猛暑の毎日ですが、室温30℃以上にも慣れてきて、冷房はあまり使わない生活をおくっています。
かみさんからは「年寄りは、温度を感じなくなって熱中症になるのよ」と言われていますが、なに、昔は冷房などなかったのですから。
でも、子供の頃の夏休みに言われた、「朝涼しいうちに勉強よ」は、今や完全に死語になりました。夜通し暑くて、そのまま朝を迎えてしまうのですから。
新装オープンした柳瀬川図書館も、受験勉強の学生たちで終日満席なのも、仕方ないことだと思います。
我家で今、元気なのは、庭のポーチュラカだけです。(写真上)
焼けるような日差しの中、朝から昼ごろまで赤、黄色、白の花がきれいに咲いてくれます。この花は乾燥にも強いようです。
花言葉は「いつも元気」これほど、ぴったりの花言葉も少ないでしょう。
 先週の日曜日は、「やなせ川いかだラリー」が行われました。今年で22回目だそうです。僕は志木市も関係していると思っていましたが、主催は川向こうの富士見市の水谷東公民館でした。
参加艇もほとんど富士見市の人達のようで、皆さん、いろいろと仮装して、見ている僕も楽しくなりました。
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夜は敷島神社のお祭りで、志木駅前の歩行者天国になった道路には多くの屋台が並び、2日間で10万人の人出があったそうです。
国際屋台村と称するそうで、アジア系が多いのですが、ケバブサンドなど、どれも旨くてビール片手に、食べ歩いた夜でした。
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2018年7月29日 (日)

縄文特別展へ----火焔型土器と土偶のこと

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(写真上、縄文展で購入した大判絵葉書。6件の縄文国宝が揃い踏み)

 9年前の夏の日、僕は炎天下の道を長岡市立科学博物館へと、汗を拭き拭き歩いていました。夜の長岡の花火を見る前の時間を利用して、ぜひ「火焔土器」を見たいと思ったのです。
長岡駅から徒歩20分強、やっとたどり着いた建物は、科学博物館とはいっても、役所の支所のような建物の中にあるちょっと寂しい博物館でした。
志木市の郷土博物館を少し規模を大きくした程度です。
入場は無料でしたが、冷房もない館内には子どもが2人ほど展示を見ていただけで、ガランとしていました。
お目当ての「火焔土器」が初めて出土したのは新潟県長岡市の馬高遺跡です。
1936年に近藤篤三郎さんらの調査で出土した物で、考古学的にはこの出土第1号の土器のみを「火焔土器(火焔A式1号深鉢土器)」と称し、他のものや他遺跡出土のものは「火焔型土器」あるいは「火焔形式」など呼ばれ区別されているそうです。もちろん異論はあります。
火焔型土器としては、他の遺跡で見つかった素晴らしい物も多く、新潟県の十日町市の笹山遺跡の火焔型土器は国宝に指定されている物もあります。
しかし、なんといっても、発見第1号は見ておきたい。国宝とまではいかなくとも、国指定重要文化財です。
そして、僕が見たものは、ガラスケースの中に置かれた1枚のカード。
ああ無情。「火焔土器は貸出し中」
中越沖地震の時は、遠くドイツに貸出し中で、破損の被害を免れたそうですが、今度も貸出し中とは。
この後、長岡を再び訪ねる機会は無かったので、火焔土器を見ることはかないませんでした。
〇そして、今開かれている東京国立博物館の史上初!!縄文の国宝、6件すべてが集結!!「縄文特別展」一万年の美の鼓動。
http://jomon-kodo.jp/

笹山遺跡出土の国宝「火焔型土器」も出展されるようで、それならもしや、長岡のあの火焔土器1号も?。
まあ、火焔土器はおくとしても、縄文国宝6件と言えば、火焔土器を除くと他はすべて土偶ではないか!これは見に行かねば!。
 そして7月27日(金)午後、上野に行ってきました。
大々的に宣伝されている縄文特別展です。混むかなと思っていましたが、入場の行列はありませんでした。
 この日を選んだのにはわけがあります。国宝土偶5点のうち、茅野市の尖石縄文考古館所蔵の二点「縄文のビーナス」「仮面の女神」は、出展が遅れて、7月31日から展示されるのです。この日より前に行けば、少しは空いているのではと思ったのでした。
「縄文のビーナス」と「仮面の女神」は長野県の尖石縄文考古館を訪ねて、二度ほど見たことがあり、僕の机にはレプリカも置かれています。
この二点は見なくても良しとしよう。でも他の三点の土偶は、八戸、函館、山形の博物館所蔵であり、今まで見る機会は無かったのです。
縄文展は、平成館の2会場に分かれて、6つの章に分かれて展示され、200点以上の陳列品は、どれも見ごたえのある素晴らしいものでした。
そして、国宝4点は、朱色の壁に包まれた、いかにも特別陳列と言った豪華な雰囲気の部屋に置かれていました。
 入口近くの最初の展示は、「火焔型土器」、篠山遺跡出土の国宝指定の土器のなかで、この土器は群を抜いた有名品です。
よく間違えられているようですが、この土器だけが国宝と言うわけではなく、他に陳列されている個体指定の土偶とは異なり、「新潟県笹山遺跡出土深鉢形土器」として、928点の出土品で構成されている国宝の一つなのです。十日町市博物館のホームページには、次のように紹介されています。

「中でもこの国宝指定番号1の「火焔型土器」は「縄文雪炎-じょうもんゆきほむら-」、「火焔型土器No.1」、「ナンバーワン」などの愛称で親しまれ、新潟県笹山遺跡出土深鉢形土器57点に含まれる火焔型土器14点のなかでも、とりわけ異彩を放つ逸品です」

Dsc04205_1024そして、火焔型土器の奥には、国宝土偶3点、「合掌土偶」「中空土偶」「縄文の女神」がガラス張りの展示ケースの中で存在感を放っていました。
3点が一緒に見られる機会が来るとは、思ってもいませんでした。
それを実現してくれた縄文特別展、ありがとう。
一つ一つの土偶についての思いはあるのですが、それはまた別の機会にします。
今回、200点以上の土偶と土器、装飾品が展示されていましたが、残念ながら、あの長岡の「火炎土器1号」は展示品の中には有りませんでした。
発掘された土器などを生活用具として捉え、その変遷だけをたどる事をせず、展示会の目的が、1万3000年にわたる縄文時代の生活の中から、様々な道具を作りだした人々の技や思いに迫り、そこにある力強さと神秘的な魅力から、テーマを美に求めたからです。
それは「第1章 暮らしの美」「第2章 美のうねり」「第3章 美の競演」「第4章 縄文美の最たるもの」「第5章 祈りの美、祈りの形」「第6章 新たにつむがれる美」と名付けられたテーマ別展示に良くあらわされています。
縄文時代の造形の美しさに触れてみたい方には必見の、すばらしい縄文特別展になっていると思いました。特に展示品の中で、土偶の占める割合が多く、土偶を見るだけでも価値があるとも思いました。

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(写真下、館内は撮影不許可でしたが、出口横に撮影コーナーが設けられ、そこに見事な土器が並べられており、この前で記念写真を撮られている方もおられました)


 

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2018年7月24日 (火)

熊谷市が日本一暑い街、奪還

埼玉県が高温国内最高記録を奪回!と言っても喜ぶことではありませんが。
 昨日、7月23日(月)に41.1度を記録した熊谷市は、我が志木市から約40kmしか離れていません。
常に猛暑ランキングで上位を占める高温観測の常連都市です。
 1933年(昭和8年)7月25日に観測された山形市の国内最高気温40.8度は、その後長く更新されませんでした。
この教科書も書き直す必要が無かった記録を、74年ぶりに上回ったのが、2007年8月16日の熊谷市の40.9度だったのです。
しかしこの記録は6年後の2013年8月12日に高知県江川崎で41.0度が観測され、国内最高気温はあっさり更新されてしまいました。
ちなみに、国内最低気温は、こちらも教科書で習う北海道の旭川で1902年(明治35年)1月25日の-41.0度。奇しくもどちらも覚えやすい41度だったのです。その気温差82度、凄い!
この最低気温観測の日、あの有名な八甲田山雪中行軍遭難事故が起きてしまったことは良く知られています。
そして高温記録は、昨日の2018年7月23日、午後2時16分、熊谷市が41.1度と、またしても国内最高気温観測都市に返り咲いたというわけです。日本一暑い街奪還!
この記録、僕は当分破られないと思うのですが。岐阜県の皆さん、如何!
ところで、同じ日の午後、我家の外部温度計は38.5度を指していました。
 日中の気温が高いのはともかく、今回の猛暑は夜になっても少しも気温が下がらないのです。室内温度は、夜になってかえって高くなったりします。寝苦しいことこの上なしの毎日です。

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