2018年5月24日 (木)

市川市国府台の赤レンガ倉庫の保存に光明!---友人多いに喜ぶ

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このブログでも何度か書いたことがある、市川市国府台の旧陸軍の赤レンガ倉庫(写真上)が、保存される見込みが出てきました。(右記事)

Photo_2この建物の保存に長らく携わってきた友人とそのグループは、市川市長選挙で村越祐民候補(現市長)を応援し、赤レンガ倉庫の保存を訴えてきました。
4月22日に行われた選挙の結果、立憲、民進、共産、自由、社民が推薦する村越氏が、自民、公明が支援する保守系候補を破り当選したのです。
赤レンガ倉庫は、大久保博前市長の時に県からの購入は断念するとの結論が出たのですが、市長選挙の結果、これが見直されることになったと、友人から、新聞記事を添付したメールをもらいました。
10年近くの間、見学会やフォーラムを開催し、貴重な赤レンガ倉庫の保存と活用を目指してきた努力が実を結ぶ時が来たのです。この計画が後戻りすることのないよう、応援したいと思っています。
明治期の煉瓦造で、フランス積の構造が残る建物は、全国でも少なく、この崩壊の危険すらある価値ある貴重な文化遺産の存続に光が見えてきたことはうれしい限りです。
http://ichibun.net/akarenga/ 赤レンガをいかす会HP

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2018年5月18日 (金)

かわいい!---柳瀬川探鳥会で

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2018年5月13日(日)
生態系保護協会志木支部による月例の「柳瀬川探鳥会」に参加しました。
探鳥会は、毎月の第二日曜日の午前9時に、柳瀬川駅近くの富士見橋に集合すれば、誰でも参加できます。
生態系保存協会会員のガイドで柳瀬川、水谷田んぼ周辺を歩いて、野鳥や野草の観察を楽しみます。
今日は川に釣り人の姿も多く、見られた野鳥は少なかったのですが、会の終了近くの時間に、水谷田んぼでホンドイタチ(写真上)に会うことが出来ました。
近くにいた我々を警戒してか、葦の茂みから出たり入ったりと動き回っていましたが、その姿が何ともかわいいのです。
タヌキのようでもあり、子犬のようにも見えます。
写真は、僕のデジカメでは追い切れず、ガイドのYさんが撮ったものをお借りしましたが、ねっ!かわいいでしょ。イタチの持つちょっと悪いイメージとは、ずいぶん違った印象ですね。
Dsc03934_1024イタチのいた場所近くでは、キジを数羽見ました。(写真左)ケーン、ケーンと鳴いてそれほど人を恐れません。
これ、我家から徒歩10分ほどの距離なのです。川では釣りができるし、冬の自然観察会では、40種類以上の野鳥を見ることが出来ます。
カワセミもいますよ。
こんな柳瀬川沿いの豊かな自然環境がこれからもずっと守られると良いなと思っています。


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2018年5月17日 (木)

小石川後楽園へ

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(小石川後楽園から見た東京ドームとドームホテル。緑に囲まれた庭園越しのこの風景は、すばらしい)

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(後楽園内部、新緑が美しかった)


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現在、東京都内には、文化財保護法など法令や条例に基づき、名勝等に指定されている文化財庭園が18 件あるそうです。
このうち都立の庭園は9件で、中には国指定の特別名勝も含まれていて、次世代に継承すべき重要な文化遺産とされています。
知りませんでしたが都立庭園が9園もあったのですね。

1.旧岩崎邸庭園 台東区
  重要文化財(建造物) 明治時代 J.コンドル設計の洋館
2.旧芝離宮恩賜庭園 港区
  特別史跡・名勝 貞享時代(1684~1688) 回遊式泉水庭園
3.旧古河庭園 北区
  名勝 大正時代  J.コンドル設計の洋館とバラ園
4.清澄庭園 江東区
  東京都指定名勝 明治時代 回遊式林泉庭園
5.小石川後楽園 文京区
  特別史跡・特別名勝 寛永時代(1624~1645)水戸黄門ゆかりの大名庭園

6.殿ヶ谷戸庭園 国分寺市
  東京都指定名勝 大正時代  段丘崖を生かした回遊式林泉庭園
7.浜離宮恩賜庭園 中央区
  特別史跡・特別名勝 江戸時代 潮入りの回遊式築山泉水庭
8.向島百花園 墨田区
 史跡・名勝 文化時代(1804~1818) 唯一現存する江戸時代の花園
9.六義園 文京区
 特別名勝 元禄時代(1688~1704)  代表的な江戸時代の大名庭園

名前を聞けば知っている庭園ばかりですが、僕が実際に訪ねた場所は、浜離宮、旧芝離宮、六義園くらいで、それもだいぶ以前のことでしたので、よし、近いうちに全庭園を廻ってみようと思うのでした。

Dsc03912_1024その最初の訪問先として、今回、かみさんに誘われて、文京区の小石川後楽園に行き、ボランティアガイドさんの案内で午後の園内を見学することが出来ました。
地下鉄丸ノ内線の後楽園駅に降りると、目の前には見慣れた東京ドーム球場があり、隣接した緑に囲まれた大きな場所が小石川後楽園なのです。
入口は、庭園外側を廻って駅の反対方向にあるので、外柵沿いの緑を見ながら約8分程歩きました。
チケット売り場では、65歳以上の入場料割引があり、パスポートを見せる外国人に、明るく丁寧に対応する係りの方に好感がもてました。

小石川後楽園については、多くの方が案内記を書かれているので、ここではくわしく書きませんが、午前と午後に一回ずつ行われるボランティア庭園ガイドと共に歩くと、謂れなどがよくわかり楽しく鑑賞することが出来ます。
僕がガイドさんの説明を聞きながら回った園内で、特にいいなと思ったのは、やはり建造物になってしまうのですが、円月橋と得仁堂でした。
 円月橋(写真3枚目)は水面に映る形が、満月になることからつけられたとの事で、後楽園の中でも見どころの筆頭にあげられるほどの人気です。
当日は水面が少し汚れていたのと、風もあったので、満月のようには見えませんでしたが、バランスのとれた美しい形の橋でした。
石造アーチ橋としては、日本でも古い部類にはいるそうで、徳川光圀が招聘した明の儒学者である朱 舜水(しゅ しゅんすい)(1600年~1682年)の設計と指導により名工、駒橋嘉兵衛が造ったと記録されています。

 得仁堂(写真4枚目)は光圀が建立し修理は繰り返されましたが園内で唯一、江戸時代から現存する建物です。江戸時代の建物の形がよく残っています。
光圀が18 歳のころ、史記の伯夷伝を読んでその義に感じ入り、堂を建て伯夷・叔斎の像を祀ったとされています。案内のガイドさんは、王位を譲りあった伯夷・叔斎の兄弟にまつわる悲しくも気高い話を聞かせてくれましたが、書くと長くなるので、後で追記しておきます。

 後楽園と言う名は、中国の范仲淹(はんちゅうえん)の「岳陽楼記」(がくようろうき)の「天下の憂いに先だちて憂え天下の楽しみに後れて楽しむ 」
から名づけられたとのこと。
〇これは、すぐれた為政者は天下国家の憂いを世の人々がまだ憂えない前に憂え、天下国家の楽しみを世の人々が楽しんだ後に楽しむ。自己一身のことは問題にしないということ。
今の日本に置き換えてみると、とても優れた為政者とは呼べない時の首相は、能天気でゴルフなど楽しみ、天下国家を多いに憂えているのは国民という情けない現実に、この後楽園の意味を官邸にお届けしたい気持ちになるのです。

 さて、政権、官邸の愚痴を書き始めると、だんだん怒りが増幅してきますので、今日はここまでとしますが、選手の危険な行為が問題になっている日大アメフト部の関西学院大学への対応を見ていると、その様が安倍政権とまったく同じなのにあきれるばかりです。
この問題、テレビでの報道が過剰かと思えるのですが、逆に考えると、大きく報道されるたびに、安倍政権と加計学園を連想してくれる人が増えるという効果が生まれて、これも良しかと思うのです。
そう、麻生大臣がテレビに映るたびに、政権と自民党支持率が1%ずつ下がる効果に似ています。

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2018年5月 7日 (月)

良心は無いのか---柳瀬唯夫元首相秘書官と仲間たち

こんなおかしな話が、まかり通るとは!
 学校法人「加計学園」の獣医学部新設を巡り、柳瀬唯夫元首相秘書官(現経済産業審議官)が2015年4月2日に、学園関係者と首相官邸で面会していたと国会答弁で認める方向となったことが5月2日に分かったと報道されています。
東京新聞記事によると、これは与党関係者が明らかにしたとのことです。
これまでの「記憶の限りでは会っていない」との答弁では、とても逃げ切れないと自民党と官邸が判断し、発言を事実上修正し、次のような言い逃れで、国会での追及をかわそうとしているとのこと。
「記憶を整理したら、加計学園関係者と面会した覚えがある。
だが、文書に残るような愛媛県や今治市側の関係者が、後ろに混じっていたとは気付かなかった。だから、記憶の限り会っていないと言ったのは、嘘ではない」


まてよ、素直に考えると、加計学園関係者との面会のほうが、問題が大きいと思われるのだが、こちらは挨拶程度だったような記憶があるとごまかし、後ろに隠れていた県や市の関係者には、気づかなかったのだから文書にあるような発言していないと、これで押し切ろうと打ち合わせたようだ。

この男、「〇大出てても馬鹿は馬鹿か!」(♬♬♪ザ・ハイローズ)これ、知能指数の事ではない。人間性の事。
こんな日本語にもなっていない見え透いた嘘を、本人も交えて打ち合わせしている録音があれば聞いてみたいものだが、これを国民の代表たる国会議員の前で、平気で口から出すことが出来る柳瀬唯夫元首相秘書官の頭の中、どうなっているんだろう。
次期経産省事務次官の有力候補だそうだ。こんな男しか事務次官になる人間はいないのか!
 この、通常ではありえない首相官邸での面会の際(注1)官邸スタッフとして、文部科学省と農林水産省から内閣官房に出向していた職員も同席したのだが、官邸と両省が共に事実の確認をしない方向で調整がついているらしい。
〇官邸側は「出向元の各省が答えるもの」、一方の両省は「出向先の事はわからない」
〇内閣官房担当者は、出向職員の同席について、「県や市の職員の官邸の入館記録が無い以上、面会そのものを事実確認できないので、答えられない
。この問題は各省がそれぞれの立場で答えるものだ。」
〇両省は「出向職員が、国会説明に出席する必要ない」


ここまで書いていて、もう本当に嫌になるのですが、今週、またこんな馬鹿な嘘芝居を見せられる身にもなってくれよと嘆く連休最後の夜でした。
柳瀬唯夫さん、あなたは、事務次官になる前に、文科省に出向し、「道徳教育」なるものを勉強してきなさい!たしか、嘘をついてはいけないと書かれている道徳教育指導要領をまとめているはずですよ。

「主として自分自身に関すること」
〔第1学年及び第2学年〕
(3) よいことと悪いことの区別をし,よいと思うことを進んで行う。
(4) うそをついたりごまかしをしたりしないで,素直に伸び伸びと生活する。

〔第3学年及び第4学年〕
(4) 過ちは素直に改め,正直に明るい心で元気よく生活する。

「注1}
面会は異例中の異例(東京新聞2018年5月8日朝刊記事より抜粋)
〇2015年当時、官邸スタッフとして首相秘書官と共に仕事をしていた職員談
「知事が陳情に来ることはあっても、自治体の課長クラスの訪問は見たことがない。そもそも秘書官の面会相手は大半が中央省庁で、自治体職員と会う機会はないはず。ましてや助言なんてあり得ない」「県の課長らに助言までしていたとしたら、どういう経緯だったのか。見当もつかない」
〇かつて橋本龍太郎首相の秘書官を務めた江田憲司衆院議員談
「秘書官が自治体の課長に会うことは絶対にない。あるとしたら首相の地元の市町村長くらい。地元でもない自治体の課長と面会したとすれば、異例中の異例だ」
〇2015年当時、官邸に出向していた官僚談
「秘書官が自治体職員の訪問を受けるのは一般的でない」
〇2015年当時、官邸に詰めていた別の官僚談
「秘書官は省庁の局長級に相当する」「私のような省庁課長に会いに来るのも、自治体なら部長クラス以上だ」
特別な面会が実現した理由について
「首相案件だからでしょうか」と推測し、こう続けた。「国家戦略特区は本来、どこかを特別扱いできる仕組みではないのに」 
 

 

 

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2018年5月 4日 (金)

山つつじ咲く二本木峠へ

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4月29日(土)
秩父の二本木峠に、山ツツジを見に行ってきました。
ツツジの咲く季節、峠には、車で来る方も多いのですが、ここは秩父七峰縦走のコース中にあり、皇鈴山から登谷山方面に登るハイキングコースとして、四季を通じて人気のエリアでもあるのです。
 東武東上線の柳瀬川駅を8.01の電車に乗ると、小川町からのバスに乗り継いで、約25分、9時半頃には、登山口である内P_20180429_141656_1024出バス停に到着します。
小川町では、バス1台が増発されるほどの登山者でしたが、堂平山、大霧山などに分散されて、二本木峠に向かう人たちは十数名ほどでした。
峠へ至るルートは、バス停から30mほど先にある登山口の標識から登り始めます。バス停近くにはトイレもありまP_20180429_141719_hdr_1024す。
奥武蔵の杉林の多い登山道と違い、明るい広葉樹林の中を登ること、60分ほどで、二本木峠に着きました。
途中、もう散り始めてはいましたが、フジの花が随所に見られ、道端には、シャラの花がたくさん咲いていました。
 峠一帯は山つつじが満開で、どこを見てもあたりは朱色に包まれていました。
峠までの登山道ではほとんど見られないのに、突然目の前に展開する大群落には感動します。(写真5枚)
ここから、愛宕山を経て皇鈴山(679m)への登山道を見ると、まるで朱色のトンネルを抜けるようです。
 実は、今日は5月末に予定している年金者組合のハイキングの下見を兼ねて登ってきたのです。
ハイキングは「天空のポピーを訪ねる」と題して、ポピーの大群落を見た後、彩の国ふれあい牧場経由で、皇鈴山に登り、二本木峠から内出バス停へ下るコースを企画しました。
このコースのうち、ポピー畑から二本木峠までの状況を確かめたかったのです。
二本木峠からふれあい牧場までは、車道を歩きました。緩い下り道です。牧場は、小さな子供たちを連れた家族連れで賑わい、駐車場もいっぱいのようでした。
牧場の売店で、人気のソフトクリームを食べて待つというかみさんを残して天空のポピー会場まで、急ぎ下ります。登山道は無く、ここも車道歩きになります。
Dsc03880_1024秩父七峰縦走コース42kmは、結構車道歩き部分も多いのです。
大霧山方面への縦走コースから外れ、皆野方面に右折して、歩くこと約20分ほどで見たことのあるポピー畑の斜面を確認しました。(写真一番下)
まだ、花は見えず緑の斜面が広がっています。
よし、わかった。ここで、引き返します。登りの車道は、結構きつく、ふれあい牧場まで、約25分ほどかかりました。
牧場から、二本木峠までも車道歩きなので、この50分は、企画するハイキングコースとしてはつまらないな、どうしたものかと考えてしまいます。
以前は、牧場附近から二本木峠に到る尾根道があったような気がするのですが、牧場売店の人に聞いても、残念ながら車道歩きしかないとのことでした。
 今日はポーピー畑の下見の後、牧場のベンチで、ゆっくり昼食にして、眺望を楽しむことが出来ましたが、以前、七峰縦走をした時は、この辺ではかなりばてていて、先を急ぐあまり、コースの事をよく覚えていないのです。
 昼食後、来た車道をまた二本木峠に戻りました。ポピー畑への下見で時間を取られたので、皇鈴山は諦め、山つつじを鑑賞しながら、愛宕山で引き返し、内出バス停へ向けて登山道を下りました。
白石車庫からのバスは、満員でやっと乗り込むことが出来ましたが、和紙の里では、乗り切れない乗客が出てしまいました。一時間に一本のバスですが、休日は増発を考えても良いのではないでしょうか。
小川町駅へのバスを、「パトリアおがわ」で途中下車しました。パトリアおがわは町営施設で、高齢者は300円で大浴場に入れますから、山の帰りなど汗を流すのには良い場所です。入浴後、タクシーで小川町駅に戻り、帰宅しました。二本木峠の山つつじ、初めてでしたが、見ごたえのあるものでした。

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2018年5月 1日 (火)

5月1日はメーデー、そしてスズランの日

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Nihonsuzuran写真上、我家の庭のドイツスズラン)

(写真横、ニホンスズラン)

5月1日、今日はメーデーです。
日本は違いますが、世界の主要国では休日です。
毎年、メーデーに参加し、ジグザグデモなどを繰り返して、南部の赤帽」などと言われた遠い日を懐かしく思い出します。
 日本では、メーデーの祭典は、三つの組織に分かれてしまいました。
5月1日に、全国労働組合総連合(全労連)が代々木公園で、全国労働組合連絡協議会(全労協)が日比谷公園で開催します。
日本労働組合総連合会(連合)系のメーデー中央大会は、4月28日(土)に、代々木公園で行われました。
三つに分かれた組織を簡単に説明すると、「全労協」は共産党が支持母体で市民と野党の共闘をめざし幅広く結集を呼びかけています。
「連合」は、去年までは民進党が絶対的支持母体でしたが、その民進党が分裂、消滅も有りうる状態の中、今年は来賓に政党代表を呼ばないなど、政党との関係に苦慮しています。民進党がそうであったように、右派系、左派系の対立もあり、混迷の度を深めています。
まあ、共産党系以外の野党の支持と考えてよいでしょう。
「全労協」は、上記二つの組織に組しない独自路線を進んでいる組織です。
そんなわけで、日本の労働運動にとって、残念なことですが、労働組合の全国中央組織の再編による組織対立の激化で、1989年以降は統一メーデーの開催ができなくなっているのです。
もし、5月1日が休日になれば、全労連、連合系の合同開催と言うことも有りうるとは思いますが、実現までの前途は多難でしょう。まさに、メーデーは野党共闘の難しさを表す縮図のようなものなのです。

ところで、今日はスズランの日だそうです。日本のことではありません。「フェット・デュ・ミュゲ」(スズラン祭り)と呼ぶフランスでの話です

5月1日、「スズランの日」
フランスでは昔から愛する人やお世話になっている人にスズランを一輪贈る習慣があり、贈られた人には幸運が訪れると言われているのです。
そこで、この日は、ルールさえ守れば、たとえ販売店の許可がなくとも、誰でも街角などでスズランを売って良いことになっています。
商店街、地下鉄の入口、スーパーの入口などで、一輪または花束にして、あるいは鉢植えと、さまざまな趣向でスズランを売っています。
可憐なスズランを贈る習慣、少しづつ日本でも広まるかもしれませんね。

我家の庭のドイツスズラン、今年は花の付がとても良く、ミニ入笠山だと想って楽しんでいます。(写真上)
長野県の入笠山は野生のニホンスズランの大群生地として有名で、6月頃、スズラン祭りが催され、多くの観光客を集めています。
 100万本のスズランが咲く入笠湿原には、木道が敷かれ、立ち入りなどが管理されていますが、今から60年ほど前の登山道では、もっと広範囲に群生し、それこそスズランを踏まないように歩くのに苦労したほどでした。
最近は、ケーブル山頂駅付近に山野草公園が整備され、ここではドイツスズラン20万本を見ることが出来ます。
しかし、町の観光事業発展の為とは云え、入笠山の昔を知っている者にとって、外来種のドイツスズランの植生には、ちょっと、いやかなりの疑問と抵抗があります。

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2018年4月30日 (月)

特別職並びに総合職国家公務員は、連休中に読み返してください

森友、加計疑惑、自衛隊日報隠ぺい、働き方改革関連法案、財務事務次官のセクハラ等々、嘘と詭弁にまみれている安倍政権。
これらの疑惑に加担し、関係する特別職を含む国家公務員たちは、憲法記念日を前に、もう一度「日本国憲法」、「国家公務員倫理」、「国務大臣、副大臣及び大臣政務官規範」を読み直し、己の行動を顧みてください。

〇「日本国憲法第15条2項」を思い出しましょう
「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」
 公務員っていうのは、みんなのために仕事するんであって、一部の人のために仕事しちゃだめだよ。(塚田薫著 日本国憲法を口語訳してみたらより)


〇「国家公務員倫理規範」をしっかり読みましょう。
http://www.jinji.go.jp/rinri/detail2/main.htm

1 倫理行動規準
 職員は、国家公務員としての誇りを持ち、かつ、その使命を自覚し、第1号から第3号までに掲げる倫理法第3条の倫理原則とともに第4号及び第5号に掲げる事項をその職務に係る倫理の保持を図るために遵守すべき規準として、行動しなければならないこと。
一  職員は、国民全体の奉仕者であり、国民の一部に対してのみの奉仕者ではないことを自覚し、
職務上知り得た情報について国民の一部に対してのみ有利な取扱いをする等国民に対し不当な差別的取扱いをしてはならず、常に公正な職務の執行に当たらなければならないこと。
二  職員は、常に公私の別を明らかにし、いやしくもその職務や地位を自らや自らの属する組織のための私的利益のために用いてはならないこと。
三  職員は、法律により与えられた権限の行使に当たっては、当該権限の行使の対象となる者からの贈与等を受けること等の国民の疑惑や不信を招くような行為をしてはならないこと。
四  職員は、職務の執行に当たっては、公共の利益の増進を目指し、全力を挙げてこれに取り組まなければならないこと。
五  職員は、勤務時間外においても、自らの行動が公務の信用に影響を与えることを常に認識して行動しなければならないこと。

〇「国務大臣、副大臣及び大臣政務官規範」の存在も記憶にないなどと言わないでください
https://www.cas.go.jp/jp/siryou/kihan.pdf#search=%27%E5%9B%BD%E5%8B%99%E5%A4%A7%E8%87%A3%E3%80%81%E5%89%AF%E5%A4%A7%E8%87%A3%E5%8F%8A%E3%81%B3%E5%A4%A7%E8%87%A3%E6%94%BF%E5%8B%99%E5%AE%98%E8%A6%8F%E7%AF%84%27
1 国務大臣、副大臣及び大臣政務官の服務等
(1)服務の根本基準
国務大臣等
(内閣総理大臣その他の国務大臣、副大臣(内閣官房副長官を含む。以下同じ。)及び大臣政務官をいう。以下同じ。)は、国民全体の奉仕者として公共の利益のためにその職務を行い、公私混淆を断ち、職務に関して廉潔性を保持することとする。

(10)公務員との関係
① 国家公務員法等の趣旨を踏まえ、国民全体の奉仕者として政治的中立性が求められている職員に対し、
一部の利益のために、その影響力を行使してはならない。国務大臣は、職員の任命権を一部の政治的目的のために濫用してはならない。
② 国務大臣等は、その指示が法令に違反することのないよう十分留意するとともに、指示が法令違反のおそれがある旨の職員の意見については十分に考慮するものとする。

「いけしゃあしゃあ」
(いけは接頭語)人にどう思われようが、つら憎いまで平気でいるさま
この言葉が、これほど当てはまり、似合う男たちは他にいない。人呼んで「イケシャーマントリオ」。
どうしてこうまで平気で嘘をつき続けられるのか、安倍晋三総理
生まれも育ちもよいはずなのに、下品な言動と、悪相極まる、麻生太郎財務大臣
苦労人のなのに、ねめまわすような上から目線で威圧する傲慢な菅義偉官房長官

この3人も広義の国家公務員なのです。

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2018年4月21日 (土)

ナンジャモンジャの花が満開

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Dsc03852_1024今年もナンジャモンジャの花が咲きました。
この木は、志木ニュータウンの近く、西原ふれあい第三公園の南側入口前の、交差点の脇にあります。
信号に注意しながら歩いていると、かなり大きな木なのに、見落としてしまうこともあります。
今、満開です。例年はゴールデンウィーク頃ですから、10日ほど早いと思います。今年は全ての花が早く咲いていますね。
ナンジャモンジャとは別名で、正式には「ヒトツバタゴ」という名です。
Dsc03854_1024埼玉県では、珍しい部類の木で、環境省レッドリスト絶滅危惧種Ⅱ類に指定されているようです。
遠目で見ると、結構華やかで、雪が降り積もったように見えますが、近くで見ると、4つに深く裂けた、一つ一つの花びらは細く糸のようです。少しの風でも揺れて、接写で撮り難い花です。
花言葉を調べたら、「清廉(心が清らかで私欲が無い)」
うーん!参りました。恥ずかしい。
官邸の皆さん、そして霞が関の皆さん。花が嘆いていますよ。この木の花が散る頃には、あなた方も潔く散りましょう。
どう、あがいても、もう詰んでいるのですから。
それがわかっていないらしいのが摩訶不思議で、福島第一原発事故後の、御用学者と呼ばれた人達の映像に合わせて流れた、ザ・ハイロウズの「〇大出てても、馬鹿は馬鹿」という曲が、耳元に聞こえてくるのです。♪♪♪♪---
それにしても、麻生さんがテレビカメラの前で、支離滅裂な話をする度に、支持率が1%ずつ下がってゆくのを、自民党の人達はどう思って見ているのでしょう。

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2018年4月19日 (木)

平林寺半僧坊大祭へ---大般若経の転読に思う

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 (写真上、大般若経波羅蜜多経を転読する僧侶)
 平林寺は、我が志木市の隣町である新座市の野火止にある、創建後600年を超える古刹です。
境内の林が国の天然記念物に指定されていて、秋の紅葉の素晴らしさに、多くの観光客が参拝しますが、今の時期は、青楓の新緑が美しい事でも知られています。実際、境内を歩くと、鮮やかな緑の青葉が目に染み入るようでした。Dsc03789_1024_2

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この臨済宗の古寺で、年に一度の半僧坊大祭が行われましたので、行ってきました。
志木駅より、ひばりヶ丘団地行きのバスに乗ると、約20分程で平林寺の停留所に着きます。
 ところで、半僧坊とは、どのような方だったのでしょうか。
静岡県の引佐町にある奥山方広寺(おくやまほうこうじ)の開山である聖鑑禅師(しょうがんぜんじ)に師事していた、半僧半俗(はんそうはんぞく)の容姿をした異人がおりました。半僧さまと呼ばれ、よく師に仕え修行を積みましたが、その霊験あらたかなことにより信仰が深まり、山や森を守る鎮守として、かつ衆生(しゅじょう)にご利益を施す半僧坊大権現として敬われたのです。
聖鑑禅師に弟子入りを願い出たこの異人は、師が中国より戻る際、東シナ海において、台風に遭遇された船を無事、博多の港まで導いた後消えた、鼻の高い異人と、同一人物とも伝わっています。
 明治時代に方広寺から鎌倉建長寺(明治23年)そして平林寺(明治27年)などに勧進され、他の勧進された寺院のなかでも、方広寺を含むこの三寺は三大半僧坊とされているのです。
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 平林寺の「平林寺半僧坊大祭」は、毎年4月17日、半僧坊のある感応殿(かんおうでん)で大般若経の転読(てんどく)法要が行われ、雅楽の音とともに近隣法類(ほうるい)のお練りや稚児行列などが盛大に行われるのです。寺の前の道路は、歩行者専用となり、多くの露店が並び、植木市も開かれ賑やかな雰囲気に包まれます。
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午後2時、お練りで境内の半僧坊感応殿に入った30人の程の僧侶達の声を合わせた読経のなか、箱に入った600巻の大般若経の「転読」が始まりました。
転読とはどのようなものなのか、実は僕は今まで見たことが無く、今回、こういう事だったのかと初めて知ることとなったのです。


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Dsc03827_1024_3僧侶が手に持った般若経の折本を、左右や前後に振るようにして、空中で傾けながらぱらぱらと素早く開き、閉じます。
この間、大きな声で経を読むのですが、もちろん長い経文をすべて読み上げるのではなく、大般若経の正式名称の「大般若経波羅蜜多経 第〇〇巻 唐の玄奘三蔵 奉詔(ぶじょう)訳」と読んで初め・中間・終わりの数行(7行・5行・3行)を読みあげます。大般若経を開き閉じて転読することにより風が起きます。これを梵風(ぼんぷう)といって、この風をあびることにより、参列の方たちの所願成就につながるそうです。
経文を略して読むのが、転読なら、すべてを読み上げるのを真読(しんどく)といいます。
法要で真読を成し遂げるには、多くの僧も必要で、時間もかかりとても難しいので、略して読む方法である転読がとられているのです。
 こう書くと、いかにも平林寺の転読で、理解したように思えるでしょうが、これは後から調べたことで、実際には、僧侶がなんと読経しているのか、何を言っているのか全く分からず、なにか早口言葉のように聞こえた経文でしたし、梵風(ぼんぷう)をあびるには、あまりに僧侶と遠すぎました。
ところで、大般若経についていろいろ調べたので、自分の記憶のために少し書いておきたいと思います。
 大般若経は、御存じ「西遊記」に出てくることで有名な三蔵法師玄奘(602~664)が、最晩年になってから4年余りの年月をかけて配下の訳経僧たちとともに翻訳した、あらゆる仏典の中で最大規模を誇る経典です。字数は約500万字、全部で600巻となります。
勿論、教えの根源はお釈迦様にあります。
この経典は、釈迦滅後、5世紀程後に興った大乗仏教の基礎的教義が書かれている、長短様々な般若教典を集大成した膨大な経典として現在に伝わっています。この経典は西暦150年頃に現在の形の原形が成 立し、サンスクリット文字にて文書化され、以後長短様々な般若経典へと発展していきました。これを三蔵法師玄奘が苦難の旅の後、中国へ持ち帰り翻訳しまとめ上げたというわけです。
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私たちに、よく知られているお経に「般若心経」があります。
  観自在菩薩(かんじざいぼさつ)  行深般若波羅蜜多時(ぎょうじんはんにゃはらみったじ)  照見五蘊皆空 (しょうけんごうんかいくう)  度一切苦厄(どいっさいくやく)  舍利子 (しゃりし)  色不異空(しきふいくう)------ これですね。
このお経は上に書いた「大般若経波羅蜜多経六百巻」を二百六十二文字に要約したのもので、これが平素読まれている般若心教なのです。僕は柳沢桂子さんの著書で、この般若心経を美しい現代語に訳した「生きて死ぬ智慧」という本を持っています。(写真左)
堀文子さんの幻想的な挿絵も素晴らしく、心に響く名著だと思っています。
この本の朗読が、ユーチューブにありましたので、載せておきます。

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2018年4月16日 (月)

ハンカチの木---国会前庭(北地区)

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4.14国会前大行動に参加した帰り際、憲政記念館のある国会前庭(北地区)で、「ハンカチの木」と呼ばれる珍しい木を見つけました。(写真左2枚目、手前の小ぶりな木がそうです
http://yasashi.info/ha_00017.htm

Dsc03777_1024木の前に立つ説明板に、日本国憲法施行60周年の記念樹として、この場所に植樹されたと書かれていました。
小石川植物園、新宿御苑にも植えられていて、花の時期には多くの人が訪れているとの事ですが、僕もかみさんも運よく、この場所で花が咲く時期に出会えることが出来たのです。
その名のとおり、ハンカチをはらりと広げたような大きな白い花が咲いています。
かみさんは、この木の事は知っていて、是非見たいと思っていたとの事で、喜んでいましたが、僕もこんな形の花、初めて見ました。大集会参加の思わぬ収穫でした。
丁度、国会前庭は、ツツジが満開で、道路から聞こえる「アベハヤメロ」の大コールを聞きながらも、しばし嫌な「卑怯者集団政権」「泥船内閣」の事を忘れた時間を持てたのです。(写真下)

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