2019年9月13日 (金)

旭日旗をオリンピック観戦では使わないほうが良い

250pxwar_flag_of_the_imperial_japanese_a  韓国・文化体育観光省は11日、旭日旗を、来年の東京五輪・パラリンピックで、競技会場に持ち込むことなどを禁止するよう求める書簡を、国際オリンピック委員会(IOC)に送付したと発表した。
この件に関して、ネットでは、また韓国の嫌がらせなどとする書き込みがあったが、僕はそうは思わない。
なぜ、アジア諸国に侵略した日本軍の象徴的な軍旗を、スポーツの観戦に持ち込むのか、僕には真意がわからないのだが、しいていえば、これぞ韓国人に対する嫌がらせという以外にないのだろう。
彼らが深い意味など持ち合わせているとは思えない。またも韓国の嫌がらせなどと騒ぐのは筋違いなのだ。
 この韓国の旭日旗の持ち込み禁止要請に対して、9月12日、橋本聖子オリンピック・パラリンピック担当大臣は、旗の持ち込みは問題ないという認識を示したと報道された。
いや、問題はある。僕はオリンピック競技会場に旭日旗が出現することは、無いと信じている。
だが、もしもだが、掲げられたり、振りかざされた旭日旗があったとしたら、会場で騒動になることは目に見えているのだから。
会場の旭日旗を排除しようとする人々のほうが、圧倒的に多いことはサッカー競技で周知の事実であり、旭日旗を前にして、困惑する警備員たちも含めて、会場は混乱する。
政治的象徴問題以前に、オリンピック競技の進行に大きな影響を与えることになる旭日旗は、オリンピック観戦に持ち込まないほうが良いのだ。
 僕の祖母は、徳川家の禄を食んだ、士族の娘だったことを誇りに思い、薩長は嫌いだと言って憚らなかった。
 戊辰戦争の官軍は薩長だけではなかったのだが、なぜかそう言っていた。
親族が彰義隊壊滅後、函館まで転戦したとの話を聞かされて育った影響もあるのだろう。
355805_11492060728170321114_300_20190914111301もし、国体の団体競技が会津地方の競技会場で行われ、そこに官軍の錦の御旗や軍旗、それに類した旗指物などが、応援に使われたら、会津地方の人達は、どう思うだろうか。
会津の人達の薩長嫌いという伝説は過去のものだとされているが、それでも何故、そんな嫌がらせをするんだと思うだろう。
思う以上に、怒る人達もいるかもしれない。いや、戊辰戦争の恨み、今こそ晴らすぞと掴みかかるかもしれない。
僕の祖父母なら、多分そうしただろう。
韓国、いや北朝鮮の人たちを含めて、日本統治への恨みは深いのだ。金銭で解決済などとは、別次元の事なのだ。
橋本聖子オリンピック・パラリンピック担当大臣は、IOCがどう判断しようが、持ち込みは問題ないという、認識は改めた方が良い。
恨みを、これからの子供たちにまで、引き継がせるようなことになりかねない、問題の根は一つずつ取り除いていくべきなのだ。
安倍政権によって作り出された最悪の日韓関係を、少しでも良い方向に持って行くのは、たとえ韓国寄りと言われようとも、心ある政治家の務めなのだから。これでもかといった連日の嫌韓報道を、大多数の国民が支持していると思ったら、道を誤ることになる。
大本営発表を信じて、全て日本に分があると思っていると、気が付いたら足元を浚われる事態になる事に気づき、この状況を、これからの子供たちには渡せないと思う人たちが増えていることは、確かだと僕は思う。

| | コメント (0)

2019年9月12日 (木)

パン屋さんの絶品おやき 柳瀬川駅ペアモール商店街の「エーデルワイス」

我が町、柳瀬川駅前のペアモール商店街のパン店「エーデルワイス」。http://app.cocolog-nifty.com/cms/blogs/194977/entries/91309289
Dsc06065_1024
手作りパンが美味いお店ですが、ここのおやきが実に絶品です。
おやきの本場は信州で種類も多いのですが、エーデルワイスは「野沢菜」と「なす」の二種類のみ。やや、固めの皮と甘みを感じる柔らかい具の合わさる食感が実に良いのです。店主が、長野のご出身だと聞きました。お奨めです。
「おやきってなあに?」https://www.fukikko-oyaki.com/hpgen/HPB/entries/5.html Dsc06064_1024

 

| | コメント (2)

2019年9月 7日 (土)

さよならの山、南アルプス鳳凰三山へ-----308歳登山隊が行く その2

Dsc05988_1024薬師岳に向かう途中で、夜が明け始めた。山頂付近に雲がかかる富士山が大きく見えた。

(南御室小屋にて)
小屋の夕食は、ビーフシチュー。これが実に美味でした。僕は単独行の場合は、山中でのアルコールは控えるのですが、今回は、仲間が3人。それなら飲むぞ。よく冷えた缶ビールが喉に染みました。
夕食が済むと、山小屋の常で、あとは寝るだけ。
今夜の宿泊は我々4人だけなので、大きな声で話しても周りに迷惑はかけません。
広河原への入山、北岳バットレス、冬の地蔵岳遭難救助の話など、昔の登攀話にしばし盛り上がりましたが、それでも20時前には布団に入りました。
僕は、普段は12時頃まで起きているので、この時間では、いつもなかなか寝付けないのです。浅い眠りを繰り返していると、弟がもう出発しようと騒ぎ始めます。
8月22日(木)
めっぽう朝に強い男がいたのが不運、なんのかんのと、6時出発の予定が、4時前に小屋を後にすることになりました。単独行の僕は、時間に追われない限り、朝は明るくなってから行動します。夜の闇は道迷いしやすいし、危険も伴うからです。
でも、今日はヘッドランプを付けて南御室小屋を後にして、薬師岳を目指します。小屋横から樹林帯に入ります。
ライトに照らされた登山道は急登なうえ、雨でえぐられたのか、小さな塹壕の中を登るようで、歩き難い事この上なし。4人、黙々と登ります。
4時半頃、空が明るくなり森林限界を越えました。目の前に白い砂で覆われた稜線が続いています。頂上に雲がかかった富士山が大きく見えます。
観音岳付近までは富士山の撮影スポットのようです。天候は曇り、北岳方向は雲に隠れています。稜線上は時々霧が湧きますが、明るく見通せます。
しかし今日の午後は雨の予報がでています。巨岩の立ち並ぶ砂払岳に5時20分着。岩峰の薬師岳から観音岳への稜線が連なります。
ここから20分程の下りで、5時40分、薬師岳小屋に到着しました。
経営は南御室小屋と一緒ですが、一昨年に建て直された真新しい小屋です。
登山者は誰も見当たらず、小屋前のベンチで朝食の弁当を食べました。小屋の人から、天候が悪化すると、地蔵岳からは迷いやすいので、危ないと思ったら戻ってくるようにとの注意を受けました。老人登山隊を見て、心配したのでしょう。さて6時20分出発です。ハイマツの中を登り、この稜線特有のザレ場を登ると、あっけないくらいに、道標のある薬師岳山頂でした。二つの大きな岩塔のある広い山頂です。
この頃から、時々小雨が降り、ガスがまいて岩稜を隠すようになりました。右側に青木鉱泉に至る中道コースが分岐します。次の観音岳までは、上り下りの少ない山稜歩きとなりましたが、ガスが濃くなり先を急いで、観音岳山頂はいつの間にか通り過ぎてしまいました。
鳳凰小屋30分の標識の立つ岩稜を過ぎて、小さな嶺を越して、ひと登りすると赤抜沢ノ頭でした。9時15分到着。
このあたりまで、ほとんど他の登山者と会うことはありませんでした。オベリスクのある地蔵岳まで往復しようとザックを置いて歩き始めた頃から、雨がやや強く降り出し、オベリスク登りはあきらめました。高齢登山者、どこそこの何某、オベリスクで転落などと報道されると、友人たちを嬉しがらせることになりますから。
これで鳳凰三山(薬師岳2780m、観音岳2840m、地蔵岳2764m)登り終え、後は広河原への下山です。もう、再びこの山稜に来ることは無いかと思うと、ちょっと感傷的になります。
白鳳峠に到る、途中の高嶺(2778m)越えは登り下りともハイマツ帯の急登です。高嶺着11時20分。
途中で、大きなザックを背負った、大学生のパーティが、急な岩稜を大分疲れたように登ってきました。後から考えれば、白鳳峠までの急傾斜の難路を登ってきたばかりだったのです。
白鳳峠着12時20分。下降路は、一見緩傾斜の歩きやすそうな道に見えます。あたりはシラビソの林が綺麗です。
しかし、それも入り口部分の僅かな距離だけ、ここからが、話には聞いていましたが、歩きにくいガレ場と樹林帯の急こう配の下りが嫌と言うほど続きます。僕の膝が悲鳴をあげます。
最新の山と高原地図では、この下りを2時間半から2時間に改めていますが、これは無理です。地図から登山道荒廃の文字が消えましたが、実際は結構道も荒れていて、僕らは3時間以上かかりました。
最後まで、これでもかという急傾斜に、へとへとになって、3時30分、やっと林道にたどり着き、僕ら308歳登山隊は無事、鳳凰三山縦走を終える事ができました。僕以外の3人は、それほど疲れた様子はありません。強いご老人たちです
登山口から林道を20分ほど歩くと、広河原に到着。北岳は雲に隠れて、バットレスや山頂を見ることは出来ませんでした。
広河原から、乗り合いタクシーで、夜叉神峠の駐車場まで戻り、4人の登山を終了しました。 Dsc05993_1024 Dsc05991_1024_20190907214901 Dsc06015_1024 Dsc05998_1024 Dsc06020_1024 Dsc06015_1024 Dsc06044_1024 Dsc06049_1024 Dsc06036_1024

 

 

 

 

 

| | コメント (2)

2019年8月31日 (土)

さよならの山、南アルプス鳳凰三山へ-----308歳登山隊が行く

Dsc06027_1024 
山行二日目、鳳凰三山最後の山、地蔵岳に到着です。
中央高速道からもそれとわかる屹立した岩峰、オベリスクです。(写真上)
この岩峰を間近に見たさに、長い山稜を歩いてきたのです。そして今回の山行で嬉しかったのは、南アルプス特産種のタカネビランジが沢山見られたことでした。少し時期は遅いかと思ったのですが、稜線上の岩陰のあちこちに、ピンク、白と色違いのタカネビランジが咲いて、縦走の疲れをいやしてくれたのでした。(写真下)
Dsc05992_1024

 もう再び来ることはないだろう、「さよならの山」、昨年秋には、北アの鹿島槍にお別れしてきましたが、今回、南アルプスは、鳳凰三山を選びました。
いつもの単独行のつもりで計画したのですが、弟とその友人二人が、一緒に登ってくれることになりました。皆、登山歴60年以上の猛者です。
僕にとっては、久しぶりのグループ登山です。

8月21日
 天候は曇り。朝9時10分、夜叉神峠登山口の駐車場に車を止め、夜叉神峠を目指しました。駐車場は空いていました。
メンバー4人の総年齢が308歳、老人登山隊の出発です。しかし、僕以外の3人は、先週、静岡県の田子の浦から富士山頂まで、標高差3776mを登ってきたと、けろっと言う凄い人たち。
 ゆっくり登ろうねと言われ、なんとかついて行けるだろうと思って、後に続きました。
確かに登るスピードは遅い。一人で登ることが多い僕は、どうしても標準コースタイムを頭に、休憩を加える登り方をしますが、この3人、そんなことは全くお構いなし。望遠レンズ付きのカメラで花の写真など撮りながら、一定時間登ると休憩し、歩いてさえいればいつか着くよと、のんびりしたものです。
 しかし、教えられました。僕は今回の縦走で、一度も息切れすることが無かったのです。呼吸が乱れず楽に登れたのです。
そうか、僕は年を考えずに、急ぎすぎていたのか。セオリーどおりと言えばその通りですが、こんな登り方があったんだと、改めて気づかされたのです。
よく整備された樹林帯の中の道を登って10時30分夜叉神峠に到着。
 空は明るいのですが、残念ながら、北岳、間ノ岳方面は、雲に覆われて折角の眺望もかないませんでした。夜叉神峠小屋は営業していました。
ここから、北方向に向けて三山縦走が始まります。
樹林帯の単調な道を歩いて、杖立峠13時、苺平に15時に到着。
苺平から千頭星山経由で甘利山への分岐があります。あまり歩かれてはいない登山道です。
苺平からは、明るい樹林帯を下ること、30分ほどで南御室小屋に到着しました。
小屋前の広場には、冷たい水がパイプから流れ出していて、思わずがぶ飲みしてしましました。
小屋横のテント場には、小さな天幕二張と、11人で来たという大学のサークルグループが、大型天幕を張っていました。
こんな大きなテントを良く担ぎ上げたねと聞くと、分解して運べるとの事、こんな天幕初めて見ました。
今夜はこの南御室小屋に泊まります。
宿泊の登山者は、僕ら4人だけ、管理人には悪いけど、ゆっくり寝られるなとにんまりしました。
(---続く)

Dsc05962_1024

 

 

 

 

 

 

 

Dsc05967_1024

 

 

 

 

 

 

 

Dsc05976_1024

 

 

 

 

 

 

 

Dsc05981_1024

 

 

 

 

 

 

 

Dsc05982_1024

 

 

 

 

 

 

 

Dsc05983_1024

| | コメント (4)

2019年8月15日 (木)

8月の柳瀬川探鳥会

Img_0091_1024 8月11日(日)
6月、7月と雨天で中止になっていた柳瀬川探鳥会に参加しました。
いつもどおり、富士見橋に午前9時集合、6名の参加者です。
皆、生態系保護協会志木支部のベテランの方ばかり。教えられることの多い探鳥会です。
柳瀬川右岸を下流方向に、植物なども観察しながら、野鳥を探しました。
カルガモ艦隊発見。後ろに続くのは、子供たちかな。すぐに岸辺の草の影に隠れてしまいました。この時期に見られてラッキーでした。(写真一枚目)
朝から、日差しも強く、暑い日なので、野鳥も少ないと思っていました。
しかし、カルガモ親子の幸運に続き、水際をチョコチョコ歩くイカルチドリや、腰を上下に振って歩くイソシギ、ハクセキレイ、キセキレイ、オナガ、アオサギ、ダイサギなど、かなりの数の野鳥を見ることができました。
僕はまだ、イカルチドリとコチドリの見分けが苦手です。
でも、今日、イカルチドリをじっくり観察できたので、少しわかるようになった気がしてきました。
Img_0093_1024-1そうだ、写真に撮れなかったのですが、イカルチドリの幼鳥を見ました。初めてでした。

 

 

 

 

 

 


イカルチドリ

Img_0095_1024-1

 

 

 

 

 

イソシギ


Img_0088_1024_20190816134301

 

 

 

 

 

 

アオサギ

 

Img_0096_1024_20190816134301

 

 

 

 

 

 

 

イカルチドリとイソシギが一緒に

Img_0102_1024_20190816134301

 

 

 

 

 


水谷たんぼで残念な光景を見ました。除草剤で

枯れた田んぼ跡です。野鳥にとって良くない環境に
なりました。

 

 

 

 

| | コメント (0)

2019年8月10日 (土)

至仏山へ

8月9日 「長崎原爆の日」 核廃絶を心から願います。そして政府に核兵器禁止条約の署名、批准を求めます。
 今日も35度越えの気温です。ともかく暑い!
来年の今日は、予定通り進行していればオリンピック閉会式の日です。
評論家の誰だったか、東京の暑さをDeath Weekと呼んでいましたが、気象庁が「命に危険を及ぼす暑さ」と注意を促すほどですから、あながち外れてはいないと思います。
 何度も書いて、しつっこいようですが、オリンピック招致の際の立候補ファイルのアピールを思い出します。
(7月24日~8月9日)「この時期の天候は晴れる日が多く、且つ温暖であるため、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候である」
いくらオリンピック開催の招致期間が、7月、8月に限定されているとしても、こんな文章、中学生だって書かないのに、いったい誰が書いたのでしょう。石原慎太郎さんかな。
東京で7月、8月のオリンピック開催は、無理だと判断できる人材がいなかったのでしょうか。
ともかく、猪突猛進!後で振り返れば、なぜこんな事を推し進めたのかと、疑問に感じた時には、もうどうにもならないところに来てしまっている。
超入門「失敗の本質」でも書かれるように、日本人の戦略性の欠如、俯瞰的視点から最終への道筋を作れない弱点が、こんなところにも表れます。
問題は、この事態を招いた責任者が誰なのか、それが判らなくなるのが、これまた日本の悪いところなのだと思います。ああするより、こうするより仕方なかったのだと言う擁護論ばかりが幅を利かせます。
 過去10回くらい、1980年代からの開催都市の気温を調べても、8月の最高、最低気温の平均で、日本が
ダントツ1位です。
特に平均以上の気温が連続するのが、オリンピック期間中なのです。
観客の暑さ対策も心配されていますが、選手村に入る選手たちは、暑さを乗り切って、体調管理ができるのでしょうか。心配です。
さて、熱い話はこのくらいにして、思い立って尾瀬の至仏山に登ってきましたので、そのことを書きます。
Dsc05931_1024至仏山山頂)

尾瀬には季節を変えて何度も行きましたが、至仏山(2228m)は、なんとなくいつでも行けると思いながらも、登る機会がなかったのです。
北アルプス、中央アルプス、白山など、多分これが最後の山行きだと、ここ数年「さよならの山」を続けてきましたが、尾瀬編は多分この至仏山になるでしょう。
そうだ、残る南アルプスは、来週登る予定の鳳凰三山に決めています。最後の三千メートル峰になるかもしれません。ご老体頑張ります。

さて、東武鉄道のパンフレットで、川越駅西口から鳩待峠に行くバスが出ていることを知り、夜行バスを利用しての至仏山登山を急遽計画しました。
 チケットは東武トップツアーズの志木支店で事前予約しました。
川越駅西口から23時35分に出発の40人乗り夜行バスは、乗客が思ったより少ない20人程で、後ろの座席を心配することなく、シートを倒してゆっくり寝ることが出来ました。4列シートのバスでも、このくらい余裕があると、夜行でも楽です
往路のコースが変わったらしく、大清水周りで戸倉に着いたのが3時50分。ここからマイクロバスに乗り換え、鳩待峠には5時20分頃には到着しました。
戸倉での乗り換えの待ち時間が面倒ですが、ともかく、川越駅前から楽々と登山口に到着できる便利さは嬉しい限りです。
ちなみに、帰りもこのバス便を利用しましたが、なんと乗客は3人と、バス運行会社に申し訳ない状況でした。
 鳩待峠から山ノ鼻までは、通いなれた道です。よく整備された道を45分程で下れて快調でしたが、それもここまででした。
至仏山荘近くのポストに登山届を提出して、尾瀬ヶ原への道と別れました。
至仏山を眼前にしながら、爽やかな風が吹き抜ける木道を気分よく歩いたまでは良かったのですが、登りにかかると、寝不足と暑さ、それに予想以上の急登に老体が悲鳴をあげます。山ノ鼻1400m、至仏山2228m、高度差828mの登りです。
それでも、登山道脇に咲く様々な高山植物に慰められて高度を上げました。
1時間ほどの登りで、森林限界を過ぎると、尾瀬ヶ原が一望できます。見たかった風景です。
湿原の中に、山ノ鼻から竜宮、見晴に続く木道が白く見えます。
補修の手がまわらないのか、だいぶ損傷が激しく、傾いてしまった木道と、滑りやすく登り難い蛇紋岩の岩場に時間を取られ、念願の至仏山山頂到着は10時半ごろになってしまいました。
山の鼻の至仏山荘発が7時でしたから、登りに3時間30分かかりました。ともかく暑かった。たっぷり用意した水に救われました。
標準コースタイムの2時間30分は、老登山者には、かなりきついですね。
晴天に恵まれ、山頂は360度の大眺望。目の前の燧岳はもちろん、かって登った越後の山々が連なります。
岩のごつごつしたあまり広くない頂上は、鳩待峠から登ってきた登山者も交えて、十数人の登山者で賑わっていました。(写真上)
鳩待峠からの往復は可能ですが、山の鼻からは登り専用で、山頂からは鳩待峠に行くことしかできないのです。
 尾瀬に初めて登ったのは、60年以上も前で、奥日光の湯元から丸沼を抜けて、大清水から三平峠を越えて入りました。
まだ、尾瀬沼には、長蔵小屋裏から沼尻までの渡船が運行されていて、燧岳登山には便利でした。
小屋近くのキャンプサイトは、薪が燃やせましたが、ガソリンストーブなど持っていなかった高校生の僕たちは、雨の日の食事作りには泣かされました。
 尾瀬沼から尾瀬ヶ原を抜けての帰路は、現在の鳩待峠ではなく、富士見峠経由で富士見下までのルートがメインでした。
まだ、あやめ平が、登山者に踏み荒らされて丸坊主にされる前で、広々とした湿原の向こうに燧岳が凛々しく聳え、天上の楽園と呼ばれた美しさを見せてくれた時期です。
 日本100名山の著者の深田久弥さんが、初めて至仏山に登ったのが1924年(大正15年)の秋、上越線が開通前で、藤原から利根川を遡り、狩小屋沢から至仏山に至ったと書かれています。
狩小屋沢は沢登りルートとして、今でも至仏山への登頂に使っている登山記録も見ますが、僕の古い山友達から、湯の小屋から狩小屋沢沿いの杣道を登ったと聞いた事がありますから、今は無い狩小屋沢登山道はある時期まで、廃道寸前ながら残っていたのでしょう。
 下山バスの時刻が気になり、山頂では20分程過ごし、下山にかかりました。登りもそうでしたが、至仏山の登山道は整備された北アルプスの登山道などより、かなり難路と言えるでしょう。岩稜帯の岩は滑りやすく、道も厳しいのです。ストックが役立ちません。
下る事40分程で小至仏山に到着しました。ここから振り返ると岩稜と灌木の緑のコントラストが美しい至仏山山頂が大きく見えます。
まだまだ続く岩稜帯をどんどん下り、湿原の中に木道が伸びるオヤマ沢田代を経由して、バス発車時間に追われるように、13時10分に鳩待峠に戻りました。至仏山山頂より2時間20分かかりました。
登山道の両側には、こちらも高山植物が沢山見られました。
途中、鳩待峠まで多分2.5kmほどの地点で、渋川市の小中学校で英語の教師をされているという米国の女性登山者に会い、これから頂上に行くなら、少し遅い時間なので、気を付けるように話しました。
しかし5分ほど下った地点で、あの米国人はことによると、道を間違えているのではないかと心配になり、急いで駆け戻りました。
やはり、至仏山に登るのではなく、先に尾瀬に入った友人と合流すべく鳩待峠から登山道に入ったが、携帯で連絡がつかず困っていたとの事でした。山ノ鼻か富士見峠に行くつもりだったと思われるので、道が違うことを教え、一緒に下山することになるハプニングがあったのです。
 鳩待峠を13時40分が定刻の乗車指定のバスだったのですが、バスでも乗り合いタクシーでも可能なチケットだったので、発車寸前の乗り合いタクシーで、早めに戸倉に到着。他の乗客は皆、自家用車組で第二駐車場で下りてしまいました。
 誰もいない高速バス乗り場で、ぽつんと一人バスを待ち、14時30分発のの乗客3人の高速バスに乗り込み、17時20分、川越駅前に戻りました。
2000m級の山に登ったにしては、かなり早い時間に戻れました。直行バスの強みでしょう。
 夜行日帰りと忙しい登山でしたが、多くの高山植物に出会えた至仏山登山でした。
尾瀬行きには、朝発の尾瀬号もありますので、利用価値のある登山バスだと思います。
ちなみに、料金は柳瀬川駅から川越までの乗車券もついて、往復7,300円です。戸倉から鳩待峠までのマイクロバス料金、往復1,960円は含まれません。
(新ココログブログの操作性が悪く、というより、まあ、僕の使用法も悪いのでしょうが、写真、画像の挿入がうまくできず、順不同、説明なしですみません。時間があれば、写真の入れ替えと説明を加えるつもりです)

Dsc05908_1024 Dsc05923_1024 Dsc05911_1024 Dsc05909_1024_20190810224801 Dsc05920_1024 Dsc05912_1024_20190810224801 Dsc05906_1024 Dsc05949_1024 Dsc05929_1024 Dsc05941_1024 Dsc05940_1024_20190810225001 Dsc05945_1024_20190810225001 Dsc05943_1024_20190810225001 Dsc05948_1024 Dsc05946_1024_20190810225001 Dsc05903_1024

| | コメント (2)

2019年7月27日 (土)

冷凍ブルーベリーで、ブルーベリー酒とジャムを作る

Dsc05892_1024  ブルーベリー酒を作っています。以前は、市販の栽培ブルーベリーでしたが、最近はもっぱら冷凍品使っています。出来栄えは、生も冷凍も、ほとんど同じといってよいでしょう。
ただ、野生の浅間ブドウ、これに勝るものは無いとは思っていますが、近年、ほとんど採取禁止になって入手は困難なのです。
〇作り方は簡単です。
材料 冷凍ブルーベリー 400g(200g入り2袋)
    氷砂糖 150g
    ホワイトリカー 600cc
    レモン 皮を剥いて二つ切り
冷凍ブルーベリーは、冷凍のまま、ビンに入れ、氷砂糖、ホワイトリカーを加えて、最後にレモンを入れてお終いです。レモンは一か月後に取り出します。
冷暗所に保存して、4か月程度で、ブルーベリー酒を飲むことが出来ます。

〇ジャム作りは、ブルーベリー酒を作った後の、ブルーベリーを使います。
材料 ビンから取り出したブルーべりー 約400g
    砂糖 150g
    水 120cc
    レモンしぼり汁 おおさじ2杯
    はちみつ 小さじ1杯
 ブルーベリーは、フードプロフェッサーで、すり潰して、鍋に入れます。砂糖、水を加えて、沸騰するまで煮ます。
沸騰したら、弱火にして、丁寧にあくを取りながら、約30分程煮詰め、最後にレモンしぼり汁とはちみつを加えて出来上がりです。
この、ジャムは生のブルーベリーで作ったものより、美味だと思っています。

| | コメント (0)

2019年7月23日 (火)

「日本は世界の外交をリードしている」----萩生田光一幹事長代行 これって海外ではどう見られているのか

昨夜のNHKスペシャル生討論「有権者の選択日本政治はどう動く」(19時30分~20時45分)で、自民党の萩生田光一幹事長代行は、聞き間違えでなければ、こんなことを言っていた!。「日本は世界の外交をリードしている」と。
最近の、対韓国、ロシア、中国、イランなどを巡る外交問題で、日本がリードしているとは、とても思えないのだが。
この方は、日本は「何々」で世界をリードしているというフレーズがお好きのようだ。僕には安倍政権の驕りの反映にしか聞こえない。
驕りからくる、状況判断の甘さ、というより先を読まない(読めない?)行動が、今、日本に跳ね返っている。
国際捕鯨委員会脱退と商業捕鯨再開、そして参院選での受けを狙ったような、対韓輸出規制強化。問題をよりこじらせたのは、最近とみに悪相になった河野外務大臣の無礼発言。
これらが、アジアでそして世界でどう報道されているか、
International Whaling Commission Japan
Japan considers strengthening export restriction as Korean と検索してみるとと、国内のマスコミが伝えるものとは、かなり違った見方がされていることがわかる。僕もそうだが、「Bingで翻訳」を使えば意味はほとんど掴める。
特に韓国バッシングについては、日本のマスコミは、もう少し冷静な報道をしてほしいと思う。急進的な発言が目立ちすぎる。半導体、ディスプレイ材料の輸出制限に関しては、日本政府は当初、安倍首相、菅官房長官、世耕経済産業相らが、元徴用工問題を巡る日韓の政治的軋轢が背景にあると発表し、後で貿易問題だと言い直したが、時すでに遅し、海外メディアは「日本政府の第二次世界大戦中の朝鮮人の強制労働に対する日本政府の外交問題が続く中---」が枕言葉になっている。
〇「7月の規制強化発表直後の、世耕経済産業相談ー旧朝鮮半島出身労働者(元徴用工)問題については、G20までに満足する解決策が示されず、信頼関係が著しく損なわれたと言わざるを得ない」
 話は違うが、最近驚いたのが、自民党憲法改正推進本部が作成した「漫画政策パンフレット」だ。(~憲法の話~ 自衛隊明記ってなあに)下記URLの下段
自民党のホームページからダウンロードすると、55頁ものかなり長いものだ。
その中で、以前、安倍総理が集団的自衛権の行使についてパネルで示した「日本 人が乗っているこの米国の船を日本の自衛隊は守ることができない」というケースと、同じレベルの例えに、これは無いだろうと笑ってしまった。憲法作成の過程の説明だ。
「今の憲法はGHQが出した草案をもとにつくられたものなんだ」「それも、GHQは、たった「8日間」で作ったんだ。
「え!! どうして私たちの国の憲法を他の国の人が考えたの?」「私たちの家のルールをご近所さんが考えるようなものよね?」
読みたいと思う方は、下記の参照元から、ダウンロードしてみてください。
https://jimin.jp-east-2.storage.api.nifcloud.com/pdf/pamphlet/kenoukaisei_manga_pamphlet.pdf 
 (ほのぼの一家の憲法改正ってなあに 平成27年4月発行)

https://jimin.jp-east-2.storage.api.nifcloud.com/pdf/constitution/kenpou_force.pdf    
 (~憲法の話~ 自衛隊明記ってなあに 令和元年6月発行)


| | コメント (0)

2019年7月17日 (水)

束子のシャンデリア?---西尾商店にて

Dsc05693_1024  都電荒川線を庚申塚駅で降りて、「すがも鴨台観音堂」、別名さざえ堂に参拝した帰りの事です。
近くに「亀の子タワシ」の本家、西尾商店があると、これも東京新聞記事「東京どんぶらこ」に書かれていたので、寄ってみることにしました。
庚申塚通りを北へ、明治通りを越えて、板橋方向へ約200mほど歩くと、右手に古い洋館が見えてきました。これが、亀の子タワシを日本で最初に作り販売した「株式会社亀の子束子西尾商店」の本社と工場なのです。(写真1枚目)
 創業は明治40年(1907)ですが、現本社建物は、大正時代の建設ながら、保存状態も良く建築史的にも貴重な建物と見えました。
中に入ると、目を引くのが亀の子タワシのシャンデリア。(写真2枚目)なかなかユニークで笑ってしまいました。ちなみに、「亀の子タワシ」は、西尾商店の登録商品名だそうです。
店内で販売されている、いろいろの棕櫚(しゅろ)商品の中から、大小の亀の子タワシは勿論ですが、これは使えそうだと手に取ったのが、浴用タワシです(写真3枚目)
やや大きめのたわしに、背中洗いに便利な紐を付けた物です。毛が柔らかいものから、使うとかなり痛そうなタイプまで数種類あり、それぞれユニークな名前が付けられています。
先ずは最初だからと、もっとも繊維が柔らかい、初心者?向きの「サトオさん」を購入しました。
これ、使ってみると、手が廻らない背中の中心が、気持ちよくマッサージ洗い出来て、優れものです。毎日、風呂で使って、使い方にも慣れてきたので、」次はもう少し棕櫚の硬い「タムラくん」にするかなどと思っています。もちろん、もっと毛の硬い「サトオくん」「ナリタくん」などがあり、一度使うと病みつきになるそうですよ!

Dsc05689_1024

 

 

 

 

 

 

10041116

| | コメント (2)

2019年7月10日 (水)

映画「新聞記者」 ユナイテッドシネマ新座に観客多数!

876c4669c5cdfa56

 映画「新聞記者」を見てきました。  https://shimbunkisha.jp/ (映画「新聞記者」公式HP)
驚きました
 なんと、
我家から徒歩25分ほどの、ユナイテッドシネマ新座(旧称シネプレックス新座)の座席が半数埋まっているのです。上映が「6Screen」と小さな劇場ながら、40人は入っていました。
40人とは少ないと思われるかもしれませんが、あまり宣伝もされていない日本映画で、平日の昼間に、こんなに座席が埋まっているのは、僕の経験では初めてです。
ユナイテッドシネマ新座は、アクセスがとても悪い映画館なのです。
6月28日の公開以来、満席の上映館が多いと聞いていましたが、それを裏付ける状況です。
 映画は、強大な官邸権力と向き合うことになる、東都新聞の女性記者、密かに女性記者に協力する外務省から内閣情報調査室に出向中の若手官僚、この二人を軸に、物語は進みます。
 出だしから、ドキュメンタリータッチで、カメラの動きも早く、映像も暗い映画です。
しかし、首相の友人が経営する企業の、国家戦略特区による、医療系大学新設認可に隠された恐ろしい陰謀が次第に明らかになってゆく中で、安倍政権下で、実際に起きた官邸権力の情報組織による、幾多の不祥事の隠ぺい工作が連想されるストーリーが展開します。
僕は、久しぶりに、最初から、最後まで緊張感を持ってスクリーンに見入ってしまいました。
新聞社に対する官邸からの圧力に対抗して、真実は明らかにされるのか、ラストは観客に問いかけるかたちで、エンドロールに入ってしまいます。
参院選の最中に、何とも厄介な映画がヒットして、政権にとっては頭の痛い事でしょう。
映画にも出ますが、隠ぺい、恫喝、捏造を繰り返す現政権を、ここまで捉えた映画をよくぞ作ったものだと、感心しました。
 映画が訴える、官邸権力による、情報機関を使った不祥事の隠ぺいと、国民への嘘の情報操作。
今、テレビ局の政治的公平性が大きく損なわれています。私たちは、報道をうのみにしてはいけないということを、改めて自分に問いかけたいものです。
「新聞記者」参院選投票前に、多くの有権者に見ていただきたいと願う映画でした。
(僕の評価は、この映画、星4個★★★★)


| | コメント (0)

«オオムラサキの森へ