2021年10月25日(月)追記
原稿に糊が着いていたため、一緒に複数枚がめくれて、その結果原稿を読み飛ばしてしまったと報道した、共同通信が、報道の根拠を示さず、万歳状態なので、この糊附着説は全く根拠のないものと断定します。
広島在住のジャーナリスト、宮崎園子さんが広島市の保管する挨拶文の現物を開示請求して直接見た上で直に挨拶文に触ってのりが付着した痕跡さえ無かった事実を確認したと報道され、また、加藤勝信前官房長官は記者会見で「のりが付着していたとの話は報道ベースの情報で事実関係は確認されていない」と述べて、「のり付着」の報道を事実上否定しています。
朝日新聞等の報道によると、政府は10月22日、菅前首相が原稿の一部を読み飛ばしたことに関し、「原因または経緯を調査しない」とする答弁書を持ち回り閣議で決定した。
いつもながら、まったく馬鹿げた閣議決定をする輩たちで、コメントのしようもありません。
追記は以上
〇菅首相が、6日の広島平和記念式典でのあいさつで、原稿の一部読み飛ばしてしまったと、記者会見で陳謝したとの報道。
挨拶の動画を良く見て欲しい。原稿の1頁を読み飛ばしたとは思えない、原稿のめくり方が見られる。
NHKに事前に渡された原稿はこうだ。(内閣府のHPより)
「本日、被爆76周年の広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式が執り行われるに当たり、原子爆弾の犠牲となられた数多くの方々の御霊(みたま)に対し、謹んで、哀悼の誠を捧(ささ)げます。
そして、今なお被爆の後遺症に苦しまれている方々に、心からお見舞いを申し上げます。
世界は今も新型コロナウイルス感染症という試練に直面し、この試練に打ち勝つための奮闘が続いております。
我が国においても、全国的な感染拡大が続いておりますが、何としても、この感染症を克服し、一日も早く安心とにぎわいのある日常を取り戻せるよう、全力を尽くしてまいります。
今から76年前、一発の原子爆弾の投下によって、十数万とも言われる貴い命が奪われ、広島は一瞬にして焦土と化しました。
しかし、その後の市民の皆様のたゆみない御努力により、廃墟から見事に復興を遂げた広島の美しい街を前にした時、現在の試練を乗り越える決意を新たにするとともに、改めて平和の尊さに思いを致しています。
広島及び長崎への原爆投下から75年を迎えた昨年、私の総理就任から間もなく開催された国連総会の場で、「ヒロシマ、ナガサキが繰り返されてはならない。この決意を胸に、日本は非核三原則を堅持しつつ、核兵器のない世界の実現に向けて力を尽くします。」と世界に発信しました。我が国は、核兵器の非人道性をどの国よりもよく理解する唯一の戦争被爆国であり、核兵器のない世界の実現に向けた努力を着実に積み重ねていくことが重要です。
近年の国際的な安全保障環境は厳しく、核軍縮の進め方をめぐっては、各国の立場に隔たりがあります。このような状況の下で核軍縮を進めていくためには、様々な立場の国々の間を橋渡ししながら、現実的な取組を粘り強く進めていく必要があります。
青字部分が、菅首相が読むべく予定された原稿だ。赤字部分が読まなかった部分である。
赤字部分の先頭の前、三原則を堅持しつつまで読んで、首相は原稿のページをめくっている。そして「核兵器のない」と読んで、次の行の核軍縮の進め方をめぐっては、と「核兵器のない」とは脈絡のとれない文につなげて、まったく意味不明の挨拶になってしまった。
赤字部分は誰が見ても、挨拶の重要な部分である。誤ってページを飛ばしたのではなく、この部分を読み飛ばしたいとの思いから、何か自分で加えるつもりだったのか。
ページをめくり核兵器のないを読んだのは、本来は飛ばすところを読んでしまったミスだったのか、このあたりに、なにか菅首相の作為を感じる。お粗末である。挨拶の途中で、この被爆国の誓いを、なんとか修正したいとの邪念が入り、出だしで、「76周年」を、「76年目」と読み、また「広島市」を「ひろまし」と、「原爆」を「げんばつ」と噛んで、何とも締まらない挨拶に入ってしまった。
菅首相が挨拶に加えたくなかった文章を飛ばしたところで、NHKに、事前に渡した原稿でテロップが入る事(NHKさん、番組途中で、大慌てでテロップを中止する羽目になってしまった)は知らなかったのか、内閣府のHPに掲載されることを理解していなかったのか、このあたり、新型コロナ対策でも露呈した詰の甘い菅首相の情けないところだ。
しかし、重要な式典で、原稿をもっとも重要な部分を読み飛ばす?などというあり得ない誠意のなさと、力のない読み方。そして安倍首相のあいさつとも似た、毎年繰り返される凡庸な文章と言い、まったく心に響かない挨拶だった。
8月8日 追記
菅首相の挨拶映像を、何度も一時停止を繰り返しながら見直している。
「日本は非核三原則を堅持しつつ」でページをめくりながら「核兵器のない」と言っている。
ここで原稿に糊が着いていてページがくっついてしまい、1ページ飛ばしたとの言い訳だ。確かに二枚分めくっているようにも見えるが、その二枚の間に隙間が見えて、とても糊が着いてくっついたようには見えない。
「核兵器のない」は、前ページに書かれていたのを記憶して読んだのかが、わかり難い映像だが、折りたたまれた勧進帳のような原稿に、あの部分だけに、糊が着く必然性が見当たらない。「核兵器のない」と読んだら、二枚送りにすると決めていたと、僕は推察する。
どうしても糊がついていたと言張るなら、原稿の下部部分に、例えばピットのりのようなもので、二枚同時に捲れるように細工していたのではないか。菅首相が、この部分は自分としては読みたくないなと言う思いを、忖度した誰かの細工だろう。
だいたい、事前に読んでいただろうから、挨拶の重要な文章の全体は頭に入っていたはずだ。初めての朗読に、緊張の極にある中学生ではないのだから、この部分の文章が繋がっていないと、わからないはずがない。もしわからなかったとしたら、菅首相の挨拶には、まったく心がこもっていない、ただ、官僚の書いた文章を渡されて、添削もしない、読み返しもしないという、被爆者に対して実に失礼千万、無礼なふるまいだ。
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